入学編Ⅲ
ロングホームルームに何を話そうか、そんな事を考えているうちに時は訪れてしまった。
1クラスたったの28人。西暦時代からしたら遥かに少ない、塾の人クラスほどの人数である。
教師を選んでおきながらその程度で緊張するとは情けないと思う人も多いだろうが、寧ろ少人数ゆえに各々とのより密接なコミュニケーションが要求される。
彼にとって生徒との円滑な関係性の構築は最重要事項だ。
その為石垣にとっては十分に緊張する事態だ。
「じゃあまず俺の自己紹介から」
そんな中出た結論は"最低限のことをして後は生徒に任せる"である。
てかロングホームルームってそんなもんだろ? 彼はそう思っている。
筆ならぬチョークを黒板に走らせる。炭酸カルシウムの結晶が白い粉を飛ばしながら深緑の板に白を刻む。
「えぇ、じゃあ改めて。俺の名前は石垣凌我だ。呼び方は好きにしてくれ」
あらためてだが、一言一句言うたびに「これで良いのか?」と言う疑問がとめどなく浮かび上がってくる。
「では早速だがこの学校においての最低限のルールをお前達に伝えておく」
教育の指針が記された冊子が彼にとっての唯一の救いだ。
「校則は非常に少ない。これはお前たちの自由を少しでも尊重する為だ」
あくまで指針と学生手帳に記された条文通りに読み進めていく。
「だからこそ破った時の罰則は重い。せいぜい気を付けておくことだ」
そう注意喚起し、淡々と校則を読み進める。
「お前達が守るべき校則はたったの2つだ。1つ、この国に定められた法律を遵守すること。2つ、問題行動を起こさず健全な生徒であることを心がけること」
正気の沙汰とは思えないほどの大雑把かつ、生徒任せである。だがそれでも問題無いのだ。
彼はここまで言い終え、生徒達を見渡す。
誰も彼もが真剣な顔で生徒手帳を見ている。
不自然なほどに統一された光景。それがこの学校である。
「じゃあ校則についてはこんなもんでいいだろう。では手短に直近の予定について連絡をする」
寧ろここからが本題である。
「基本は配られたであろう授業日程通りだ。だが、一週間後の月曜日、この日は違う。」
これはこの学校の特徴の一つであり、最もここがどの様な場所かを明確に示している。
「この日から一週間。親睦を深める為の特別合宿が行われる」
これは1年時のみに行われる特別な行事だ。
「従って明日はその班決めなどをする。だから今日中に少しでも仲の良い友達を作ることだ」
その為なのかは知らないが、今日はこの授業だけで学校は終わりだ。
生徒が少しざわめき出す。隣や前後の子との軽い会話が聞こえてくる。
「最後に、知っているとは思うがここは全寮制だ。今日中にルームメイトを決めて俺の所に提出に来い」
言うべきことは全て言い切った。太時計に目をやると、10時10分。まだ授業終わりまでは25分ほど残っている。
予想していたことだが話す事が無くなった。手持ち無沙汰になったこのクラスをどうするか。
そう心配していたが、事態は思ったよりははるかに良好に見えた。
至る所で生徒同士の会話が聞こえる。そこには微笑みもちらほら。
これならもう迷いは消えている。
「では残りの授業時間は自由時間とする」
その声を歯切りに生徒の話し声は1、2割増大した。生徒同士とコミュニケーションを良い方向に築いてくれるのは、学校的にも、彼個人的にも良い傾向である。
特に鬼怒川はコミュニケーションが得意なのか一番うるさい。と言っても今はその騒がしさが一番必要な時期かもしれない。
となると残る問題は……
(やはり少しは出てしまうのか……)
ポツンの残された何人かの生徒。周りなど見えない知らないとでも言わんばかりにそれぞれ一人静寂を保っている。
(さて、どうするか…………)
この様な早い時期に彼らについての印象を固めてしまうのは不可能だ。余りにも不明瞭すぎる。
「……合宿……その時に見定めるとしよう……」
自らに向かいそう小声で言い聞かせたのだった。
学校が終わり放課後が訪れると同時に、あたりは賑やかさを取り戻す。全寮制故に敷地内には全学年の生徒が跋扈し、飽和状態にあった。
そんな中その人数故に一際目立つ人だかりがあった。その全員は青色のリボンをしている。
だがそれだけでは無い。視野を広げると同様の人だかりが後2つほど見受けられる。
それぞれは1年生のクラスごとに構成されていた。
中でも白髪の八十島や紅髪の鬼怒川、他にも少しクセの強い1年3組は頭ひとつ抜けて目立っていた。
「うっひゃあっー、学校マジ疲れたわぁ」
「いや、まだたったの1時間じゃねぇかよっ」
その声からは既にそこそこ仲が良いのも読み取れる。
そんな中一人の男が軽く手を挙げ注目を集める。
「みんな、僕の誘いに乗ってくれて本当にありがとう」
その男は爽やかな笑顔を見せそう言った。正しくリーダーシップという言葉を体現した様な彼だがその瞳には野心がある様に見えた。
もしかしたら既にこうなる様に道を敷いていたのかもしれない。もしくは今気づいている最中なのか。少なくとも八十島の憶測だが。
だがそんな事考えてるのは彼女ぐらいなのかもしれない。
「全然いいよー、寧ろ浅倉くんが言ってくれてすごい助かってるって」
「そうだぜ浅倉っ! みんなが心の中で思いながらもなかなか言い出せないことをお前は言ってくれた。みんな心の中ではお前に感謝してるに決まってんだろ」
周りを見れば、たくさんの生徒が彼に軽く感謝を述べている。そしてその言葉から推測するにかれのなまえはしれわたっているらしい。彼女は聞いた覚えがないが。
それもその筈だ。なぜなら彼は入学式の時、クラスメイトにそう伝えていたから。
だが彼の顔そんな事を気にしている様には見えない。
寧ろ、
「あいにく全員揃う事は出来なかった……」
気にしているのはこの場に来ていない生徒だ、いくら彼の様な人間でも全員を集めるのは至難の業だ。入学式に来ていなかった八十島のことは考えてすらなさそうだが。
「けど殆どの人が来てくれて本当に嬉しいよっ。じゃあ取りあえず移動しよっか」