令嬢レベル2-4
やばいやばいどうしようどうしよう。
相手が知性を持った大人ならば、切り抜けることが出来るけれど。
「私、そろそろ母様の所に…」
「ダメだ!お前は俺の横だ!」
相手が我儘な子供なので話が通じない。
いやいやいや、初めてあった人を傍に起き続けて母元に返さないとか有り得ないから。彼は10歳だそうだ。無い、こんな子供っぽいの、有り得ない。一体何を教育されてきたんだ。
ああもう、どうしよう。
ため息も焦燥も押し殺して、焦っていた時。
かちゃん、と何かの音がすぐ横で聞こえた。
エイラー子息とは反対側。そちらを見ると。
「申し訳ありません、レディ!」
白に近い金の髪に緑色の瞳の少年が慌てたように謝っていた。
足元には零れた紅茶。そして。
私の大事な大事なドレスには、紅茶の染みが着いていた。
予想外の出来事で頭が真っ白になる。
「染みになってしまいますのですぐにうちのものに処理させましょう」
そういった少年に手を取られ、連れていかれる。エイラー子息は文句を言いたそうだったが言うことはなく何故か黙り込むだけだった。
「大丈夫?すごく嫌そうだったから」
控え室だろうか。そこに私を連れてくると、少年は私を椅子に座らせて心配そうに私の前に跪いた。
キラキラ光る、王子様みたいな人だった。
嫌そう?嫌だ。確かに嫌だ。
ドレスが、よりによって母様が刺してくれた刺繍と父様が選んでくれたレースに紅茶がかかっている。
ポロリ、と堪えきれず涙がこぼれ落ちた。
「そんなに!怖くないよ、もう大丈夫だよ」
泣くなんてはしたないのに、ボロボロ涙が止まらない。差し出されたハンカチで化粧が崩れないよう目元を抑えながら泣き続けて、ついにはしゃくりまで出てくる。
「もうエイラーは居ないから、大丈夫だから泣かないで!」
ああ、迷惑をかけている。
少年はオロオロしながら私の頭を撫でて一生懸命あやしてくれている、けれど。
「ち、ちがうもっ、ぐすっ」
「何が違うの?どうしたの?」
「ドレスっ、いちば、大事な、宝物っ、ひっく」
私が泣いているのは、ドレスが汚れたせいだ。
少年はポカーンとして下を見てドレスの汚れを見て。
一瞬固まった、次の瞬間飛び上がった。あまりに激しい動きにこっちまですくみ上がる。
「ご、ごめん!すぐにメイドを呼んでくるから!うちのメイド染み抜きの神だから!」
そう叫ぶと少年は部屋から飛び出して行った。
しばらくえぐえぐと泣いて、落ち着きそうになってくるがシミを見るとまた気分が下がって涙が溢れた。
「連れてきたよ!」
そして息を切らせながら少年がメイドと帰ってきた。
【???】
僕には昔から人の本心が見えていた。
腹の中では僕を馬鹿にして、表面上はにこやかに擦り寄ってくる奴らを見続けていたからだと思う。
そうそうに僕の才能を知った父上があえてそれを育てたことも、原因のひとつではある。
だから母上とともに参加したエイラー子息の誕生日パーティ。いつものようにそこに参加者の人となりを見ていると不思議な光景を見た。
傍若無人なエイラー子息。彼は見た通り馬鹿だった。
だが彼の横。笑みを浮かべて静かに佇む彼女は大人のように礼儀正しく………内心は大荒れだった。
なんだろう、彼女の背後に雨の日に捨てられた子犬の姿が見える。震えて涙目の子犬が。
そんな彼女の内心には誰も気づいてないから、誰も助けない。
本当ならば見なかった振りをするのが正解なんだろうけど…
『くぅ〜ん』
なんか幻聴まで聞こえる気がする。
しばらく悩んで、連れ出す口実を得るために彼女に紅茶をかけた。
うちの母は、基本的に一度着たドレスは二度と着ない。ファッションリーダーだからか分からないけれど、だから僕はドレスが大事なんて考える令嬢がいるなんて思いもしなかった。
うちにメイドの刺すような怒りを感じつつ、泣き止んだが未だに涙目の彼女に胸が痛む。
「本当に?本当に綺麗になりますか?」
「ええ、わたくしにお任せ下さい。シミは綺麗に抜いてしまいますからね」
「お願いします。本当にお願いします。頑張ってください」
メイド必死に頼み込む彼女は本心と同じだった。
子犬が縋るようにしているのが見える。
まさか、僕が泣かせてしまうなんて。
子犬を…いや、明るい金髪のとても可愛らしい…いや、可愛すぎないかこの娘。
今まで子犬の心情に気を取られていたが、落ち着いて見ると彼女はとてつもなく可愛かった。それこそエイラー子息が傍におきたがるのがわかるほどに。
それが僕とリルチェル・フランソワとの出逢いだった。




