introduction 5
「鋼、この辺りはどうだい」
路地の角から進路を確認する。とりあえず敵影はないけれど、用心に越したことはないからね。
あれ、返事がないな。俺は付いてきているはずの鋼にもう一度呼びかけた。
「ああ、わりい。この辺にはもういないみたいだぜ」
いつもの威勢の良さが感じられない。魂が抜けてしまったみたいに上の空だ。原因はわかっているけど、この調子じゃ鋼も彼らの後を追うことになる。
「しっかりしなって、鋼がどれだけ落ち込んだってあの二人は帰ってこないんだよ」
苦虫を噛み潰したような表情の彼を見ているとこっちまで気が滅入ってくるよ。俺は腰に手を当て深く息を吐いた。
「落ち込むのも無理はないし、すぐに忘れろって言っても無理な話だ。俺だって彼らのことは忘れられない。悔しいし憎いし、第一彼らを守れなかった俺自身にむかつく」
鋼が力なく頷く。
「でもさ、そう思うならいつまでも落ち込んでいるんじゃなくて、今度こそ守れるようになろうって思わなきゃ。強くなろうって思わなきゃ」
返事のない鋼の背中に思い切り平手打ちをかましてやる。
「だからいつまでも俯いてんなって。次に死ぬのは、自分かもしれない。それは肝に銘じておきなよ」
「ああ、そうだな。悪かった光。ありがとな」
「わかればいいさ」
俺たちはまた死体で溢れる路地を歩いて行く。
「このまま行くと大通りだ」
リンクトレーダーのナビを鋼が伝えてくれる。近くに二班もいるらしいし、合流するのもありだな。
「どうやらこの辺は片付いてるみたいだね」
大通りには激しい爆発の跡が残っていた。夕莉ちゃんが『ブラッド・エクスプロード』で大暴れした証拠だ。
「鋼、光、無事だったか」
狙撃用のライフルを装備した第二班の三人が歩み寄ってくる。
「室先輩も元気そうですね。那奈ちゃんも相変わらず綺麗だし」
「からかうのはやめて下さい」
まだ二十歳にも満たない那奈ちゃん。ツンと顔を背ける。照れ隠しかな、可愛いなあ。
「光、ナンパもほどほどにな」
「ほんの挨拶さ」
鋼に肘で小突かれる。
第二班で最年長の室先輩が周りを気にしている。さっそく気付いたみたいだ。
「新人二人はどうした」
聞かれるとはわかっていたけど、鋼は顔を逸らし、俺は首を振った。
「そうか、俺たちも一人やられた。狙撃地点にバグの大群が押し寄せて、俺たちは互いに援護しながら逃げられたんだが」
俺たちの間に重たい沈黙が流れる。その沈黙に割って入ってきたのは今まで距離をとっていた第二班隊長の百目鬼だった。
いきなり近づいてきたかと思えば「あいつが戻ってきた」と不愛想にそれだけ告げた。年中不愛想だし背も俺より高いから見下ろされるしで、俺は百目鬼のことが苦手だ。
「俺たちも会ったよ。彩が生きているらしいね」
百目鬼が静かに頷く。室先輩と那奈ちゃんが困惑した表情で俺達を見ている。話に入れないのは当然で、五年前から行動を共にしているメンバーにしかこの話はわからない。噂程度では広まっているらしいけどね。
「どうする」
百目鬼の問いの意味がよくわからない。あいつの言っていた「もう一度考えろ」について聞いているのか。
「これからどうするかは一度全体で話し合わなきゃいけないんじゃない」
それが的外れな答えだったらしく百目鬼は俺たちに背を向けた。むかつくな。
「あいつは、葵と会うつもりだ」
その言葉を聞いて俺と鋼は顔を見合わせた。俺達の脳裏に五年前の二人の姿が蘇る。化け物と化け物の殺し合い。あの場に居合わせた人間なら誰もがそう思うはずだ。
「わかったなら行くぞ」
百目鬼たちは停めてあった装甲車に向けて歩き出していた。
「今あの二人が合うのはまずいよな」
鋼の声に焦りが入り混じっている。
「まずいね、特に葵は」
俺たちも装甲車へと向かった。化け物と化け物が再会していないことを願って。