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勇者の僕の最後の物語

作者: 神城弥生

「必ず!必ずお前を殺してやる!!レイ!!いや、勇者よ!何年かかっても、世界の果てだろうと!俺はどこまでもお前を追いかけて、必ず殺してやる!!」


 聖剣からゆっくりと滴る赤黒い液体は、まるで自身の心を現しているようだ。


「そうか。お前が僕を殺してくれるのを楽しみに待ってるよ。ジン」


 今、僕はどんな顔をしているだろうか。


 泣いているのだろうか?

 苦しそうに顔を顰めているだろうか?


 願わくば、上手く、憎たらしく笑えているといいな……。


 剣を素早く一振りし血を払い、勇者である僕、レイは手に持った聖剣を鞘に納め振り返る。


 目に映る光景は、まさに悲惨、悲劇、そんな言葉がよく似合う状態だった。家々は焼け、人々は血を流し、そこら中に魔物の死体が転がっていた。焦げ臭い木の香り、舞う土埃の匂い。最近段々と嗅ぎ慣れてきた血なまぐさい魔物と、人間の血の匂い。


 そんな光景を眺めながらも、僕の目の奥には後ろで大事な妹の死体を抱え涙を流し、僕を睨んでいるジンの顔が浮かんでいた。


 僕は謝らないよ。この歩みを止めるわけには行かないから。だからもう行くね。


 そう呟き、僕は振り返ることなくゆっくりと足を前に進める。その呟きは、ジンに言ったのか僕自身に言ったのかは分からない。


 燃え上がる家族を、友を、婚約者を、故郷を振り返ることなく、僕は王都に向かった。


 この世界では魔王と呼ばれる厄災のような存在がいる。そいつは何度殺しても、500年だか、1000年だか、その時期は分からないが何度でも復活するそうだ。


 魔物の頂点に立つ魔王。その力はまさに天災、人間が逆立ちしても勝てないとまで言われている。魔王の目的はいつだって魔物の大群をを従え、人間を滅ぼし世界征服をする事。放っておけば人間はあっという間に滅んでしまうだろう。


 だが影があれば光あり。魔王が復活する時には、必ず人間の中に勇者と呼ばれる存在が出現する。天災とまで言われる魔王と互角に戦える力を持つ勇者。その者が人間にとっての唯一の希望であり、救いである。


 だが勇者はいつどこで生まれるかは分かっていない。その為、人間のどんな時代でも人間界には一つの決まりが存在した。『勇者が現れた時は、魔王が現れた時。その時は全ての国が手を組み、勇者を保護し、その者を全力で支援せよ』。


 神託と呼ばれるお告げ。この世界の唯一神であるマリア様から直接声を聞く事のできる聖女は、この時『南方のミラの町に勇者が現れた』というお告げを聞き、それを急ぎ国王に伝える。それを聞いた国王は世界にそれを伝え、急ぎ勇者の保護に向かった。


 だが運の悪い事に、この時勇者が現れた王国は、隣接する帝国との戦争の最中。勇者の伝達が遅れ、それに伴い勇者の保護が遅れてしまった。


 大勢の人々が戦えば、その周りにいる魔物達は危険を察知しその場を離れる。その戦いが大きければ大きい程、多くの魔物はその場を離れ新たな居場所を探し彷徨い歩く。勇者が現れたミラの町は、そんな戦争地帯から少し離れた場所に存在した。


「勇者様。お迎えに上がりました」


 辺境の小さな町に似つかわしくない、仰々しい馬車にのってきた神官は僕にそう告げた。白いひげを蓄え堀深く、老人とは思えない程鋭い目つきと威厳を感じる彼は、この国の教会の長である神官長らしい。彼の背には数名の気品あふれる神官と、歴戦の戦士と思われる騎士が10名ほどいた。


 子供のころから何度も聞かされた御伽話の主人公。数々の魔物をその手で倒し、災厄とまで呼ばれる魔王を倒す勇者様。その姿は男だったり、女だったり。少女だったり老婆だったり。少年だったり、老人だったり。その容姿は様々だと言い伝えられている。そしてどうやら僕は、その勇者だったらしい。


 神官長の言葉を聞き、町の皆は僕を囲み喜び声を上げた。まさかこの町から勇者が現れたとは。お前はこの町の誇りだ。頑張って来い。魔王を倒してくれ。


 そんな皆の喜ぶ顔と声を、僕はどこか遠くで見聞きしている感じがした。正直実感がなかったのだ。いきなり自分が勇者と言われ、世界を救ってくれと言われ、そんな話はどこか他人事のように感じていた。


