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汚された箱庭  作者: 瀬川弘毅
3 新世代の戦士
18/34

18 合流

 それから一週間の間、幸いにもNEXTと遭遇することなく、討伐隊は生活を続けることができていた。買い出しによって物資不足は解消され、隊員たちは以前とさほど変わりない日々を送っていた。敵に見つかるのを避けるため、行われる訓練は小規模なものにとどまった。だがそれ以外は、ほぼ通常通りであった。


 意外な来訪者は、突如としてやって来た。

 テント群にゆっくりと近づいてくる人影。その二人組に、蓮は見覚えがあった。訓練を終え、森川と井上を中心にユグドラシルと戯れているところであったが、のんびりとした雰囲気は一瞬で吹き飛んだ。

 花摘みに勤しんでいる彼女らをよそに、蓮は佐伯を指でつついた。視線で「何だ」と問うてくる彼に、蓮は黙って遠くを指差した。

 木陰からこちらを観察しているのは、筋骨隆々とした大柄な男と、黒い眼鏡をかけたインテリ風の男性だった。


「特殊部隊の連中か」

 吐き捨てるように言い、佐伯は二人の方へ歩み寄った。蓮もそれに続く。

 不可解な点は、見たところ彼ら二人しか姿を見せていないことだ。周囲に仲間が隠れている可能性もあるが、奇襲を仕掛けに来たにしては戦力不足の感が否めない。そうしたこともあって、蓮はすぐに他の隊員に知らせることを選ばなかった。何か、彼らにも事情があるのではと思ったのだ。


「何の用だ。また俺たちを狙ってきたのか」

 緊迫した空気が流れる中、蓮が尋ねる。すると、二人組は予期せぬ行動に出た。かぶりを振り、両手を上に挙げたのだ。

「そう思われても仕方がないのは分かっている。しかし、俺たちに戦う意志はない。本当だ」

 こちらを真っ直ぐに見て、澤田が言った。松木も無言で頷く。


「ならば、何故討伐隊の根拠地へ来た」

 重ねて佐伯が問う。澤田は彼の強い姿勢にも怯むことなく、堂々と応じた。

「実は、しばらく前から藤宮の行方が分からなくなっている。調べたところ、奴は姿を消す前、討伐隊の居留地の場所を記されたメモを渡されていたことが分かった。軍の上層部が特定に成功したが、部隊の解散が決まって情報の使い道がなくなり、何名かの部下に渡したままになっていたらしい。藤宮が行きそうな場所は思いつく限り全部当たったんだが、何の手掛かりもなかった。そこで、ひょっとするとそのメモを頼りに、こちらに来ていないかと思ってな」


「悪いが、藤宮の姿を俺たちは見ていない。他の隊員は分からないが」

 冷たく突き放すように、佐伯は言った。

「それより、部隊の解散が決まったというのはどういうことだ」

「文字通りの意味だ。上は一体何を考えているのか、俺にはさっぱり分からん」

 澤田は首を捻った。松木が蓮に意味深な視線を向け、にやりと笑う。

「解散は、あなたのお父上が決めたことですよ」

「父さんが?」


 にわかには信じられなかった。

 父さんは、スパイダーを保護することの重要性をいつも訴えていた。それを妨げようとする討伐隊に対抗するために、能力者からなる特殊部隊を編成したのではなかったか。何の前ぶりもなく貴重な戦力を放棄するという行為は、理解しがたい。あるいは、特殊部隊には別の存在理由があったのだろうか。


「聞きたいことはこっちにもある」

 仕切り直しだとばかりに、澤田が再び話し始めた。

「ともかくそういうわけで、俺たちは藤宮を探して討伐隊を訪ねた。俺と松木は持っていなかったが、仲間の能力者で、藤宮が渡されたのと同じメモを持っていた奴がいてな。ところがどうだ、キャンプ地があるはずの場所には切り裂かれたテントがあるだけだった。それであてもなく周辺を歩いていたところ、偶然ここに辿り着いたというわけだ。一体、何があった?」


「能力者に襲われたんだよ。あんたたちや俺たちとは違う、第二世代の能力者に」

 苦い敗北の記憶を呼び起こしながら、蓮が答える。

「第二世代?」

 澤田は怪訝な顔をした。どうやら、彼らもNEXTの手の者たちについては何も知らないらしい。

 そのとき、騒ぎに気がついた森川たちが近づいてきた。困惑した様子の彼女らへ振り向き、佐伯が説明する。

「安心してくれ、彼らに戦う意志はない。ただ、人を探しているだけだ。とりあえず、もう少し多くの人へ尋ねてみよう」



 能力者である澤田と松木は、当然ながら討伐隊の面々に大いに警戒された。背中に銃を突き付けられた状態で、隊員らの中を一枚の写真を見せて回る。そして、「この男を知りませんか」と一人一人に聞くのだ。

