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01

拾われた猫の魔獣♀と、宿屋を営む兄妹の、ほのぼの交流物語。

さくっと読める感じに仕上がっております。

 今日は、なんて過ごしやすい日なのだろう。


 ぽかぽかと長閑な陽差しが注いで、煉瓦造りの屋根はほっこりと温かい。屋根の上を通り抜けてゆく風も、柔らかく清々しい。

 綿雲の浮かぶ青空は澄み渡り、最高の天気だ。欠伸を一つこぼし、のんびりと目を瞑る。このまま一眠りできたらもっと最高なのだが、屋根の下からは私を呼ぶ声が聞こえてきた。


「リリー、お昼ごはんの準備できたよー」


 身体を起こし、屋根の縁にまで移動する。そこから見下ろすと、ちょうど屋根の真下に人間の少女が佇んでいた。キョロキョロと辺りを見渡す彼女に、私はここよ、と声を掛けると、少女はパッと顔を上げた。


「また屋根に居たの。リリーはそこが好きだね~」


 私は建物の出っ張りを伝いながら屋根を飛び降り、可笑しそうにはにかむ少女のもとへ近付く。

 顔の横で一つに結んだ茶色の髪と、同じ色の大きな瞳が明るく煌めく、妹分のロナ。今日の青空と同じ色の、青と白のエプロンドレスがとても似合っている。

 私はぴんと尻尾を立て、彼女の足に身体を擦り付ける。ロナは笑いながら、私の背中を撫でた。


 ロナを伴い、扉の向こうへ踏み入れる。

 その横には“陽だまり亭”という人間の言葉が掘られた看板がぶら下がっている。人間たちの間では、宿屋と呼ばれる建物なのだそうだ。



 ベルの音と共に、ロナが扉を閉める。

 すぐ側に置かれた私専用の布で、足を軽く拭い、中へ進む。


 宿屋という場所は、様々なひとが寝泊まりする事を目的としているらしい。そのため、内部はなかなか立派な造りをし、ゆったりと寛げる空間が広がっている。華美な内装ではないが、材木の色や木目が落ち着きを生み出し、陽が差し込むと木の香りと温もりで包まれるから、私はこの慎ましさがとても気に入っている。

 また小さな植木鉢がちょこんと置かれた窓辺は、日当たり抜群で、そこで眠るのは最高に気持ちが良い。私の、お気に入りの場所の一つだ。


 入口の正面には、小さなフロントと、二階の客室へ続く緩やかな階段があり、それを横切って進むと四角いテーブルと椅子がいくつも並ぶ空間が現れる。ロナたちはそこをダイニングと呼んでいた。訪れる人々が寛ぎ、また食事を取る場所なのだが、今はまだ客の姿はなくしんと静まりかえっている。


「お兄ちゃん、リリー居たよ」


 ロナが告げると、美味しいものを作る厨房という場所から、エプロンを身につけた青年が顔を覗かせる。

 ロナと同じ、明るい茶色の髪と瞳を持つ、彼女の兄のアランだ。


「お、そうか。じゃ、昼ごはんにしよう」

「運ぶね! リリーのご飯も、私が持ってく!」


 二人はカウンター席にきちんとランチマットを敷くと、料理を盛り付けた皿を並べてゆく。もちろん、私のお皿も二人の側に置いてくれた。

 今日の二人の昼食は、ピラフという料理だった。私の皿にも、パラパラのご飯と、カリカリに焼いたベーコン、それと細かく刻んだ野菜が添えられている。

 食べ始めた二人に続いて、私も皿へ顔を埋めた。ほどよい温度にまで冷まされているので、安心して口の中へ入れられる。


「リリー、美味しい?」

「ンナァ~!」

「ほらロナ、お前も早く食べな」


 スプーンを口に運ぶ二人を見ながら、私もモグモグと咀嚼する。

 パラパラのご飯と、ほんのりと香るバター、そしてカリカリのお肉。凝ったように見えないのに、どうしてこんなに美味しいのだろうか。

 色んなものを食べてきたけれど、今のところ、アランの作るご飯が私の舌に一番合う。


 二人に連れて来られた時はどうなるかと不安にさせられたが――今はそれで良かったと、素直に思う。



◆◇◆



 この世界には、二つの動物が存在している。

 ごく普通の動物と、世界に漂う“魔力”という要素に影響され通常とは異なる進化を遂げた魔獣という生き物だ。

 魔獣とは、その呼び名の通りに、魔力を持った獣。普通の動物にはない力を持っているので、その力で人間の生活を支えたり、あるいは脅かしたりする、特別な存在だった。


 ――というのが、人間たちの見解だろう。

 私からすれば、他の動物たちとは少しだけ異なる力と姿形を持つだけの、自然界で生きる生き物の一つだ。魔獣たちも、同じように呼吸して、同じように狩りをして、同じように家族を増やすのだから、そう特別な存在ではないと思っている。