 そんな中、涙を流しそっと僕の手を握ってくれる女性がいた。綺麗な真っ赤な長い髪に、澄んだ宝石のような青い瞳をした女性。彼女はクレア。僕の婚約者だ。


「貴方が勇者であるならば、こんなところに居てはいけません。剣を取り、戦ってきなさい。魔王を倒し、世界を救ってきなさい。貴方にはその責任と義務があるのだから」


 彼女は綺麗な瞳で真っ直ぐ僕を見つめ、ゆっくりとそう告げた。彼女はいつだって強かで優しかった。小さい頃僕が虐められていた時、彼女は僕を助けてくれた。僕が悲しい時は、いつだって寄り添い優しく頭を撫でてくれた。どんな時だって彼女は僕を助け、その背を押して勇気をくれた。


 僕は彼女の隣に立つために必死に努力をした。彼女にふさわしい男性になるため、これまで頑張ってきた。


「分かった。僕は必ず魔王を倒してくる。その時はクレア。僕と結婚してくれ」


 僕の言葉に、クレアは花が咲いたように微笑み、ゆっくりと頷いてくれた。僕とクレアは抱き合い、そして町の皆は先ほどよりも大きな歓声を上げる。


 だけど、僕は見逃さなかった。その中で、僕を睨み殺すような目つきで睨む、クレアの兄であるジンを。彼はいつだって僕を恨んでいた。


 ジンは所謂ガキ大将といった存在だ。男達を暴力で着き従え、悪さをしては町の皆を困らせていた。小さい頃は子供のイタズラと笑っていた皆も、大きくなるにつれジンに対し憎悪と侮蔑の瞳を向けるようになっていた。それを感じてか、ジンの周りには誰も近寄らなくなり、それに伴いジンは更に悪行を重ねる様になっていった。


 だが、その中で妹であるクレアだけは、兄であるジンを慕い離れなかった。悪さをすれば怒り、人の為になることをしたら褒めてあげる。傍から見れば、どちらが年上か分からなかった。人々に迷惑をかけるジンも、自分を慕う妹だけには決して悪さをしなかった。


 だがそんなクレアは幼いころから僕と付き合い、結婚を約束していた。そんな僕が憎くて憎くて仕方なかったのだろう。ジンはいつだって僕を恨み攻撃してきた。


 そんな中、僕は気が付いていた。ジンが妹であるクレアに向ける感情は、妹に対してのそれではなく、男女の関係の想いであると。そう、ジンは妹に恋をしていたのだ。本人もある程度大人になってからそれに気が付いたのだろう。その時から、ジンは僕には何もしてこなくなった。その代わり、常に僕を殺すような目つきで睨むようになった。


 話を戻そう。僕は勇者になる為、クレアにふさわしい男になる為、神官長と共に王都に向かう事となる。だが、その事がきっかけで、僕は全てを失う事となる。いや、今から考えてもこの時には既にどうしようもなかったかもしれない。


 幼いころから、僕には剣の才があった。物心ついたころには剣を握り、数年で大人達でさえ敵わない程の腕前になっていた。王都に向かう道すがら、一早く魔王と戦えるよう騎士達から剣の手ほどきを受けた。勇者の加護の影響だろう。僕は王都に着くまでの一か月で、王都屈指の彼らに勝てるまで強くなっていた。


 王都王城、謁見の間。そこで王と話をし聖剣を承り、僕は正式に勇者と認められ、世界を背負って魔王と戦う事を誓う。僕と共に旅をする者を国中から集めるまで暫く城で待機していてくれ、そう言われ僕は城に滞在する事となる。が、とある噂を耳にし、僕は急ぎ城を飛び出し故郷の町に帰る事となった。


 曰く、想像以上に帝国との戦争の規模が大きかった為、魔物の大群が周りの街々を襲っている事。曰く、国王はそれを知りながら、その街々を見捨て僕を城に呼んだ。曰く、その街々の中にはミラの町も含まれている。


 僕は城にいた馬を奪い、三日三晩休まず駆けた。途中で馬が疲れ果て倒れると、馬をその場に置き去り自らの足で全力で駆けた。町の皆を、愛するクレアの事だけを想い、僕は泣きながら走った。


 世界を救うためには、辺境の小さな町の事などどうでもよかったのだろう。確か勇者が現れた今、魔王は必ず現れる。世界を救うためには、勇者を失ってはならない。戦争に多くの兵を使ってしまった王国には、小さな町に襲い掛かろうとしている魔物の軍勢を打ち払うだけの戦力がなかったのだろう。

