introduction last
「防いでいるだけじゃ死んじゃうよ」
薙刀の流れるような連撃が俺を襲う。紅い刃で防ぎながら反撃のチャンスを窺うが、リーチも薙刀の方が優れている。懐に入らなければ。
「随分と変わった刀だね。綺麗な装飾が入ってるのにもったいないなあ」
「お前が気にすることじゃない」
「その態度気に入らない。その刀ごと壊してあげるよ」
薙刀が高く振り上げられる。大振りになったその瞬間を見逃さず一気に距離を詰める。抜刀の姿勢から刃を振り抜く。
「今の感触は」
腹部に一太刀入れたはずだったが、切った感触がまるでしなかった。
葵が距離を取り腹部を擦る。
「危ない危ない。でも残念だったね。君の反撃も予想の範囲内だよ」
葵の周囲に濃い冷気が漂っている。俺の刃にも氷の結晶が付いている。
「あの時の僕とは違うんだよ。僕はもう負けないから」
葵のチカラ『アクア・フリーズ』は周囲の水素を氷に変換する能力。この五年で効果範囲が広がったとしても、葵の周囲には常に冷気が漂っている。季節的に空気中の水分も少ないはず。斬撃から身を守る程の効果は発揮できないはず。
「なに考えてるの。君らしくもっと殺しにくればいいじゃない。理性を失った化け物みたいにさ」
葵のチカラの全容がわからない以上決定打を与えることは難しい。今は様子を見るしかない。
「大人しい化け物だなあ。拍子抜けだよ」
薙刀が俺に向けられる。距離は五メートル。なにをする気だ。
「僕の相棒を紹介するよ」
葵の周囲の冷気が動いた。身構えた俺の左肩から血が噴き出た。
「どう、すごいでしょ」
得意げに薙刀を回す葵。薙刀からなにかが打ち出されたのか。
肩の血を結晶化し止血する。アビリティ『サプレッス・ペイン』が痛みを違和感程度に誤魔化す。
「これは僕専用の武器でね、僕のスキルを応用できるようになってるんだ。今のも僕のチカラを使ったんだよ」
あの薙刀の機能や葵のスキルも今のところは不明だ。わかったことはあいつの薙刀からは距離をとっても無駄ってことか。
「さあ、君もチカラを使いなよ。じゃないとすぐに殺されちゃうよ」
あいつのチカラも攻撃範囲もわからない以上正面からの戦闘は避けた方が良さそうだ。
「お前のチカラや武器のことを考えている暇はないみたいだな」
「きっとわかる前に死んじゃうよ」
「なら、その前に終わらせないとな」
意識を集中しチカラを発現する。自らの血を結晶に変えるチカラ『ブラッド・クリスタル』。そして自らの血を操るチカラ『ブラッド・ドライブ』。チカラの中でもレアなカテゴリーであるスキル。それを二種類発現することは限りなく稀なことらしい。だからこそ俺は一歩人間から化け物に近づいてしまったと言えるのだが。
左腕に纏っていた自らの血を拡散する。俺の周囲に紅い結晶が漂う。
「そうこなくっちゃ」
葵が薙刀を構える。
周囲の結晶を数本の刃に変え葵へ放つ。俺も紅い刃を構え接近する。
「こんな小細工通用しないよ」
刃が薙刀に砕かれていく。その隙に接近した俺も正面から切りかかる。
「無駄だって」
薙刀の刃が向けられる。刀身に銃口のようなものが備わっている。
『スロウ・センス』で各感覚を研ぎ澄まし打ち出された水を避け、背後に回る。振り向き様の一太刀を態勢を落としてやり過ごし、その態勢から顎を蹴りあげる。宙に浮いた身体に回し蹴りを叩きこみ蹴り飛ばす。
数メートル転がっていく葵。だがすぐに笑いながら立ち上がった。
「いいねー、やっとあの日みたいになってきたね」
葵の薙刀には銃口が備わっていてそこから高水圧の水を射出できるらしい。だが葵のチカラとはかみ合っていないように思える。やはり俺の知らないなにかがある。
「でも甘いよ」
葵が笑う。気付くのが遅かった。足元が凍り付いている。
笑いながら葵が接近してくる。あまり使いたくはないが、仕方ない。
薙刀が俺の首水平に構えられ動き出す。俺は理性の少しを化け物に喰わせた。
激痛と共に腰から四本の筋肉を突出させ地面を叩く。宙に跳んだ俺は背後に回り紅い刃を振り抜いた。葵の表情は笑っていた。
「やっと本性を現したね」
