24 結束
それからというもの、キャンプ地の様子は少々慌ただしかった。連日、曽我部と零二は会議を開き、NEXTへの有効な攻撃方法を話し合った。その際、内部事情に詳しい岩崎も同席していた。別に来なければならない必然的な理由はないのだが、岸田も彼女に連れ添っている。
「現在、日本国内にNEXTの拠点は何か所か確認されているが……」
曽我部は、長机の上に大きな地図を広げた。いくつかの地点にピンが刺され、拠点の位置を示している。
「和泉君がかつての部下に襲撃を命じたのは、どの研究施設かね?」
「ここです」
迷うことなく、零二はある一点を指差した。東京都心、高層ビルの立ち並ぶ一画にそれはそびえていた。間違えるはずもなかった。この場所で、多くの能力者たちが無惨に命を散らしたのだ。
全ては、彼の責任だった。今度こそ襲撃を成功させ、NEXTを打倒しなければならない。
「私がお話しした、巨大な竜のような生物もこの施設から現れていました」
「なるほど」
曽我部は顎に手を当て、少し考え込む素振りを見せた。
「つまり、敵は第二世代の能力者以外にも、巨大生物を戦力として保持しているというわけですな。岩崎さん、そのような生物について聞いたことはありませんか?」
「そういえば、噂に聞いたことがあります」
岩崎はおずおずと答えた。場の雰囲気に、やや気圧されているようでもあった。
「能力者の力の限界を試す実験が、建物の地下で行われているそうです。第二世代の能力者は複数の生物の力を同時に発現できますが、最大で何種類の能力を発揮できるのかテストされていたと耳にしました」
「和泉君によれば、その竜に似た生物は大型のスパイダーを圧倒したということでしたな」
曽我部が視線を戻すと、零二は深く頷いた。あの光景を目にしたときの衝撃は、いまだ消えていない。
「ええ、凄まじい力でした」
「竜を目にしたのは、そのときが初めてでしたか?」
「はい」
すると首を捻り、曽我部は呟いた。
「それほどの力を持っていながら、今まで使わなかったのは何故だろう?」
「多分、ようやく実戦に使える段階になったということだと思います」
凛とした声音で、岩崎が発言した。先刻までの怯えは影をひそめ、皆の役に立ちたいと一生懸命な様子だった。その後ろで、岸田が眩しそうに彼女を見ていた。
「敵も、いよいよ本気を出してきたわけですか」
曽我根は苦笑し、再び地図に目を落とした。
「であれば、私たちも決戦に備えねばなりませんな。作戦の具体的な内容を詰めていきましょう。和泉君の成しえなかったことを、私たちの力で成し遂げてみせます」
「隊長、私、さみしかったんですよー」
「分かったから、そんなにくっつくな」
うんざりした表情を浮かべて、澤田は白石から身を引き離した。不満げな彼女はむうっと頬を膨らませ、無言で抗議してみせる。
血に汚れた服を着替えて、今の白石は私服だった。討伐隊の女性陣とすぐ打ち解けて、何点か衣服を貸してもらったらしい。真っ白なワンピース姿がよく似合っていて、小柄な体格も相まって幼く可愛らしい印象を与える。
第一世代の能力者たちは、幼少期から同じ軍の施設で育った。特殊部隊の隊員らは皆幼馴染のようなものであり、厳しい訓練を共に乗り越えてきた仲間だった。ゆえに、彼らは固い絆で結ばれている。
昔から泣き虫で甘えん坊だった白石は、ちっとも変わっていないように見えた。隊長になってそれまでより多忙になって以来、澤田は自分の補佐にあたる藤宮や松木と過ごす時間が長くなっている。その他の部下とこうして面と向かって話すのは、何だか久しぶりな気がした。
「だって、ここまで来る途中ずっと一人ぼっちだったのに」
「司令が一緒にいたじゃないですか」
思わず口を挟んだ松木を、白石がきっと睨む。
「でも、気軽に話せるような相手じゃないもん」
確かに、軍の最高司令官は腹を割って話ができる人ではないだろう。そう思って、松木は大人しく口をつぐんだ。
(無理をしているな)
なおも不平を並べ立てようとする彼女の横顔を見て、澤田は感じた。明るく振る舞っているが、目の前で大勢の仲間を惨殺されたショックはそう簡単に拭えるものではない。