 

 だから勇者である僕を急ぎ城に連れていった。だから僕だけを助けた。世界を懸けた戦いが始まるのだ。小さな町などどうでもよかったのだろう。


 城を出た時、帰ったら国王を殺そうと考えていた。城にいる人全てを殺し、僕を連れていった神官長を殺そうと。


 だが数日経って冷静になって考えてみると、だんだんと国王たちの考えは間違っていないようにも思えてきた。世界の命運がかかっているのだ。そう判断してしまう気持ちも分かる。


 それでも僕は、クレアの為に戦うと誓った。彼女にふさわしい男性になり、彼女の隣に立つために戦うんだと。


 勇者と選ばれたせいか、聖剣のせいか。不思議なほど頭が回り冷静の物事を考えられるようになる。頭の中で色々な考えが巡るが、それを振り払いながら僕は急ぎ町に戻った。


 焦げ臭い匂いが辺りを漂い、町が近い事を悟った。嫌な予感が脳裏を横切る。頼むから間に合ってくれ。しばらく走ると、そんな僕の願いをあざ笑うかのような光景が目の前には広がっていた。


 町が燃えていた。町を覆いつくすかのような黒い軍勢が町を襲っていた。誰かの叫び声が僕の声だと気が付いた時には、僕は剣を抜き魔物を片っ端から斬り伏せていた。


 沢山の見知った顔が、涙を流しながら、親しいものを抱きしめながら血を流し倒れていた。魔物に食べられ誰の物か分からない手や足が転がっていた。僕は必死に剣を振り、愛しの婚約者の家に向かう。


 僕の家から三つ離れた二階建ての小さな家。家の周りの花壇にはクレアの好きな、彼女の瞳と同じ色をした花が植えられていた家。他の家同様、その家も燃え盛り、花壇の花々は踏みつぶされ以前の華やかさは見る影もない。


 僕は燃える扉を蹴り飛ばし、クレアの名を叫びながら家の中へと入っていく。そんな僕の眼に飛び込んできたのは、血を流し倒れるクレアと、泣きながらそれを抱えるジンの姿だった。周りには数体の魔物の姿がある。恐らくこいつらがクレアを殺し、そしてジンに殺されたのだろう。


「お前が、勇者であるお前がいればクレアは死ななかった!お前が殺したんだ!クレアは、クレアは最後までお前の名を呼んでいたんだぞ!!」

 

 僕を見るなり、ジンは声にならない声でそう叫ぶ。必死に戦い、叫び続けたのだろう。ジンの体は、ジンの横に落ちている剣は血まみれで、彼の声は枯れていた。僕は立ちすくみ、現実を受け入れられずにいた。

 

 クレアが死んだ。結婚するはずだった、愛する人が死んだ。僕がいれば助かった。僕が王都に行かなければ、彼女は死なずに済んだ。


 そんな言葉が頭を巡り、僕はどうすることもできずにいた。僕のせいだ。僕が彼女を殺したんだ。


「必ず!必ずお前を殺してやる!!レイ!!いや、勇者よ!何年かかっても、世界の果てだろうと!俺はどこまでもお前を追いかけて、必ず殺してやる!!」


 ジンの言葉に、僕はハッとなり手に持つ聖剣を見つめる。そうだ、僕は勇者なんだ。クレアはなんと言った?旅立つ前に、彼女はなんと言った?世界を救えと言ったはずだ。僕にはその責任と義務があると。


 聖剣からゆっくりと滴る赤黒い液体は、まるで自身の心を現しているようだ。僕の心は泣いている。血を流し、泣いていることだろう。だが僕は此処で立ち止まるわけには行かない。僕が立ち止まれば、このような惨劇が世界中で起こるだろう。僕と同じ思いをする人が沢山いるはずだ。


「そうか。お前が僕を殺してくれるのを楽しみに待ってるよ、ジン」


 今、僕はどんな顔をしているだろうか。泣いているのだろうか。苦しそうに顔を顰めているだろうか。願わくば、上手く、憎たらしく笑えているといいな。


 クレアとの約束を果たさなければ。彼女との最後の約束を。


 剣を素早く一振りし血を払い、勇者である僕、レイは手に持った聖剣を鞘に納め振り返る。


 目に映る光景は、まさに悲惨、悲劇、そんな言葉がよく似合う状態だった。家々は焼け、人々は血を流し、そこら中に魔物の死体が転がっていた。焦げ臭い木の香り、舞う土埃の匂い。最近段々と嗅ぎ慣れてきた血なまぐさい魔物と、人間の血の匂い。


