令嬢レベル2-6
「えっと、フランソワ嬢はこう言ったパーティには慣れているのかな?」
「いえ、今日が初めての参加になりますわ」
「そうなんだ!随分しっかりしてるから慣れているのかと思ったよ」
「私なんてまだまだ未熟者ですわ」
さっき泣きじゃくったしね…。内心ガクガクと震えながら表面上は問答を重ねる。しかし何故かコースター様はだんだん焦っている様子になり、何か失態をまた晒してるのかと私も内心で慌てる。
どうしよう、こういう時はどうすればいいのか。
「そういえばフランソワ嬢のそのドレスのレースはロシャンの伝統模様ですよね。そういう使われ方をしているのは初めて見ましたけど、素敵ですね」
「……知ってらっしゃるのですか?」
「ええ。その模様が入ったロシャンの陶器がうちにあるんです。フランソワ嬢はわざわざレースにして使うなんてロシャンがお好きなんですか?」
「ロシャン語の勉強を頑張っていたので、お父様が取り寄せてくれたんです」
困っていたけれど、レースの話をされたあたりから私の緊張と警戒心は緩んで行った。それに合わせてコースター様も落ち着いて会話を楽しみ出した。
「ロシャン語を使えるんですか?『本当に?』」
『ええ、発音に関しては実践の機会が少ないのでまだまだ不安ですけども』
『それだけ出来るんならすごいですよ。僕が八歳の時なんて庭を走り回ってましたからね』
『まあ、やんちゃさんでしたのね』
作らなくても浮かんだ笑みで、ロシャン語で会話をする。
発音は少し不安だったけれどなかなか上手くできたと思う。
それにしてもコースター様もロシャン語を嗜まれているのか。とても勤勉家ですごいと思う。
『ロシャン語以外も出来るんですか?』
【えっと…スワベル語も少々】
【すごい!すわべるごは、ぼくもやっといみがわかるくらいですよ】こほん、スワベル語はまだ人にお聞かせ出来るものじゃないですね」
「意味がわかるのも凄いですよ」
その日は結局コースター様と私のお母様が迎えに来るまでコースター様と楽しくお話をした。と言っても、コースター様も勉強が好きなのか「こんなの知ってますか?」とか「こういうのは?」と色々と知識自慢をしあったようなものだ。
それでも、それが、とても楽しかった。
「失礼するわよビシュー。あらまあ、とっても可愛らしいお嬢さんねえ」
「お初にお目にかかります。リルチェル・フランソワと申します」
「初めまして私はエリュー・コースターよ。ビシューの母に当たるわ」
「ビシュー様のお母様ですか」
突然入ってきた婦人はビシュー様と同じ白金色の髪の女性だった。
【ビシュー】
うーん、どうしようかな。
名を名乗るとわかりやすく萎縮した少女。
涙目の子犬も萎縮して怯えた子犬も見たくない。
それにこんなに可愛い少女なんだ。笑った顔はきっと素敵だし、今戻ればエイラーにまた捕まるだろうからちょっと強引に捕まえて見たんだけど。
思いのほか令嬢の仮面が取れない。恐ろしい八歳児だなあと思いつつレースの話題を出すと途端に目を輝かせ嬉しそうに話し出した。
……余程そのドレスが大事だったようだ。心底すまないことをしたと反省をする。
レースの話題からロシャンの話題へ。
ロシャンの話題からスワベル語へ。
年齢にそぐわない落ち着いた態度、凛とした仕草、いやでも表情に出さない態度。
恐らく勉強を頑張っているのだろうと思っていたが彼女の知識は偏りがあるだろうが一部は僕以上だった。
僕の将来は外交官だ。
長男は跡を継ぎ
次男は国内でそれを支え
僕は外国からそれを支える。
本当ならば拠点となる国の貴族でも娶って、そこで活動をする予定だったが。
多国語を操るのならば
そしてこの若さでこの教養を身につけられるのならば他国の教養も身につけられるだろう。
こんな可愛い彼女みたいな妻でもいいんじゃないかと頭の中で計算を重ねた。エイラー子息にも狙われているみたいだし、行動を起こすなら今しかないだろう。
彼女の良い点を探して、何とか手元に置こうという思考をしていることにその時の僕は気づかず。
「ねえ、リルチェルって呼んでもいいかい?僕のことはビシューって呼んで」
「ビシュー様、ですか?」
「様なんていらないよ。こんな楽しく会話出来るリルチェルと僕に垣根なんていらないよ」
「そうですか。私も楽しいです、ビシュー」
彼女こそ僕の最良の妻だと、その時は思い込んでいた。




