第二話 『ツー』
学校も終わり、マナは家の近くまで歩いてきた。
もうすぐゴールだと思うと足取りもより一層軽くなる。だが、自宅の前でマナは思わず歩みを止めた。
進行方向の先に、何かが倒れていたからだ。
「え・・何?・・・毛布?」
マナの視線の先には何やら汚れている大きな布が落ちていた。
しかも、よく見なくともその布はこんもりとして、明らかに何かがその下に隠されている。
「・・・・・・」
恐る恐るその布に近づいて行くマナ。
すると、その布がモゾモゾと動き出した。
「うわぁ!?」
驚きの声を上げながら後ずさるマナ。
すると、布が捲れ中から何かか飛び出してきた。
それは、一人の少女であった。
「女の子?」
恐る恐る近づくマナ。しかし、その少女は見たところ自分と同じ位の年齢に見える。髪は黒髪で、可愛らしい容姿をしている。しかも、かなり衰弱している様にも見え、マナは少し慌て初め声を掛ける。
「だ、大丈夫!?」
「・・・・・・」
少女から返事はない、もしかしたら危険な状態なのでは?
そんな考えが頭をよぎり、マナは急いでその少女を抱えると、すぐ近くの自分の家へと急いだ。
・・・・お腹・・・・空いた。
足も・・・裸足だから痛い。喉も・・乾いたな・・・・。
「この子・・・どこの子かしら?この辺りでは見かけないけど」
「うん・・・マナも見覚えないし、近所の子じゃないと思う」
何?声が・・・・・・聴こえて来る。
二人分の声・・・・。
少女の意識がどんどんはっきりしてきて、それの伴い彼女はゆっくりと瞼を開いた。
「あっ起きた。お母さん」
「・・・おはよう、目が覚めたかしら?」
「・・・・・・」
少女は無言のまま体を起こす。
今彼女はマナのベッドの上で寝かされていた。
「良かった・・・大丈夫?どこか痛い所とかない?」
マナが心配そうな顔で少女のことを気遣う様に声を掛ける。
その時――――
――ぐうぅぅぅぅぅぅぅ・・・・っ――
少女のお腹からとても大きな空腹を訴える音が鳴り響く。
マナとその母親は一瞬呆けた顔をしたが、母親はすぐに優しい顔で笑いながら言った。
「ご飯・・・食べる?」
「あむ、あぐ、んむ・・・・」
少女はよほど空腹だったのか、出された料理に何か入っているかもなどまるで疑わず、勢いよく貪る様に食べる。その凄まじい食欲に見ているマナは呆然と呟く。
「すごい食欲・・・・」
「あぐ、あぐ・・・んぐっ!?」
勢いよく食べていたせいで喉に詰まった少女はドンドンと胸を苦しそうに叩く。
それを見て慌てて水を差しだすマナ。
「ああ大丈夫!?はいお水!」
少女はマナから水の入ったコップを受け取ると、それ勢いよく飲み干し、どうにか詰まった食べ物を流し込めた。
ふうぅ~~っと大きな息を吐く少女。
それを見てマナも安堵から同じくふうぅ~~っと息を吐いた。
少女のそんな様子を見てマナの母親はニコニコと笑いながら言った。
「ふふ・・・お口に合って良かったわ」
そして、出された料理を全て平らげた少女は満足そうにお腹を擦っていた。
マナの母親は彼女の前にお茶を一杯差し出し、そしてテーブルにつく。
「さて・・・じゃああなたのこと・・・教えてもらってもいいかしら?」
「・・・うん」
少女はコクンと頷いて、自己紹介を始めた。
「名前は・・・ツー」
「そう・・・ツーちゃんね。私の名前は睡無マミ、この子は娘のマナっていうの」
「マ、マナです。よろしくね」
「・・・・・・」
少女は小さく頷くだけで特に何も言わなかった。
マミは質問をツーに続けていく。
「ツーちゃんはこの辺りの子?」
ツーはブンブンと頭を振って否定する。
「じゃあどこから来たのかしら?それに、ツーちゃん、どうしてあんな恰好していたの?」
ツーは今、マナの持っている洋服の一つを着こんでいた。しかし、家まで保護して大きな布を取ると、マナは顔を真っ赤にした。
布の下はツーは何も衣服を身に纏っていなかったのだ。
下着すらも彼女は着けていなかった・・・・・・。
「・・・・・・」
