ストーカー彼氏マジガチ系
この作品は犯罪行為を推奨するものではありません。
ストーカー・ダメ・絶対!
今年で二十歳になる女子大生のヒロナには、イスケというマジでガチなストーカーの彼氏がいる。
例えば、朝なら、電話番号を教えてもいないのにイスケから『今日は朝一から講義が入っているよぉ、そろそろ起きようねぇ』とモーニングコールがかかり、起きて身だしなみを整えれば、『後ろ髪がまだ跳ねているよ』とやはりコードを教えてもいないLIN○が入り、追加で『そろそろ周期だからナプ○ンを持っていた方がいい』だの『いつも見守っているよ』などといったホラーじみた文章がひっきりなしに送られるという毎日をヒロナは過ごしていた。
ただし、この彼氏の異常行動に対して、便利だなとか今日も愛されているなとしか感想が出て来ないのが彼女という人間である。
そもそも、今二人は互いに付き合っているという認識でいるが、実際、正式な告白じみたイベントを経たわけでもなかった。
というのも、ヒロナが十五歳の初夏、自宅ポストに一通の封筒が投函されていたのである。
直接入れられたのであろう切手のない彼女宛てのソレを開ければ、中には、ヒロナの際どい盗撮写真が数枚と、雑誌や新聞の切り抜き文字で作られた『君は僕のもの』『愛してる』『君のことなら何でも知っているよ』等々の一方的な文章が綴られた十数枚の手紙が入っていた。
通常の女性であれば、深い恐怖を覚え、警察に通報などの対応を取ったものであろうが、ヒロナはコレに対し、目を丸くして「えっ、私いつの間に彼氏がいたの!?」というトンチンカンな叫びを上げ、なぜか当然のように見ず知らずの男の主張を受け入れてしまったのである。
その瞬間、二人はなぜか、恋人関係ということになった。
世間一般の感覚では有り得ないことだが、少なくとも彼ら二人だけは、自分達は付き合っていると、そう信じ込んでいた。
ストーカーの名を彼女が知っているのは、同年、誕生日である冬の日に、学校から帰宅後、自室の机上に置かれていたプレゼント箱のメッセージカードに記されていたからだ。
もちろん、不法侵入である。
が、ヒロナは気にしないどころか、ピンポイントで欲しい物が手に入り、純粋に喜びすらした。
彼女が虚空に向けて感謝の言葉を放てば、即座にスマホが通知音を鳴らす。
常に監視されている事実に怯えることもなく、むしろ、ずっと見ているのなら自分の良い部分も悪い部分も知っているだろうに、全て受け入れてくれているのだなと、本当に心から彼に愛されているのだなと、ヒロナは彼氏に対する好感度を上昇させた。
思考回路が完全に狂人のソレである。
異性に風呂やトイレまで覗かれている現状を理解していながら、そうした結論に辿り着くなど常人ではまず有り得ない。
ちなみに、中学、高校と経て大学に通う現在までの間、彼女は片手で足りる回数だけ、至近距離でイスケの姿を見たことがある。
地下アイドルレベルにはそこそこ可愛らしいヒロナとは違い、イスケは中肉中背の野暮ったい青年だった。
普段はヒロナが強く望んでも、極稀に二十メートル程離れた位置から顔半分をチラ見せぐらいしかしてくれない彼氏だが、緊急事態が発生した際には、どこからともなく現れて彼女を助けてくれるのだ。
例えば、高校受験のために通っていた塾帰りの夜道、痴漢に襲われそうになったところ、幽鬼の如くフラリと闇から湧いたイスケが加害者の背後に陣取り、如何にも違法な威力のスタンガンを使用することで彼女を変態の魔の手から救い出すなどした。
創作物語のヒーローのように颯爽と自身のピンチに駆けつけてくれる彼氏を、この時、ヒロナは本気で好きになったのだ。
すぐに『職質されると面倒だから』とイスケは姿を消してしまったが、彼に見守られている実感を強く得た彼女としては、そこからの帰路に対する心細さなど、もはや微塵たりと心に過ぎることはなかったのだという。
また、偶然的に両親不在の中、ヒロナが高熱を出した時などは、気が付けばイスケが彼女の部屋に立っていて、『う、ウイルスめ、僕だってまだヒロナちゃんの中に入ったことなんてないのに』などと大概気色の悪い呟きを延々と零しながら、甲斐甲斐しく食事介助をしてみたり、湿度や温度等の室内環境を整えたり、汗をかいた寝巻きを着替えさせたり、そのついでに体を拭ったり、エスパー並みの察しの良さでトイレへと運んで行ったり、何くれと世話を焼いた上で、家族の帰宅する一時間前に彼は自らの痕跡を一切残さず始末してから音もなく帰っていったりもした。