 曽我部は立場上、険しい顔つきで彼らの動向を監視していた。けれども実際のところ、今の彼らは脅威になり得ないのではないかと思っていた。


 澤田たちが嘘をついているようには見えなかった、と和泉らは報告していた。特殊部隊が解散されいわばお払い箱になった彼らが、討伐隊を襲わなければならない理由はどこにもない。結局のところ、彼らはただ、上の命令で任務をこなしていたに過ぎないのだから。

 一応、彼らの望み通りに人探しに協力し、その後追い払えば良い。それくらいに軽く考えていた。こちらにも能力者は二人いるのだし、たとえ彼らが暴れ出したとしても鎮圧するのは難しくない。自分たちにとって害をなす存在ではないだろう。


 両耳にピアスをした、金髪の若い男。カメラに向かってピースをし、照れくさそうに笑っている。藤宮の顔写真を見せられても、ほとんどの者は首を傾げ、見覚えがないと言うばかりだった。

 ただし、二人だけ例外がいた。写真を見た瞬間に青ざめ、岩崎とユグドラシルは絶句した。

「どうしました。もしかして、どこかでこの男に会ったことがあるのですか」

 眉をひそめ、松木が礼儀正しく尋ねる。岩崎はこくりと頷き、血の気のない顔で言った。

「私たちがNEXTの能力者に追われていたとき、その人が助けてくれたんです。間違いありません」



「それは、いつ頃の話ですか」

 身を乗り出すようにして、澤田が聞いた。

「確か、二週間くらい前だと思います」

 岩崎の返答を受けて、彼らは顔を見合わせた。藤宮と連絡がつかなくなった時期と、それは一致していた。澤田が質問を続ける。

「NEXTの能力者というのは、一体何者なんです」


「……本当に何も知らないのか?」

 やや怪しんでいるような口調で、そこで蓮が口を挟んだ。

「俺がこの前戦った能力者の話が本当なら、NEXTという研究組織は政府軍と裏で繋がっていたことになる。政府軍に能力者の技術を与えたのも、多分彼らだ」

「俺たちは何も聞かされていない」

 残念だが、と澤田は首を振った。岩崎へと向き直り、話を戻す。

「それで、その後藤宮はどうなったんです。あなた方を助けた後、彼はどこへ向かいましたか」


「それが、分からないんです」

 申し訳なさそうに、俯いて岩崎が言った。

「彼は、私たちに早く逃げるように言いました。討伐隊のキャンプ地の位置情報が書いてある紙を渡して、ここなら安全だと教えてくれたんです。彼の言葉に従って、私はこの子を連れて逃げました」

「そうですか。情報提供していただき、感謝します」

 結局のところ、藤宮の行方は何も分かっていない。けれども、少なくない手がかりを得られた。メモに記された討伐隊の位置情報を伝えることで、藤宮がこの女性たちを逃がしたことも分かった。二人は一礼し、彼女らに感謝の意を示した。


 横で話の一部始終を聞いていた蓮は、意外感を禁じえなかった。まさか、岩崎らを敵の手から守っていたのが藤宮だったとは。彼の働きがなければ、彼女たちがここに辿り着くこともなかっただろう。いわば、藤宮が自分たちとユグドラシルを巡り合わせたのだ。

 ターゲットである蓮を執拗に狙ってきた藤宮が人助けをしている姿は、少し想像しづらかった。だが思い返してみると、彼は単なる戦闘狂ではなかった。能力者には使命があり、軍に下ってそれを果たすべきである。最高司令官である父親も心配しているのだから、戻ってこい。戦いの中で、藤宮はこのような趣旨のことを口にしていた。


 散々蓮のことを痛めつけはしたが、彼は本来残虐な性格ではないのかもしれない。藤宮はただ、「仕事熱心」なだけだったのではないか。軍の掲げる理想を信じ、その遂行のために全力で取り組んでいた。だからこそターゲットを何としてでも捕らえようとして、二度も蓮を襲ったのかもしれなかった。岩崎とユグドラシルを守り戦ったのも、持ち前の正義感を発揮した結果なのだろうか。