 そんな光景を眺めながらも、僕の目の奥には後ろで大事な妹の死体を抱え涙を流し、僕を睨んでいるジンの顔が浮かんでいた。


 僕は謝らないよ。この歩みを止めるわけには行かないから。だからもう行くね。


 そう呟き、僕は振り返ることなくゆっくりと足を前に進める。その呟きは、ジンに言ったのか僕自身に言ったのかは分からない。


 世界を救った後なら、僕は喜んでジンに殺されよう。彼女のいない世界で、僕は生き続けようなんて思わない。だけどそれは今じゃない。魔王を倒した後だ。


 燃え上がる家族を、友を、婚約者を、故郷を振り返ることなく、僕は王都に向かった。


 この聖剣は不思議で、まるで人間のように意思を持ち僕に語り掛けてくる。聖剣が僕に語りかけ始めたのは町を出てすぐの事だった。


 曰く、今まで眠っていたらしい。そして先の戦いで目覚めた。簡単に説明すると、そんな感じらしい。以前起きていたのは、前の勇者が魔王と戦っていた時。その後は眠り、また次の勇者を待っていたと。


 王都に向かう道すがら、僕は聖剣と色々な話をし、そして衝撃の事実を知った。


 勇者が魔王を倒す御伽話、その後勇者がどうなったかを記す物語は存在しない。親や、近所の人、教会の人や誰に聞いても、皆口をそろえてこういう。「きっとお姫様や王子様と結婚して、幸せに暮らしたんだ」と。だが真実は違った。何故なら真実は、魔王を倒した勇者は、皆等しく死んでしまったからだ。


 聖剣とは勇者の生命を使い、魔を斬り魔王を倒すだけの力を宿すという。災厄と呼ばれる魔王を倒すには、勇者の生命をすべて使い戦う必要がある。つまり、戦い終われば必ず死ぬらしい。


 聖剣は毎回その事を嘆き、そして今回も決まった運命をたどる僕に問いかけた。


 死んでまで、この世界を救いたい?


 その問いに、僕は迷うことなく答える。


 救いたいよ。この世界は、僕の愛する人が好きだった花が沢山咲いているんだ。彼女はもういないけど、きっとその花が無くなったら、あの世で彼女が悲しむと思うんだ。だから僕は戦う。あの世で彼女が笑っていられるように。


 僕の答えに、聖剣は悲しそうに話す。


 わかった。なら力を貸そう。一緒に魔王を倒そう。


 聖剣に認められ、真の勇者となった僕の元に慌てた騎士達が迎えに来て、僕は王都へと帰還した。


 町の事を話すと、王や神官長は頭を下げて謝ってきた。だけど僕はそれを手で制し、改めて魔王と戦う事を誓うと話す。ありがとう、と嬉しそうに顔を上げる彼らの目には醜い欲望が映っていた。

 

 聖剣から言わせると、こういうのはお決まりらしい。勇者は魔王を倒し死ぬ。だが勇者を輩出した国王たちは、世界から礼を言われ国民は活気付く。彼らは勇者が死ぬと分かっているのだと。そしてその後、彼らの国は世界から讃えられ、国は豊かになっていく。甘い蜜を吸うのは、いつだって醜い権力者らしい。


 怒り声を震わす聖剣の柄を、僕はそっと撫でてあげる。大丈夫だよ、僕は気にしていないから。そう言い聞かせ、僕は魔王と戦ってくれる仲間を城で待つ頃になった。僕が死んだ後、世界がどうなろうが知った事ではない。僕にとって大事なのは、クレアの仇をとる事、彼女が好きだった花が咲き誇る世界が残る事、それだけだった。


 しかしいくら待てど暮らせど、勇者と共に旅をする仲間は現れなかった。魔王と戦うなど、死にに行くようなものだ。名誉よりも自分の命。そう思う人がほとんどなようだ。その頃には僕は王国で一番強い存在となっていた。


 だが、そんな状況を魔王が待ってくれているはずがない。魔物が大軍を率いて進軍してきた。そう報告を受けた僕は、仲間を待たず、王の言葉を振り切り城を飛び出していった。


 魔物の大群が出たと聞けば、僕は急いでその地に赴き魔物と一人で戦った。勿論その周辺にいた騎士達も戦った。だが、彼らの剣では魔物を数体倒すだけで折れてしまい、その被害は甚大だ。次第に騎士達は街を囲うように守るだけで、実際に魔物と戦うのは勇者である僕一人だけになってしまった。


