怪談 ーモノレールー
モノレール
あるサラリーマンの体験です。
社会人になってまだ数年のそのサラリーマンは、毎日多忙な日々を過ごしていました。帰宅はたいてい日付が変わる頃、いつもへとへとでした。その日も寝ぼけ眼で電車を降り、モノレールに乗り換えるのですが、乗車時間が短いので眠れません。うつらうつらしながら乗っていました。
モノレールですから、当然かなり高いところを走ります。ビルで三、四階分はあるでしょう。彼の住まいは終点近くにありますが、この時間帯だと降りる客は彼以外ありません。降車してもプラットフォームに人影はありません。上り、下り、いずれもです。
ある日、いつもの様にモノレールの中でぼんやり窓外を眺めていました。窓は殆ど鏡の状態です。呆けた顔の、窓に後頭部を付け、ずれ落ちそうに座っている青年が一人、映っています。その向こうに、ぽつぽつと窓の明かりや街灯に照らし出された建物が見えています。
駅に近付き減速し出します。三階建てのマンションの屋上に誰か立っているのが見えました。女性です。めかし込んでいます。モノレールから数メートルの距離で、朧に浮かぶ顔はかなりの美人です。その女性と、目が合いました。いや、気のせいだったかもしれませんが。しかし、彼女が笑ったのは判りました。そして、次の瞬間、その姿が視界から消えました。飛び降りたのです。眠気も吹き飛びました。慌てて窓に取り付きますが、すぐ駅に入ってしまいどうなったか判りません。そうこうするうち終着駅に停止しました。
駅を出て家に向かおうとして、彼は迷いました。あのマンションへ行こうと思いついたのです。しかし、行ってどうなるのでしょうか?死体を見たいなぞ、悪趣味にほかなりません。大体、彼は血を見るのが嫌いだったのです。
翌日も遅くなり、モノレールの中でまた独りになりました。あの後帰宅しベッドに横になってもあのシーンが忘れられず、ろくに眠れぬまま出社し、結局ミスを頻発して精神的に最悪の状況でした。心身ともに疲れ果て、いつもの様にだらしなく座っていました。やがて、あのマンションに差し掛かったとき、彼は屋上に人影を認めました。細かい部分はぼんやりしていましたが、服装からしてあの女性と思われます。呆然と見詰めるうち、それは掻き消えました。モノレールが停まると、転がる様に駅を飛び出しました。
その翌日から、あのマンションの前を通るときには寝たふりをする事にしました。何日もそんな状況が続いたある日の事です。いつもの様に寝たふりをして俯いていると、不意に足音が近付いてきました。隣の車両から移って来たのでしょうか?しかし、その足音は奇妙でした。隣の車両からなら横から聞こえる筈ですが、それは真ん前から来ます。駅ではありません。たとえもし駅だったとしても、プラットフォームは背後です。前から足音が近付いて来る筈はありません。その車両に自分ひとりしか居ないことは、わかっています。つまり、足音の主は、動いている車体の外から、突然入ってきた、という事になります…
サラリーマンは動けませんでした。逃げ出したいというのに、固まった様に指一本動かせませんでした。足音は彼の前で止まりました。冷たく滑った手が頬に触れ、耳元で美しい女性の声が囁きました。
『一緒に、行きましょ?』
見てはいけないと思いながら、操られる様に辛うじて動く目でそちらを見ると、剥き出しになった肉と、垂れ下がった眼球が見えました。そのまま彼は失神しました。
床に倒れている彼を発見したモノレールの職員によって救急車が呼ばれ、そのまま入院してしまいました。何日も発熱し、うなされていたそうです。
その後、彼は会社を辞め、いずこかへ引っ越していったそうです。




