introduction 3
「大体終わったな」
「ああ、雑魚の相手ばかりで飽きてきたところだ」
雑居ビルの立ち並ぶこのエリアで唯一の立体駐車場。そこの地下二階で二人の男が他愛もない会話をしていた。勿論辺りは死体と血で溢れている。
「地上はどうなったかねえ。姉さんのことだから問題ないだろうが」
「いや、新米もいる。俺たちも残りを片付けて上がろう」
「相変わらず蓮は心配性だな」
「勇は楽観的過ぎるんだ。大体この前もそうやって」
「あー、わかったよ俺が悪かった。さっさと姉さんたちの所に向かおう」
「ったく、もう一度地下を確認してからだからな」
気の抜けた会話をしているが、地下空間という閉所で明かりも個人のライトのみ、それで三桁以上の化け物を殲滅したあの二人の実力はかなりのものだろう。もっとも世界が壊れてから今まで生き延びたこと自体が実力の証明ではあるのだが。
「それにしても今回のコープスの数は尋常じゃなかったな。銃だけじゃ太刀打ちできなかったぜ」
勇と呼ばれた筋肉質な体格の男がライフルのマガジンを放り投げる。彼の背中には大型の鞘が装備されている。新たな武器なのだろうか。
「確かに、なにか原因があると考えるべきか。なんにせよ防衛ラインと迎撃の体勢を考え直す必要があるな」
もう一人の冷静沈着な男、蓮と呼ばれた彼は携帯端末を取り出しなにやら操作している。彼は二丁のハンドガンとナイフ以外に装備が見当たらない。体術だけで切り抜けたと考えると勇以上の実力者なのかもしれない。
「勇、リンクトレーダーを見ろ。各隊のバイタルだ」
蓮が携帯端末を指し示す。
「この被害状況、過去最悪か」
「前衛の被害が大きい。わかっているだけでも十人はやられてる。防衛ラインに目立った被害がないのは不幸中の幸いか」
「こりゃ姉さん達のとこも心配だな」
「だから言っただろ。急ぐぞ」
死者は十人か。夜明けまではまだ三時間以上ある。ここから被害が大きくなる危険性もまだある。
あの二人、特に蓮という男とは話ができそうだ。
「雑魚の相手は飽きたんだよ!」
勇の大剣が死者を三体まとめて叩き切った。
「いい感じみたいだな」
「おう、出力にも問題はないし十分使っていけるレベルだ」
あいつらの使っている刀、ナイフは刀身を高振動させ切断性能を底上げしているらしい。数年前から開発され試験的に投入されてきたが最近になってようやく実用に耐えうる性能になったらしい。勇はその中でも大型の物を使っている。特注なのだろうか。
地下一階、地上へと繋がる通路。そこで最後の死者を仕留めた二人は壁際で一服していた。勇がタバコの煙を宙へと吐き出す。
「蓮も一本どうだ」
「タバコは吸わない。何度も言ってるだろ」
「ったく真面目な奴だな」
「そんな態度だと妹さんに嫌われるぞ」
「な、なんてこと言うんだ。望結はお兄ちゃん子なんだから、そんなこと絶対ありえねえ」
「年頃の女の子っていうのはそういう暑苦しいのが苦手なんだよ」
「俺のどこが暑苦しいって」
「顔が近いんだよ。そういうところを言ってるんだ」
少し考えながら携帯灰皿にタバコを入れる勇。蓮は携帯端末をしきりに操作している。
「さあ、そろそろ行こうか、妹離れできないお兄さん」
「お前にお兄さんと言われる筋合いはねえ!」
勇が坂を上り始めるが蓮はその場から動かない。
「どうしたんだ蓮」
「いや、少し気になることがあってな」
そう言って徐にハンドガンを抜く蓮。銃口を闇の方へ向け、引き金を引いた。
「驚いたな、現代の侍ってところか」
「驚いたのは俺の方だ。いつから気付いていた」
放たれた銃弾は迷いなく俺を撃ち殺しにきていた。刃で防いだのは避けるには対応が遅れたからだった。
闇の中から二人の前へと歩み出る。勇が鞘に手を伸ばす。
「コープスを片付けたあたりから生命反応には気が付いていた。しかもそれが俺たちの死角を通って追いかけてくるんだ。怪しまないわけないだろ」
「その端末にはそんな機能もあったのか、勉強不足だったよ」
「蓮こいつ何者だ」
「俺だって初対面さ。今から自己紹介してもらおうじゃないか」
二人が油断なく俺を観察する。
「別に名乗る程の者じゃないさ。通りすがりの、そうだな、流浪人だ」
