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汚された箱庭  作者: 瀬川弘毅
1 獅子の目覚め
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4 襲撃

「な、何?」

 突然車体が揺さぶられ、森川は悲鳴を上げた。うとうとしていた井上も目を覚まし、恐怖に両目を見開く。

 トレーラーが停止するとすぐに、岸田が駆け寄ってきた。いつになく表情が強張っていて、緊急事態であることは二人にもすぐに分かった。

「政府軍が奇襲をかけてきたらしい。お前たちはここで待機しろ」

 怪我人に無茶はさせられない、ということらしい。言うが早いか、ライフルを引っ提げて外へ飛び出して行ってしまった。騒がしい足音から、他の隊員らも彼に続いていることが分かる。

「政府軍……」

 静まり返ったトレーラーの中で、井上は不安を露わに言った。政府は討伐隊を目の仇にしている。たとえ入隊したばかりの新人といえども、捕らえられれば重い刑罰を科せられるのは間違いない。

「大丈夫よ。もし中に軍人さんが入ってきたら、うちが撃ち抜いてやるけんな」

 彼女を励まそうと、森川は無理に明るく振る舞った。胸を張って笑ってみせると、井上はようやく微かな笑顔を見せた。

 しばらくして衝撃波がトレーラーを揺らすとき、彼女らは再び不安に押し潰されそうになるのだが。


 襲撃者たちがそのフレーズを発すると、強風が辺りを揺らした。溢れ出る力を抑えられずに余剰エネルギーが外部へ放出されたような、爆発的な破壊力を伴う嵐だった。

「うわっ」

 蓮は反射的に、銃を構えていない方の腕で顔を庇った。風で砂が巻き上げられ、視界がグレー一色で塗り潰される。

 少しして一帯が晴れてくると、蓮は変わり果てた敵の姿に気づき、絶句した。

(何なんだ、これは)

 全身の筋肉が膨れ上がり、皮膚が茶色の厚い体毛に覆われる。両手からは太い爪が伸びる。文字通り熊のような巨漢へと変身を遂げた澤田は、腕を天に掲げて咆哮した。

 灰色の毛に覆われた肌、高くなった鼻、口から覗く鋭利な牙。狼を思わせる姿となった藤宮が、今度こそはっきりとこちらを向いて薄ら笑いを浮かべる。

「やっと見つけたぜ」

 彼我の距離をものともせず、藤宮は驚くべきジャンプ力でトレーラーから飛び降り、間合いを詰めた。あっと思ったときには、彼は蓮の眼前に立っていた。


 まずい状況だった。今、自分の側に立っている隊員は誰もいない。つまり、誰かが加勢してくれることは望めない。

「和泉!」

 事態に気づいた佐伯が、いち早く駆け寄ろうとする。その行く手を、松木と呼ばれていた黒い眼鏡の男が遮った。

「おっと、君たちの相手は僕らだ」

 額から伸びた一本の角。体を覆う濃い灰色の皮膚はごつごつとしていて、岩のように固い。サイのような外見へ変貌した松木は地面を蹴り飛ばし、佐伯へ突進した。

 藤宮と同じタイミングで、その他の襲撃者たちも討伐隊へ襲いかかっている。彼らは、それぞれが何らかの動物を連想させる姿をとっていた。人のシルエットを辛うじて保ってはいるが、異形の戦士と呼んでも差し支えはないだろう。

