Ⅷ
「そこな少年」
肩を掴まれて、エイは強制的に動きを止められた。
「我が部活への入部を許可しよう」
「は?」
間抜けな声を出してから振り返り、エイはギョッと目を見開いた。目の前にいるのは、エイが唯一、気になった部活の部長だ。
舞台上で見た時以上の気迫に、エイは思わず喉を鳴らす。無造作に切り揃えられた髪は、一度は金色に染めたみたいだが、色落ちして頂点は黒く、肩の部分は金髪だ。
銀色のピアスを耳に付け、乱れて着るワイシャツの胸元には、金色の丸いペンダントが、体育館のライトの光に当たって輝いて見える。どこからどう見ても不良の親玉としか思えない先輩は、エイに人懐っこい笑みを浮かべた。
「こいつを受け取れ」
「うえ?」
突きつけられる様に渡されたのは、入部届けとボールペンだ。先輩は腕を組み、書き終わるのを待っている。
「あ、あの……」
「ん? 書き方は、そこの余白に名前を記入するだけだ」
「いえ、書き方ではなく、何で俺?」
視線を周りにいる生徒へと向けるが、全員が示し合わせたかのように目を反らしていく。エイは妙な孤独感に襲われた。
「お前。今朝、一人の生徒を助けただろう?」
「え? は、はい」
助けたと言っても、あれは単なる自己満足だ。自分がもし同じ状況に陥った時に、誰かに助けてもらえるようにと、臆病な自分への願掛けなので、褒められることをしたつもりはないし、恩を着せるつもりも無かった。
「俺は感動した。現日本社会を生きる中、あのような正義感が溢れる行動をした少年を、そしてその少年が我が校に入学してきたことを、奇跡だとすら思った」
話しの雲行きが怪しくなってきた。エイは仕切りに視線を動かして助けを求めたが、誰一人として助けようとする者はいない。隙を見て自力で逃げ出そうと一瞬だけ考えたが、掴まれた肩が異様に痛く、身動きが取れない。おそらくは、名前を書くまで離さないつもりだろう。
「我が、研究部はお前のような少年を待っていた。さあ、入部届けにサインをして、共に研究をしようではないか!」
「何のだよ!」
「企業秘密だ」
つい叫んでしまったが、あっさりとかわされる。どうしようかと考えあぐねていると、持っていた入部届けとボールペンを誰かに取られた。
「え?」
「…………はい。これでいいですか?」
ユウはニコニコと微笑みながら、先輩に入部届けを手渡した。突然のユウの出現とユウの流れるような動作に、先輩も少なからず驚きを隠さずにポカンとしていたが、すぐに満足気な笑みを浮かべ、入部届けに目を通した。
「羽丘、勇気か。ふむ、まあいいだろう」
先輩はエイから手を離し、入部届けをズボンのポケットにしまった。エイは先輩の手から解放されて、ホッと溜息を零す。
「大丈夫だった?」
ユウは手を後ろで繋ぎ、前屈みでこちらを覘き込んできた。その目は本当に心配している目だったので、エイは嬉しさと申し訳なさで頭を下げた。
「わりぃ。つーか、お前こそ良かったのか?」
「何が?」
「何がって、部活」
「ああ。別にいいよ、気にしないで」
ユウは何でもないように言うので、エイは余計に心苦しかった。いくら、エイが困っていたからと言って、学生にとって勉強の次に大切な部活決めを、自分を助けるために決めてしまうなんて……。エイは一気に顔を上げてユウと目を合わせた。
ユウはキョトンと目を丸くさせた後、笑みを浮かべたままエイに何かを手渡した。
「え?」
「だって、エイと同じ部活に入れるんだ。良いに決まっている」
「は?」
「ふむ。部活では友との友情もイベントの一つだからな」
後ろから先輩はエイの両肩を掴んで離さない。しかも先ほどよりもかなり強い力で押さえつけてきている。
「青春・勉学・恋愛。この三つの要素を全て堪能できるのは、我が研究部に他ならない」
「今なら友情も付いてきますね」
「ほう、それはお得だな」
「どこの夜中の通販番組だ!」
エイの叫びに、先輩は眉を顰めた。
「む? 通販か。アレは中々、いい物を見つけるのに苦労するぞ」
「やはり、欠陥品とかあるのでしょうか?」
「いや、欠陥ではなく、詐欺だな。金属バット5本セットを購入してみたが、純金ではなく全てメッキだったのだぞ?」
「そりゃあ、普通はメッキでしょう?」
純金で造られたバットを、夜中の怪しげな通販番組で売っているはずがないし、そもそも普通のスポーツ用品店にすら売っているわけがない。
今、日本で採れる金の残量は他国に比べて多いとされているが、それも都市鉱山のリサイクル的な物の考え方であり、自然鉱山の方は昔、海外に安値で売り払ってしまい、ほとんど採れないとされている。つまり、日本が黄金の島と言われたのは過去のでき事であり、今では十分に貴重な鉱物とされている。
エイは呆れ顔で先輩を見ていたが、先輩のほうは到って真面目な面顔になり、握り拳を作っての力説が始まった。
「否! バットの素材に金を使用していると語っているならば、純金百パーセントでなければいかんだろう!」
「確かに、通販の商品売買においては、商品を買い手側が直に手に取り検証することは完全に不可能です。それゆえ売り手側が下手に誇張した宣伝文句を述べれば、買い手側はそれを信じるしかなく、互いの間に情報のズレが生まれるのは確実です」
先輩の話しにユウが加わり、先輩はさらに熱く語る。
「そうだ。あの通販番組は、見事に買い手側の深層心理を巧みに操り情報操作を施して、いたいけな買い手側から金を踏んだくるという悪徳非常な行為を行った!」
「それで、どうしたんですか?」
聞きたくはない。だが、聞いてみたいのも事実だったので、エイは会話に加わってみた。
「ふっふっふ。なぁに、少し通販会社に適切な“アドバイス”を送りつけて、賠償金をきちんと受け取ったに決まっているだろう」
ニヤリと笑う先輩の顔は、まさに悪の総大将だ。その“アドバイス”がどのようなものかは、知らない方が良いと判断して、エイは顔が引き攣りながらも、無理やり作り笑いを先輩に向けて話を反らすことにした。
「せ、先輩」
「何だ?」
「そ、そろそろ教室に戻りたいんですけど」
色々な雑談をしていて、体育館には新入生は十数人弱しか残っていない。授業終了まで残り約3分。
「そうだな。ならば書くが良い」
「うん。速く書いて教室に行こうよ」
二人に笑顔が張り付き、言葉が重なる。
「「さあ!」」
「…………はぁ」
エイは溜息と共に入部しないという選択肢を、自分の中から吐き出した。
ノリの良い先輩系は書いてて楽しいので大好きです(笑)