表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/22

第6話「策謀」


「――と、這う這う(ほうほう)の体で逃げ帰ってきたわけです」


 傍らに置かれた円筒を示す。

 四号甲都(アガノ)近傍の廃墟に潜伏していたユウトは、己の言葉通り、一時間後には咒素を体内に押さえ込み、その地を離れた。

 直線距離にして、およそ百五十キロメートル。

 だが実質はその三倍に近い。張り巡らされた玄方の警戒網から逃れるべく、ユウトたちは福島経由で大きく迂回しながら十七号甲都(スダイ)へと戻ってきた。

 徹底した痕跡の隠蔽。それだけに、帰還までに二日の時間を要していた。

 エディに符牒で繋ぎをつけ、こうして再びの橡との対面。部屋にいる人数は五人と同じだが、顔ぶれが少し違っていた。ユウトとネツキ、そして宮内側の二人は変わらない。しかしエディは居らず、代わりに小娘(ガキ)がひとり、宮内の関係者として参加している。


 妙な娘だった。

 年は十代半ば。側頭部には亜人たる証、渦巻状の角が一対。長くもなく短くもない髪は、少し日に焼けているようで、蝋燭の灯に赤をいっそう強く見せる。

 臭う咒素にも、なんとも言えぬ違和感を覚えた。

 咒化兵装――恐らくは拳銃――を身に付けているというだけではない。何者か。


 席に着いているのは、先と変わらず三人のみ。ユウトたちと向かい合う形で橡。その左に三歩の位置に亜人の娘。護衛官は右。一歩分、以前よりも余計に距離を取っている。

 それで凡その立ち位置も分かりはするのだが。

 ユウトの報告が終わると、橡はその娘へ視線を遣った。


「心配性ですねー。別に嘘なんて言ってないですよ。私の報告との齟齬も、だいたいは主観で説明できちゃうじゃないですか」


 上司へのものとも思えぬ、軽薄な態度。橡の娘へと向ける眼差しも、どこか忌々しさが感じられる。


「それとですね。そろそろ、私のことを紹介してくれてもいいんじゃないでしょうか。ほら、お二人の私を見る眼が怖いです」


 にへらと緩んだ笑みを浮かべる。欠片もそんなことは思っていないのは、想像に難くない。

 隣を見れば、ネツキが胡乱な眼で娘を見ている。もしかすると、ユウト自身も同じ眼をしているのかもしれない。


「彼女は君たちの、飾らず言ってしまえば、目付け役です。不快に思われるかもしれませんが、私にも立場と言うものがありまして」


 橡の声には手中に収めた切り(ジョーカー)を、是が非でも手放すまいという、必死さが窺える。


「私、巴みどりって言います」


 目付けの娘は対照的だった。

 気安くそう口にすると、自身の懐に手を入れる。

 秘かにユウトは警戒を強めた。咒素の偏りから見て、そこには拳銃が収められているはずなのだ。

 だが抜き出した手に握られていたのは、棒付きキャンディ(ロリポップ)が三つ。


「お近づきの印に、おひとつどうですか」


 いったい何を考えているのか。

 手を振り不要の意を示すユウトを他所に、ネツキが興味津々といった風で手を伸ばす。

 これまでのどこか退屈そうな、気だるげな様子はどこへいったのやら。毒物であろうが、確かにネツキには問題ではないが、あまりの無警戒ぶりにげんなりする。

 破顔するみどりにも邪気は見えない。そう演じているのかもしれないとは思うものの、まるで自分が場違いな人間であるようにすら感じる。

 みどりは手元に残る二つの内ひとつの包みを剥がし、自身も口に含むと、もうひとつを見て首を傾げる。


「室長もおひとついかがですか」

「私は遠慮しておきます」


 掌を前に突き出し拒絶。まあ、当然の反応だろう。

 そうですか、と。橡の素気無い応えに軽く肩を落とす。だがそれも一転。


「ネツキさん。気に入ってもらえたなら、他の味もありますよ」


 上機嫌なネツキを同士と見たのか、すぐに笑みが取って代わる。

 残った最後のひとつをみどりは懐に戻す。

 そして再び引き抜かれた手には、自動拳銃が握られていた。視線を動かしもせず、笑顔をネツキに見せたまま四度、無造作に引き(トリガー)が引かれる。

 銃口の先には橡とその護衛官。

 着弾の一瞬感じる、咒素の乱れ。それは拳銃とその弾丸からは想像も出来ない威力で、二人の体を内部から破裂させた。

 狭い室内だ。咄嗟に咒素による障壁を展開したネツキはいい。反応の遅れたユウトは、頭から血と肉と骨の混合液を被ってしまった。蝋燭の火も消え、室内は闇に閉ざされる。


「へぇ。二種の弾頭による、異なる起源を利用した干渉爆発か。よくやるもんだ」

「あれ、驚くとこそこですか」


 何故か落胆するみどり。

 ユウトが動じずにいるのは、みどりが拳銃を隠し持っていることを知っていたからだ。その上、これみよがしに取り出して見せたロリポップ。先んじて警戒を煽る真似をしてみせたみどりに、何らかの思惑があると考えるのは当然だ。

