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その3:日和山住吉神社と封邪の護符

 新潟は、起伏のない平らな街だ。普通に街なかで暮らしていれば、誰もがそう思うだろう。坂道というのもほとんどない印象で、自転車生活は楽かもしれない。

 実際に、新潟市の中心部を自転車で走っていると、一番苦しいのは橋を渡るときだったりする。信濃川にかかる橋が何本かあるけれども、川を渡るその傾斜がきつく感じるくらいに道路に傾斜はない印象だ。

 ただ、坂道がまったくないわけでもない。目立つ坂が現れるのは、海岸近くだ。新潟市は市街地から海への距離が近い。歩いてでもすぐに海へ行くことができる。しかし、歩いて海へ行こうとすると、急な坂を登る必要がある。


 先ほどまで俺とひよりがいた展望台は、その坂の上にある。そして坂を登りきった先はまた崖のようになっていて、眼下には海岸が広がっている。つまり、市街地と海岸を隔てるように長く丘が続いているのだ。丘の高さは二十メートルくらいあるだろうか。もし怪獣が日本海に現れた場合、市街地へ行くためにはこの丘を超えなければならない。怪獣もこれを登るのは大変だろうから、新潟に怪獣は現れないのかもしれない。

 怪獣でなくても、例えば津波でもこの砂丘を超えるほどにはならないかもしれないという話もある。むしろ津波は川を遡上することが恐れられている。川から水があふれるかもしれないからだ。市街地はほぼゼロメートル地帯であって、海抜がマイナスであるようなところもあったりするらしいから、ひとたび水害となれば大変なことになるのだろう。みんな、ちらりと聞いただけの話だけれども。


 そして、展望台もあるこの長い丘は砂丘なのだとも、聞いたことがある。砂丘と言うと砂漠みたいなものを想像するけれども、そういうものばかりでもない、というより、それは特殊な環境であるらしい。普通は、砂丘上に街が出来ていたりするのだ。そしてこの新潟の砂丘は長さとしては日本最大級のものであるとも、聞いたような気がする。


 さて、その砂丘の上にある日和山展望台から、俺とひよりは坂をくだって神社を目指している。俺は何度も登り降りしているが、けっこうな坂道だ。自転車で登ろうとするときついだろう。逆に降りるときは怖いかもしれないくらいだ。

 ひよりは、興奮した顔つきで早足になっている。鼻息がブフーと音を立てているんではあるまいか。走り出すと七割くらいの確率で転んでそのまま転がり落ちていきそうな気がするので、小袖の襟を持って「どうどう」と落ち着かせているのだが。「わたし、馬じゃないですよ?」と言っているけれども、やはり鼻息が荒い。手を放すわけにはいかない。


 坂を下りきるとしばらくなだらかな道が続き、神社があるであろう丘はすぐその先だ。ひよりが走り出してしまったので、俺も仕方なく走る。

 一応交差点があるので、もう一度ひよりの襟をつかんでストップさせ、左右確認して。狭い道路を横断するとまた少し上り坂になっていて、その右手に丘があった。十メートルか、もうちょっとあるんだろうか。小さな丘だけど、ここだけ高くなっているというのはなんだか面白い感じがする。

 手前には階段があり、見上げるとお社のようなものも見える。やっぱり神社なんだよな。そして丘の中腹には柱のようなものが立っていて「新潟港水先案内水戸教発祥地」と書かれていた。何回も前を通っていたけど、あらためて見るのは初めてだ。水先案内……? 水戸教……?

 あれ。普通の神社だと思ったけど、なんか違う宗教なのかな。水戸教って。危なくないのか。と思ってしまう。入っていって大丈夫なのか?


 などと思っていると、ひよりは

「ああああ、あったーっ! ここ、ここーっ! わたしの神社ーっ!」

と叫んで袴をたくし上げ、ダダダダと一気に階段を上っていってしまった。

「わたしの、って。おまえ神様かよ。いや、神界から来たとか言ってたか。ふふ。まぁ、これで演技も完成するってところか」

 つぶやきつつ、俺も後を追って階段を一段おきにひょいひょいと上っていった。

挿絵(By みてみん)

 階段を上りきり頂上に着くと。そこにはちょっと高い位置にお社があり、境内はそれほど広くはないがちょっとした神事でも行えそうなくらいの広場になっていた。

 そして、ひよりは感動の面持ちで何かを見つめていた。そして俺が上がってきたのに気づくと。

「メグルさんっ。ここですよ。ここが、日和山住吉神社。わたしの神社ですよぅ」

と言ってうるうるしている。

「ほぅ。おまえの神社なの? 地主? 地権者?」

「そんな無粋なものじゃなくて。神様からまかされてる、わたしの担当神社ですよー。神様は地上に降りてくることはできないですから。ここではわたしが神様代理みたいなもので」


