黒豹クンは、純情派らしい
勢いに任せて、とりあえず書いてみました。
あたしがソイツを見つけたのは、本当に偶然だった。
最高にツイてる偶然だった。
「ちょっとぉー!」
「っ!?」
「それ! それ、ちょうだい! お願いします!」
ソイツを持っていた男を、あたしは拝み倒す。プライドなんて、そんなものァ、ない。土下座でも何でもするつもりで、もう一度、お願いします! と地面に刺さりそうなくらい、頭を下げた。
「それって、これの事か?」
「そう! それ!」
男が困っているのは、声でも分かる。そりゃそうだろう。
世間広しと言えど、棒付きキャンディ、1本のためにここまで、深々と頭を下げるバカはなかなかいない。なかなか、どころか、絶滅危惧種に近いぐらいの少なさに違いない。
「ま、まあ、別に構わないが」
「ありがとう! 一生恩にきるわっっ!」
「きなくていい」
うんざりした顔で、男は持っていた棒付きキャンディをあたしにくれた。
ああ、嬉しい。超助かる。さっそく包みを解いて、キャンディを口の中に突っ込む。あ~シアワセ。
キャンディの甘さが、あたしの脳細胞を活性化させ──
「って、あれ。わお。フォルト・グラビオじゃん。びっくり」
「今頃気付いたのか」
すいませんね。糖分不足で、脳細胞が死滅しかけていたもんで。もうね、キャンディしか目に入ってませんでしたよ。はっはっは。
「お前は?」
「バレッタ・ストークス。魔法科の5年だよ。アンタの1つ下」
フォルト・グラビオは、騎士科の6年だ。フルネームは、マルコキアス・ディーン・フォルト・グラビオ、だったかな? 名前が長いのは、お貴族様特有の現象。
1年先輩で、身分も違うけど、言葉遣いは……まあ……いいや。注意されたら、改めよう。
さて、何であたしがこの男を知っていたかと言うと、彼ってば、モルワイデの有名人。
お貴族様っていう身分に加えて、長身・イケメン・めちゃ強くて、成績も優秀っていう……物語に出て来そうなヤツだからだよ。
多くの女子生徒がうっとり見とれ、ハートマークを飛ばし、黄色い声を送っている。ウワサなどではない、事実だ。目撃者が言うのだから、間違いはない。
見る角度によったら、紫や蒼色に見える黒髪。いや、元がブルーブラックだから、光の加減で黒髪に見えるのかも。背中の中ほどまで伸びた髪は後ろで1つにまとめられている。
目尻が少しつり上がった紫紺の目は、まるでアメジストのようだと大評判。雪国で育ったせいか、肌の色はまるでアラバスター。細身のように見えて、筋肉はしっかりついているらしく、誰が呼んだか、『黒豹』なんて呼ばれていたりする。
一方あたしは、武闘派魔法使い。成績は、フツー。
生まれは商家。つまりは、庶民でごさいまするよ。
短い赤毛にそばかすだらけの顔。むちむちぷりんに生まれたかったけど、それは儚い夢で終わりました。なくはないけど、あるとも言えない。普通のでこぼこ具合でアリマス。
まあ、それはともかくとして、今は授業の一環でモルワイデの近くにある森に来ていた。魔女科と魔学科の生徒がこの森で素材の採取をしているから、護衛をするという授業。
「魔法科の生徒が単独行動とは珍しいな」
「いやあ、あたし口より手の方が早いモンで、魔法使いらしい事が苦手なんだよねえ」
ウマウマとキャンディを舐めながら、フォルトの質問に答える。
しかし、このイケメンが持ってたキャンディのフレーバーがイチゴってのが、ちょっと笑える。何で持ってたのかについては、聞かないでおこう。甘党だったりしたら、親近感湧くけど。
「まあ、本当の問題はそっちじゃなくて、これね、これ。キャンディ中毒。常に口にくわえてないとなんっか、ダメなんだよねえ。で、それを許してくれるリーダーにも先生にも巡り合えず、ぼっち行動なのだよ。先生なんて、鬼でさ《嘘感知》まで使って、キャンディを没収しようとするのだよ。酷くない?」
そして付いたあだ名が『棒飴中毒』つくづく、酷い話だ。
「……そう言えば、魔法科の5年に1人、おかしなのがいると聞いていたが……」
「おかしくて悪かったな」
思わずむっとなって言い返せば、おかしいのは俺も同じだ、って喉の奥を鳴らして笑った。
むぅ……。イケメンは得だな。笑い顔を見ると、不覚にもときめいてしまうではないか。
そんな気持ちは、これっぽっちもないんだけど。
「あ、そうだ。ねえ、アンタの知り合いにシャーロットってコ、いる?」
その話題は、あたしにとってはただの思いつきだった。ところがどっこい。彼にとっては、地雷だったらしく──
「どこで、その名前を聞いた」
「ひっ!?」
なんっ……なんか、黒いの出てる! 黒いのがっ……!