マナはその時の事を思い出し、顔を赤くして俯いた。
不可抗力とはいえ目の前の少女の産まれたままの姿をばっちりと見てしまったのだ。
「ツーちゃん・・・家族の連絡先は分かるかしら?もし分かるなら連絡――――」
「イヤッ!!!!」
「「!?」」
今まで静かだった少女が突然大声を出したので二人は驚く。
特にマナは思わず席から立ち上がってしまう程であった。
「いや・・・もう、あそこは・・・・いや」
ツーはガタガタと震えながら嫌々と首を小さく左右に振るう。
その様子を見てマミはツーを安心さる様に彼女を抱きしめる。
「ごめんね・・・怖かったわね・・・・大丈夫だから」
「・・・・・・」
マミに抱きしめられたツーはマミの行動に不思議そうな顔をしながらも、そのぬくもりのお蔭で落ち着いていく。
そしてしばらくし、話を再開するマミ。その後聞いた話で分かった事は彼女の名前、年齢、そしてどこから来たのか。大よそ分かったのはこれ位であった。
名前はツー、苗字は無いらしい。年齢はマミと同年齢でそして彼女はJ地区方面から来たらしいのだ。
「(J地区方面からこのE地区までこんな小さな子が一人で・・・・間違いなく何かあるわね)」
マミは冷静にツーの事をここまでの情報から分析しようとする。
だがまずは彼女の事を保護する必要がある。マミは実はこのE地区の魔法警察に所属している刑事であった。彼女は部屋を出て携帯で連絡を取る。
「・・・、もしもし?」
彼女はある人物へと連絡を取った。
かつて、J地区方面の魔法警察署からこちらに異動してきたある刑事に・・・・・・。
部屋の中で二人っきりとなった状況。
マナはこの気まずい空気の中、なんとか雰囲気を明るくしようと彼女に笑いながら話しかける。
「えっと・・・ツーちゃんは・・誕生日は何時?」
「・・・9月」
「あっそうなんだ。マナも9月なんだ、気が合うね!」
「・・・・・・」
「あ、あはは・・・」
何とか場を明るくしようと奮闘するマナであるが、正直相手の事は先程の母の質問ですらほとんど分からなかったため、何を言えば場の空気を変えられるか小学三年生には中々に難易度の高い事であった。
それでもめげずに話し掛けるマナ、しかしツーは相変わらず冷めた表情であった。
「(うう・・挫けそう)」
まるで成果を感じられない自分の不甲斐なさに思わずへこたれそうになるマナ。
そこへ電話が終わったマミが部屋の中へと戻って来た。母親が帰って来た事でホッとするマナ。
「ツーちゃん、一先ずあなたはこの家にしばらく泊まっていきなさい」
「え、お母さん?」
母親の突然の提案にマナが驚いた表情をする。
マミはマナを手招きして、部屋の外へと連れ出し、話をする。
「マナ、取りあえず彼女のことは私が警察で色々と調べてみるわ。それまでは彼女を家で預かろうと思うの。もしかしたらあの子、親から虐待の類を受けているのかも・・・」
「虐待!?」
マナが大きな声で驚きを表す。
マミは人差し指を立て、口元に持っていきしーっと声を抑える様にとジェスチャーする。
「う・・・・」
モエの指示で慌てて口を押えるマナ。
モエは静かになった娘に続けて言った。
「それで、しばらくの間は家で一緒に過ごす事になるけど、仲良くしてあげてね」
「うん、それはもちろんだよ」
「ふふ、ありがとうマナ」
マミは娘の頭を撫でて礼を言う。
頭を撫でられているマナは少しくすぐったそうに笑う。
恐らく、ツーと呼ばれるあの少女はこのような愛情を表現される行為をあまり受けていないのだろう。そうでなければ、私が抱きしめた際、自分が何をされているかまるで分かっていない様な顔をしない。あれは・・・・愛情をあまり受けずに育った反応だ。
マミは幼いマナには悟られぬ様、ほんの一瞬だけ辛そうな顔をした。
「(ツーちゃん・・・あなたは、一体どんな世界で生きていたの?)」
マミは扉の向こう側の部屋に居るツーを見ながらそう思う。しかし、そんな酷なこと、あんな小さな子供から直接聞き出すことはモエには出来なかった・・・・・。