俺の斬撃はまた冷気、氷の結晶に防がれていた。態勢を立て直した葵が薙刀を振り回す。連撃を防ぎバリエーション『ウィップ』で距離を取る。
「逃げないでよ」
高水圧の弾丸が襲ってくる。ウィップで左右、上空へとかわし迂回しながら接近していく。
「ちょこまかとウザいなー。少し本気だしちゃおうかな」
葵の周囲に霧のようなものが集まっていく。
「さっきのお返しだよ」
その霧が瞬く間に水の塊になり、そして細かく分裂し飛んでくる。水の塊は鋭い氷の針になって俺の身体に突き刺さる。
かわしながら、致命傷になりそうなものはウィップで防ぎながら猛攻に耐える。
「いくら耐えても無駄だよ。そこに川があるでしょ、だから君の血とは違って無限にチカラを使えるんだ」
川の水を使っている。葵も俺と同じく二つ目のスキルを発現させたのか。
葵の目の前に水が集まり塊となっていく。
「これが僕のスキル『アクア・ギャザー』だよ。特別なのは君だけじゃないんだよ」
葵の手の上で大きな球体になったそれは、次の瞬間には巨大な槍へと姿を変えた。
「君の欠陥だらけのチカラと違って僕のチカラは完璧なんだよ。僕は君を殺してそれを証明する」
氷の嵐と共に巨大な槍が襲い来る。俺はもう一段階理性を喰わせた。
両腕に激痛が走り、骨の刃が突出する。それに血の結晶を纏わせ、氷槍を破壊した。
葵が両手を叩く。
「あの時と同じ姿だね。いや、まだちょっと足りないかな」
「そんなに、あの時が恋しいなら、お望み通りにしてやるよ」
ウィップにも血の結晶を纏う。上二本は鋭利な刃、下二本は血の鎧。五年前、俺が化け物になった時の姿。
「その姿の君を殺してこそ、僕は自分の罪から解放される。僕の正義を信じることができる」
葵の薙刀が水を纏っていく。それは次第に大きな刃になり、巨大な鎌へと姿を変えた。
「君の首は僕が刈り取る。かかってきなよ、化け物」
武器の形状が変わり、周囲に水の塊を浮遊させている葵の手の内はわからない。危険なのはわかりきったことだが、俺もこのチカラを行使している以上長期戦にするわけにはいかない。身体への負担もそうだが、理性が喰いつくされる。
ウィップで地面を叩き一気に距離を詰める。低姿勢から両手のバリエーション『エッジ』で切り込む。水を纏った鎌に防がれ一度距離を取り、側面に回り切り込む。その一撃離脱を高速で繰り返す。
「人間離れしたその動き、本当にクリーチャーのそれだよね。でもそんな化け物は何匹も始末してきてるんだから、相手にならないよ」
距離を取った瞬間に、周囲を薙ぎ払うように氷の刃が迫ってくる。上空に逃げた俺に巨大な氷の鎌が振り下ろされる。
「手応えあり」
氷の鎌は水に変わり葵の元へと帰っていく。ウィップで防いだがそのまま地面に叩きつけられ一本は引きちぎれてしまった。俺の意志とは別に喉から呻き声が漏れる。
「僕はまだまだ余裕だよ。本気の半分も出していないよ」
君はもう限界なの、と葵が笑う。五年間までのあいつとは酷く変わったなと思った。今の姿の俺が言うのもなんだが、哀れだった。
千切れたウィップが再生する。理性が少しずつ削られていく。
「今度はこっちからいくよ」
川の水が激しく動き出す。
「僕のチカラ見せてあげるよ」
川から水が溢れ出し津波のように空へと伸びていく。そして俺に向けて一気に雪崩れ込んできた。ビルの壁へと飛び屋上に駆け上がる。
「逃がさないよ」
氷を足場に上空に先回りしていた葵。屋上に立った俺に二本の氷槍が突き立てられる。
防いだウィップはその場で凍てつき葵の斬撃で砕かれしまう。後方に退くもそこにも氷槍が配置され残りのウィップも串刺しにされ身動きが取れなくなる。
「チェックメイトだよ」
正面から葵が切りかかる。紅い刃を抜き自らウィップを断ち横へ飛ぶ。
膝を着いた俺の頭上に鎌が振り下ろされ、間一髪紅い刃で受け止める。
「なんだか拍子抜けだなー。こんなに弱かったっけ」
「お前と違って、寒いのは苦手なんだ」
「へえ、まだ余裕あるっぽいね」
鎌が引いたのと同時に蹴り飛ばされ、落下防止用のフェンスにぶつかる。
「この季節の良さがわからないなんて君も可哀想だね。一年の中で最も幸せな時期だと思うんだけどなー」