「答えろ、バレッタ・ストークス」
「いや、ちょっとま──っ!」
落ち着けと言おうとしたその時、背後で何かが動く気配がした。
とっさに身を縮め、びよん、とカエル跳び。
ジャンプの魔法を同時展開したので、普通に跳ぶよりも距離が出る。
「《魔法弾丸》『ブラッディー・メアリ』」
勢いよく跳んだもんで、頭が下になるけど、体勢的には問題ない。
両方の袖口からガシャコン、と飛び出すのはあたしの専用魔法杖。
L字型の変わった形のそれを握り、解放の言葉を唱えれば、杖の長い方の先端から炎の弾丸が飛び出す!
あたしが指さした対象は、背後に迫っていたトレントだ。
トレントの姿を一言で言えば、動く大木。幹に人のような顔があるのが特徴かな。
このトレントは、人相が悪いから攻撃的なんだろう。偏見? 人は見た目が9割と言うだろう!
「面白い攻撃方法だな」
フォルト・グラビオが、面白そうに口の端を持ち上げ、バスタードソードを横なぎに一閃させる。
鼻の下っぽいあたりからさくっ、と斬れて、トレントはご臨終。あっさり片付いてしまった。
「ねー、これ、半分こってことでいい? トレントって売れるよね? 確か」
「ああ。分けるのに依存はないが、シャーロットを知っている理由についての、返答はまだもらっていないぞ。バレッタ・ストークス」
忘れてくれなかったか。ま、しゃあないな。話題をふったあたしが悪い。
「かなり突拍子もない話だけどいい? 嘘をつくな、って怒るのもなしね」
「嘘かどうか見分けるぐらいはできる」
魔法杖を袖口にしまってから、トレントを回収する。
回収先は、マジックボックス──魔法で作った亜空間収納ケース──だ。フォルト・グラビオも、あたしと同じようにトレントをマジックボックスにお片付け。
回りに人の気配はなし。それでも、念には念を入れて、遮蔽の魔法をかける。
「ここまでする必要があるのか?」
「ある、と思う。あたしさ、前世持ちなんだよね」
「ああ。なるほど。お前がおかしいのは、それが理由か」
「おかしい、言うな。変わっていると言え」
前世を覚えている、という人間は意外によく知られている。大体、5千人に1人、くらいだそうだ。この国の人口が1,200万らしいから、単純計算でこの国には240人の前世持ちがいる。
覚えている事は、人によってまちまち。
ほとんど覚えている事もあれば、ほとんど覚えていない事もあるらしい。
あたしはと言うと、わりとどうでもいいような事ばっかり覚えている。
生まれ育ったのはヘイセイ・ニッポン。日常の事柄とか、思い出すこともあるけど、一番覚えているのは、娯楽関連。アニメとかゲームとか、マンガとか、そういうのだ。
ちなみに魔法杖は、ハンドガンをモチーフにしています。銃使い、カッコイイよね。他にもショットガンとか、ライフルとか用意してゴザイマス。出番はあまりないけれど。
それはともかく、
「あたしが一番良く覚えてるのは、色んな物語でね。その中の1つに、マルコキアス・ディーン・フォルト・グラビオって名前の登場人物が出てくる話があるわけ」
物語っていうか、ゲームね、ゲーム。恋愛シュミレーションゲーム。ま、そんな話をしても、向こうには分からないから物語って事にしておく。
立ち話で終わらせるには、ちょっと長くなりそうだから、あたしは適当にそこらへんの木の根っこに腰かけた。フォルト・グラビオは、木の幹に寄りかかっている。
一応解説しておくと、マルコキアス・ディーンが彼の名前で、フォルト・グラビオが、彼の名字だ。
「んで、登場人物の紹介文が『幼馴染シャーロットの死の真相を明かすべく、騎士位を捨てて、学園卒業後もモルワイデで冒険者活動を続けている魔法剣士』ってなってたのよ」
「っな……んだと──シャーロットが……死…………」
フォルト・グラビオの顔が、瞬く間に絶望に染まる。
え?! 何この落差! ヤバくね!?