それぞれが目の前の敵を倒すことに必死になっていて、蓮を援護してくれそうな者は見当たらない。

 混乱と戸惑いの中、討伐隊は謎の敵と交戦することになったのだった。


 飛びかかった藤宮が、勢いよく右腕を振り下ろす。

 後ろに飛び退いて間一髪で手刀を躱し、蓮は僅かに震える手で銃のグリップをしっかりと握った。

 ライフルで戦うには、この間合いはいささか近すぎる。もう少し距離をとり、相手の攻撃が届かない位置まで移動してから撃つのがベストだろう。

 しかし、藤宮の尋常でない移動速度がそれを許さない。

「逃がすかよ。この家出野郎が!」

 再度跳躍した藤宮が顎をいっぱいに開き、蓮へ噛みつこうとする。狙撃も回避も間に合わず、蓮はライフルの銃身でそれをガードした。

 硬いはずの金属に牙がやすやすと突き刺さり、今にも貫通せんとする。恐ろしいほどの力で喰らいついてくる狼人間に、蓮は銃を手放さないようにするのが精一杯だった。

 けれども、冷や汗が噴き出たのはそれだけが原因ではなかった。


「……お前、何で俺のことを知ってるんだ⁉」

 数秒前、異形の姿へ変わった藤宮は、蓮のことを「家出野郎」と罵った。彼は自分の抱えている事情を知っているに違いなかった。少なくとも、両親の許可なく討伐隊に入隊したことは把握済みであろう。

 いや、政府軍の人間であればもっと多くを知っていてもおかしくはない。

 例えば、蓮の両親の素性や肩書きなどを。

 動揺のあまり、隙が生じたのかもしれない。藤宮に足払いをかけられ、蓮は咄嗟に反応できなかった。足が絡まり地面に倒れた拍子に、銃を手放してしまった。

 くっきりと歯型のついたライフルから口を離し、藤宮は唾液にまみれたそれを無造作に放り捨てた。狙撃銃は、到底使い物にならないくらい完膚なきまでに破壊されていた。


「さあ、何でだろうな。ま、お前に教えてやる義理はねえけどよ」

 倒れた蓮を見下ろして、藤宮がサディスティックな笑みを浮かべる。手をついて立ち上がろうとした蓮の脇腹を、彼は容赦なく蹴り飛ばした。

「がはっ」

 無様に地を転がり、蓮は悶えた。口の中に血の味が広がる。腹部からは痺れるような痛みが絶えず押し寄せてくる。その迷彩服の襟元をぐいと掴み、藤宮は蓮を無理矢理立たせた。必死で手足を振り回して抵抗するが、藤宮に意に介した様子はない。めちゃくちゃに攻撃を繰り出そうとする蓮を軽くいなし、嘲笑い、弄んでいた。

「うるせえな」

 手を離されたと思った瞬間、不意に藤宮の笑顔が消え、拳が唸る。目の中で火花が散った。気がついたときには物凄い力で右の頬を殴られていて、蓮は木の幹に体を叩きつけられた。顔の右側が鮮血に濡れているのを感じる。頭が割れるように痛くて、気を抜けば意識を失いそうになる。

「ぐっ……」

 もはや抵抗するだけの力は残されていなかった。観念したように膝をついた蓮を、藤宮は従順な飼い犬を見るような目で見た。荒い呼吸を繰り返しながら、主人の側に座って指示を待つ子犬。そんな感じだった。


「もうちょっと物分かりが良ければ、手荒な真似せずに済んだんだが」

 そして屈みこんで目線を蓮と同じくらいに合わせると、耳に口を近づけて囁くように言った。

「俺たちと一緒に来てもらおうか。お父上がお待ちかねだぞ」

 その瞬間、朦朧としかけていた意識が、靄が晴れたようにはっきりとした。

(父さんが、俺を待っている?) 

 嘘だ、と蓮は思った。了承を得ずに討伐隊へ志願し、勝手に家を出た自分のことを、あの父親が歓迎するとは思えない。ましてや、父の立場上そんなことができるはずもない。

(家に帰るなんて嫌だ。俺は……帰りたくない)

 それは、限りなく強い拒絶の感情だった。

 蓮の受けていた衝撃などつゆ知らず、藤宮はその腕を乱暴に掴んだ。

「さあ、行くぞ。大人しくしとけよ」


「……離せ」

 低い声で呟くように言った蓮に、狼人間と化した藤宮が首を傾げる。

「あ?」

 家に戻り、父と対面する―それだけは絶対に嫌だった。強固なる拒否の意志が、蓮に秘められた未知の力の覚醒を促す。

「離せって……」

 全身に力がみなぎる。魂が躍動するのを感じる。自分自身をコントロールできなくなってしまうような、暴走の危険をも内包する強大な力。それが自分の中に眠っていることを、蓮は直感的に感じ取った。

