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第1章


ピピピピピピピピピピピピピピピ―――――――ッ。


 バンッ


 けたたましく鳴り続ける目覚ましを、手の平で叩いて黙らせる。カーテン越しに窓から漏れる光と、雀の鳴き声から今が朝だと思い知った。昨晩は、いつも通りの時間に布団に入ったはずだが、緊張していたのか眠れず、時計版が今日に代わった辺りまでの記憶はある。おそらくはその時間に眠りに落ちたのだろう。

自分の周りだけ重力が倍になったように感じ、億劫ながらもゆっくりと上半身だけを起こして時計版を見る。まだ重い瞼を手の甲で擦り、無理やり開かせて再び時計版を見ると、時針は七と八の間を、分針は五と六の間を差していた。

 つまり七時二十七分。


「って、マジかよ!」

 掛け布団を足で蹴り払い、ベットから飛び起きてドアの方へ走って向かう。乱暴にドアを開け放ち、廊下に出ると、勢い余って壁にぶつかりながらも奥の階段を二段抜かして下りてリビングへ滑り込んだ。

「お早う、英幸」

「お早う、母さん。パン、貰うね」

「英幸。飯くらい、テーブルで食べなさい」

「いふぁんふぁ、ふぁいんふぁふぉー」

 英幸は自分の席に置いてあったトーストを口に頬張ると、コップに入ってあった牛乳で、胃に流し込んだ。

「ごちそうさま!」

 手の甲で口周りに付いた牛乳を拭くと、目を合わそうとはせず、黙々とフォークでウインナーを食べている父と、優雅にカップで紅茶を飲んでいる母に背中を向けて、次の言葉が来る前にリビングを出た。

 英幸が次に向かったのは洗面台だ。青色の歯ブラシに、歯ブラシ粉を付けて、適当に磨き水で口を漱ぎ吐き出す。

 本来ならば、洗顔を付けて顔を洗いたいところだが、今日は時間が無いので水洗いで終わりにさせた。霧吹きを髪に掛けて、ブラシで簡単に梳かす。褐色の髪に、黒い瞳。そして良くも悪くもない顔つきは、自分でも地味だと思うが、不細工よりはマシだと思っている。

 ブラシを洗面台に戻して、自室に戻り着替えを行った。白のワイシャツと黒の学ランに身を包む。去年までは臙脂色のブレザーだったので、少し不思議な感じがした。机の横に下げていた紺の鞄を背負い、部屋を出て階段を下りた。

「あ、お兄ちゃん」

「よ、サキ」

 十分前行動が当たり前の妹に追いつき、英幸はようやくホッと息を吐き出した。自分と同じ髪色に、少女らしい少し丸めの顔付きは、家族の贔屓目がなくとも愛嬌があるように見える。猫のイラストが描かれたティーシャツと、赤い短パンを着こなし、肩までしかない髪には寝癖なのか二三箇所、外側にはねていた。

「速く行かないと、遅れるんじゃない?」

「? 何で」

「だって、いくら兄さんの通っていた中学校よりも近いからって、高校は私の行ってる中学校のもっと先にあるじゃん」

「! だったな」

 両手を打って納得している場合ではない。今年の三月に、英幸は都内にある私立中学校を卒業し、そのまま敷地内にある高等学校ではなく、地元の都立高等学校に進路変更をした。両親はもちろんの事、大反対したが、英幸の意志は固く、信頼できる先輩に協力してもらい、何とか都立高等学校の願書を提出し、半ば強引に両親を納得させたのだった。そのため、今年に入ってから、ただの一度も父と会話を交わしたことは無い。だが、後悔はしていなかった。

「行って来ます」

「頑張ってね」

 サキの言葉に手を上げて答えると、エイはサキの横を通り過ぎ、玄関横の靴箱から新しい学生靴を取り出して、つま先を地面に叩いて履いた。

「よし!」

 玄関の鍵を開けて、外に飛び出す。白い石畳の道を通り、門を開いて閉じる。数ヶ月前までは、この時間よりも一時間も早くに家を出ていたので、全てが新しく見えた。

 空は太陽の恩恵を浴びて、水色に近い青の色を一面に広げているし、雲は薄く伸ばしたものを所々に敷いている。英幸は目を細めて、踵を返して見慣れた街の中を行く。

 ガードレールの無い歩行者のラインだけを引いた狭い道に、自転車や車の気配は無い。もし自転車や、車が来たとしても、曲がり角の度にミラーが設置されているので、危機感は無かった。

 しばらく真っすぐに進むと、道が開けて大通りになる。そこには、自分と同じ学ランを着た生徒が何人か、登校をしている。女子は白いスカーフの黒のセーラー服だ。

 英幸は流れに沿って歩くと、願書を提出して以来の、高等学校の校舎が見えてきて、足を止めた。

「ここ、なんだよな」

 英幸は感慨深げに息を吐き、校舎を見上げた。

登校する生徒たちは、門の少し手前で立ち止まる英幸に、不審な視線を送るが、そんなもの今の英幸には埃が服に付くのと同じくらい気にならなかった。ここから全てが始まる。そう思うだけで、胸の奥が熱くなり、夏のような暑さを感じた。

