おまけ 夏季休暇
【留学時代夏季休暇】
「ただいまリル」
「おかえりヴィ」
夏。久しぶりに帰ってきたヴィを歓迎する。
自宅に戻るよりも先にフランソワ邸に来てくれた彼に喜びつつも、コースター様方には少し申し訳なくなる。
「元気にしていたかい?」
「少しだけ、暑さに参っているわ」
「じゃあ涼しくしてあげよう」
そう言って鞄で扇いでこちらに風を送る彼にふっと笑ってしまう。
二人で笑いあって、自宅の中に招く。
「おかえりなさいビシューくん」
「ただいま戻りました、フランソワ夫人」
屋敷の中に居た母様はヴィを見るなり不機嫌な顔をしたけれど何も言わず、ニコニコと喜びを全開に見せるとフイっと向こうに行ってしまった。
私の髪を切る事になったのをまだ許していないのだろう。最近は勉強などでコースター邸に行くことは許されているがやはりまだダメなようだ。
ヴィと見つめあって、困ったように笑い合う。
「それだけの事をうちはしたからね」
「まあ、こればかりはね」
とは言え、ヴィの訪問を拒まないだけマシだろう。
そう思い客間に二人で行く。
「はい、これお土産」
「ありがとうヴィ…!」
ヴィがお土産に買ってきてくれた物は本だった。しかも旧ロシャン語で書かれた古代文書の写し。
旧ロシャン語は覚えたものの、言い回しなどの資料が一般には出回らないから勉強が少し行き詰って居たのだ。これだけの厚みのある本ならば色々と参考になるだろう。ヴィに手紙でオネダリをして良かった。
「それ、学園で旧ロシャン語専攻してる人達が教科書を写した物なんだ」
「それは………頂いてもいいものなの?」
「うん、きちんと旧ロシャン語が書けてるか確認もして欲しいんだって」
「そう。問題ないなら良いのだけれど」
後で読もうと思いつつ、アリーに頼んでヴィのために準備しておいた物を持ってきてもらう。
アリーが持ってきてくれた籠には十数枚のハンカチが入っていた。全部、私が刺繍を施した人にあげられる自慢の作品だ。
「これ、ヴィがいない間に練習したのよ。ヴィがどんな物を気に入るかワクワクしながら何枚か刺してみたの。どれが欲しい?」
ヴィはスワトロが大好きだから国の印章模様や、フランソワ家家紋、コースター家の家紋、伝統模様やヴィの好きな動物模した物など色々と刺してみた。
一枚一枚、ゆっくりと確認したヴィは笑顔で籠ごと膝に乗せた。
「全部。全部ちょうだいリル?」
「良いけれども、一番を選んで欲しかったわ。ヴィが一番気に入った刺繍を沢山練習しようと思ったのに」
「じゃあ申し訳無いけど全部練習して」
くすくすと笑いながらからかうように言われて、ちょっとカチンとくる。いや、まあヴィが言うならやるけども。やるけども、ちょっと意趣返しがしたい。
「良いわよ。でもご褒美が欲しいわ?」
「何が欲しいんだい?」
「学園の宿題を見せて?」
ふふふ、と笑って言えばヴィが目をぱちくりと瞬いた。
どうやら驚かせることには成功したようだ。
ヴィはすぐに笑ってカバンをあさると紙の束を取り出して私に渡してくれた。
「見るだけだよ。僕がやらないと意味が無いからね」
「ええ。どんなことを習うのか興味があるだけだから」
一枚一枚宿題を確認していく。上の方にあった紙は回答が記入されていた。どうやら移動の馬車で一部済ませていたようーーーーーん。
「ヴィ、ここ接続詞を間違えてるわ」
「ん?ああ、本当だ。ありがとうリル」
「うん……うん……」
それ以外は特にミスは無いようだ。この辺はコースター家で一緒に習った内容だしヴィも頭がいいから問題は無さそうだ。
あ、こんなところまで習ってるんだ。
そこには先日老先生から教えて貰った歴史があって見るのが楽しくなってくる。
ご機嫌で宿題めくっていると、ヴィがぽつりと呟いた。
「リルも留学する?」
「しないわよ」
宿題を見る手は止めずに、言葉を返す。
「しないの?だってリルは勉強が大好きじゃないか。留学しても問題なくやって行けると思うよ?」
「勉強はどこでだって出来るわ。それに婚約者が留学して寂しい思いをヴィに味わわせる気にはならないわ」
パラパラと。いつしか適当に宿題をめくる。内容を一応軽くは見るけれど、頭には入ってこない。
ヴィが息をのみ…ふっと笑う気配を感じた。
「寂しかった?」
「寂しかったわよ?」
「そっか。じゃあ休暇中は一緒に居ようか」
「そうしてくれると嬉しいわ」
赤くなった顔を宿題で隠して……ちらっとヴィを見れば、彼は嬉しそうにニコニコと笑っていた。
うん、ほんの数ヶ月だけど寂しかった。
あいたかった。
……会えて、凄く嬉しい。
宿題のプリントの影で、ふふふと笑いがこぼれ落ちた。
ビシューが留学に行って寂しがるリルが見たかっただけ。ただ二人のイチャイチャが書きたかっただけです。




