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ヤーシャの国の魔法技師  作者:
二代目魔法技師、参上
9/35

閃きはある日突然に

 前世のとある外国では昼食後に昼寝の時間を取る習慣があったという。瑛士はその外国どころか海外に行ったことがなかったので事実かどうかは知らないが、少なくともこの国で立場が高い(らしい)彼は、そのような時間を取ることを許されていた。


 メリルが日毎に決めて厨房が作ってくれる昼食は非常に美味だ。

 昼飯なんて食べられず、昼に休憩時間も取れなかった前世の働きっぷりを思い返せば隔世の念を覚えるほどの好環境である。実際に異世界であるということを差し置いても。


 ファンタジーよろしく瑛士が食事をしている間、侍女や衛兵は食事や休憩を取ることはできないらしい。

 ゆっくり舌鼓を打ちたいところだが彼らに見られながらの食事は居心地が悪いので、パパッと終わらせて昼寝を挟んで午後に仕事を再開する。

 この一週間でようやく慣れてきたルーチンをこの日もこなして目を覚ました。

 だが今日の彼の脳細胞は彼の人生で最も激しく、灰色に輝いていた。


「御機嫌よう、エンジさ……ま?」


 昼休憩を終えて戻ってきたメリルがこれもまた日頃のルーチン通りに挨拶をしたが、彼の様子に息を呑んだ。

 くせっ毛は鳥の巣のように爆発し、ぼーっとした目つきで上半身だけを起こしている。

 姿勢だけはいつもと同じく情けなさしか感じないのだが、彼が何事かに集中して気を放っているのは間違いなかった。

 ベッドから起き上がる動作はゆっくりで、背はいつも以上に猫のように丸まっている。

 だというのに、その目が放つ光の強さはこれまでに見たことがないほど強かった。


 瑛士は机に座ると、宝石に魔法を刻む極細の銀鉛筆を手にとり、虫眼鏡を姫からもらった指輪に翳していきなり魔法を刻み始めた。


「っっっ!?!?」


 あれほど、あれほど姫様の思いを汲んで、丁重に扱ってほしいという話を先ほどしたばかりなのに!とメリルは憤慨しかけたが、彼の様子にたたらを踏んで立ち止まった。

 寝ぼけていたり、思いつきだったり、やけっぱちだったり、そういった空気は微塵もない。

 彼は彼なりに確信があって、初手から大物の宝石に魔法を刻んでいるようだった。


(あなた達、この部屋から出て外で見張りを続けなさい。残るのなら物音一つ立てないように)


 瑛士の邪魔にならないよう小声で指示を出すと、壁際に立っていた二人の兵士は器用に金属鎧の音を立てずに退出していった。

 メリルもそれに続いて無言で会釈をし、部屋を出た。



* * * * *



 数日ぶりに得た、たった独りの空間。

 内心でメリルに感謝しながら、瑛士は魔法を書き続ける。

 書き続け、この先の構造を意識しながら、頭から間違えていないかを逆算する。


("魔法には魔法で干渉出来ない"。人間の中にそのルールを根付かせたのは先代のはずだ)


 伝承に残っていたのは魔法の設計書ではなく、魔法の結果だけだ。

 その結果からすれば、魔法を魔法で打ち消していたのは間違いない。

 そして魔法に関するルールや常識を人間にもたらしたのは、魔導具だ。つまり前任者である。

 自分で構築したルールに、自分だけの知り得る裏ワザを仕込む。

 先代が前世で言ういつの時代の人間かは分からないが、瑛士も知っている技術を使っているということは大昔ということはあるまい。


 魔法で魔法を打ち消す。

 想像してみれば相手の創りだそうとしているものへの干渉のように聞こえる。

 だが。


「魔法じゃないんだ」


 では、その魔法をどう作り上げた(プログラミングした)のか。

 魔法という言葉に囚われてはいけないと瑛士は自分に念押しする。


 魔法という現象に介入するのではない。

 魔導プログラムという論理に介入するのだ。

 

 やるべきことは、いわゆるハッキング。

 何度となく自分で作り上げてきたセキュリティの壁を、今度は外から崩しにかかる。

 大事にしまっておくべきものを、公の元に晒した彼女を夢に見た。

 それが大きなきっかけだった。


 プログラミングとは値を持ち、それを操作する。


「それならば」


 だから、そうした。

 

 彼の知るあらゆる魔法を思い起こし、それらに干渉できるよう。

 宝石の周囲をぐるぐると回るように魔法を削りこんでゆく。

 作業自体はものの数分で終わった。

 だが、そこに至れたのは数日もの思案と実験と、そしてもらった期待と貢献のおかげだ。


 出来上がったものがシンプルであればあるほど、美しい。

 作業自体はたった数分だけれど、何十倍もの労力が結実した快感は、他の何者にも代え難い。

 祭りまでまだあと一週間はある。テストはおいおいやればよいだろう。


「メリルさん」

「はい。なんでしょう」


 律儀に扉の前で待ってくれた彼女に、自信を持って報告する。


「完成しました。このあと、テストに付き合って下さい。それが終わったら」

「ヤーシャ王と姫様にご報告、ですね。かしこまりました」


 室内に戻ってきたメリルは、その手に紅茶を載せた盆を持っていた。


「いい匂いですね。これで少しはゆっくりできるかなぁ」

「そんなわけないじゃないですか」

「そ、そうなの……?」


 椅子の上で体を伸ばしきっていた瑛士に、メリルから容赦のない指摘が入る。


「エンジ様は国賓として舞台の観覧席につくのですよ。そのボロボロな服装のままでどうして人前に出せましょうか」

「人前に出るくらいは大丈夫でしょう!」

「無理です。論外です。アウトです」


 瑛士の反論は待たずに流れるような動きで彼の前に紅茶がサーブされ、抵抗は打ち切られてしまう。


「まぁ、休みも寝る時間も無かったのに比べれば天国だもんなぁ」

「諦めるのが早すぎます。もう少し抵抗したらいかがですか?」

「抵抗させないのはメリルさんじゃないか!」


 段々と会話のこなれてきたメリルの調子に引き込まれ、その後も瑛士はあれよあれよという間に祭りの準備に巻き込まれていった。

 とはいえ、彼が人々の前に姿を出すことはまだなく、もっぱら裏方で魔導具の整備を行っていただけである。

 ヤーシャ王やシャルロッテ姫にはメリルからことづけてもらえたそうだが、二人は昼夜を問わず忙しくしているそうで、直接顔を合わせる機会すら得られなかった。


 彼らと再び言葉を交わしたのは、魔法を完成させてから二週間後。

 祭りの当日である。

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