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第8話「因業」


 指揮車で対面した副官は、この人物こそ部隊の責任者と言われて納得する、落ち着きと貫禄を備えた壮年の男だった。

 まず行われたのは、玄方から奪取したモノの改めての引渡し。

 元々は車両での輸送が想定されるような代物であったが、ネツキに預けておいたほうが確実というみどりの提案により、ここまで特大の背嚢に入れてネツキが背負ってきていたのだ。


「なあユート。なんでオレはここに連れてこられたんだ」

「知るか」


 二重の意味の問いに、ユウトは素っ気無く答える。

 車両中央から後部にかけての通信室。その中央に置かれた円筒を囲む形で、ユウト、ネツキ、防護服(エディ)の三人は備え付けの座席に腰を下ろしていた。ハッチはいずれも閉められており、薄暗い車内では今、みどりが小さな窓にカーテンを下ろして回っている。


「ユートが戻ったら、そのとき話すって言われててよ」

「なら黙って待ってりゃいいだろ」

「けどなユート。見てみろよこの状況」


 すでにあらかたの窓がカーテンで閉ざされている。壁際のラックに据えられた各種通信機材が、ぽつぽつと稼働状況を伝えるランプを灯している。


「オレは嫌な予感しかしないぜ」


 そしてエディの見下ろす円筒は小型の機器に接続され、それまで円筒形の複雑な金属の集合物でしかなかったモノに、機械としての息吹を取り戻させていた。


「知りすぎた人間の始末の付け方なんて、二つしかないじゃないですか」


 にこやかに。窓に目隠しを終えたみどりが円筒の前に戻ってきた。

 エディがすくっと立ち上がる。ごんと天井に頭がぶつかるが、そんなことはどうでもいいとばかりに、早口で捲し立てる。


「まあ待てオレは何も見てないし聞いてないしこれから見る予定も聞く予定もない。確かに世界のシンジツってやつには興味はある。けどオレは決めたんだ。人様の都合の悪い事実からは眼を背け、は、しないが心の中に留めておき誰にも口外しない商売にしない誰の邪魔にもならないみんな幸せハッピーエンド。つまり、何が言いたいかというと……。ここから出してくれっ」


 左側ハッチに飛びつくエディ。その背のボンベをユウトは引っ掴む。


「往生際が悪いな」

「当然だろう。オレはまだこの世の料理を作りきっていない」

「真実云々抜かしておいて、やっぱり食い物かよ。崖の上から突き落としておいて、手前だけ逃げるのか」

「それじゃあ開けますねー」


 暢気な声に空気の抜ける音が続く。車内を薄紅の光が満たした。

 ユウトに組み伏せられ、じたばたともがいていたエディの動きが止まる。


糞が(Shit)。これが人間のやることかよ」


 エディの悪態はもっともだ。

 金属製のカバーの下からは、強化硝子かプラスチックか、ともかく透過性の円筒が現れた。並々と桃色の流体に満たされた容器。その中には、ヒトだったモノが浮かんでいた。

 体格からして十歳にも満たぬ幼子だ。要らぬ器官だからであろう。両手両足は付け根から切り落とされ、代わりに小型の機械が取り付けられている。各々から伸びた三本の管は、いずれも円筒下部へと繋がり、生命維持に使われているのだと想像に易い。


 だがその程度で眼を覆ってはいられない。

 その子供には鼻から上がなかった。物理的に存在しないというわけではない。そこから上がすべて、機械の部品によって置き換えられているのだ。いや。置き換えられているという点では口も同様であろう。子供にはおよそ顔と呼べる部分が無かった。口元から伸びた一際太い管は、やはり円筒下部に繋がれている。