 今、それを呼び覚ます。

「……言ってるだろ!」


 叫び、腕を強く振って藤宮の手を振りほどく。先刻まで圧倒されるばかりだった藤宮の力に、今の蓮は対抗することができていた。いや、それすらも凌駕するほどであったかもしれない。

「何っ⁉」

 バランスを崩した藤宮がたたらを踏む。意表を突かれたらしく、目を大きく見開いている。

 驚いたのは蓮だって同じだ。湧き上がるこの力の正体は皆目分からない。それでも、目の前の敵を倒すことができるのならば。父の元へ連れ帰られるのを防ぎ、そして離れた場所で戦っている仲間たちを助けることもできるのならば、戦う意味は十分すぎるくらいにある、と思えた。

 地面を蹴り飛ばし、一瞬で藤宮の懐へ潜り込む。自分でも信じられないほどの速さだった。そのまま右腕を軽く後ろに引き、渾身の力を込めて藤宮の胸へ拳を叩きつける。藤宮の体がくの字に折れ曲がり、数メートルも吹き飛ばされた。草むらの上に背中から倒れ、呻き声を上げる。


「……はっ。小賢しい」

 ゆっくりと上体を起こし、藤宮は吐き捨てるように言った。

 一方の蓮は、ストレートパンチを放ったままの姿勢で固まり、荒い息をついていた。自分でも、今何が起こったのか分かっていなかった。ただ、本能的に動いただけだった。

「温室育ちのサンプルの分際で、こうも早く覚醒しやがるとはな」

 続く藤宮の言葉は、このときの蓮には理解不能だった。木の根元に血の混じった唾を吐いた藤宮を、彼は困惑したような表情で見つめていた。

 吹き込んだそよ風が二人の間を通り抜け、草木を揺らす。

自分が何に対して当惑しているのか、それすらも曖昧だった。和泉蓮は、激しい混乱の中に一人陥っていた。


狙いを定めた銃撃を、松木へ向けて放つ。佐伯の撃ち出した数発の銃弾を、サイを思わせる姿へ変わった松木は素早い動きで躱した。

「まだまだ照準が甘いよ」

 微笑み、姿勢をやや低くしたと思った次の瞬間、松木の体は砲弾のように前へ飛び出していた。重厚な見た目に似合わぬ、神速の突進攻撃が繰り出される。

 反射的に横に跳び、佐伯はどうにか初撃を回避した。だが、一旦足を止めた松木は即座に踵を返し、再びショルダータックルを喰らわせようとしてくる。

(一発でもいい。何とかして奴に銃弾を命中させ、動きを鈍らせる)

 あえて回避動作をとらず、佐伯はスコープ越しに灰色の皮膚に覆われた松木を睨んだ。意を決し、トリガーを引く。

「……無駄だよ」

 しかし、捨て身の作戦は失敗に終わった。軽く頭を振った松木の額から伸びた角が、銃弾を弾き飛ばす。高速で疾駆している彼の目には、周りの物体の移動がゆっくりに見える。この程度の攻撃を防ぐことなど、造作もなかった。

 体重を乗せたタックルを喰らい、佐伯の体は宙を舞った。


 一方、熊の特徴をそなえる巨漢へと変身した澤田は、討伐隊と互角に戦っていた。

 剛腕を振るい、隊員たちを次々に薙ぎ倒していく。銃弾さえもその強靭な拳で跳ね返し、まさに天下無双の暴れっぷりであった。

 その他の政府軍のメンバーも、数こそ討伐隊に劣るものの各人の能力を存分に発揮し、隊員らを大いに苦しめていた。カメレオンの力を有する者は自身の姿を消し、敵の死角に回りこんで短剣の一突きで無力化する。トカゲの能力を持つ者は木の上を自在に動き回って相手を翻弄し、携えたショットガンで一撃を叩き込む。

 彼らの力は、純粋な戦闘力だけでみればリーダー格の澤田たち三人に劣っている。ゆえに、己の力のみに頼って敵を倒すよりは、自身の能力と武器を組み合わせて戦うスタイルを得意とする。

 もっとも、彼らが非力であるわけでは決してない。各人の能力には隠密行動に適したものもあれば、近接戦闘に向いたものもある。局面や作戦の性質に応じて役割分担し、臨機応変に戦う。それが、彼ら特殊部隊の強みである。