ペガサスという能力者に藤宮が殺されたと知ったとき、自分たちは怒り狂った。しかしそれは、後から事実を告げられたことに対しての反応だ。もし、藤宮がなぶり殺しにされた現場をこの目で見ていたのなら、澤田は自分がどんな行動に出ていたか予想がつかなかった。復讐に燃えるどころか、恐怖に呑み込まれて二度と立ち直れなかったかもしれない。
「元特殊部隊の隊長としての、俺の最後の命令だ」
白石の肩に手を置き、澤田は静かに言った。はっとして、彼女が上目遣いに見上げる。
「そう遠くない未来、討伐隊はNEXTに戦いを挑むことになるだろう。もちろん、俺たちもそれに加わることになる」
彼の言わんとしているところが今一つ掴めないのか、白石は怪訝な顔をしていた。一方の松木は口元を固く引き結び、真剣な表情だった。
「絶対に死ぬな。もうこれ以上、仲間が散っていくのは見たくない」
白石の顔つきが引き締まった。小さく右手を挙げ、敬礼の姿勢をとる。松木もそれに倣った。
「了解!」
惨劇を生き残った能力者たちは、決意を新たにした。必ず生き延びて、同胞の仇を討つ。
「そうか、藤宮が……」
その日の会議を終えたばかりの零二は、テントを出てすぐのところで澤田につかまっていた。話を聞いたのち、彼は言葉を濁した。
「彼らにとって、私たちは使い捨ての駒に過ぎなかったのか」
悔しそうに吐き捨て、零二は憤りを隠さなかった。NEXTが政府軍の協力を得て第一世代を生み出したのは、より優れた性能を発揮できる第二世代の能力者を造り出すためでしかない。いわば澤田たちは実験段階に生じた副産物でしかなく、必要な実験データの採取後は用済みであったわけだ。
「一応、司令にも伝えておくべきかと思った次第です」
一礼した澤田に、零二は沈痛な面持ちで頷いた。
「彼が死んだ責任の一端は、NEXTの暴走を止められなかった私にもある。今度こそ必ず、彼らの野望を打ち砕いてみせる」
獅子の獣戦士の姿となった蓮が、右拳を素早く突き出す。虎の能力を発現した佐伯はそれを躱し、左足を蹴り上げた。後方に大きく跳び、すんでのところで蓮がそれを回避する。
二人は荒い息をつき、無言のまま対峙していた。やがて、佐伯が降参だと言うように両手を挙げた。
「今日はこのくらいにしておこう」
「ああ、そうするか」
蓮も軽く頷く。両者の体は白い煙に包まれ、数秒後には迷彩服を着た元の姿に戻っていた。
能力者たちと戦うには通常の訓練だけでは不十分だと考えて、ここのところ二人は毎日、訓練の後、夕食までのちょっとした時間に組み手を行っている。コマンドを唱えて力を解放し、相手に重度の怪我を負わせないよう配慮しつつも、全力を出して戦う。自分の能力を使って戦闘訓練を積める機会は貴重で、組み手を始めて数日しか経っていないが、蓮は自身の技術の向上を実感していた。
思った以上に、強くなれていると感じる。今度は、軍で長い間訓練を積んでいたという澤田や松木を交えてやってみても良いかもしれない。そんなことを考えながら、蓮はタオルで汗を拭っていた。
「二人とも、お疲れ!」
遠くで見守っていた森川が、ててっと駆けてくる。用意していたスポーツドリンクのペットボトルを、勢いよく放り投げた。コントロールは完璧で、蓮は難なくキャッチすることができた。礼を言って一口飲むと、生き返った心地がした。
森川は蓮に微笑み、それから佐伯の方へ向き直った。
「佐伯君すごかったやん。今日の試合、互角だったんちゃう?」
「まあな」
謙遜しないところが彼らしいといえば彼らしい。飾らない言葉で応じ、佐伯はペットボトルに口をつけた。
「俺も、自分の力がだいぶ馴染んできたらしい。今では和泉と対等にやり合えるくらいだ」
「今日はちょっと手を抜いてやったんだからな」
横で二人のやり取りを聞いていた蓮だったが、冗談交じりに軽口を叩いておいた。そこに、森川よりやや遅れて井上も駆け寄ってくる。
「お疲れ様。ごめんね、ユグちゃんと遊んでて遅れちゃった」
にっこりと優しく微笑んだ彼女を見て、蓮はどきりとしてしまった。
「いや、全然大丈夫だよ」