「ほう、全国を旅しているのか。なら土産の一つや二つあるんだろ」
「土産話なら沢山あるんだけどな」
「もったいぶらずに話してくれよ」
勇がタバコに火を着ける。思いがけない形でだが話をする機会ができたのは好都合だった。
「化け物共を操っている奴と会ってきた」
予想外の話に二人の表情が険しくなる。
「大学病院の跡地にそいつはいた。五年前に死んだと思っていたんだが悪運のせいか生き延びていた。俺はこの世界の情報を求めて怪しい場所を調べていたんだ。その時は大当たりだと思った。そこでそいつを今度こそ仕留められるとも思った。だが俺が得たのは意味深な言葉だけだった」
意味深な。語尾を上げて蓮が繰り返した。
「新たなプロジェクトの始動。使えるものは再利用する。あいつはそう言った」
「どういう意味なんだ、それは」
「詳しい事は俺にもわからない。だがあいつが生きていた以上化け物共の強襲や今回の大量発生に関わっているのは間違いない。そしてこれから先なにか起こることも間違いない」
俺はプリウスのボンネットに腰をかける。勇はタバコを携帯灰皿に押し込んでいた。
「今回は真面目に答えてくれ、お前は何者だ」
携帯端末を持ったまま蓮が問うてくる。おそらく会話を録音しているのだろう。
「だから俺はただの流浪人だ。別に間違ったことは言ってない」
「ならどうして俺たちの跡を追ってきていた」
「形はどうあれこの話をしようと思っていたからだ。機会を窺っていた」
深く息を吐く蓮。そして俺を見据える。
「敵では、ないんだな」
その問いを聞いた瞬間笑いがこみ上げてきた。敵か味方か、そんなこと一人になってから考えたこともなかった。確かに俺はこいつらにとってなんなのだろう。イレギュラーな存在なのは間違いないが、敵味方と問われると返答に困る。
笑い出した俺を警戒した二人が銃に手を伸ばす。まったく正しい判断だ。俺だって今の俺を前にしたら銃を向けている。
「わるい、ちょっと思うことがあって。敵か味方かなんて聞かれるとは思ってなかった」
しびれを切らした蓮が銃口を俺に向ける。
「その言い方から察するに、敵でも味方でもないと、そういうことか」
「まあ、それが一番近いのかもな」
笑いが収まり一息つく。銃を向けられながら笑っているなんて我ながら狂ってる。
蓮が呆れ顔で俺に近づいてくる。
「詳しいことは後で聞こう。俺たちは仲間の元に行かなきゃならない」
蓮が俺の正面に立つ。俺が腰を上げるのを待っているらしい。だが俺には付いて行くつもりなんかない。
「どういうつもりだ」
「どうもこうも、俺は仲良しごっこがしたいんじゃない。俺には俺のやらなければならないことがあるんだ」
「そうか」
なら、と蓮は手錠を取り出し俺の腕に嵌めようとする。勿論捕まるつもりはないんだけどな。
ボンネットに飛び乗り手錠を蹴りあげる。落ちた手錠がガシャリと地下の空間に金属質な音を響かせる。
「話したいことは話した。ここでお別れだ」
「こっちは聞きたいことが山ほどある。大人しく付いてきてくれ」
蓮を飛び越えてコンクリートに着地する。正面から勇が捕らえにくる。
「手荒な真似はしたくないんだけどな」
突っ込んでくる勇の力を利用し腕を掴み背中に回り捻りあげる。そのまま連の方に突き飛ばす。
「てめえ!」
勇の裏拳、前蹴りを後ろに跳び避け顔面への右ストレートを左手で捌き右肘を顔面に叩きこんだ。
下がる勇と入れ替わり蓮の回し蹴りが首を捉えてくる。しゃがんで避けたところに回し蹴りの勢いのまま左足が突き刺さってくる。両腕で防ぐが蹴り飛ばされる。間髪入れずに飛び蹴りをくらいコンクリートの壁に背中を打つ。顔面に向かって右足が蹴りだされるのをギリギリでかわし左足を蹴り払い宙に浮いたその身体に、今度は俺が回し蹴りを叩きこんだ。
「また会うことになるさ。生きていればな」
「待て、お前が五年前に消えたっていう」
「さあな。そんなことより早く仲間のところに行ってやれよ。俺のことはそいつらに聞いてくれ」
二人はまだなにか言っていたが俺は踵を返しその場を走り去った。
俺には敵も味方もない。あるのは、俺の正義と約束だけか。