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ヤーシャの国の魔法技師  作者:
二代目魔法技師、参上
7/35

進捗、ダメですか?

 それから一週間が経った。

 瑛士には城の二室が与えられた。一室は寝起きに使う部屋で、一室は魔法技師としての作業部屋だ。

 とはいえ一般人だった瑛士には持て余す広さで、居心地を悪そうにしながら作業をしているらしい。


 瑛士には数人の侍女が付けられていた。侍女長からはシャルロッテに報告が日々上げられている。

 今日は一週間分まとめた結果をシャルロッテがヤーシャ王に伝える日だった。


 素直すぎる瑛士の態度に不安を感じていたシャルロッテだったが、その不安はすぐに消えていた。

 正確には懸念していた不安は実現しなかったが、別の不安が首をもたげてきたのだが。

 兄王の部屋を訪れて瑛士の一週間について説明すると、彼女の予想通りヤーシャ王は眉をひそめた。


「そんな馬鹿な……」


 異世界人を召喚するにあたり、ヤーシャ王は当然のことながらすんなり話が進まない事態を無数に想定していた。

 それまで住んでいた場所から無理やり引き離されれば犬だって抵抗する。

 彼にとっては当然の想定だった。

 素直にシャルロッテへ謝罪した態度を見て、瑛士には腹芸を使わずに素直に事情と要望を伝えてみたのだが、ヤーシャ王も自分の"素直な態度"というものが一般には受けないことは分かっている。