不自然な反応になっていないことを祈りながらそう返すと、井上は何故かこちらに体を寄せ、声をひそめた。
「ちょっと話したいことがあるんだけど、いいかな」
暗くなりかけている山野を、テント群に向かって歩く。
佐伯と森川は、蓮たちよりも先に行ってしまった。歩調の速い佐伯に森川が慌ててついていくという、今ではお馴染みとなった光景である。佐伯は基本的に誰に対しても不愛想で、必要最低限の受け答えしかしない。だがその指摘の一つ一つが非常に的確で、頭が切れる。そんな彼に、森川は憧れに似た感情を抱いているようだった。
いや、もしかしたらそれは憧れを超えたものかもしれない。
一方の蓮は、井上と並んで歩いていた。彼らとは対照的に歩調を合わせていたが、のんびりとリラックスして――というわけではない。蓮はといえば、一体何を切り出されるのかと緊張していた。
「あの、和泉君のお父さんのことなんだけど」
ややあって、渚が口火を切った。
「お父さんが今までしてきたことは、やっぱり和泉君を守るためだったんだね。私、何だか安心しちゃった」
控えめな笑顔を見せた彼女に、蓮も微笑みを返した。
「正直、まだ信じられない部分もある。自分が本当は父さんの子供じゃなかったりとか、ずっと前からこの力を宿していたりとか……でも、それは父さんなりに一生懸命頑張った結果なんだ。今までは対立してたけど、これからは力を合わせて、NEXTと戦っていこうと思う」
「良かった。私、応援してるからね」
本当に嬉しそうに、渚は言った。
意志とは無関係に、蓮は頬が熱くなるのを感じた。夜空に星が輝いているのが、張り巡らされたスパイダーの巣の隙間から見える。薄闇の中でなければ、表情を読まれていたかもしれなかった。
談笑しつつ少し歩くと、彼らの寝起きしているテントの前に辿り着いた。その付近に立っていた人影が、ぎこちなく片手を上げる。
「やあ」
近づいてみると、それが和泉零二であることが分かる。思えば、零二が討伐隊のキャンプ地を訪ねてきて以来、面と向かって話す機会はあまりつくれなかった。今がちょうどいいタイミングかもしれない。夕食の準備が整うまでには、まだいくらか余裕がある。
「最近忙しくて、なかなか時間がなかったんだ。蓮、もう一度話をしたい。今、大丈夫か?」
父が自分と渚との関係をどう理解しているのか、蓮には分からない。ただ、会話を楽しんでいるところを邪魔しては悪い、という程度には思っただろう。ちらりと目を向けると、渚は遠慮するようにふるふると首を振った。親子水入らずで過ごす時間も大切にしてほしい、ということらしい。
「うん。構わないよ、父さん」
こくりと頷いて、蓮は笑った。二人は時折会話を交わしながら、木々の中をぶらぶらと歩いた。
「……で、蓮君とはどこまで進展したん?」
「もうっ、綾音、からかわないでよ。そんなのじゃないんだから」
にやにや笑いを浮かべた森川が、渚をからかう。彼女は若干照れたような表情を浮かべつつ、追及を巧みに躱すのだった。
彼女らのいるテントの中でこんなやり取りが繰り広げられていることを、幸か不幸か蓮は知らない。
辺りに響いているのは、落ち葉を踏みしめる微かな音。時たま、枝がぽきりと折れる音。鳥のさえずり、虫たちの羽音。そして、二人の話し声。
「蓮、今まで本当にすまなかった」
「そんなに謝らないでよ。父さんは精一杯戦ってきたんだから」
謝罪を続けようとする零二を、蓮は苦笑しつつ制した。
「少なくとも俺は、もう全部許してる。これからは、皆で力を合わせてNEXTに立ち向かおう」
「ああ。私も、そのつもりだ」
親子が微笑みを交わしたのも束の間、蓮の表情が凍りついた。零二の体を抱きかかえるようにして、地面に倒れ込む。
「父さん、伏せて!」
直後、そのすぐ上の空間を一対の翼が滑っていった。空気を切り裂くように通り過ぎ、男は翼を折りたたんで静かに着地する。
「――やっと見つけましたよ、和泉司令官」