「落ち着け! まだ、死んでない! 勝手に殺すな! 怒られるから!」
「いつだ!? 何故、何故、シャーロットが命を散らさねばならない?!」
「落ち着けぇっ!」
あたしは、水の魔法を彼の頭上で炸裂させ、フォルト・グラビオをずぶ濡れにしてやった。
彼は、水圧に負けたのか、その場にしゃがみ込むような形になっている。
誰だ、感情がない人形剣士だなんて言ってたヤツ。
ゲーム中でも、こんなに感情を露わにしたこと、なかったぞ。びっくりだわ。
「すまん。彼女の事となると、どうにも……」
「まあ、アンタにも人間らしいところがあったんだなあ、って感心したけどさ」
言いながら、あたしはマジックボックスから、タオルを取り出し、フォルト・グラビオに投げた。
「その話じゃ、アンタの幼馴染が亡くなるのはアンタの卒業パーティーの日らしいよ。その物語はゲームブックみたいに、選択肢で結末が変わるんだけど、それで明らかにされる真相は何故か2つ。1つは、王家から内々に遣わされた使者が犯人だった。彼女にエリアス王子との婚約を持ち掛けたんだけど、彼女が頑なに拒むものだから、逆上してもみ合ったところ、バランスを崩した彼女が木だか石だかに頭ぶつけて、動かなくなった、っていうもの」
「婚約……だと……!?」
「先の話だってば! 落ち着け!」
見境がないって言うか、余裕がないって言うか。
「もう1つは、彼女の独り言を聞いた娘さんの証言。人の声がしたから、誰かいるのかなって、周りを探したら、目の前で、急に彼女が凍り始めたっていう、ね」
「……どっちだ。どっちが真相だ?」
「さあ? 公式にはちゃんと発表されてなかったと思うけど、ファンの見解は、頭をぶつけて死んだんじゃなくて、気絶してただけじゃないかって。その後、意識を取り戻した彼女の独り言を娘さんが聞いちゃって、凍り始めたって事なら、辻褄が合うでしょ? だた、何で、凍るのかは謎のまんまだけどね。魔法が絡んでるのは間違いなさそうだけど、心当たり、あったりする?」
剣と魔法のファンタジー世界なんだから、呪いの1つや2つ、あったっておかしくない。実際、授業でも呪いの存在については習ってるし。
「──ある。それについては、防げるだろう。だが、王家から婚約の打診だと?」
「その理由は、別の人の話で明らかになってるけど、アンタが王家に逆らわないようにしたかったらしいよ? それについても心当たりある?」
もしかしたら、その辺の事情についてもゲーム内で明らかにされていたのかも知れないけど、残念。あたしは覚えていない。
「──ある」
少しためらった後、フォルト・グラビオが頷いた。
って事は、今からでも対策がとれるんじゃなかろうか。卒業パーティーがあるのは、冬の終月の中旬。今は夏の初月だから、半年ちょい、か。決して早くはないけど、遅くもない。……と、思うんだけど、どうかな。
「バレッタ・ストークス。毒を盛られた皿を食うつもりはあるか?」
「毒を食らわば皿までってー? そうねえ……アンタの知り合いにさ、アーサー・ティム・ロット・イグラードっている?」
「いるがどうした?」
「紹介してくれたら、お皿も食べたげる。さっきの物語の話なんだけど、あたし、アンタよりティムの方が好きだったんだよね。物語の中じゃ、脇役だったんだけど」
ちなみに、バレッタ・ストークスの名前は、影も形もない。
「せっかく会って話ができるチャンスがあるんだから、掴まなきゃ女じゃないっしょ。向こうは最終学年だし、せめてモルワイデにいる間、見かけたら挨拶できるくらいの仲にはなりたいなって、思ってたのよ。なかなか上手くいかなかったけど、アンタに会えたわ」
モルワイデは6年制。