 魔物と戦い、疲れ果てた僕が街に戻ると決まって僕を狙う存在がいた。愛するクレアの兄、ジンだ。魔物の大群が出れば、そこ勇者が現れる。そう考えたジンは、魔物と戦い疲れ果てた所を狙い、何度も僕を殺そうと狙ってきた。


 初めの頃は、直ぐに街中で僕を守る騎士達に捕らえられ、牢に放り込まれていた。だが、どうやってか彼は何度も牢を抜け出し、いつしか騎士に捕まることなく僕を狙い続けた。


 当然ジンは生死問わずの指名手配犯となる。だが、誰もジンをとらえる事が出来ず、尚且つ僕の戦期には必ず現れ僕の命を狙い続けた。どうやら悪さばかりしてきたガキ大将の経験や悪知恵がこんな所で活きたらしい。


 次第に僕の周りには一個大隊の軍が守るようになる。だが、彼はその全てを斬り殺し僕の命を狙い続けた。その表情は最早彼が魔王と言われても仕方ない程、怒りと憎しみに満ち溢れていた。


「どうした勇者!そんなものか!?俺が煩わしいなら俺を殺せ!それが出来ないのなら、俺は死ぬまでお前を狙い続けてやる!」


 僕はジンを殺すことが出来なかった。何度剣を交えようとも、どれだけ恨まれようとも、僕は彼を殺すことが出来ないでいた。彼は愛する者の兄で、彼は僕と同じ女性を愛していたのだから。


 王都を出て2年が経った頃、ジンに大きな変化があった。


 いつも通り魔物と戦い街に戻ると、いつも通り沢山の兵の死体の中に立つジンを見つける。だが、どこかいつもの彼と雰囲気が違う。僕を見つけ、剣を交え不気味にニヤリと笑う彼を見て僕はその違和感の原因に気が付く。


「お前、その角はどうした!?」


 ジンの頭からは、まるで魔物のような小さな角が二本突き出ていた。それに気が付いた僕を見て、ジンはくつくつと笑い、ゆっくりと口を開いた。


「俺はな、魔物になったんだよ。お前を殺そうと何度も戦う俺を見て、魔王様が俺をお認めになってくださったんだ!俺は今人間と魔物、両方の力を持つ最強の存在となったんだ!!」


 落ちるところまで落ちたか。そう思ったのもつかの間、他の事を考える余裕もなくなるほど彼は強かった。振り下ろされる剣は、まるで大型の魔物の一撃のように重く、その速度は小型の狼の魔物の牙より速かった。


 最早手を抜いていては負けてしまう。僕にはやるべきことがある。成し遂げる使命がある。そう思った僕が、無意識に聖剣の力を使ってしまっていた。


 僕の生命を吸い上げ、金色に輝く剣を見て、いや、その力を使う僕を見て、ジンは驚き目を見開く。


「お、お前、何だよそれ……」


 彼が最後まで言葉を発する事はなかった。背後にゆっくりと倒れるジンを感じ、僕は振り返ることなく剣を鞘に納めた。


 街の宿に戻り、ふと鏡をのぞいた僕は苦笑する。町を出た時はまだ18歳。やっと髭が伸び始め、クレアに「ちくちくする」と触られからかわれていた頃だ。あれから二年。鏡に映る今の僕は、大体30代後半に見えるだろう。面倒で剃っていない髭は伸び、まるで浮浪人のよう。ジンと戦う前はまだ20代後半に見えたのに。だが仕方ない。それだけジンが強かったという事。それだけ聖剣に生命エネルギーを吸われたという事だ。


 髭を撫でていると、いつの間に溢れた涙は頬を伝い、髭から滴り落ちていた。大事な人を失い、唯一生き残った大事な人の兄を殺してしまった。どこかで彼は諦めると思っていた。どこかで彼がやめてくれると。


 だが、僕の想像より、彼のクレアに対する想いが強かったらしい。彼は本気で、心からクレアを愛していたんだ。だから魔物になってまで、僕を殺そうとしたんだ。彼は心から僕を憎んでいたんだ。


 久々に目が真っ赤になるまで泣き、一休みした後剣を腰に据え宿を出る。昇る日を見て、僕は改めて誓おうと思う。


 必ずこの世界を救おう。待っててね。僕ももうすぐそっちに行くから。今度は仲良くできるかな?今度はちゃんと結婚したいな。もうすぐだよ。もうすぐ。


 時が経つにつれ、魔物は統率され、軍隊のように計略的に国々を襲うようになっていった。僕がたどり着く頃には小さな国が滅んでいる事もあった。このままではまずい。そう思った僕は、とある策に出た。