青いスーツに身を包んだペガサスは、ゆっくりとこちらを振り返って言った。目には残忍な輝きが宿っている。彼に続いて、セイレーンとメドゥーサも降下してきた。巨大な翅を持つセイレーンの背中から降り、メドゥーサが感情のこもっていない視線を投げかけてくる。セイレーンも、妖艶な笑みを獲物に向けた。
リーダー格のペガサスが他の二人を率いるというかたちで、三人はじわじわと彼我の距離を詰めてきた。
「まさか、討伐隊のキャンプ地に潜伏していたとは思いませんでした。おかげで探すのに随分手間取りましたよ」
気だるげな調子で、ペガサスが吐き捨てる。蓮は父親を庇うようにして前に立ち、油断なく身構えた。
「口封じのため、和泉司令には死んでいただきます。ついでにユグドラシルも回収させてもらいましょう」
勢いよく突進してくる、三人の能力者たち。彼らから目を離さぬまま、蓮は小声で伝えた。
「父さんは皆にこのことを知らせてくれ」
青ざめた顔で、零二が頷く。走り出した彼の背を追って、ペガサスが地面を蹴り飛び上がる。
蓮は、父と協力して新たな未来を切り開くことに決めている。零二と対立していたのは過去の話だ。ゆえに、父を傷つけるようなことは絶対に許せなかった。
口の中でコマンドを唱えると同時に、蓮の肉体が変化を遂げる。金のたてがみと発達した筋肉、鋭利な爪を併せ持った獅子の能力者へと変わった。
「させるか!」
跳躍し、空中に身を躍らせ、蓮はペガサスに掴みかかった。相手に全体重をかけ、力任せに地面に叩き落とす。どうにか立ち上がったペガサスは後方に大きく跳び、素早く間合いを取った。
「小癪な」
忌々しげに呟いた彼の視界に、新たな敵勢力が入った。
「『能力解放』!」
コマンドを発声し現れた、三人の能力者。彼らは蓮の側に並び立ち、第二世代の能力者たちを睨みつけた。虎の能力を解き放った佐伯。それぞれ熊とサイの特徴をそなえた姿へ変身した、澤田と松木。
能力者たちの後ろには、対スパイダー用ライフルを構えた大勢の隊員らが控えている。もちろん、森川と井上もその中に含まれていた。なお、拳銃を両手で握り締めた白石も参戦している。決して戦闘能力が高いとはいえない彼女だが、澤田たちが戦っているのを見て自身を奮い立たせたのだ。
両勢力は向かい合い、今にも戦闘が開始されそうな空気が流れた。
当然ながら、以前と同じ戦法は通用しないだろう。セイレーンの精神攻撃に耐えて力技で押し切るのも、相手が飛行能力を使って距離を取れば成立しない。メドゥーサも、今度は石化能力による防御に徹することはなく、こちらが少しでも隙を見せれば攻撃に転じてくるに違いない。
唯一、ペガサスに対してだけはまだ有効な戦い方がはっきりしていない。最初に蓮が交戦した際は終始苦戦を強いられ、二回目に澤田と松木のタッグが挑んだときは彼らを圧倒していた。
今回はどう戦うべきかと蓮が考えをめぐらせていると、不意に澤田が近づいてきた。蓮の横に並び立ち、彼は言った。
「俺と松木の力だけでは、あのペガサスという能力者に勝つのは難しいかもしれない。だから頼む。お前たちの力を貸してくれ」
「分かった」
蓮は頷き、仲間たちを見回した。
「俺と澤田で、ペガサスを食い止める」
「……では、僕と彼でセイレーンを防ぎ止めましょう。敵の身動きを一瞬で封じることができるという点で、彼女の能力は最も厄介ですから」
それに続いたのは、少々意外なことに松木だった。佐伯を指差し、落ち着いた声音で言う。
「お前とは昔何度かやり合ったものだが、まさか一緒に戦うことになるとはな。しかし、この際過去の因縁は水に流そう」
驚きを隠さずに、しぶしぶといった感じで佐伯が作戦に同意する。彼の姿を横目で見ながら、松木は皮肉っぽく付け加えた。
「あなたに撃たれた背中の傷が、今でも痛みますよ」
「奇遇だな。俺も、お前に受けたタックルの痛みを忘れることはないだろう」
憎まれ口を叩き合ってはいるものの、裏を返せば、お互いを実力者として認め合っている証でもあった。
政府軍の特殊部隊と抗争を繰り広げていた頃は、こんな風に共に戦うことなど想像もしていなかった。即席コンビではあるが、気合は十分すぎるほどだ。
四人の能力者はそれぞれの相方と頷き合い、雄叫びを上げて敵に向かっていった。




