少女の裏切り
今は昔。
戦争で焼け焦げた村では人々は命を繋ぐため必死に食べ物を求めていた。
とある聡明な青年は隣国で戦争の報を受けたとき、ありったけの財力で市場から大麦を買いあさり家の地下蔵に蓄えておいた。
戦後の混乱の中、村人たちは焼け落ちた家から役に立ちそうなものを拾い集めてはその青年に物々交換を持ちかけては大麦をわずかばかり売ってもらい生き延びていた。
その青年は仕入れ値の何倍もの価値で大麦を売りさばくことができ、村一番の物持ちになりつつあった。
ある日青年の前にボロ布をまとい小さな麻袋と金属片を抱きかかえた少女が現れた。
痩せて虚ろな目をした少女はその青年に錆びついた蝶番を差し出し、
「こんなもので申し訳ないのですが、大麦を少し分けていただけないでしょうか」
と言い麻袋を差し出した。その青年にはその少女があまりにも可哀想に見え不憫だったので錆びついた蝶番には見合わない量の大麦を麻袋にいれて渡した。
その少女は深々とお辞儀をし麻袋を大切そうに抱きかかえながら帰っていた。
青年はその女を孤児出身だと思い自らの渡した大麦があれば女子一人で一週間は持つだろうと考えた。
だが、その少女は三日後に再び現れた。
今度は手作りの縄を持ってきた。手には痛々しい小さな傷が無数にあり、その縄を作るのにその少女が枯れ草を一生懸命になっている姿が忍ばれた。
だが、青年のもとに手作りの縄を持ってくる者はこれまでも大勢いたので青年の地下蔵にはもう十分の縄があり、これ以上大麦と交換する必要はなかった。だが、少女が一人で青年のために縄をなう光景が目に浮かびいたたまれなくなったので青年は縄と大麦を交換してやることにした。
前より少し多めの量の大麦を渡すと少女は深々と頭を下げその場を足早に去っていった。
***
青年はもともと孤児であった。
両親は貧困にあえぎ口減らしのために言葉も話せぬほど幼かった彼を奴隷商に売ったのである。
奴隷商はこのような孤児たちに最低限の衣食住を与え、大人の命令を理解できるような年になると売った。
彼は意地悪な主人に身柄を渡され厳しい重労働に駆り出された。
青年になった彼は独り立ちし動乱の時代をたくましく生きていった。
戦争の知らせを受け、彼は策を立て素早く行動し戦後彼はまたたくまに町一番の財産家となっていた。
だが、彼は孤独であった。
物心付く前に両親に別れた彼は愛のぬくもりを知らないまま大きくなった。
だが、彼はあの少女が現れてからはその少女に施しをしてあげると胸が温かくなるのを感じた。
青年はこれがおそらく愛というものなのだろうと知るようになった。
***
それから少女は何度か現れてはみすぼらしいものを差し出したが青年は毎回大麦と交換してやった。
そのうち青年はその少女のことが頭からはなれなくなった。そして、青年はその少女がどこに住んでいてどのような暮らしをしているのかを知りたくなった。
ある日、青年は少女の後を追ってみることにした。
少女は大麦の入った麻袋を大切そうに抱え路地を歩いていく。
そして、町外れの粗末な作りのバラックに入っていった。
青年は物陰に隠れ、じっと少女の家を見物していた。
しばらくすると少女は赤子を背中におんぶしてバラックから出てきた。そしてバラックのそばの小川で洗濯を始めた。洗濯物には男が履くふんどしがあった。
実はその少女は旦那がいる妻であり、子がいる母であった。
青年は胸が熱くなるのを感じた。青年がその少女のためにと渡した大麦はその女の旦那の胃袋にも収まり、赤子に飲ませる乳となっていたのだ。
青年は足早にその場を後にした。
***
翌週、その女は再び青年のもとを訪れた。
だが、青年はその女が手渡そうとする粗末な品を一切拒否し、その後大麦は二度と売らなかった。
その女はその後食うものに困り痩せ細り乳がでなくなった。まもなく赤子は息絶えた。