完全にプロの犯行である。
パッと見では天真爛漫な性格かつ可愛らしいヒロナであるからして、高校や大学や町中で男にアプローチされることも少なくはなかった。
が、即座にかかってくるイスケからの電話を相手に取り次げば、大抵は顔を青くして走り去り、校内等で偶然彼らに出くわしたとしても、二度と彼女に話しかけて来ようとはしなくなった。
彼はインターネットを駆使して個人情報を吸い上げる行為が非常に得意なのだ。
そうして異性撃退を繰り返す度に、ヒロナは彼氏に愛されている護られていると感じて、シャイな恋人への好意を募らせていった。
ただし、彼女はイスケのストーカー行為を平然と受け入れている関係上、尋ねられればホイホイと彼との馴れ初めを話してしまうので、同性からも敬遠されがちで、あまり友人というものは出来なかった。
下手な冗談と笑われることもあったが、実際、虚空に向けて声をかけ、その返答がヒロナのスマホヘ送られてくる様を誇らしげに見せてやれば、彼女に寄る者は瞬く間に減少していく。
心配だ危険だと忠告してくる正義漢も中にはいたが、ヒロナのストーカー彼氏への信頼を砕くことは出来ず、やがては諦め去って行った。
まぁ、犯罪者と相思相愛などという頭のおかしい女と仲良くなりたいとは、マトモな感覚を持つ人間なら思うはずもないので、この結末は必然であろう。
こうした流れから一人でいることの多かったヒロナだが、話相手が欲しければ、イスケがいつでも対応してくれるので、寂しいという感情は特に湧いてこなかった。
ある意味、彼氏依存の進んでいる状態である。
ちなみに、ヒロナは両親に対してだけは、イスケのイの字も語ってはいなかった。
十歳近く年上の成人男性と付き合っている等と軽々しく告げて、二人の交際を彼らに反対されることを恐れたからだ。
彼氏がストーカーであるという最低最悪の事実には無頓着なくせに、変なところで世間の風潮に敏感な女である。
そんな彼ら電波カップルの関係が少しばかり変わったのは、ヒロナが二十歳を迎えた瞬間、真夜中の出来事がキッカケだった。
常であれば、彼女の居ぬ間にプレゼントを置いていくだけのイスケが、なんと、成人の仲間入りをする恋人を直接祝いたいなどと、普通の人間の彼氏のようなことを言い出したのだ。
スマホを使っての事前連絡ののち、イスケは該当日0時ちょうどに当たり前のように家と部屋の鍵を開けて、ヒロナの眼前へと現れたのである。
これまで緊急時以外、接触はおろか近距離にすら寄ってはくれなかった彼氏の急な転換に、彼女はひどく驚いていた。
「イッくん!」
「どぅふゅっ、は、二十歳の誕生日、おめでとう、ヒロナちゃん」
「うん、ありがとうっ」
イスケの口から零れる粘着質な笑いも吃音も祝い事だというのに草臥れたトレーナーを着用している事実も、一般的女性が忌避しそうな数々をさらりと流して、ただただ純粋に彼女は喜びを露わにする。
この反応を、聖人と取るか、変人と取るか、ヒロナという存在の評価については個々人の判断で大いに分かれるところだろう。
「今年の誕生日プレゼントは、こっ、婚約指輪と婚姻届だよぉ、ふひゅっ。
とど、届については、ヒロナちゃんが好きな時に、お役所に出してねぇ。
そこに書いてる僕の住所だけど、それはねぇ、僕とヒロナちゃんの仮の新居として整えた借家だから、い、いつでも来ていいから、あ、こ、これ、鍵だよぉ、そこの家の。
ほ、欲しい家具とかあったら、言ってくれたら、か、買っておくからねぇ、すぐねぇ。
ヒロナちゃんが大学を、そ、卒業して、別の土地で働くことになっても大丈夫なように、借りてるだけだから、いつでも放棄できるし、も、もちろん、気に入ったならずっと所有しててもいいし、ひゅふっ」
ベッドに腰かけていたヒロナへ幽鬼のような足取りで近付きながら、イスケは右手に持った紙袋を差し出しつつ、無駄に早口で一方的妄想を垂れ流した。
予想外の内容と語り速度に追いつけず、頭上に汗を飛ばして慌てる彼女は、それでも何とか彼の言葉を理解しようと脳を必死に回転させる。