 故に驚きより疑念。更には疑念より憤懣が勝った。ネツキはなにやら感心しているようだが、知ったことではない。


「あー、でもでも。私の眼に狂いはなかったってことですよね。私、やりましたよ。御屋形(おやかた)さまっ」


 ころころと感情を転じるみどりに一歩詰め寄る。


「……おい」


 はい、と。みどりが首を傾げる気配。

 先の爆発で窓の目張りが敗れ、差し込む月光に、闇に慣れた眼がその姿を映す。

 みどりはユウト以上の血塗れの面に、無邪気な笑みを貼り付けていた。

 ああ、こちら側の人間なのかと。それだけでユウトは納得してしまう。頭の螺子をどこかに置き忘れた人間。珍しくもない。そして得てしてそういう輩には、理を説くことは意味を成さない。

 怒りも、気づけば蝋燭の火と同じように、容易く消え去っていた。


 そして疑問が再燃する。

 情報提供者の死亡。真っ先に疑うべきは玄方だろう。しかしそうであるとすれば、ユウトを押さえる役にはアキミが選ばれるはず。

 なれば政争か。宮内も一枚岩ではないとなると、雲行きは怪しい。ましてこういう手合いを重用している陣営。きな臭さも一入(ひとしお)だ。

 厄介な事態に巻き込まれた。そのことに気が重くなる。


「いや。これから俺たちはどうなるのかと思ってね」

「それなんですけど。あ、来たみたいです」


 みどりに言われてようやく、咒素の流れの変化に気づく。

 特異点が二つ、この場に近づきつつあった。尖兵だろうが、嗅いだことのないパターン。

 ネツキに目配せをするも、首を横に振って返される。

 これはいよいよ臭う。


  ◆◆◆


 やってきた二人組は、現地迷彩のよく似合う、言ってしまえば粗野な風貌の男たちだった。

「待たせちまいましたかね」


 肩の力を抜き適度に隙を晒す様は、この界隈によく馴染む。抗咒処置が与える咒素への反作用も、これまで見た尖兵に比べると遥かに抑えられている。亜人でもなければ気づけやしないだろう。

 尖兵による特殊部隊。それも対人、いや。対尖兵を想定した非常に練度の高い部隊だ。数年で組織されたものとも思えない。


「時間通りですよ。順調に進んでるみたいですね」

(つつが)なく。玄方の眼はすべて潰したし、影への置き換えもばっちりでさ」


 玄方の眼。その言葉に合点がいく。

 眼とは間諜のことだ。二人の話を信じるのであれば、橡も玄方の回し者だった、ということなのだろう。

 アキミが契約者であったこと。連れていた四体の眷属。そして奇襲の失敗。

 状況証拠としては些か弱いが、橡のみどりへと向ける視線に棘があったのも確か。目付け。その役割がユウトの監視だけに止まらないとすれば。


「それは重畳です。それで、どれくらい稼げそうなんですか」

「露見まで三十は堅いそうですよ。襲撃予定地点からここまでと合わせると、六十そこそこになりますか」


 もうひとりが応える。

 やり取りから察するに、力関係は二人よりもみどりが上。本当に何者なのか。目付けという肩書きすら、仮のものであるように思える。


「なら、服は取り替えたほうがよさそうかな」


 気持ち悪いから。そんな文脈で言っているのではないことは、ユウトにも分かった。

 目立つのだ、この格好は。それに痕跡を消すにも苦労する。


「いやいや、そこは最初から手間かからないようにやりましょうよ」

「自分が率先して手を汚すようにって、教わりましたから」

「それを物理的にって意味では捉えないでしょう、普通」


 首を傾げるみどりは、何のことですかというよりも、何でですかと言っているように、ユウトには見えた。

 馬鹿でも愚かでもない。それはここまでのみどりの言動から明らかだ。惚けた人となりも、或いはすべてが演技なのかもしれない。寧ろそうであった方がまだ組し易い。

 凡そ物事を感覚で成し遂げる手合いほど、性質の悪いものはないのだ。


「大丈夫だとは思うんですが、始末だけはしっかりお願いします。くれぐれも、気をつけてくださいね」


 そうこうしている間にみどりたちの話は終わり、矛先がユウトたちへと向く。


「お二人も、もう家には戻れないと思うので、どうしても手放せないものとかあったら、取りに戻ってもらって構わないですよ」


 状況はだいたい掴めた。

 玄方の謀を未然に防いだ宮内御一行は、その事実を知った玄方が、怒り心頭でこの地へとやってくる前に、姿を眩まそうと言うのだ。


「いいのか、眼を離しちまって。逃げちまうかもしれねえぞ」


 腑に落ちないのは、みどりの妙な信頼だった。だがそれも、用意していたかのような回答に、完膚なきまでに理解させられる。


「あれ、いいんですか。報酬なしのただ働きになっちゃいますけど」


 隣でネツキが呆れている。

 ユウトとしてはもう、みどりの言葉がその効果を知った上で口にされたものであると、願う他なかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