入学編Ⅳ
朝倉を中心としつつある一年3組一行は敷地内にあるカフェに来ていた。
カフェ以外にも敷地内にはほとんどありとあらゆる施設が備え付けられている。これも国から生徒への配慮の表れだ。
ただのカフェに26人も同時に座れる机などあるはずもなく、彼らは6.7人ずつに分かれ座っていた。
「一緒の席だねー霧葉っ!」
「ちょっと鬼怒川さん、そんな大きな声出さないで恥ずかしい」
やはりどこでも騒がしい鬼怒川は既にクラスでも人気者であった。
だからこそそんな彼女がここまで馴れ馴れしくしてくるのは、余りそういう方面で目立ちたくない八十島にとっては少しお節介である。
「えーそんなこと言わずにさ、もっと楽しもうよぉー」
「はいはい楽しんでます〜」
(正確に言えば席じゃなくて、卓なんだけどね。て言うか鬼怒川さんってこんなキャラだったっけ? まぁ先生の前じゃ無いってのもあるのかも……)
だからこそこうやって少しでも少人数ごとに分かれることができたのは八十島にとっては幸運であった。
現に今二人は男子2女子4の6人卓に座っている。
「二人は仲がいいんだな〜」
そんな二人の向かいに座る浅倉がそう感嘆する。
「べっ、別にそんなんじゃないわよ。ただ彼女が絡んでくるだけ」
八十島はもう反射のような速度でそう返す。そんな彼女の態度が不満なのか、鬼怒川は頬を膨らます。
「へ〜、そんなに否定しなくてもいいじゃん」
「そ、そんなに否定してないでしょ」
二人の応酬は僅かながら一方通行気味ではあるが、入学式初日の仲とは大抵思えないのもまた事実である。
実のところを言えば彼女たちは入学式をブチったのだが。
「取り敢えずまで一回乾杯しない? それから話そうよ」
そんな朝倉の一声が、二人のだけが会話し続ける拮抗状態を崩していく。
確かに目をやれば、他の3人は少し困った表情を浮かべていた。やはりこういう所に気付ける視野の広さ、そしてそれを伝えることのできるメンタルは彼の特筆すべき点だろう。
「確かにー私も乾杯したいかもっ」
鬼怒川はそんな彼の案にいち早く乗り一番乗りでジュースか何かが入ったコップを高く上げる。
浅倉ほどの俯瞰的な視点までは持ち合わせていないが、こういう気遣いのできる所も彼女が人気者である所以の一つである。
「じゃあさあ、折角だし乾杯する時に一人ずつ軽く自己紹介していこうよ」
そう提案し鬼怒川は5人の顔色を伺う。
「うんっ、じゃあ私から行くね」
すると彼女はコップを掲げながら立ち上がる。
(あぁぁぁぁ、だから立ち上がんなって言ってんじゃん)
そんな八十島の心中など伝わるはずもなかった。
「名前は鬼怒川 茜音。みんなと早く友達になりたいです!」
辛そうなほど赤を強調した名前は、その赤髪とも相まって非常に印象的だ。それにそのナイスバディも合わされば友達どころか、その遥か先までも一瞬で行けそうにすら思える。
「じゃあ次は俺が」
そんな彼女に続き浅倉が声を上げる。尤も立ち上がらないあたり鬼怒川よりも常識は持ち合わせているらしい。
「俺の名前は浅倉日向。気軽に日向ってよんでよ。俺も目標はこのクラス全員で協力してこの学校生活を楽しいものにしていくことかな」
鬼怒川と似ているが、やや優等生寄りな模範解答。正しくクラスのリーダー候補の代表格、いや最早決まっていると言っても過言ではないかもしれない。
爽やかな顔に、活発的で優しい性格と常識的な思考。そのどこを取っても隙のない人間性は、人格の隙を守る三段構えの彼が目に浮かびそうだ。
「じゃあ次は……」
そう言い周りを見渡し、目が合うor会釈を得て彼女は立ち上がった。
「アタシの名前は篠崎千紗喜。呼び方は各々の任意でいいよ。詳しいこととかはもっと仲良くなったらその時にでも聞いて欲しいかな」
その前が浅倉や鬼怒川だった事を前提におくと少し堅苦しさもあるが、寧ろこのくらいの方が八十島にとっては接しやすいラインではある。
残り3人。ここまで来たらもう誰が行くかなんて些細な問題である。
(よしっ、行くわよ)
「「じゃあ次は」」
そう思ったのは彼女の真横に座る女生徒も同じだったらしい。
気まずくなり八十島は固まってしまうが、
「じゃあお先どうぞ」
そんな女生徒の声に救われる。
(何この人天使? 女神?)