(……戦況は我々が圧倒的に有利だ。部隊が辺り一帯を制圧するのも、時間の問題だろう)

 そう考え、澤田はふと視線を外した。怯えた表情でこちらに銃を向けている隊員から、遠くでターゲットの捕獲に励んでいる藤宮へ目を向ける。戦闘経験を十分に積んだ彼ならば、少年一人を捉えるなど容易いことのはずだ。

 ところがどうだろう、藤宮は今、地面に倒れ込んでいるではないか。そして彼の目の前には例の少年が立ち、自身の振り上げた拳を戸惑いながら見つめているではないか。


(まさか、覚醒したのか)

 驚いたが、やはりその推測が妥当であるように感じられた。ターゲットが覚醒したとなると、捕獲するのは一筋縄ではいかないだろう。あの藤宮がここまで苦戦しているのであれば、なおさらだ。

(となると、ここは撤退するしかなさそうだ)

 あくまで、達成すべき目標はターゲットの確保。いくら戦況が有利だからとはいえ、このまま討伐隊と戦いを続けるのは双方にとって無意味だ。何より、自分たちの本来の使命から外れる。

 撤退の合図を出そうとして、澤田は妙なことに気がついた。先ほどから、討伐隊からの銃撃が飛んでこない。まさか弾切れではあるまい。隙を見せていた自分を撃とうとしないのは、おかしな話だ。もっとも、仮に撃ったとしてもこの拳に弾かれていたとは思うが。

 隊員たちに視線を戻すと、彼らは皆銃をこちらに向けていた。引き金に指をかけていた。しかし、撃たなかった。

 否、撃てなかった。


 討伐隊は元々、スパイダーを狩るために結成された組織だ。生きた人間を撃つ訓練など受けているはずはない。先刻の澤田のように無抵抗の人間ならば、余計に抵抗があるだろう。

(お前たちはその点、俺たちよりはまだましだ)

 澤田はふっと笑みをこぼし、右手を腰のベルトに提げたピストルへ伸ばした。ただし、競技用のものだ。

(俺たちは殺し合いに慣れ過ぎている。これまで何度も、悪夢のような光景を目にしてきた)

 パン、と軽快な銃声が響いた。

 それを合図にして、襲撃者たちは速やかに撤退した。高い跳躍力を存分に発揮し、あっという間に姿を消す。負傷者は藤宮くらいのもので、部隊の動きは全く鈍っていない。

 対して討伐隊は、死者こそ出なかったものの負傷者多数。謎に包まれた政府軍特殊部隊の介入を受け、完敗を喫することとなった。


 顔中に絆創膏を貼られ、文字通り満身創痍であった。腹にも包帯を少々巻いてもらっている。

キャンプで待機していた救護班に手当てをしてもらい、蓮は自分のテントへ戻ろうとしていた。隣を歩くのは佐伯だ。打撲したという右腕を布で吊っているが、本人曰く軽度のものらしかった。

 こんなに多くの負傷者が出るとは想定外だったのだろう。救護班には手当てを待つ長い列ができていて、自分たちは比較的早くに処置を終えられたといえる。

 政府軍に負けたという事実と尋常でない疲労が、耐えがたい倦怠感を与えてくる。話す気力もなく、とぼとぼと歩き自分たちのテントへ戻ろうとしていた。


「蓮君! 佐伯君も!」

 馴染みのある声が背中越しに掛けられ、ぱっと振り向く。森川が手を振って、こちらに駆け寄ってくるところだった。その後ろを、井上が少し遅れてついてくる。歩けるということは、やはり命に別状はなかったということか。ほっと胸を撫で下ろしたくなる。