1年、2年の頃は基本的に他学科の生徒との接触は禁止。魔法の発現の仕方が、望む職業によって何を優先するかが異なるため、変な知識を入れて混乱させないようにするため、なんだそうだ。
3年、4年になると、他学科生徒との交流授業も増えるけど、学年が違うとねえ。兄弟とか親戚とか、そういうコネがないとなかなか難しい。まして、あちらはお貴族様で、こっちはしがない商人上がりの平民だ。
5年、6年になるとほとんど学科合同の実習ばっかりだけど、これまたコネなどの理由で接触は難しい。成績上位者は、顔を合わせる事も多くなるみたいだけど、あたしゃ、成績も含めて平凡ですからねえ。
「挨拶、だけでいいのか?」
「お貴族様相手に何を望め、ってのよ。名前を憶えてもらって、挨拶できるだけでここに来たかいがあるってもんよ。元々、かわいげってモンは母親の腹ン中に置いてきちゃったし」
不思議そうに首を傾げるフォルト・グラビオ。アンタもお貴族様の一員だから、あわよくば玉の輿! なんて下心があるのでは? なんて疑うんだろうけど、ナイからね。ナイ。
実家の方もそれなりに儲けてて、裕福だから、お金にも困ってないしね。
「何て言うかなー。憧れの人に会って話をさせてもらえるだけでシアワセ、って事デスヨ。庶民の願いは、いつだってささやかなモンなんだから」
「お前がそれで良いと言うなら、構わないが。──取引成立だな」
「そういう事ね」
あたしは頷き、
「で、アンタの言う毒盛り皿って?」
「氷壁の魔王の伝説は知っているか?」
「知ってるよ。魔王が住んでたっていう城は今も残ってて……グラビオ公爵家の居城になってるって……ん? グラビオ?」
あたしが首を傾げると、フォルト・グラビオは、察しが良いなと口角を持ち上げた。
「シャーロットは、グラビオ公爵の娘だ。俺は分家のフォルト・グラビオ家の養子」
「へえ。幼馴染っていうのは、そういう繋がり?」
「ああ。虐待されていた俺を公爵が助けて下さったのが縁で、分家に養子に入ったんだ」
分家の養子とはいえ、本家預かりという事で、公爵様夫婦に息子も同然にかわいがってもらったんだそうだ。
虐待から解放されただけでなく、かわいがってくれる大人に出会えた事は、フォルト・グラビオにとっては幸せな事だったに違いない。
「でも、虐待されてたって何で? 氷壁の魔王と何か関係あんの?」
「それが俺の前世だからだ。前世が魔王だった子供なんて、気持ちが悪い。恐ろしい。いつ、人間に牙をむくか、分かったモンじゃない。俺が虐待されていたのは、そういう理由だ」
「うっわ~……あぁ……でも、そういう気持ちも分からなくはない、かなあ……。でもなあ……子供でしょ~? だったら、逆にそうならないよう、かわいがって人間の味方にした方が得なような気もするし──う~ん……そもそも何だって前世がバレるような事に?」
普通は自己申告しない限り、前世持ちかどうかなんて分からない。バレるような可能性があるとすれば、生まれた時の予言……かな。
お貴族様たちの間では、生まれた赤ん坊に予言を授かるのが流行りらしい。それが、子供の為になるのかどうかは知らんけどね。
「自分で言って、自分で気づいたか。察しの通り生誕の予言だ」
「あ~……そうなんだ。あたしもあるよ、生誕の予言。『ハズレを引かない博打打ちだから、基本的に好きなようにさせておけ』って言われたらしいよ。もう、笑うっきゃないね」
「どんな予言だ、それは」
「知らないよ。そう言われた、って我が家のネタになってるもん。ちなみに、今も意味不明のまんま」
親は「予言の通りだなっ」って言ってるけど、はて? ナンノコトヤラ。
まあ、あたしの事はどうだっていいのだよ。問題は、フォルト・グラビオとその幼馴染のシャーロットちゃんの事だ。
「話を戻すけど、王家はアンタが自分たちに反抗しないよう、シャーロットちゃんを人質に取ろうと思ったワケだ。公爵家の令嬢なら、身分的にも問題ない訳だし」