「それは、リア充の考え方だな」
葵が大袈裟に笑う。室外機やアンテナを見境なく斬りながら笑う。
「そうかもね、君みたいに仲間も家族もいないような人間には、この幸せはわからないよねー」
可哀想、可哀想だと笑う葵。
立ち上がり紅い刃に血を流す。
「君みたいな奴は生きててもいい事ないでしょ。君はとっくに復讐っていう過去に囚われて生きているだけなんでしょ。だったらもうここで殺されなよ」
「確かに俺は過去を背負って生きている。過去の為に生きていると言って間違いない。だが俺には果たさなければならない約束がある。その約束を果たすまでは死ねない」
「死んだ人との約束でしょ」
葵の言葉に血の気が引いていく。
「そんなものの為に生きているなんておかしいよ。もう約束が果たされたってその人はいないんだよ」
そしてすぐに暴れ出した。
室外機の列に跳び、葵の側面にまわって切りかかる。振り下ろされる鎌を弾き蹴り飛ばす。フェンスに当たった葵に紅い刃を突き立てる。
「いきなり驚いたな、やっぱり彼女の話をすると怒るのかな」
横に飛びのいた葵に斬撃を浴びせつばぜり合いに持ち込む。
「俺にとってはあの約束が俺を生かしてくれているんだ。あの約束がなければ俺は本当にただの化け物だ」
「今だって化け物だよ。あいつらより多少頭がいいから達悪いけどね」
腰からウィップを突出させ葵を殴り飛ばす。鎌も吹き飛び薙刀へと戻った。
「ならその化け物をつくったのはお前だ、葵」
血を吐き捨て立ち上がる葵。
「僕があの時選択を間違えなければ、そう思っているの」
「そうだ。お前が結を見殺しにした」
葵の顔から血の気が失せる。今までにないほどの殺気を放つ。
「その罪の意識は片時も離れてくれないんだよ。ずっと僕に君っていう存在を意識させるんだ。もういい加減にしてくれよ」
俺たちの周りに氷の結晶が漂い始める。
「だから俺を殺すのか」
「そうだよ。君がいなくなればこの罪はなかったことにできるじゃないか」
「結を覚えている人は他にもいる」
「でも君ほど彼女を想っている人はいないよ。彼女も僕たちの中では死んでいった仲間の一人なんだ」
「お前は仲間の死をなんだと思ってる」
「君に言われたくないよ、裏切り者。君がいれば守れる命は沢山あった。あの時の仲間も大勢死んだ。君がいなくなったから他の人が犠牲になった。それだけ君は特別だったのに」
葵の手元に水が集まる。
「その度に僕は君の代わりをしなくちゃならなかったんだよ」
水は槍に姿を変え俺に投げられる。紅い刃で受け流し、そのまま葵へと返した。
葵から痛みの声が漏れる。左腕に槍は刺さり水に還る。
「お前も過去に囚われてるんだな」
「君が、生きているから」
葵の目から涙が落ちる。痛みと怒り、後悔の涙か。
「僕だって自由になりたいのに、君みたいな化け物がいるから」
「ならここで楽にしてやる。それと同時に俺の復讐も一つ終わる」
血を纏った紅い刃をその眼に向ける。刀身に掘られた装飾に俺の血が流れている。
「綺麗な刀だ。君にはもったいないね」
「こいつも俺にしか使えない。この世に一本だけの刀だ」
紅い刃を振り上げる。風を切り迫る音がする。
その場から跳び室外機に身を隠す。俺のいた場所に弾痕ができていた。
「邪魔が入ったみたいだね、残念」
隣接するビルの屋上に他の隊が集まっていた。どうやら包囲されたらしい。葵が誰かと通信を交わしている。
「俺を十字砲火で撃ち殺すか」
「それもいいけど、でもやめておくよ」
薙刀を広い構える葵。
「君を殺すのは僕。僕を殺すのも君。そうでないと僕の罪は消えないからさ」
周囲の冷気が薙刀に集まり水の塊を纏う。
「この世界を壊してから、それから君を殺そう。そしたらきっと僕たちは自由に殺し合える。そう思わない」
俺は立ち上がりビルの端に向けて走り出した。
葵の薙刀が屋上以上の長さの鎌を形成し薙ぎ払う。ウィップで跳躍して鎌をかわし隣のビルへと移る。
銃撃が向けられるがかまわず走り抜け、日の出間近の街へと跳ぶ。
「この世界を壊す理由がもう一つできたな」
俺は街を跳びながら、久々に過去に思いを馳せることにした。