「大丈夫やったん?」

「ああ、全然……」

 平気、と言おうとして、殴られた頬に痺れるような痛みが走る。顔をしかめた蓮を見て、森川は曖昧に、申し訳なさそうに笑った。

「ごめんね。うちら、救護スペースのあるトレーラーの中に残っとって。皆と一緒に戦えんかった」

「謝る必要はない」

 そこで初めて、押し黙っていた佐伯が口を開いた。

「怪我人を助け、守るという立派な役目を果たしたんだ。慣れない戦闘でへまをするより、その方がずっといい」

「そ、そうかな。ありがとう」

 真っ直ぐに見つめられ、森川は少しどぎまぎしているように見えた。

「井上もそうだ。その傷は、お前が一生懸命にスパイダーと戦ってできたものだろう。負傷したことを過度に恥じる必要はない。勇気の証だと思えばいい」

「……そう言ってもらえると、嬉しいな」

 白い肌に朱が差して、はにかんだように彼女が笑う。春の暖かい日差しのような笑顔だった。


 蓮としては、言うべき台詞を全部佐伯に取られてしまったようでどうも面白くない。大人びた物言いのできる彼を羨ましくも思った。しかしそんな素振りを見せぬよう努力し、一緒に笑った。

「うちは直接見たわけではないから何とも言えんけど、政府軍の特殊部隊が普通の人間じゃなかったっていうのは本当なん?」

 森川が、やや心配そうに言う。名誉挽回のチャンスとばかりに、今度は蓮がそれに答えた。

「うん。あいつらは、動物の特徴をもった姿に変わることができた。運動能力の高さは、人間とは比べ物にならない」

「一体、何者なんやろうね」

 一同はしばし考え込んだが、明確な結論を出すにはあまりにも判断材料が少なすぎた。


 テントに戻り、背中から倒れ込むようにして寝袋の上に横たわる。スパイダーに続き政府軍との交戦で、かなりの疲れが蓄積されていた。蓮と佐伯は、どちらからともなく大きく息を吐き出した。

「そういえば、あのチャラついた外見の男…藤宮といったか」

 テントの天井へ視線を向けたまま、佐伯が呟く。

「奴は、お前を狙っていたように見えた」

「……そうか?」

 ポーカーフェイスでとぼけてみせた蓮を、佐伯がちらりと横目で見る。

「何か心当たりはあるのか」

「いや、全然ないよ」

 少なくとも、狙われる理由が分からないのは本当だった。


 父に何も言わずに家を出て、討伐隊に入ったのは紛れもない事実だ。けれども、そのことと先刻の襲撃者たちがどう関連するのか皆目見当がつかない。藤宮は、自分の抱える事情の大体のところを把握しているように見えたのだが。

 仮に父の意向を汲むかたちで特殊部隊が襲ってきたのだとして、普通であれば、自分を連れ戻すためだけにあんな大掛かりな攻撃を仕掛けるはずがない。そこには何か、もっと別の思惑が絡んでいるように思えた。


 ドン、と何かを叩く音で蓮は考え事を中断した。佐伯が、怪我をしていない左の拳でテントの床部分を殴った音だった。

「……俺は今日、あの松木と名乗った男に太刀打ちできなかった。自分の未熟さを思い知らされた」

 声音からは悔しさが滲んでいる。本当にストイックなやつだ、と感心した。自分に対して徹底的に厳しく、意志を曲げることがない。

「俺は強くなる。強くなって、次こそは必ず奴を倒す」

「……俺も、次は負けないつもりだ」

 蓮も同様に、リベンジを果たすことを誓った。どうにか藤宮を退けることができたのは、偶然に過ぎない。

 それにしてもあれは何だったのだ、と蓮は今更ながらに考え込んだ。


 その夜はなかなか寝つけなかった。

 眠りに落ちそうになると、脳裏をよぎるワンシーンがある。蓮が藤宮の手を振り払う。藤宮が驚愕し目を見開く。その懐に一瞬で潜り込み、強烈なストレートを叩き込んで吹き飛ばす。

 とても、自分がやったことだとは思えなかった。ただ、自分の中から湧き上がってきた力に圧倒されるようにして、本能的に戦っただけだった。

 寝袋の中で寝息を立てている佐伯をよそに、蓮は汗をびっしょりとかいていた。

(俺は……俺は一体何者なんだ。あの力の正体は何なんだ)

 藤宮は自分のことを、「温室育ちのサンプル」だと罵っていた。あの言葉の真意も不明だった。

 誰にも不安を打ち明けることのできないまま、時間は歯痒いほどゆっくりと流れていった。




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