 魔物は西の果て。人間が住んでいる大陸よりも離れた所から攻めてくる。そこで僕は、人間大陸の西の果てより海に向かい、聖剣の力を使い、分厚い雲を大きく斬って見せた。


 僕は此処にいるぞ。勇者は此処にいる。


 そう魔王に、魔物達に告げる様に、僕は聖剣の力を使った。勇者を殺せば、あとからでも人などどうとでもできよう。その甲斐あって、魔物達は西の果ての港に集まり、人間の国を襲わなくなった。


 その頃になると、僕の周りに兵士は一人も集まらなくなった。噂によれば、兵士は自分達の街を守ればいいという事になったらしい。後は勇者がやってくれる。魔物が集まれ街の人々を避難させればいい。後は勇者がやってくれるから。魔物が集まれば勇者の位置を教えてやれば襲われなくなる。どうせ勇者が一人で倒してくれるから。


 権力者たちは既に勝利を確信しているのか、安全な国に避難し毎日勝利の毎祝いパーティを開いているらしい。どうせ勇者が魔王を倒してくれるからと。


 僕は敵の屍の浮かぶ海を小舟で渡り、そして魔王のいる西の果ての大陸に辿り着く。できるだけ敵から隠れ、力を温存しながら少しずつ魔王城へと近づいていった。


 長くなってきた白い髪を後ろで束ね、長く白い髭をしわくちゃな手に持った剣で敵を斬り落とす。一体今自分は何歳くらいに見えているのだろうか。そんな事はどうでもいいか。それよりも、一刻も早く魔王を倒さなければ。残された生気は後わずか。だんだんと猶予が無くなっている事を感じ、僕は急ぎ魔王城へと向かった。


 赤く染まった空の下に、黒く不気味な城を見つける。植物は枯れ果て、干からびた大地を踏みしめ、僕は城めがけ全速力で走った。


「おいおい、可哀想にいつの間にかジジィになっちまって。そろそろ引退して死ねよ」


 そんな僕の前に立ちはだかったのが、殺したはずのジンだった。何故彼が生きているのか。そんなことを考える暇もなく、僕は剣を抜き彼の剣を受け止めた。


「へぇ、これを受け止めるか。魔王様からはかなり力を貰ったはずなんだがな」


 もうこいつが魔王なんじゃないか?そう思ってしまう程、ジンはこれまで戦ってきた魔物よりはるかに強くなっている。そこまで僕が憎いか。どうしても殺したいのか。


「ああ、殺したいね。お前が憎くて憎くて仕方ないよ。俺の大事な者を奪ったんだ。その身も、心も、命さえな。だったら俺はそれを殺す。それのどこが不思議なんだ勇者よ」


 僕たちの剣が交わった衝撃で、辺りは地面が抉れ大きなクレーターを何度も作る。それでも僕は彼の剣を冷静に捌き、彼の喉元に剣を突き付けた。


「くそ、なんでだ!?なんで俺はお前に勝てないんだ!!」


 僕の聖剣は、僕の生命を吸い上げるたびに強くなり、そして僕自身もそれに伴い力を増す。それが聖剣の力だ。30年分か、40年分か。僕の生命を吸い上げた聖剣は何よりも固く、そして僕は誰よりも強い。


 その事を告げると、ジンは悔しそうに僕を睨み、そして叫ぶ。


「そこまでして、お前は何のために戦うんだ!答えろ勇者よ!!もうクレアはいないんだぞ!アイツのいない世界で、なんでお前が頑張らなきゃいけないんだ!おう諦めろよ!もう、やめてくれよ。もう、死んでくれよ。じゃなきゃ、お前を止めなきゃ、誰がお前を止めるんだよ。誰もお前と共に戦ってくれる奴なんかいないじゃないか。皆お前だけに戦わせて、お前だけが頑張って苦しんで。魔王に勝ったら、お前は死ぬんだろ?そこまでして、何のために戦うんだよ。クレアが待ってるんだぞ。俺じゃなく、お前を。早く行ってやれよ。こんな世界、どうでもいいだろ……」


 ジンの声はだんだんと小さくなっていき、彼の目からは涙が溢れていた。


 彼の愛は、なんて深いのだろう。彼の愛は、なんて歪んでいるんだろう。それでも、それを分かっていても、彼は彼なりに、不器用にクレアを想いここまでしていたのか。


 僕は初めて、ジンと心を開いて会話をしているような気がした。もっと早くこうして話せていれば、もしかしたら彼とは仲良くはできなくても、共に歩むことは出来たかもしれない。


