第四話 分岐点
街案内に外に繰り出したマナとツー。そこでマナは顔見知りの人物、津田マサトと偶然にも出会い、今は三人でベンチに座り話をしていた。
「そうか、じゃあその子は今、マナの家で一緒に過ごしているって訳か」
「うん、今は街中を案内しているの」
マサトはマナと供にいた少女のツーとは初の顔合わせであったため、マサトはツーのことをマナから聞く。話によれば彼女は現在マナの家でいわゆる居候の様で、今はマナがこの町の見学の案内をしていた。
ツーは二人が会話している横で足をぷらぷらと揺らし、退屈そうにしていた。
そんな彼女にマサトが話し掛ける。
「え~と、ツーちゃんだったな。この町は少し見てどうだ、良い所か?」
「・・・・・・」
ツーはマサトの質問に対して無言を貫く。
隣に居るマナは少し慌てながら彼女の代わりにマサトへと謝った。
「ご、ごめんねマサトおにいちゃん。ツーちゃん、少し人見知りと言うか・・・」
「ああ、いいよ。ごめんなツーちゃん。初対面の人間にいきなり声を掛けられても戸惑っちまうよな」
「・・・・・・」
相変わらず無言のままのツー。
そんな彼女に苦笑をするマサト。その隣でマナは少し心配そうな顔をする。
すると、マサトはベンチから立ち上がると二人にこの場から離れる為に別れを言う。
「じゃあ俺は行くわ。また今度なマナ、それにツーちゃん」
「うん、またね。マサトおにいちゃん!」
「・・・・・・」
遠ざかっていくマサトの姿に手を振って見送るマナ。
隣で座っているツーはマサトから視線を外して足をぷらぷらと動かしながら地面をぼーっと眺めていた。
マサトの姿を見送った後、マナは視線をツーへと向ける。その顔は少し不機嫌そうなものであり、頬を小さくぷくっと膨らませている。いくらなんでもあの態度はないのではないかと思った。
「ツーちゃん、ああいう時はちゃんと返事しないとだめだよ。でないと相手に失礼だよ」
マナはそう言ってツーに注意をするが、彼女は地面から今度は空へと視線を移しており、見ている風景は変わっていても相変わらずボーっとしていた。
そんな彼女の様子にマナは小さくため息を吐く。
「(まだまだ苦労しそうだな・・・)」
そんなマナの気苦労など知らず、ツーは空を見上げ続けていた。
その後、街を色々見て回った二人。
ツーは所々で目を輝かせて興味を示していた。そんな彼女の様子に少しは自分やこの町に慣れてくれたかなと思うマナ。そして、二人は次にある場所へと向かった。
そこは一店の本屋、店の名前は〝ナリッジ〟。
マナにとってはこの場所はとても感慨深い場所であった。
泣き虫だった自分を変えるきっかけとなった場所、いわば人生の分岐点であった。
「この場所はね・・・・」
「?」
突然語り出したマナにツーは不思議そうな顔をする。
そんな彼女に小さく笑いかけながらマナは話を続けた。
「この場所は・・・私が変わったきっかけの場所なんだ」
「変わった?」
「うん」
マナは頷いて答える。
あの日、過去にこの場所で自分はクラスのあのいじめっ子三人組にいじめられ、わんわん泣いていた。そんな自分を先程の少年、マサトが助けてくれたのだ。そして、あの人の言葉をきっかけに強くなることが出来た。
魔法使いに対する憧れも、もしかしたらこの時に芽生えたのかもしれない。
「いじめられて泣いていた私が変わった場所。この場所での出来事が私を変えてくれた」
「・・・・・・」
ツーは何も言わず、黙ってマナの話を聴いている。
「ツーちゃんはさ、もしも魔法使いになるとしたらどんな魔法使いになりたい?」
「・・・・・分からない」
「私は・・・強くて優しい魔法使いなんだ」
そう、自分を助けてくれた二人の魔法使い、先程出会った津田マサトとそしてもう一人、その前に自分のことを救ってくれたマサトの幼馴染の魔法使いの少女。この二人の様な強さと優しさを兼ね備えた魔法使いになることを夢見るマナ。
ツーはマナのそんな目標を聞き、小さな声で言った。
「甘くない・・・」
「えっ?」
「魔法使いは汚い人だって大勢いる。あなたの考えているような人ばかりじゃない」
マナの話を聴き、ここに来て初めてツーははっきりとした意見をマナにぶつけた。
自分のことを見ているその瞳にはどこか自分の言っている事に確信を持っている様にすら感じるマナ。だが、たとえ彼女の言う通りだとしても・・・・・。
「うん・・・でもね、優しい魔法使いがいることも事実だから・・・・」
「・・・・」
「だからね・・・たとえ甘い考えでもマナの夢はやっぱり今言った強くて優しい魔法使いになることなんだ・・・・・」
ツーの言っている事は幼い彼女でも分かっているつもりだ。だが、自分を救ってくれた魔法使いが存在する事実がねじ曲がり、消えてしまう訳ではない。ならば、例え甘い理想論極まる夢だとしても、自分はその夢を簡単に捨てる事は出来ない。
「えへへ・・・でも普通は甘い考えだと思っちゃうよね」
「・・・・・・」
「っと、付き合わせてごめんねツーちゃん。じゃあ家に戻ろうか、もうそろそろお昼の時間だし」
時間を確認すると間もなく昼を迎えようとしていた。
ツーの手を引いて家へと帰ろうとする二人。腕を引かれながらツーはマナに質問をした。
「あなたは・・・私に構うのはその夢の為?」
「えっ?」
「さっき言っていたでしょ、優しい魔法使いになりたいって。その為に誰にでも優しくしようとしてるの?」
「いや、ツーちゃんとは仲良くなりたいと思ってるけど、夢とかは関係ないよ」
マナは当たり前の様な顔で答える。
そこには偽りの無い純粋な微笑みが宿っていた。
「私と無理して仲良くなる必要なんて・・・・」
「無理なんかしてないよ!」
ツーの言葉を遮るように大きな声で彼女の考え方を否定する。
自分は決して無理をしていなければ、打算で付き合おうとも考えてなどいなかった。純粋に同じ年頃の少女と仲良くしたいという考えの元、彼女と一緒に居るのだ。
マナはツーと向き合って両手で彼女の手を繋いで言った。
「私がツーちゃんと仲良くなりたい理由は言葉通りの意味だよ」
「・・・・・・」
「ツーちゃんは・・・私と仲良くするのは嫌?」
マナはそう聞くと、ツーは俯きながらも小さく首を横に振った。
ツーのその反応にマナは嬉しそうに笑いながら彼女の手をしっかりと握って家へと目指す。
「じゃあ帰ろう、ツーちゃん!!」
「・・・・・」
手を引かれながらツーは内心、戸惑っていた。
兵器である自分は、今まで友達なんて無縁の生活を過ごしていた。
だから・・・こんな時、どんな顔をすれば、何を想えばいいか分からなかった。
しかし――――
「・・・・・・」
この時、彼女の表情には僅かな笑みが浮かんでいた。
ツーは握られていたその手を微かな力だが、確かに握り返した。マナはツーが自分の意思でこの手を掴んでくれた事を感じ取り、そして嬉しそうに笑いながら仲良く家へと帰って行った。