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1.ある街に、絵がとてもじょうずな男の子が住んでいました

ある街に、絵がとてもじょうずな男の子が住んでいました。

見たものを、そのままそっくりに描くことができました。

サッカーのスター選手の顔とか、

クラスのみんなが夢中になってる漫画のキャラクターとか、

夕暮れどきの商店街の風景とか、

公園のベンチの上で1匹でお昼寝中のネコとか、

とにかく、何でもかんでもそっくりに描くことができました。

なので、

たまに小学校である絵のコンクールでは、1番の賞はその男の子がほとんど取っていましたし、

休み時間になると、机のまわりはいつも人だかりが出来(でき)ていました。

絵をお願いに来た人と、描くときの様子を見たがる人たちでした。

絵が完成に近づくと、まわりの人たちからは「すげー」「やっぱうめーな」と()められて、

その絵を「はい、完成」と言って依頼主に渡すと喜ばれました。

そして、

「次はオレ」「いや、オレのを描けよ」と、すぐに次の絵をせがまれました。

大人気でした。

でも本人は、本当はちょっぴりイヤでした。

「ボクは、みんなのイラスト屋さんじゃない!

 たまに・・・ならいいけど、いつもいつも当然のようにお願いに来ないでよ!」

そう言いたかったのですが、

でも、言えませんでした。

その子は、とてもおとなしい子でした。

授業中に先生が「この問題、わかるひとー」と言ったときも、

自分から手を挙げることはめったにありません。

たまに先生を安心させるために仕方なく手を挙げるのですが、

それで当てられて、立ち上がったときも、

ボソボソと小さい声でしか答えられないような、そんな子でした。

なので、

絵を頼みに来る人たちに文句を言いたくても、それがなかなか言えませんでした。

休み時間になるたびに、

みんなに言われるがまま、頼まれた絵を描いていました。

ただひたすらに、黙々と描いていました。

紙の上で鉛筆を動かしながら、

言おうかどうしようか・・・と、いつも悩んでいました。


そうして、

その男の子には、絵で悩んでいることがもうひとつありました。

それは、自分の絵が描けないことでした。

自分の絵・・・というのは、鏡に映る自分自身を描いた絵のことではありません。

自分らしい、自分だけの絵のことでした。

その子が最近覚えたばかりの難しい言葉でいうと、オリジナリティのある絵・・・というものです。

それが描けませんでした。

たとえば、漫画の絵はどれもオリジナリティを感じました。

何かのキャラクターの絵を見れば、

誰が描いたのか、たいていの場合はすぐにわかってしまいますし、

見たことのない漫画のキャラクターであっても、他の漫画でその作者の絵の感じを知ってさえいれば、

やはり、何となくわかってしまいます。

世界の、有名な絵画もそうでした。

教科書やテレビなどでときどき目にしますが、どれもオリジナリティを感じました。

うまいだけじゃなくて(一部の画家のヘンテコリンな絵については、その子はうまいとは思わなかったみたいだけど)、

それを描いた人の、

好みというか、ものの見方というか、考えというか、センスというか、工夫というか、

とにかく、そういった何かを絵に感じました。

そして、それは、

クラスのみんなが描く絵もそうでした。

オリジナリティを感じました。

もちろん、

みんなの絵は、その子に比べればそれほどじょうずではありません。

差してる傘を持つ手が無理やり曲げられていたり(しかも、傘の()には届いてない)、

歩いてるイヌの足がお腹の下で横に4つ並んで柵みたいになっていて、

さらに、胴体の先にそのまま目や耳や口、鼻が付いてるせいで化け物みたいになっていたり、

そもそもこれは何の絵なのか、描いた人に聞いてみないとわからないような、

そんな絵も、ときどきありました。

ただ、そういった絵にもそれぞれオリジナリティを感じました。

描いた人の色々な工夫とか、考えとか、良さを感じました。

ちゃんと自分の絵を描いていると思いました。

しかし、いっぽう、

その子は、自分の絵にはそれが無いように感じていました。

確かに、

自分の絵は、(われ)ながらうまく描けてると思っています。

口には出しませんが、ふつうの人よりかはじょうずだと思っています。

でも、オリジナリティは無いと思っていました。

見たものを、ただそのまま描いてるだけだからです。

自分以外の絵のじょうずな人や、あるいはロボットなんかが描いても、

たぶん、同じような絵になってしまいます。

そうした絵を、

自分らしい、自分だけの絵とはどうしても思えませんでした。

他にも、

好きな漫画の絵柄をマネして別の漫画の登場人物を描いてみたり、

さらには、

その好きな漫画に出てきそうな、自分の考えた新しい登場人物を描いたことがありましたが、

でも、それだって自分の絵とは思えませんでした。

漫画家のオリジナリティを勝手に借りて描いただけです。

いつだったか、自分らしい絵を描いてみようと、

家で思うがままに何かのキャラクターをノートに描き始めたことがありました。

キャラクターの絵が完成に近づき、

やっぱりここはこうした方がいいな、ここは何か違う気がするから書き直そう・・・と、

そうやって、あちこち細かく修正していくにつれ、

あるとき、

ふと、それがだんだんと有名な漫画家の絵に近づいていることに気が付いたときには、

その子はがく然としましたし、すごく落ちこみました。

学校の図画工作の時間、

先生に画用紙を渡され、「好きな絵を描いてくださーい」と言われると、

みんなは色々な絵を自由に描いていきます。

楽しそうに描いている人もいれば、真剣な顔をして描いている人もいます。

どれも、とびきりうまいわけではありません。

でも、

そのどれもに味があり、オリジナリティがあります。

その人にしか描けない、その人だけの絵のように感じられます。

見ていて、うらやましく思いました。

その子も、画用紙の上で鉛筆を動かし始めました。

しかし、

鉛筆は、少しすると止まってしまいました。

何を描いたら良いのか、わかりませんでした。

しばらくして、

仕方なく、いつものように自分のイスを持って教室の窓ぎわへ行きました。

そこから見た街の風景を描き始めました。

ボクにはどうして自分の絵が描けないんだろう・・・。

そんなことを考えながら、ひとりで黙々と画用紙に下絵を描いていきました。

自分らしい、自分だけの絵をいつか描けるようになりたい・・・、

そう思っていました。

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