「最後に一つだけお聞きしたいのですが、藤宮と交戦したというその能力者が今どこにいるか分かりますか。分かる範囲で結構です」

 立ち去ろうとする素振りを見せながら、澤田が問うた。

「それは……」

 岩崎は口を開きかけ、ふと上方に目をやって悲鳴を上げた。何事かと、皆も空を見上げる。

 ゆっくりと降下してくるのは、件の三人の能力者たちであった。



 ペガサスとセイレーンが翼を広げ、徐々に高度を下げてくる。メドゥーサはペガサスに腰を抱かれるようにして、体を支えられている。

 音もなく地上に降り立った三人は、討伐隊の面々を眺め回した。

「探しましたよ。こんなところに隠れていたとは」

 ペガサスが素早く視線を走らせ、少女の姿を捉えてにやりと笑う。

「今度こそ、ユグドラシルの身柄を引き渡してもらいます」


 部下を庇うように、曽我部が数歩前に出た。

「そういうわけにはいきませんな」

 手短に指示を出し、隊員らに隊列を組ませて戦闘にそなえる。その最前列で、蓮は佐伯と短いやり取りを交わした。

「セイレーンは俺がやる」

 あのとき井上の流した涙が、今でも鮮明な映像を伴って思い出される。彼女の、そして他の多くの仲間たちの心を傷つけたセイレーンを、蓮は絶対に許せなかった。


「分かった。俺はメドゥーサに対処しよう」

 大丈夫なのか、と蓮は気遣うような目を佐伯に向けた。前回彼はメドゥーサと戦い、毒を受けて戦闘不能にまで追い込まれている。佐伯は力強く頷いた。

「心配するな。同じ手を二度も喰らってたまるか」



 今にも両者が激突するかと思われたそのとき、澤田と松木が間に割って入った。NEXTに所属する能力者たちの方を向き、静かに問う。

「お前たち、ひょっとしてこの男を知っていないか」

 写真を見せられても、セイレーンは戸惑った表情を浮かべるばかりだった。メドゥーサは相変わらず、無表情を保っている。

「何なの、あなたたち。部外者は引っ込んでなさい」


「いや、部外者とも限りませんよ」

 意地の悪い笑みを浮かべて、ペガサスが言った。セイレーンを下がらせ、代わりに自分が受け答えをする。

「存じています。確か、この間出くわした野良犬でしたか」

 油断ならない相手であることは、初対面である彼らにも十分伝わったらしい。緊張した面持ちで身構えている。


「俺たちは彼の行方を追っている者だ。その後彼がどうなったのか、教えてもらえないか」

「いいでしょうとも」

 ペガサスは、さぞかし楽しそうに笑った。

「蹴り殺してやりましたよ。この私がね」


「……貴様」

 手にした写真をぐしゃぐしゃに握り潰す音が、澤田の大きな拳の中から微かに聞こえた。逞しい腕が、小刻みに震えていた。


「仕事の邪魔をしようとしつこいもので、仕方なかったんです。いやあ、無知とは怖いものですよね。何せ、我々が第二世代の能力者であると知らず、無謀にもたった一人で戦いを挑んできたんですから」

 悦に入り、ペガサスはますます饒舌になった。藤宮のことをさほど知らない蓮であっても、胸糞が悪くなるような口調であった。ましてや、彼ら二人は尚更である。


「貴様だけは、絶対に許さん。行くぞ、松木……久々の仕事だ」

 唸り声を上げ、澤田が低い声で言う。全身から、憤怒の炎がほとばしっているかのようだった。

「ええ、もちろんです」

 普段は冷静な松木でさえも、怒りを抑えきれていない。


 彼らが激怒するのは、いささか筋の通らない点もある。政府軍もNEXTも、自らの思惑のために能力者たちを使役していたに過ぎない。自分たちと同じく、彼ら第二世代の能力者も命令を実行しただけだ。その際、たまたま居合わせた藤宮が犠牲となった。

 平たく言えばそれだけのことだ。幼少期から戦闘訓練を積んできた彼らにとってみれば、この程度の命のやり取りはさほど珍しいものではない。


 だが、頭ではそうだと分かっていても、心が納得できない。長年共に過ごした、家族にも等しい仲間。それを失う痛みは、四肢をもがれるのに匹敵するほどであった。

「『能力解放』!」

 感情を爆発させ、澤田と松木が同時に叫ぶ。走り出した彼らの全身を、白煙が包んだ。

 数秒後、その中から二つの影が飛び出してくる。厚い茶色の体毛の下に発達した筋肉をそなえた、熊の獣人。そして、額から鋭い角が伸び、硬い灰色の皮膚で体を覆ったサイの獣人。


「藤宮の仇だ!」

 咆哮を上げ、二人は物凄い勢いで突進した。標的は言うまでもなく、ペガサスただ一人である。ペガサスは不敵に笑い、雄叫びとともに飛びかかってきた二名の能力者を迎え撃った。


 セイレーンとメドゥーサもそれに加わろうとするのを見て、曽我部はよく通る声で言った。

「私たちも行くぞ。彼ら二人だけに戦わせてなるものか」

 おう、と鬨の声を上げ、討伐隊の戦士たちが敵へ向かっていこうとする。それを前列で押しとどめ、後ろを振り返った佐伯が声を張り上げた。

「待って下さい。通常の戦い方では、奴らを倒すのは困難です。俺に作戦があります」


 一方の蓮は先攻し、地面を蹴り飛ばして跳躍する。空中でコマンドを唱えて獅子の能力者の姿へ変わり、セイレーンの眼前に降り立った。

 第二世代の能力者との、二度目となる戦いが幕を開けた。


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