「確かに、僕と共に戦ってくれる人はいなかった。確かに、この世界の人々はどうでもいい。でもね。この世界には、クレアが好きだった花が、クレアと同じ瞳の色をした花が沢山咲いているんだよ。そんな花が魔物に潰されてしまっては、悲しくないか?そんな事をしてしまったら、彼女は悲しむんじゃないか?僕は死ぬ。でもそれは、早いか遅いかの違いさ。彼女のいないこの世界では、そんなことはどっちでもいいんだよ。だったら僕は、彼女が好きだった花を守りたい。彼女が好きだった物を残して死にたいんだ。それにクレアとの約束もあるしね」

 

 僕はゆっくりと、優しく彼に告げる。それを聞いて、ジンが何を思ったかは分からない。ただ静かに目を伏せ、そして剣を手放し、そして口を開く。


「……魔王は、あの城の頂上にいる」


 これでジンとはお別れだ。あの世で待ってる。そう告げ、僕は城へと駆けて行った。


 魔物を斬り伏せ、階段を駆け上がり、そして黒く大きな扉の前で立ち止まる。扉には細かな模様が描かれ、その隙間からはこれまでとは比べ物にならない程の威圧を感じる。


 この先に魔王がいる。僕は確信しそっと扉に触れると、扉は大きな軋むような音を立て勝手に開いた。


「よく来た勇者よ。さっそくだが、死んでくれ」


 真っ黒な鎧に身を纏い、頭からは二本の大きな角が突き出ていた。肌は浅黒いが、その顔はまるで人間のようだ。目鼻立ちが整っていて、これが本当の人間なら女性にモテだだろう。


 魔王はそれだけ告げると、ゆっくりとその背に背負った大きな大剣を手に取り構える。その威圧感に逃げ出したくなる気持ちを抑え、僕は剣を構え、柄を強く握った。


 二人の視線が交差した瞬間、二つの剣が交差した。それだけで窓ガラスは割れ、壁が壊れ天井が崩れ、見晴らしのいい塔の最上階にいるような景色となる。


 二人が剣を振るたびに凄まじい衝撃波が生まれ大気が震えるのを感じる。魔王の一撃は速く重く、一瞬でも気を抜くとその瞬間あの世行きだ。行きつく先は同じでも、それは魔王を殺してから。

 

 僕は声を張り上げ、これまでの全てをぶつける様に剣を振るう。


 衝撃が鳴りやみ、静寂の中に金属音が鳴り響く。持ち手を失った剣は地面に転がり、その剣には片腕が、柄を強く握った腕と剣だけが地面に落ちていた。


「勇者とはこんなものか。まぁ、それなりには楽しめたがな」


 一瞬魔王が何を言っているのか分からなかった。油断した今なら倒せる。そう思い剣を振るおうとした時、漸く僕は自分の右腕が斬り落とされている事に気が付いた。


 痛い痛い熱い熱い!!右肩から血があふれ出て、突然失った大量の血液に体が耐えられず、僕は眩暈と共に膝を付いてしまう。


 魔王が何かを言っている。だがそれが僕の耳に届くことはない。痛みと消えそうな意識の中、魔王がゆっくりと剣を振り下ろしているのが見えた。ああ、僕は負けてしまったんだ。僕はクレアとの約束を守れなかったんだ。僕は、彼女にふさわしい男になれなかったんだ。


 そう思い、ゆっくりと迫りくる衝撃に備え、目を瞑る。だが、いつまでたってもそれが来る事がなかった。もしかして、魔王の剣が速すぎて、痛みを感じる間もなく死んだのか?


 そう思いゆっくりと目を開けると、僕の前には、魔王の剣を受け止めるジンの姿があった。


「馬鹿野郎!!諦めるんじゃねぇぞレイ!!アイツの好きだった花を守るんだろ!?だったら立ちやがれクソ弟が!!」


 ジンの言葉を聞き、僕の意識が覚醒するようだった。何故ジンが此処にいる?いや、それよりも、今ジンはなんて言った?弟?僕を弟だと言ったのか?


