第八話 兵器ではなく人として・・・
マミは車を飛ばしてようやく家へと辿り着いた。
だが、家に入るまでも無く、最悪の事態が発生している事が分かった。
「玄関がぐちゃぐちゃ!?・・・マナとツーちゃんは!!」
マミは靴も脱がず土足で家に入るとマナとツーの名を呼ぶ。
しかし返事はなく、二人の姿も見られない。
「まずいわ・・・まさか私の考えていた通り!?」
マミは急いで外に出ると、その時――――
「!!・・・これは」
大きな魔力の高ぶりを感じ取ったマミ。
彼女はこの魔力をよく知っていた。
「これって、マナの魔力!」
娘の激しい魔力の高ぶりを感じてマミは魔力の出所まで走って行く。
「マナ、待っていなさい!!」
愛する娘を想い、母は全速力で娘の元まで駆けて行った。
「・・・・・・」
現場に辿り着いたマミは目の前の光景に呆然としていた。
目的地の空き地まで辿り着いたマミ。
彼女の目に映るのは、なにやら奇怪な恰好をしている娘、巨大な熊のぬいぐるみ?、それに潰され伸びている男、そんな男の頭をペシペシとはたいているツー。
今まで不安で胸がはちきれん想いであったマミは気が抜けてしまい、一言呟いた。
「なにこの状況?」
その後、潰されていた男がJ地区の研究所から逃亡中の貪用カネであった事が分かり彼は連行。
駆け付けて来た警察にはマミの方から事情を説明し、そしてマナとマミ、ツーの三人は家へと戻って来た。
家の片づけは後にし、まずは話しておくことがある。
「ねえツーちゃん、あなたはあの男と共に研究所に居たのね」
「・・・・・」
マミの言葉にツーは小さく頷いた。
「そして、あなたは・・・兵器として戦いを強いられていた」
「うん・・・」
「あのカネとやらを初め、あなたが居た研究所の人間は研究費の費用集めのために闇家業をさせていた」
闇家業、そういう言い方をしたのはツーを想ってのことであった。
詳しく言うならば、彼女は多くの殺しを行っていたという事だ。
「私・・・警察に行く」
「なっ、ツーちゃん!?」
ツーの自首宣言にマナが驚く、だが、マミは首を横に振った。
「大丈夫よツーちゃん。貴方がしてきた事は全て、あのカネという男の操作によるものだという事も分かっているわ。あなたが自分の意思でした事ではないわ」
ツーに関する情報では、彼女はカネにより魔力だけでなく行動まで操作が出来る事はすでに分かっていた。彼女が心優しい子であることはマミも分かっている。
そして、そんなツーに一つの提案をマミはする。
「ねえ・・・ツーちゃん。あなた、この家で暮らしてみない?」
「え?」
「このままだと身寄りの居ないあなたは孤児院に行く必要があるのだけど・・・どうかしら、この家で一緒に家族として暮らしてみない?」
マミの提案を聴いていたマナは嬉しそうな顔をする。
彼女もせっかく仲良くなれたツーと離れるのは寂しいのだ。しかし、ツーの顔は晴れなかった。
「でも・・・私は、兵器だから・・・」
「違うよ!」
その言葉にマナが強く反発する。
「ツーちゃんは私と同じ普通の女の子だよ!」
「マナ・・・」
「そうよツーちゃん。それに、兵器はそんな顔をしないわ」
自らの行いを悔い、そして苦悩する少女。そんな彼女が兵器であるはずがない。
マミはツーを抱きしめ、そして優しく言った。
「あなたは優しい子よ。ちゃんと心を持つどこにでも居る普通の人間、兵器なんかじゃない。だから――――正直な答えを聞かせて。ツーちゃんは・・・私たちと居たい?居たくない?」
「私は――――」
自分は兵器として生み出され、そして、その生き方は決めつけられているものだと思っていた。
でも、この数日間、自分は確かに人として生活を送っていた。それは、ずっと自分が望んでいた生き方、生活であった。
もしも、もしも許されるならば・・・私は――――
「・・・・たい」
ツーの瞳から涙が零れる。
「わだじは・・・人どじで・・・ごれからも・・・マナとマミといぎたい・・っ!!」
「そう・・・・」
マミは溢れ出す感情を必死に抑えようとするツーを優しく抱きしめた。
マナも目元に涙を浮かべながら後ろからツーを抱きしめる。
この日、睡無家に新たな一人の家族が出来た。
それから兵器として生きていた少女の世界は一変した。
どこまでも暗闇だと思っていた道に光が灯り、彼女を照らしてくれた。
生物兵器ツーは、新たな人生を歩み始めた。
睡無ツーとして・・・・・。
睡無家・・・その家に住む少女、睡無マナ。
彼女の部屋にはその部屋の主であるマナと、もう一人の少女が一つのベッドに仲良く二人で眠っていた。
二人は互いの手を繋ぎながら、穏やかな表情をしている。そして、しばらくすると朝日の光に目が覚めるマナ。
「んん~~~っ」
体を起こして伸びをするマナ。
その時に漏れた声でもう一人の少女も目が覚めた。
「んむぅ・・・くぁ」
その少女は小さな欠伸を一つする。
そんな彼女にマナは目覚めの挨拶をする。
「おはよう・・・ツーちゃん」
「うん・・・おはようマナ」
布団から出て、顔を洗い目を覚まし、歯を磨いたマナとツーは居間の方に用意されていた朝食を食べながら話をしていた。話の内容はとてもありきたりなものだが、ツーにとってはそんな出来事ですら楽しかった。このように年頃の少女らしくおしゃべりをする事は、かつての自分にとって憧れていた事だから・・・・・。
朝食が終わると、〝二人〟は用意してあったランドセルを背負う。
この家の家族として迎えられてからすぐ、ツーも学校へと入る為の手続きを済ませ、そして今日、転校生としてマナと同じ小学校へと通う事となるのだ。
「ツー、忘れ物はない?」
「うん、大丈夫」
マミの言葉に大丈夫だと答えるツー。
昨日の夜は今日という日が楽しみで何度もランドセルの中身を確認していたものだ。
「じゃあお母さんいってきまーす!」
「いってきます・・・・お、お母さん」
「ええ、いってらっしゃい」
元気よく言うマナと、少し恥ずかしそうに言うツー。
まだマミのことをお母さんと呼ぶことにはどうやら慣れていないようだ。
玄関を出て元気よく出発して行った二人の姿を眺めて見送った後、彼女も自分の仕事場へと向かう仕度を始める。
小学校までの通学路の途中、ツーは少し緊張した表情をしていた。
そんなツーにマナは安心させようと言葉を掛ける。
「大丈夫だよツーちゃん、私と同じクラスになるみたいだから」
「う、うん・・・」
「家で話していた友達の二人も早くツーちゃんに会いたいって言っていたよ」
そう言って笑い掛けるマナ。
そんな彼女の顔を見ると、ツーの緊張も和らいでくれた。
あの日、もしマナと出会わなければ自分は今もカネたちに利用されて生きていたのかもしれない。
彼女があの日、自分を家まで運んで介抱してくれたからこそ、今の自分がある。
「ありがとう・・・マナ」
「え?・・・何が?」
「何でもない♪」
不思議そうなマナに、ツーは満面の笑みを浮かべて言った。