「…………」
怒るなよ。まだ先の、それも、可能性の話だろぉ~? ゲームではそうなってたけど、現実もそうなるとは限らないじゃ~ん。まして、今はフラグをへし折ろうって話をしてんだし。
「でもさあ、あたしとしてはバッカじゃね? って思うんだけど」
「何がだ」
「何がって、アンタに王家への反抗心を持たせないようにするんなら、もっと手っ取り早い方法があるじゃんよ。まあ、アンタが王家に反抗する気満々だって言うんなら、話は別だけど。そこらへん、どうなのよ?」
「王家なんて、どうでもいい」
ふむ。だったら、やっぱりシンプルイズベスト、でしょうが。
「じゃあ、話は簡単だね。アンタがシャーロットちゃんと結婚すればいいんだよ」
「は?」
おい。何でそこで目がテンになるんだ、フォルト・グラビオ。
アンタ、どう見たって、シャーロットちゃんにべた惚れじゃん。何? もしかして、無自覚? 無自覚なの?
「は? じゃなくて。アンタとシャーロットちゃんが結婚して、氷壁かその近くでいちゃいちゃ暮らせばいーじゃんって話。公爵家の爵位はどうなるか知らないけど、これはどうとにでもなるっしょ。カワイイお嫁さんとカワイイ子供と一緒に暮らしてれば、王家に反抗する気になんてならないでしょ」
「俺が、シャーロットと……?」
とたん、彼の顔がぎゅーんっと赤くなっていた。おお、すごい。肌が白いだけに、赤くなるとすぐに分かるわー。茹でダコですよ、茹でダコ。耳まで真っ赤。何か、ウケる。ニヤニヤしたくなっちゃうわー。
「え~? 何~? 何なの~? そういうの、今まで考えた事なかったワケ~?」
「ひょ、氷壁は元々俺の物で、氷壁を返してもらうつもりではいた。その……氷壁の主であるグラビオ公爵の地位は、血筋ではなくて実力主義で任じられる物だから──」
北は、自然が厳しいし、魔物の被害も結構出てるって言うしねー。なるほど、納得。『黒豹』なんて言われる彼の事だから、すでに後継者候補にはなっているんだろう。
って事は、当然、シャーロットちゃんの婚約者候補にも挙がってると思うんだけどね。言わない方が面白そうだから、言わないけど。
フォルト・グラビオは、真っ赤になった顔を右手で隠している。隠しきれてないけどな!
「シャーロットちゃんの事は~?」ニヤニヤ。
「俺以外の誰かと結ばれるだろうから、氷壁の主として彼女の幸せを守ろうと──」
その時何故か、彼が左手に着けている、腕輪が目に入った。変わった腕輪だ。
水晶のような、銀のような、不思議な素材でできている。デザインは何か幾何学模様が彫り込んであって、白や青、透明の石が嵌め込まれていた。何か、氷のように冷たそうな雰囲気がある。
まあ、腕輪はどうだっていい。それよりも、だ。
「何でそうなんのよ。そこは、俺が彼女を幸せにする! って思うとこでしょー」
「いや……しかし、俺の前世は……」
「はあ? 何言ってんの。そこ、おかしい。前世が何であれ、アンタはアンタでしょー。種族が違うから、っていうのならともかく、アンタは人間。シャーロットちゃんも人間。身分的にも問題なし。だったら、どこに悩む要素があるわけ?」
「……俺が、人間?」
何で、そこで信じられないって顔するかね。獣人はいるけど、アンタはどっからどうみても、獣人じゃないしー? 魔族とか妖精とかもいるって噂は聞くけどねえ。
「人間でしょ。どっからどう見ても。違うの?」
「あ……いや、違わない……と思う」
目が泳いでるぞ、フォルト・グラビオ。
「思うって……アンタ、もしかして、前世にこだわりすぎてない? 前世は前世、今は今って割り切らないと、しんどいよ?」
「お前も、そうなのか?」