間違いなく気のせいだが、八十島は後光が見えるほど彼女を見る目を腐らせてしまっていた。
「じゃあ改めて……私の名前は八十島霧葉。私には夢があって、それでここに入学した。だからこの学校での時間を有意義なものにしたい。そう思ってるわ」
軽く髪を靡かせ、目を閉じターンエンドを伝える。美しい白髪がその姿をより幻想的なものへと押し上げていく。
そんな中、
「夢か…………」
そう呟いたのは誰でもない浅倉だった。だがその呟きに気付いたものはいないが。いや、一人いた。だがそれはこの卓に座る人の中にではなく、彼らを遠くから俯瞰する第三者である。
その代わり、
「へぇ〜夢? 良いじゃんそーゆーの」
そう立ち上がりながら述べた同卓の男に皆の関心は寄せられていた。
「俺はそういう目標とかなくてさ、だから何かやりたい事を探すためにこの学校に入ったんだ」
そう述べる男の目はどこか上の空を見上げている。
「おっとぉ申し遅れた。俺の名前は白滝透、まぁ気軽に絡んでくれ」
少し変わり者なのだろうか敢えてそういうキャラを演じているのかは分からないが、少なくとも雰囲気は温和でなんとなく気がおける、そんな感じがしていた。
彼は椅子に座る直前、何かを思い出したかの様に再び口を開いた。
「おっとそう言えばだが、恐らく君の番であったろうに私が話してしまってすまない」
それは八十島の隣に座る先程の女生徒へのものだった。
「あぇ、ぁ、私? 全然良いよ。気にしてないから」
彼女はまさかそんな事言われるだなんて予想だにしていなかった。
(やっぱり変な人っぽいわね)
八十島からの評価は辛辣だが、女生徒に関しては何処となく嬉しそうであった。もしかすると、これがこれから後の出来事への火種となるのかもしれない。
そして皆の関心の的は最後の女生徒に集まっていた。
「順番のようだね……」
そう言いながら彼女は立ち上がる。少しゆったりとした口調が示すのは彼女のマイペースさなのか余裕なのか。
「私の名前は……と言いたいどころだが」
そう言いかけて止めた。既に立ち上がっていることも相まって、その注目はこの卓にいる5人では済まない。店内からチラホラと彼女に目を遣る生徒が増えてくる。
(一体何なのこの人…………)
八十島はどことない恐怖を感じていた。それは未だかつて感じたこと、想像したことすらない道の雰囲気。
(まるで…………私達とは何か違うみたい……でも…………何処が?)
そう八十島に思わせる程だ。
「果たしてこの学校にいる人間のうち何人が本当の人間なのかなぁ?」
彼女はそう意味深そうに語り出した。
「逆に気にならないのかい? 僕たちは今魔法を学んでるのかな……そう気になったことはない?」
(彼女は一体何を言ってるの……?)
八十島には彼女の発言の意図の一切が理解出来なかった。だが理解出来ない事に何処か……体の奥底にあるものが震えている気がした。
「あぁでもそうだった。君達にはあるんだよねぇ? ア レ が」
(アレって何なの…………?)
ここまで話がすすんでも彼女の言っていることの内容も、その目的も何一つとして分からない、知らないどころか、どんどん理解ができなくなっていく。
「例えばぁ……八十島さんっ!」
「え!? わ、私?」
突然過ぎる指名に驚きながらもつい答えてしまう。
「そうそう君とか凄そうだよねぇ……」
「す、凄いって何が?」
「うーん……どうしよかっなー」
すると彼女は二つ隣の席から此方へ歩き出す。
「教えちゃおっかなぁー……それとも、教えない方が良いかなぁー……」
「何? 早く言いなさいよっ」
すると彼女は先ほどまでの歪んだ笑みを正し、此方へ急激に接近した。
「じゃあさ、」
鼻と鼻が擦れあうほどの超至近距離で彼女は問う。
「貴方にそれを聞く覚悟があるの?」