 その瞬間、ジンは魔王に蹴とばされ、僕を巻き込みながら後ろに吹き飛ぶ。魔王はつまらなそうに、ゆっくりと僕らに向かって足を進めてくる。折角待ちに待った勇者との対決を邪魔され興がそがれたらしい。


「おい、お前の聖剣の力そんなもんなのか?勇者の力は魔王を倒せるんじゃなかったのか!?」


 蹴られた腹部を抑えながら、ジンはゆっくりと立ち上がる。僕らと共に蹴とばされた聖剣が、僕の前に転がっている。


「ごめん。どうやら、これまでの勇者程、僕の寿命は長くはなかったみたいなんだ。これ以上僕の生命力を吸えば、僕は魔王に一太刀浴びせる前に死んでしまう」


 魔王はだんだんと近づいてくる。最早、彼にとって僕らはいつでも殺せるつまらないものなのだろう。


「ハッ。情けねぇ弟だな。だったら偉大な兄ちゃんが力貸してやるよ」


 ジンは残った僕の左腕を引っ張り立たせ、そして聖剣を手にする。彼が何をするのか、僕には分からなかった。だが、そんな僕を無視して、ジンは聖剣にむかって叫ぶ。


「おいクソ聖剣!!お前は勇者以外の生命力も吸えるのか!?どうなんだ!?聞いてんだろ!?」


 ジンがそう問いかけると、魔王はぴたりと足を止める。彼の言葉で、僕も魔王も、彼が何をしようしているのか分かったのだろう。


 だが、それを待ってくれる程、魔王は馬鹿ではない。剣を構えると、風より早く僕らに向かって走り出す。


 が、突然聖剣が光りだし、聖剣の光が結界となり、魔王は僕らに近づく前に結界に阻まれ立ち止まる。


「ジン、貴方の想い、伝わりました。答えはYESです。だけど今回だけですよ?こんな特例は」

「ハッ!今回も何も、俺たちは此処で死ぬんだ!今回出来るなら、あとはどうでもいい!」


 聖剣の答えに、ジンは不敵に笑い、そして僕の残った左手に聖剣を握らせると、その手の上から包み込むように手を重ね剣を持つ。


「レイ。互いに言いたいことは沢山あるだろうぜ。兎に角、今まで悪かった。こんなクソな兄貴だけど、最後だけはお前に協力させてくれ」


 ジンはまっすぐと僕の目を見つめ話す。目頭が熱く感じる。最後だけでも、彼が僕と共に歩んでくれるのが嬉しかった。彼が僕を認めてくれるのが嬉しかった。ジンが、僕とクレアの事を認めてくれて、嬉しかった。


「勿論だよ。一緒に魔王を倒して、クレアに会いに行こう!!」


 あふれる涙を拭おうとするが、僕の残った腕は既に剣を握ってし待っている。それに気が付いたのか、ジンがごつごつした片手で僕の涙を拭ってくれる。


「全く、お前は昔から変わらず泣き虫だよな。そんなんじゃあの世でクレアに笑われちまうぜ?」

「ふふっ。いいんだよ。その時には、僕には最高の嫁と最高のお兄ちゃんがいるんだ。二人がいてくれれば、僕は泣き虫だって何だっていいんだ」


 涙をこぼしながら笑って見せると、ジンはわしゃわしゃと僕の頭を撫で、そして両手で剣の柄を握りしめる。


「じゃ、そろそろ逝くか。クレアの奴、大分待たしちまっているからな」

「そうだね。気丈に見えて、クレアは結構寂しがり屋だからね」


 魔王は何度も結界を剣で叩くが、結界はびくともしない。光が更に強まり、僕らは剣を構えると、魔王は慌てたように剣を構え直す。


「「はぁあああああああああ!!」」


 不思議と僕等のタイミングはあった。全身から力が抜けていく。隣を見ると、ジンの髪は真っ白になり、僕同様かなりの生命力を抜かれているのがわかる。それに伴い、目を開けていられないほどのまばゆい光が辺りを包み、そして僕らは剣を振り下ろした。


 光は雲を、天を切り裂き、大地を斬り、魔王を切り裂いた。


 僕が覚えているのは、ここまでだ。


 この後どうなったかは分からない。


 勇者に選ばれたあの時、僕の運命は大きく狂ってしまった。いや、その時には既に手遅れだったのかもしれない。


 とりあえず今分かる事は、咲き誇る青い花の先に、大好きな彼女とお兄ちゃんが待っているという事だけだ。


 僕は笑顔で手を伸ばし待っている二人の元へ走る。


 綺麗な青い花は舞い上がり、僕らは光の中へと包み込まれていった。


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[良い点] 非常に面白かったです。 [気になる点] 誤字報告 「分かった。僕は必ず勇者を倒してくる。その時はクレア。僕と結婚してくれ」 ↓ 「分かった。僕は必ず魔王を倒してくる。その時はクレア。僕と結…
[良い点] 面白いんじゃあああああ!!! 一人称で主人公の心情が描かれてたのが他の作品より自分好みだった。 [気になる点] 誤字ぃぃぃぃ! [一言] お手本にします。
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