表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/22

第7話「野営地」


 みどりに案内されたのは、十七号甲都(スダイ)から南東に三十キロメートル強の距離にある、尖兵部隊の野営地だった。

 案内とは便利な言葉で、その実、南方の山岳地帯を往く強行軍だ。スラムを後にしたのは、零時を少し過ぎた辺りであったのに、着く頃には、陽が地平線より顔を出していた。

 野営地は中隊規模で、見たことがないほど本格的なものだった。

 編成は輸送車両が主だったが、いずれも木立の中に隠され、加えて山岳迷彩を施している。今や希少となった航空機、というよりは、現代でも運用が続けられている偵察衛星を警戒してのものだろう。


「隊長が戻られたぞ」「お疲れ様です、隊長」「土産はないんですか、隊長」


 三人が営に踏み入るや否や、方々でそんな言葉が飛び交う。

 隊長。その言葉の響きと、応えるように手を振る眼前の娘の姿が上手く合致しない。


「みどりが隊長とか、ガキの遊びかなんかと勘違いしちまいそうだ」


 素直な感想を口にするネツキ。飾らない、と言うよりも侮辱に近い内容。

 これが常の仕事なら一波乱を覚悟するところだが、幸いにして、相手も大概頭がおかしい。


「直接の指揮は副官くんに一任してるんで、似たようなものですよ」


 相性が良いのか悪いのか。ネツキとみどりはここまで、衝突ひとつなかった。

 だがみどりが隊長と知って、収まらないのはユウトの不満だった。後にみどりの上役から説明があると思えばこそ、これまで湧き出る疑問を胸の内に留めてきたのだ。


「隊長だなんて初耳だぞ」

「言ってないですからね」


 詰問調のユウトへ、当たり前のことであるかのように、みどりが返す。


「何故黙っていた。あんたが責任者なら、聞いておきたいことはいくらでもあった」


 その言葉に、みどりの眉尻が下がる。


「信じてくれたんですか」


 間延びした声。

 肯定の言葉を口にしかけて気づく。そう呼ばれてなお違和感を拭えぬ現状。自称されただけで信じることなど出来るのだろうか。既視感を覚える。

 隣でくつくつとネツキが喉を鳴らしていた。


「おまえは疑り深いからな」


 それをお前が言うかと、浮かんだ言葉を掻き消す。

 なんのことはない。この数時間で何度かあったやり取りだ。冬の山を夜通し歩かされ、それでも機嫌を崩していないのは、妙だと思っていた。

 気づかなければよかったと思う。ネツキはこうして言い負かされるユウトを見て、溜飲を下げていたに違いないのだ。


「あの二人が例の契約者と星隷(せいれい)か」


 ふと、そんな声が耳に入る。


「で、どっちが星隷なんだ」

「小さい方だろ」


 声量は並。そこに隠す意図はなく、ユウトたちに聞かれても構わない、寧ろ聞いてくれと言わんばかりの不敵さがある。


「へえ、可愛らしい嬢ちゃんじゃねえか」

「見た目なんぞ当てにならんぞ。おまえ、隊長を見て同じことが言えるか」

「もうなにも信じられない」「世も末だ」「違いねえ」


 即答だ。あちらこちらで賛同と嘆きの声が上がる。いつものことなのか、窺い見てもみどりは涼しい顔だ。


「いやいや。オレは隊長のこと愛してるぜ」

「なにいい顔しようとしてんだ。食われちまえ」「変態」「食い殺されろ」


 どこかの誰かさんの宣言も、仲間からの止め処ない口撃に、間もなく強制的に幕を下ろされる。

 砕けた連中だった。上官に対し遠慮のない物言い。よほど軍隊らしくない。

 みどりにしてもそうだが、部隊内に亜人が普通に混じっていることに、ユウトは驚きを禁じえない。隊長が亜人だからこそ、なのかもしれないが。

 ただ、一般の尖兵と彼らとの間に、明確に距離が置かれていることには、余所者のユウトであっても一目で分かった。もっとも表情を見れば、精神的な距離がそう離れていないということにも、同時に気づくのではあったが。

 抗咒処置と言っても、咒素を無害化できるわけではない。亜人の周囲はとりわけ咒素が濃い。ここでは距離を置くことも、双方にとって信頼の証なのかもしれない。


「随分と信頼されているんだな」

「かれこれ、五年以上の付き合いになりますから」

「おまえ年いくつだよ……」

「えっと……十六かそこらじゃないですかね」


 おいおいと、内心舌を巻く。現場の経験はユウトとそう差がないらしい。これはいよいよ、部下たちが言うように、外見どおりと思わないほうがよさそうだ。

 指揮車に向かうと言うので、みどりの後をついて歩いていると、周囲から浮きに浮いている迷彩柄の防護服姿を発見する。


「ひとり変なのが居るな」


 ユウトの疑問を代弁するかのように、ネツキが口にする。

 他の尖兵に似た咒素の乱れからして、抗咒処置の簡易代替と想像がつくも、そんなものがどこまで通用するものか。ある種の合理によって統一された一団の中に、それはあまりにもそぐわない。


「そうでした。拾っておいたんです」


 なんとも御座なりな応え。みどりの中でそれの優先順位は相当低かったようだ。

 途切れる言葉。何やら自分ひとりで納得している。

 まだネツキは続きを待っているようなので、仕方なくユウトは口を挟む。


「いや。それで伝わるほど、あんたとの付き合いは長くないんだが……」

「これから、長い付き合いになるかもしれないじゃないですか」

「嫌な展望だ」


 そんなやり取りが聞こえたわけでもないだろうが、防護服がぐるりと上体をめぐらせ、丸いふたつの窓がユウトたちを見た。

 防護服が何かを訴えかけるように跳ねる。そして形に似合わぬ俊足で迫り、速度を殺しもせず、ユウトとネツキの間に飛び込んできた。

 突き出される細い足。「あ」という気づきの声は「ぐえ」という苦鳴に塗り潰される。

 ネツキとは子供と大人ほども差のある防護服だったが、身体をくの字に折り曲げ宙を舞ったのは、やはり防護服の方であった。

 防護服が地面を転がる。


「エディさん、大丈夫ですか」


 暢気なみどりに防護服、エディは腹を押さえてもごもごと何かを言っている。きっとネツキへの罵詈雑言だろう。

 その長い腕を大きく広げて飛び込んできた時点で、ユウトは相手が誰であるのか気づいた。恐らくネツキも同じに違いない。


「元気そうだし問題ないだろ」


 そうさせた張本人の容赦ない言葉に、防護服の肩がもの言いたげに震える。

 エディは気づいているかどうか怪しいが、ネツキは接触の瞬間、膝を緩めて衝撃を殺していた。実際、大事には至るまい。

 しゃがみ込み、防護服の背中を突いていたみどりが顔を上げる。


「お二人のこと気にしてたみたいですよ。宮内に繋ぎを取ったのも、結果はこの通りですけど、悪くない選択だったと思いますし」


 と。エディが単なる情報屋として以上の関わりを、ユウトたちに持っていたことを指摘する。

 最初からそう伝えておけば、エディは地を這う羽目にはならなかっただろうに。ユウトはそう思いもしたが、口にはしなかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