「ねえ、君。もしかして英君?」

 肩を叩かれ我に返り、振り返ると見覚えのある少女が立っていた。

 肩まで伸ばした黒い髪の前髪には赤い花柄のピンを付け、瞳は大きく愛嬌のある顔立ちをしている。他の女子生徒と同じようにセーラー服を身に纏い、右胸には自分が襟首に付けているものと同じ緑色の校章を、黒い布の上に付けていた。

 この校章は、各学別に色が分かれていて、赤は三年生、青は二年生、そして緑色は今年入学する一年生のものだ。

 エイは校章と彼女の顔を見比べて思案し、思い至ったと同時に両の手を打った。

「あ、マサ?」

「正解。でも、少し時間が掛かったのが、気になるわね」

「髪が短くなっていたからさ」

 マサとは、小学校の時から通っていた塾で、同じクラスであり、席が隣同士だった仲だ。二人とも進学推進クラスに通い、主要五科目を日別に毎日、三時間、勉強をしていた。

授業内容にはもちろん英語や国語の発声練習なんかもあり、そういう時によくペアになっていたので、それなりに気の置ける存在だ。

最後にマサと会ったのは、塾の中学生クラスを終了した時なので、二ヶ月前になる。その時のマサの髪は日本人形のように長く、腰くらいまであったので、髪を切ってしまったことに驚きだ。マサは英幸の言葉に目を輝かせながら、髪先を摘み上げた。

「英君が、髪の毛、短い方が可愛いって言ってくれたから、切ったんだよ?」

「? あれ、そんな事、言ったっけ?」

 英幸は宙を仰ぎ、記憶の糸を辿る。確か、髪は短い方が目に悪くないとは言った覚えがあるが、可愛いと言った記憶は皆無だ。

 マサはカメラのフィルムのような動きで、表情を変えて、不満を顔中に出した。

「まさか、覚えてないの?」

「いや、髪が長いと、テストとか、ノートを写すのに邪魔かな? っていうような事を言った覚えはあるんだけど……」

 しどろもどろに、後退しながら説明するが、マサの耳に届いているかは分からない。マサは一気に顔を上げて、筆記用具しか入っていない鞄を英幸の横顔に思いっきり当てた。

「馬・鹿!」

 怒鳴り声を上げてから、マサは踵を返して校舎へと走っていく。その後姿を見送りながら、英幸はどうして自分が殴られたのかさっぱり分からなかった。



鞄を背負い直して気を取り直し、自分も正面玄関へ向かう。下駄箱の先の廊下に、白いホワイトボードが立てられ、クラス割りが張り出され、多くの生徒たちで賑わっていた。

 英幸は、付箋で自分の名前が張られている下駄箱に靴を入れて、背負い鞄の中から白地に緑のラインの入った新品の上履きを出して履いた。

「えっと、俺は何組だ?」

 クラス割りの前にできた人だかりの最後尾に立ち、空くのを待つ。こういう時は、無理に割り込まず順番に待つのが、敵を作らない良い方法だ。中には強引に割り込む奴もいるが、今の時間にそういう奴はいなかった。順番がやってきて、クラス割りの中から自分の名前を見つけ、人だかりの輪から外れる。

「んじゃま、行くとするか」

 英幸は、周りの流れに乗りながら教室に向かう。廊下から教室まで、中学の時とは違い、どこもかしこも古めかしく落ち着いた雰囲気のある空間が続いている。

 中学では私立と言うこともあり近代的な建築物だったのに対し、ここではほとんどがコンクリートでできた、どこにでもありそうな学校の造りだ。中学にいた時は、よく廊下を傷付けない優雅で上品な歩き方を総合の授業でやっていたが、ここではやらなくてすみそうだ。そのくらい汚れが目にとって見える。

「あそこだな」

 ホワイトボードで確認した教室を見つけると、英幸は中に入り陳列した机の上に立てられた三角形のポールの名前を見て、自分の机に座った。窓際から三列目の前から三番目。三尽くしの席だが、自分の出席番号は十七番だ。

 英幸は腕を枕にして、机の上に突っ伏して目を閉じる。朝は別に早いわけではなかったが、やはりまだ眠い。入学式までの間、少し仮眠を取ろう。そう思い、目を閉じると、すぐに瞼の裏に群青の世界が広がった。



初めましての人もそうじゃない人も、ページを捲ってくださりありがとうございます。

今回の物語では、3人の主人公がいますが基本は英幸くんがメインです。

では、この先も短いと思いますが、よろしくお願いします♪

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