 人間というのは、不思議な物の考え方をする生き物らしい。


 そして、その魔獣の中でも、さほど脅威を持たず、見目が派だったり愛らしかったりする個体は、人間たちに愛玩動物として扱われた。

 自ら進んで人間の世界に行ったものならまだ良い。だが、突然捕らえられ、意思とは関係なく鎖に繋がれ、多くの人目に晒されるものいる。どれほどの屈辱であるか、人間たちは知らない。きっと、知ろうとしないだろう。


 私は、彼らの気持ちがよく分かる。私が昔、そうだったから。


 毛足は長く、豊かに蓄えた、白と銀色の毛皮。宝石のように美しい、青い瞳。ふわふわの長い尾。それでいて、街中にいる猫たちとは違う、大きな身体とがっしりとした四肢。

 見目麗しい猫の魔獣だったから、などというくだらない理由で、私は故郷から無理やり連れてこられた。生き物ではなく、見せ物として、嫌な匂いのする富裕層の人間たち――貴族と呼ばれていたか――のもとを転々と移動させられた。


 そんな生活を強いられ、人間を好きになれという方が、無理な話だ。


 どんなに良い食べ物を与えられても。どんなに上質な寝床を与えられても。窮屈な檻に閉じ込められ、鬱陶しいほどに構われ、気の休まる日なんて一度として無かった。


 だから私は、あの場所から逃げ出した。どう褒めそやされても、これでも一介の魔獣、あの檻を破るのは不可能ではなかった。


 しかし、私の行動を制限する専用の道具があちこちに仕掛けられていたので、その全てを相手にするのはさすがに無理があったらしい。我ながら無茶をしたと思った時には、もう手遅れだ。怪我をいていないところを探す方が難しいくらいに、酷い有様だったに違いない。

 それでも気力の続く限り、連れ戻そうとする追っ手を振り払い、故郷を夢見て見知らぬ土地をさまよった。しかし、気力だけで身体に受けた怪我を克服出来るはずもなく、ついに途中で行き倒れてしまった。


 それを拾い上げたのが、この兄妹――アランとロナだった。


 しかし目覚めた時、側に居たのが人間だと知るや、私は二人に対して激しく威嚇した。時には、攻撃だってした。あの窮屈な場所へ再び連れて行かれると思ったら、とても冷静になんてなれなかったのだ。

 なのに二人は、それでもなお側に居続けた。普通の猫とは違い、身体が大きい分だけ力もある魔獣の私に、引っかかれようと、噛み付かれようと、怪我が治るまで根気強く側に居たのだ。


 思えば、私の中の人間像は、あの嫌な匂いのする人間たちだけだった。だから、この二人が彼らとは全く違うのだと理解するまで時間は掛かったし、そうだと分かった瞬間にはひどく驚かされた。

 そして、本当に下心なく接してくれている二人に、いつまでもそんな事は出来るはずがなく。

 怪我が治る頃には、すっかり打ち解けてしまった。



 私の怪我が治った時、アランは私を町の外へ連れ出してくれた。「自由に出て行って良いんだからな」と、彼は泣きそうな顔で笑っていた。

 彼は、私の“種族”がどう呼ばれているのかは知らないだろう。しかし、普通の猫ではなく、魔獣であるという事は、さすがに理解しているらしい。

 自分だって泣きそうな顔をしていたくせに、離れたくないと泣きじゃくるロナを宥め、私の意思を尊重しようとしたのだ。


 ……そこで、人間の世界から離れてしまえば、良かったのだが。


 その時初めて、私は自らの意思で、二人の側に居る事を決めた。


 もう、半年以上も前の事だ――。



◆◇◆



 昼食を終え、口元と顔を丁寧に前足で拭う私の傍らで、アランとロナがせっせと開店の準備を始めている。

 兄妹二人で切り盛りしているこの宿屋は、日中に限り、料理屋として開いているらしい。兄のアランが料理を、妹のロナがフロアを、それぞれで担っている。


「さて、店を開けるか。今日も頑張ろうな」

「はーい」

「ニャア~」


 手を上げるロナの隣で、私も前足を持ち上げる。

 ちなみに私も、この宿屋のれっきとした従業員だ。可愛さと美しさを惜しみなく振りまき、訪れる人たちを和ませる、癒しの看板猫なのだ。


「よしよし、リリー、頼んだぞ。お前が一番の稼ぎ頭だ」


 まったく、しょうがないわねえ。頼りにして良いわよ。

 ニャア、と一鳴きすれば、二人はにっこりと笑った。




 店を開いてしばらくすると、昼食目当てのお客様がぞろぞろとやって来る。

 ロナとアランへ気さくに声を掛け、入り口でお迎えする私にも笑いかけてゆく人々は、この区画で暮らすご近所さんだ。

 ほぼ全員が顔見知りで、その誰もが優しく気っ風の良い人ばかり。若い兄妹だけで切り盛りするこの宿屋を気にかけ、食材や備品などの相談にも快く乗ってくれる、頼りになる人々だ。ロナとアランも、常日頃から信頼しそう言っている。その心情を表すように、二人はご近所さんだからと言って、けして応対や料理に手を抜いたりしない。


 そんな彼らを、もちろん私も、それなりに気に入っている。猫の魔獣である私の事も可愛がってくれるし、美味しいものをこっそり分けてくれるのだ。だから「すっかりリリー目的になっちまったよ」と笑うおじさんにも、少しくらいは撫でさせてあげても良いと思っている。