「え、え、えっと、えっと、今日から私とイッくんは婚約者になったってこと?」
「そういうこと、だね、うん」
「そっかー」
頷きつつ紙袋を受け取って、ヒロナはその中身をベッド上に並べていった。
内、指輪の小箱を開けて、自らの左手薬指に気負いなく装着する。
目の前の彼氏に渡して嵌めてもらおうという乙女チックな発想は彼女にはないらしい。
「ねぇ、イッくん。
二人のお家とか、結婚もいいけど……私、もっと恋人同士っぽく、イッくんと一緒に腕組んで色んなところお出かけするような、普通のデートとか、してみたいな」
「どゅほっ!」
窓から注がれる月明りに照らすように、掲げた左手を小さく左右に回転させつつ眺めるヒロナがそう呟けば、瞬間、イスケが咽て俯いた。
汚い音を追って彼女が視線を横にズラせば、床を見つめたまま、彼はゴニョゴニョと言い訳めいたセリフを口から零れさせる。
「な、生ヒロナちゃんは刺激が強すぎて、えと、お出かけはともかく、腕組みとか、僕のキャパシティが不足してる、から、それは、ちょっと、む、難しいと言うか……うっ、液晶、液晶が来い」
ブツブツと呟きながら、イスケは己の腹に両手の指を置いて、さながらキーボードをタイピングでもしているかのように爆速で動かし始めた。
テンパっている時の彼の癖である。
本人としては半ば無意識の行動だが、実際にこの指の先に入力機器があれば、出力モニターには赤裸々な心情が綴られていたことだろう。
「そうかなぁ。
看病の時とか抱えてトイレに連れてってくれたり、体を拭いてくれたりしてたし、大丈夫じゃないの?」
無垢な彼女の瞳が、イスケの薄汚れた心臓にザックザックと光の棘を刺していく。
「うっ……アレ、アレは、助けないとって、使命感があれば、意識が切り替わるから、興奮もほぼゼロに抑えられるというか、きゅ、救急救助モードだから、普通の時とは違うから」
「えー。
じゃあ、例えばさ、明日にでも早速この届を出したとして、その……よ、夜、とか、どうするの?」
「でゅっふぉ!?」
ヒロナから突如として投じられた恥じらいながらの大爆撃に、イスケの脳は粉微塵に爆発四散した。
半分意識を手放してただ突っ立っているだけになっている彼に、ヒロナはゆっくりとにじり寄り、灰色のトレーナーの袖を指先二本で遠慮がちに掴んでから、小さく囁く。
「嫌われたくなくて、ずっと我慢してたけど、私、もっとイッくんに傍にいて欲しいんだよ?」
「ひぎぃッ!」
チラチラと上目遣いでイスケの顔を覗き込みつつ更なる追撃を喰らわせてくる彼女に、もはや彼はなす術もなく敗北した。
具体的には、盛大に鼻血を噴出し、あっさりと意識を手放して、床に倒れ込んでしまったのだ。
「きゃあ! い、イッくん!?」
明らかなオーバーキルだった。
常日頃ストーカーという異常行為を平然と犯しながら、彼はヒロナが好きすぎるあまり、モニター越しでもなければ目も合わせられぬという、難解に拗らせまくった初心さを持ち合わせていたのである。
気を失った恋人を苦労しつつベッドへと引っ張りあげて、ついでに、そろそろ就寝時間だからと当たり前のようにその横に潜り込み眠りについたヒロナが、翌早朝、真横からの甲高い悲鳴によって耳鳴りと共に起こされる羽目になったのは、まぁ、自業自得というものだろう。
ちなみに、イスケはこの出来事の直後、声を止めると同時にヒロナの部屋である二階の窓から飛び出して、自転車も真っ青なスピードで住宅街の彼方へと走り去っていった。
こうして、恋人イスケの事情が明らかとなって以後、ヒロナはこのまま大人しく待っているだけではいつまでも二人の物理的な距離は縮まらないと、逆にストーカーである彼の姿を探しては追いかけ回すようになる。
対して、ヒロナに追われるイスケ本人は、愛に殺されるなどと蒼褪めた顔で供述しながらも、可愛い年下の恋人を今日も明日も変わらず大事に大事に見守り続けるのだった。
精神的には相思相愛な二人が、現実として、ウルトラハイパーワンダフル超絶ハピハピマリッジを迎え、イチャイチャ突撃ラブハート新婚双束縛監視ライフを送る日は、まだ少し遠い。
その後の小話↓
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