Ⅶ
エイとマサは一緒に登校し、教室まで行く。その間の話題は、通っていた塾の事や春休みの事、勉強の事を話すとネタは尽きなかった。教室に着くと、エイはマサに片手を上げて別れを告げる。
「じゃあな」
「うん、楽しかったわ。またね」
マサと別れ、自分の席に向かうと、前の席を中心に女子生徒たちが取り囲んでいた。エイは今すぐ速攻で逃げ出したい気分に陥りながら、残念な事に席替えまでは代わってくれない自分の席に着き、椅子に深く座った。
「お早う、エイ!」
鈴を鳴らしたような凛として明るい声が、女子生徒の囲いを2つに割った。別に避けなくてもいいのにと、思いながらエイは片手を上げて、その声に答える。
「お早う。羽丘」
「ユウでいいって、言っただろう?」
「いや、そこまで親しくないから。羽丘にさせてくれ」
「そう? いつでもユウって呼んでいいからね」
ユウはニコニコと微笑を浮かべ、周りにいる女子生徒たちの顔を林檎のように赤くさせていく。まるで魔法だ。
エイは鞄から筆箱とメモ帳を出して机の中に入れ、空になった鞄を机の横のフックに掛けると、何も無い机の上で肘を付いた。両の手の指を絡めて伏せたお椀のような形にし、絡めた指たちの上に顎を乗せて、深く溜息を吐いた。
「あれ?」
「ん?」
ユウが徐に、手を伸ばしエイの頬に触れる。周りの女子生徒たちから黄色い悲鳴が同時に上がったが、ユウは特に気にせず胡乱な目をユウに向けた。
「何?」
「……これ、どうしたの?」
ユウが指先で触れている部分は、さきほどのチャラけた格好をした男子たちに殴られた箇所だ。傷にはなっていないが、少し赤くなり障ると電気が走るように歯茎が痛む。
「ああ、これ? ちょっとあってな」
「ちょっと?」
「まぁ……」
エイは先ほどの出来事を簡潔に説明した。登校中に喧嘩のようなものがあり、間に入ったら殴られたと。
「それは……」
「自己満足だから、別に気にしてないよ」
「そう、なんだ」
「? ああ」
何か含みのある言い方が気になったが、ユウはニッコリと笑顔に戻り「気にしないで」と言い、身体を前に向けてしまったので、何も聞けないまま話はそこで終わった。
先生が教室に来るまでの間、ユウは周りにいる女子たちと話し、エイはぼんやりとして過ごす。
先生が教室に入ってくると、生徒は散り散りになり自分の席に着き、LHRが始まった。
1時間目は簡単な自己紹介で終わり、2、3時間目は体育館で部活紹介が行われる。昨日、入学式で見た時と同じようにパイプ椅子が陳列されており、エイは昨日と同じパイプ椅子に座って部活紹介を見る事になった。
運動部の紹介はほとんど実技的なもので、文化部は説明的なものが多かった。特に記憶に残ったものは、部員が少なく同好会としても廃部寸前の部の宣伝が、酷く切実で思わず同情して入部したくなるような紹介の仕方で印象的だった。
入り口で貰ったパンフレットを捲り、思い耽ってみるが、やはり特に入りたい部活動は見当たらない。ただ、唯一気になる部活と言えば……。
「研究部か……」
部活紹介の時、髪の毛先だけを金色に染めた不良のような先輩が、舞台上で一言「企業秘密だ!」と言い放って終わった謎の部活。1年一同がざわめき戸惑う中、先生たちは肩を竦めたり、溜息を吐いたり、吹き出して笑いを堪えていたりして、特に注意のような者がいなかった。
それだけに、1年の感心はかなり研究部に向いたが、何をやるのかも分からない研究部に入ろうなどと言う輩は誰一人としていない。
一体、何を研究し、何が秘密なのか非常に気になった。エイはパンフレットから視線を上げて体育館の後ろの方を見た。部活紹介が終わり、入部会が行われている。
今、見た部活の中で、入りたい部活が見つかった人は、体育館の後ろで待機している部長たちから、入部届けを受け取り、その場でサインして入部する。まだ考え中の人は、そのまま教室に戻って待機していてもいいと言う合理的な方法だ。すでに半数以上の生徒たちが移動をしていて、パイプ椅子に座って悩んでいる生徒は数十人程度だ。
エイはパンフレットを閉じて席を立ち、教室に戻ろうと体育館入り口に向かった。