「人間だからできるんだ」

「さすが、元人間様が言うと説得力が違うな」


 ネツキが皮肉げに笑う。

 ユウトとて表向き平静を装ってはいるが、内心の動揺は決して小さくない。それでも激情に拳を震わせるエディを、冷静に見られる程には、そうしたことに慣れてしまっていた。


「サエの分霊を植えつけた人間の子供。これが下査衛(かさえ)の正体ですよ」


 だから続くみどりの言葉にも、なるほどな、と。感情に理性が先立った。


「おいおい、それじゃあなんだ。あの壁は飾りか」

「権威の象徴。保身の塊。即ちヒトを遮る堅硬な城壁。そんなところだろう」

「ユウトさんは穿った見方をしますね。付け加えるなら本来的な意味での、魑魅魍魎(みのり)からの防衛も兼ねていると思いますよ」


 機材を操作し円筒を元の形に戻しながら、みどりが言う。


「玄方の肩を持つのかよ。成り立ちを考えりゃそいつは後付だぜ」

「初期のものはそうですね。けど後期のものは、それも織り込んで設計し直したみたいですよ。既存のものにも改修を加えたって聞いてます」


 こんな怪しげな部隊の長を任されているだけあって、耳は相当に広いらしい。或いは甲都侵攻すら想定している可能性がある。

 だがそれよりも今は。


「これを見せて終わり、ってわけじゃないんだろう」


 サエの分霊(コピー)。オリジナルは消失している。ならばその元となったサエとは何なのか。少女が複製元でないのは、アキミの言葉が事実であるのなら間違いない。


「トラックにはこれと同じものが幾つも積んでありましたよね」

「バレてたのかよ」


 ネツキを見やると、ばつが悪そうに視線を逸らされた。


「目付け役でしたから」


 さらりと驚嘆に値することを、みどりは言ってのける。ネツキが気づいていなかったということは、その知覚可能圏外から視られていたということなのだ。

 技術(スキル)だけでは届きはしない。亜人の持つ潜在能力。その高さに舌を巻く。


「玄方は下査衛(かさえ)の増産に舵を切ったみたいです。堺の封印は捨てて、本格的に甲都に引きこもるつもりなんでしょう」

「だがオリジナルは失われている」


 ユウトさんが壊しちゃいましたからね。咎める風でもなく、首肯の軽さで口にする。


下査衛(かさえ)には大量の予備があるんです。配備されているものの内、四号甲都(アガノ)で生産されたものはその三分の一に過ぎません。ですが、四号甲都(アガノ)単体で見ても、需要の倍の生産能力があるんです。そして実際生産され、多くは予備としてオリジナル同様に休眠状態に置かれてきました」

「それを元にしているって。馬鹿な。そんなことでどうにかなるのなら、オリジナルなんてものは必要なかったはずだ」


 そして同時に、ユウトのやったことに意味がなかったということでもある。


「質の低下を量で補う算段なんだと思いますよ。下査衛(かさえ)に入れるサエの分霊(コピー)なんて、本物から比べれば塵芥。元々の力が弱ければ、咒染もどうとでもなると考えているんじゃないですか」


 これが報酬の一部です。そう言ってみどりは話を締めた。

 遮光性のカーテンが払われ、車内に陽の光が戻ってくる。だが気持ちは暗く沈んでいた。みどりの話は、アキミの言葉を間接的に裏付けるものでしかなかったからだ。

 ネツキはもの言いたげな眼でじーっと見てくるが、何だと聞いても別にの一点張り。

 常は陽気で煩わしいくらいのエディも、今は深く項垂れ、知らされた現実にショックを隠せないでいる。

 残りは夜に話すとして、それまで適当に休んでおくようにみどりは言うと、ハッチを開け車外へと降りていった。


  ◆◆◆


 貸し与えられた野営用の天幕で、大人しく休息を取っていたユウトとネツキだが、日が暮れたことで指揮車の側へとやってきていた。

 指揮車の前には、隊員のほぼすべてが集まっていた。指揮車を背に彼らと向かい合うのは、みどりと副官の二人。


「突然ですけど、私たちは宮内の指揮下から外れます」


 あまりに軽薄な裏切りの宣言。

 兵の間で低い笑い声が漂う。顔を見合わせ口元を歪め、仕方がないといった風に、揃って肩を竦めている。

 そこに緊張感は欠片もない。


「異論のある人は、……居ないですよね。居たら首でも括ってください」


 部下への無類の信頼。それはユウトに越えてきた場数の違いを感じさせるものだった。


「作戦の概略に入る前に、聞いておきたいこととかありますか」


 すっと腕が伸びる。


「隊長どの。新しい職場は三食昼寝つきでしょうか」

「タチバナくんは夜間哨戒を希望、と。ポイント高いですね」


 蛙の潰れたような嘆きもどこか明るく、隊と共に死ぬ覚悟があることを窺わせた。

 みどりの前に集う、誰も彼もがそうだった。上は中年から下は青年まで。男も女も。迷いなく、同じ信念を胸に抱き。彼らには未来があった。それがどれだけ血塗られたものかは分からない。それでも、共に進むべき道がある。


「……裏切り者」


 ぼそりと呟かれた一言に、どくりと心臓が震える。勢いよく声の方を振り向けば、そこにはにたにたと、見慣れた嫌味な笑み。


「ここはユウトには居心地が悪いか」


 覗き込むネツキの眼が、緩く細められる。

 溜息が零れた。

 幸か不幸か、ユウトにも最期を歩む輩はいるらしい。或いは三途の川の水先案内人かもしれないが。

 かつて少女にそうしたように、自然と手が伸びていた。撫でるでもなく叩くでもなく、ネツキの頭に掌が乗る。

 ネツキははじめきょとんとしていた。首をわずかに傾げ、それから眉根が寄り。


「ガキ扱いすんじゃねえ」


 頬を怒りで朱に染めたネツキに、素気無(すげな)く払い落とされた。

 掌を見て、そうしてユウトは思う。ああ、どうやら自分は、随分と疲れているらしい、と。


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