 でも、ほんの少しよ。このひとたち、力仕事をしたその足で来るんだもの。正直、臭いったらないわ。


 ほんの少し触らせたらすぐに移動し、暖かい窓辺で丸くなるのが私流だ。




 ――それからも、ちらほらとお客様がやって来るが、ほとんどはご近所さんばかりだ。

 目新しい顔は、それほど多くは入らない。

 また午後の三時を回り、ダイニングはますます賑やかだが、肝心の宿屋目的のお客様はなかなか訪れない。

 それが、ここで過ごすようになってから思う、唯一の気になる点だった。




「アラン、すっかり板についたな。元から料理好きだったが、すっかり親父さんの味じゃねえか」


 食材を卸しに来る青果商の男性が、もぐもぐと頬を動かしながら告げる。アランは手を止めず、フライパンを振りながら笑みを返した。


「ありがとうございます。そうじゃないと、親父が『下手な料理をお客様に出すな』って怒鳴って出てきてしまいますよ」

「はは! 違いないな!」


 男性が快活に笑うと、別テーブルに居た女性がしみじみと呟く。


「そうか、もう二年近く経ってるんだねえ」

「本当、あっという間だね」


 自然と、彼らの眼差しが、壁に掛けられた小さな絵画へと向かう。

 質素な額の中で、肩を寄せ合い微笑む、一組の夫婦。ロナとアランによく似た、明るくて人好きそうな笑顔が輝いていた。

 それを見つめるロナとアランの面持ちに、悲観の色は無い。



 二年ほど前、彼らの両親は、突然の事故で亡くなってしまったらしい。

 この陽だまり亭という宿屋は、もともと両親が経営し、ロナとアランも幼い頃からよく手伝っていたそうだ。担い手であった二人が居なくなり、宿屋をどうすべきかと話し合われた際、アランとロナが受け継ぐと叫んだ事は至極当然の流れだと思う。

 家族で長いことやってきて、たくさんの思い出が詰まった場所なのだ。そのまま終わりだなんて、出来なかったのだろう。


 ――だが、いきなり継いで、万事上手くいくはずもない。


 なにせ当時、ロナは十歳、アランは十八歳だったと聞く。若すぎるアランとロナは、相当な苦労と勉強を重ね、四苦八苦しながら経営や接客などを学んだらしい。それこそ、両親を失った悲しみに暮れている暇すら、ないほどに。


 そして、二年の月日が経った現在、二十歳になったアランと十二歳になったロナは、宿屋の主としてしっかり店を切り盛りしている。アランは料理人が板につき、ロナは小さな身体でテキパキと働く。二人のそんな姿は、周囲にとても好評なのだとか。


 ろくに店の事を知らなかった自分たちを支えてくれたのが、他ならぬ周囲の大人たちであった――二人は、よく私へ話している。

 また二人を見守ってきた彼らも、若いのに頑張っているとしきりに褒めている。店にやって来るのは、二人の事を心配に思っているのも事実であるが、それ以上にこの場所を気に入ってくれているのだと、彼らの表情からよく分かった。


 だが、それでも、新規の客は、お世辞でも多いとは言えない。


 というのも、宿屋を受け継いで現在に至るまでの二年間に、二人が暮らす町には大きな変化があったらしい。

 町を含む周辺一帯で大きな街道の整備がされ、安全に通れるという事で大勢の人がやって来るようになった。だが、その街道から町に続く道というのが、南側なのだ。

 ちなみに、この宿屋があるのは北側。多くの人が通るのは、ここと正反対に位置する、南側。

 つまり、町の北側と南側で、少々活気の差が生まれたのだ。

 人の出入りが格段に多くなった南側では、新しい店が立ち、大きな宿屋も立った。そうなると、北側の店には人の出入りが少なくなる。

 出入り口はどちらにもあるのだが……現実は、なかなか厳しい。


 そして現在、町の商店は、南側と北側で、二大勢力として対立しているらしい――。



 私は、どちらにも良し悪しがあり、対等でしかるべきと思うが……人間たちの事情は、魔獣の私には理解出来ない。

 ここだって、良いところではないだろうか。南側の華やかな活気はなくとも、店と店、人と人の繋がりがあって温かく。自由に歩ける場所や、のんびりと過ごせる場所も、たくさん存在している。なにより、北側の人々は私に優しいし、美味しいものをこっそりと分けてくれる。


 だが、受け継いだばかりの苦労と苦難、街道整備よる人の流れの変化――この現実は、ロナとアランの宿屋にも多大な影響を与え、そこそこの知名度で止まっているのだ。


 のんびりと過ごせるのは私としては魅力的だが、やはりたくさんの人に来てもらった方が、二人も嬉しいに違いない。だから、ここで暮らすようになった瞬間から、私のやる事は決まったようなものだ。


 人間受けのいいこの美貌で、お客様をゲット。そして溢れる愛らしさで接客をし、繰り返し利用してくれる顧客を増やす。


 それが、リリーと名付けられたあの日から、私に与えられた使命であり――二人に出来る恩返しだった。



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