 うーん。神様代理とか、いよいよアブない領域に入ってきたな。役にのめり込みすぎて、これから世界を滅ぼしますとか言い出すんじゃないのか。そんなこと言い出さないように、もうちょっとつきあってやるか。

「ふーん。神様って、水戸教の? 下に書いてあったけど、水戸教ってどんな宗教なの?」

 するとひよりはなんだか得意そうな顔になって人差し指をぴんと立てて。

「はい、そこー。水戸教っていうのは別に宗教じゃないんですよ。他に水先案内とも書いてあったでしょ?」

「んー。確かに。それが?」

「水先案内はわかりますか? 港とかで、船が安全に進めるように導いてあげることなんですけど。そしてそれを行なう人たちを水戸教って言ったんです。その発祥の地がここだってことですね」

 ほぅ。スラスラと。口からでまかせでもなさそうだな。なんでそんなこと知ってるんだ。あれか。地元の学校ではそういうこと教えてたりするのか? しかしそんな知識があるのに、神社の場所を間違えたと……?

「しかしさ。自分の神社へ来るのに、こんなに手間取ってたの? 泣きそうになってたじゃん」

「それは、だって……。日和山へ行くって念じれば、ここに着くって思いこんでたので……」

 その辺がよくわからんが……。まぁ、劇中でいろんな設定を作ってあるんだろう。あんまりツッコむのは、それこそ無粋ってやつか。あとは護符同化の術式だかなんだかをやれば気が済むのだろう。


「そうか。まぁ、兎にも角にも、さっきの術式とやらはここでならできるってことだよな。早くやっちゃえば?」

「そ、そうでした! わたしはそのために来たんですから……。えーと。護符護符……と。礼して、こっち……と」

 ひよりは、ふところからゴソゴソと護符とやらを取り出すと、お社に向かって礼をして、ある方向を向く。そして

「封邪の護符よ! 我が身体に入りて心とひとつになりその力を顕現せしめよ!」

と、何度か聞いた呪文のようなものを唱え、自信たっぷりな表情で護符を胸に押し当てる。そして数秒経って。ひよりの肩がぷるぷると震えだして。ずさっ、とその場に座り込み。

「うえーーーーん。なんでぇーーーっ」

と、泣き出した。


 なんだよ。まだ終わらないのかよ。どうなると終わるんだよ。と、ちょっとうんざりしてきた。護符を消せないとだめなの? ならその護符とやら、小さく丸めれば飲みこみやすいんじゃないか? などと考えつつ。

 しかしこの辺、周囲は住宅地だから女の子を泣かせておくわけにはいかないよなぁ。

「ま、ま、ま。泣くなって。場所は合ってるんだから、手順を間違ったのかもしれないじゃん。俺が同じようにやってみせるからさ、それ見れば違ってたところに気づくかもよ? 護符、貸してよ」

「ずび……。いいですけど……。汚さないでくださいね無くさないでくださいね……。その護符の代わりなんて他に無いので……。ぐす……」

 と、半分泣きながら渡してくる。う……。小さく丸めて飲むふりしてやろうと思ってたんだが、それはマズいか。まぁ、一通りやってやるか。自分であの呪文唱えるの、恥ずかしくなってきたけど。


 俺はひよりから護符を受け取る。見ると、結構ちゃんとしたものだ。もっと子どもの作ったおもちゃみたいな小道具かと思ってたが。何か得体のしれないパワーを感じるような気さえする。確かにこれは、丸めて飲み込むわけにもいかんか。また作り直すの大変そうだしな……。

 護符を手に、俺はさっき聞いていた手順を声に出しながらやってみせてやる。

「お社に礼……と」

 お社に深く一礼する。

「方角石で北の方向を確認して……。方角石?」

 ひよりがちょっと恥ずかしそうに、境内の脇にある直径六十センチほどの平たく丸い石を指し示す。

「それが方角石……。東西南北の方位が書いてありますよね? またあとで説明するかもですけど……」

 なんでちょっと恥ずかしそうなんだ。まぁいい。東西南北および子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥という文字が書かれた方角石を見て、北の方向を向く。あとは呪文か。恥ずかしいが、しょうがない。

 呪文を唱えようとすると、ひよりが「あれ?」というような表情で見ているが、構わず唱える。早く終わらせよう。恥ずかしい。

「封邪の護符よ! 我が身体に入りて心とひとつになりその力を顕現せしめよ!」

 そして、護符を胸に押し当てた。

 すると、護符がまばゆく光り輝き……。それに呼応するように俺の身体も輝いて……。

 護符は、俺の胸に吸い込まれるように消えていった。


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