「まあ、ね。こっちの常識と向こうの常識と違うところがあって、折り合いつけるのに苦労したところはいくつか、ね。後、食べ物の問題とか。これは、大分改善されたけど」
昆布、煮干し、鰹節。
あの辺の出汁が恋しくて、モルワイデ入学前に、暴走したのさー。そのお蔭で、今はちょっとお高めではあるけれど、手に入れる事ができるようになった。同時に、実家にブイヨン研究室なるものが出来た事を付け加えておこう。
「あたしの方はどうでもいいんだけど、今のアンタの態度見てると、あの子が幸せならそれで~、なんて生き方。無理だって絶対」
「なっ!? 何故、お前にそんな事が言えるっ?!」
イケメンが怒ったー。般若みたいな顔してて、怖いけど、怖くないわよ。あたしの図太い神経、なめんな。
「何故って、アンタ、仮定の話で、どんだけ取り乱したと思ってんのよ。好きな人が出来た、なんて言われようモンなら、血涙流して、部屋に閉じこもるか、全力でソイツを排除するかのどっちかでしょうよ」
シャーロットに嫌われても構わない。俺の側にいてくれ。なんて、平気で言いそう。ヤンデレ、監禁とかありそうだから怖い。
「ぐっ……」
絶句するあたり、そんな事はしないと言い切れないとみた。まあ、素直でよろしい。
「だったら、アンタがシャーロットちゃんと結ばれる方が、アンタにとっても、世界平和的にもいい話じゃない」
「しかし……シャーロットの気持ちはどうなる……?」
「そんなの、アンタが口説きに口説いて、惚れさせればいいだけの話でしょー。アンタが本気で口説けば、大抵のコは落ちるわよ。心配ないって」
あたしは、ダメだけど。
「くどっ……!?」
「何で、そこで驚くかな? 赤くなるかな? もう、真っ赤っ赤ですよ? クリムゾンですよ。貴族の結婚なんて、ほとんどが政略結婚でしょー? 親が決めた相手と結婚するなんて普通の事で、愛情? 何ソレ、美味しいの? ってな事も珍しくないんでしょ~?」
「それは、まあ……そうだが……」
「酷い事言えば、シャーロットちゃんの気持ちなんて無視しちゃってさ、外堀埋めて、退路を完全に塞いじゃって囲い込む事だってできる訳じゃん。アンタのやり方次第だけど。でも、そういう事、したくないんでしょ?」
「彼女には……嫌われたくない……」
しょぼんと落ち込む、フォルト・グラビオ。今、うなだれる獣耳の幻が見えるわよ。ついでに、顔の赤みが引いていく。忙しいヤツだな、ホント。
「だったら、口説いてその気にさせればいいじゃん。いい? アンタがこれからやるべき事は4つ。1つ目は、氷漬けフラグを叩き折る。2つ目は、親にシャーロットちゃんとの婚約をお願いする。3つ目は、シャーロットちゃんを口説く。4つ目は、以上3つをクリアした後、あたしにアーサー・ティム・ロット・イグラードを紹介するOK?」
1本、1本指を立てて説明したら、2つ目の所でフォルト・グラビオは、また顔を赤くした。アンタのイメージ変わるわあ……。
「2つ目と3つ目の順番を入れ替える訳には──?」
「何言ってんの、同時進行に決まってんでしょ。里帰りなんてできないんだから、手紙書いて返事を待つ間、シャーロットちゃんを口説くの。口説いた後で、外堀を埋めてたって、用意周到ね、って呆れられはしても、嫌われたりするようなことはないって」
「そう……か?」
「そうよ」
きっぱり頷いたあたしは、口説くにあたっての注意事項──紳士的に振る舞え、周りの様子はもちろん、シャーロットちゃんの様子もしっかり観察しろ、などを彼に伝えた。
ガンバレ、フォルト・グラビオ。アンタが頑張れば、頑張った分、幸せになれるはずだ!
及ばずながら、応援するから、しっかりやんなさい!
どこかで見たような話ではありますが、頑張りました。次の話も、ぼちぼち書きます。
不定期のドン亀更新ですが、よろしくお願いします。