 ダメで元々だったのだが、従順に、そして勤勉に働いているというのは想定外だった。良い事態ではあったが、想定外というのは良くても悪くても居心地が悪かった。


「仕事の内容も問題はないのか?」

「誠実そのもので、慎重かつ的確に魔道具を修理されているそうです」


 返す姫の言葉も自信がなさげだ。

 有るものを有ると言い切るのは簡単だが、その逆は難しい。


「……下心でもあるんじゃないか?」

「お茶にお誘いしても、断られてしまいましたわ」


 質問することに困って言った冗談をきれいに返されて、ヤーシャ王が眉をひそめた。

 男を茶に誘ったのか!と怒鳴りそうになったが、自分から持ちだした話の流れでは怒るに怒れない。

 ふむ、と唸るだけに留めておいて、ヤーシャ王は思考を切り替えることにした。


 エンジに問題はない。

 それの何が問題なのか。問題はないはずだ。

 言葉にしてみるとおかしな結論だが、今問題になるとしたら、彼の魔法技師としての能力だけだ。


「エンジが何も企んでいないというのならそれでいい」

「何も対策をされないのですか?」

「奴が何かをしでかしたとき、首を刎ねる剣さえあればよかろう」


 兄の脳筋ぶりにため息を付いたシャルロッテは、そのまま部屋を出た。

 王があの様子だから、細かいことを見極めるのはいつも周囲の人間の仕事になる。

 人生とは問題ばかりが起こるものだ、ということを姫は熟知していた。大人に関わればいつだってそういうどす黒いものが自分の周りにあった。

 その暗い未来を見通すのは自分の役目だろう。



* * * * *



 兄王の部屋から退出した後、シャルロッテは瑛士と一緒に食事を摂っていた。といっても、瑛士が姫の誘いに乗ったわけではなく、話題の殆どは業務連絡だ。

 つまり、瑛士に上がってもらう舞台の演目について。その元になった伝承が、本日の議題だった。


 舞台の内容は簡単にいえば『国を襲ったドラゴンを退ける』という英雄譚である。


「ドラゴンと戦うなんて、前任者はとんでもないことをしでかしてくれたものです」

「前の技師様は魔導具を広めてくださいましたけれど、そもそもドラゴンを退治していただけなければ、ヤの国は滅んでいたでしょう。

 そう考えると英雄としての側面のほうが強いですが、やはり魔導具が生活に馴染んでいるからには魔法技師様という話のほうが先にたつようです。」


 雑談を挟みながらも瑛士は姫からドラゴンの伝説についてよく話を聞き、どんな魔導具を作ればよいのか頭のなかで絵図面を広げていた。

 姫から聞いたお伽話から率直に思い浮かぶ魔法は、"ドラゴンの息吹をかき消す魔法"だ。


 しかし、それは魔法では不可能な領分だった。

 他の魔法に魔法で干渉は出来ない。ドラゴンの吐く火や毒のブレスというものは通常ありえない現象で、生来使える魔法だと判明している。

 つまり、ブレスには干渉できないのだ。

 では今までの演劇では飛んでくる火球をどのように防いでいたのか。


「過去の演劇ではどうしていたんですか?」

「風を起こしたり、水の盾で受け止めたりです。観覧者に配慮してドラゴンの炎自体も小さめなのですが、ちょっと手を尽くせば手に入るような魔導具で演劇は行われてきました」

「……もちろん、私がその演劇と同じような手段を使って炎を防いでも、魔法技師である証明にはなりませんよね?」

「はい、大正解です」


 にっこりと微笑むシャルロッテ姫に思わず見とれそうになったが、その答えが分かっていて彼女は瑛士を誘導したフシがあった。

 実際にはふしどころか狙い通りに彼を誘導していたのだが、ともあれ瑛士はその場での回答は避け、どのようにして炎を防ぐかは後日回答します、とその場は切り抜けた。




 問題を持ち帰らせて欲しいという大人が言ったなら、大抵は隠し事をしているか事が大きい場合である。今回は後者だと信じて、シャルロッテが次に顔を出したのは三日後の昼だった。


「ドラゴンを倒す魔導具。案は出来ましたか?」


 前回よりも具体的でいじわるな質問に、机に座ったまま受け答えをしていた瑛士は苦笑していた。

 その目の下にはどことなく隈が出来ていたが、瞳に込められた自信は力にあふれていた。


「倒す魔導具なんて作れませんが、今回は他人の魔法を打ち消す魔導具をご用意しますよ」


 他人の魔法を打ち消す。

 簡単に言ってのけたその言葉を理解して、シャルロッテは息を呑んだ。


「エンジ様……。残念ながら、その手段は」

「先代の魔法技師が使っていた物を除けば、今のところ再現出来る魔導具はないんですよね?」

「除くと言いましても、先代の魔法技師様が使っていた道具自体が残っていませんから」


 いったい何を根拠に話をしているのだろうか。プレッシャーを与えすぎて狂ったのか?

 普段は鉄面皮のような笑顔で本心を隠す姫がおもむろに訝しみ始めたのだが、それを認識した上で、瑛士は自信ありげに話を進めた。


「書物庫の伝承を一通り読ませて頂きましたが、ドラゴンどのようにブレスという魔法を使っているのか、記録がありました。おそらく前任者もそれをきっかけに、干渉していたはずです」

「ひと……えっ?」


 姫は彼の推論よりも、最初の一節に気を取られていた。

 そして周りの目も忘れて、作り笑いも声音を整えることもできずに問いなおしていた。


「読んだ?あの大量の書物を?冗談でしょう?」

「概要をつかむだけですが。冗談ではなく」


 ほんとですか、と姫が彼の部屋に常駐している護衛へと目線を動かすと、兵士ははっきりと頭を縦に振った。


「たしかに、管理者からひと通りの書物を引き出し、目を通されてから返却されておりました」


 瑛士はその兵士にぺこぺこと頭を下げた。

 自分は椅子に座って読書を続けながら、彼に大量の本の出し入れをさせ、侍女さんには食事を運んでもらっていたのだ。

 あとで彼らにも何かを返せるといいなぁ、とのんびり考えていた瑛士は、姫が無表情になっていることに気づいた。


「やっぱりただ可愛いだけじゃないんだな」


 ぼそりとした呟きが、瑛士の口から漏れていた。


「えっ、はい?」


 シャルロッテはといえば、瑛士の分析に思考を割いていたので完全に聴き逃していた。

 二人がすれ違ったまま硬直する。

 瑛士は恥ずかしい独り言を聞かれたという羞恥で。

 シャルロッテは瑛士が本当に国を助ける者になるのではという予感に思考を奪われて。


 姫と技師の硬直は一瞬だった。

 部屋に控える誰もが気づかないほど時間で互いに逡巡し、お互いが出した結論はこのまま様子を見るというものだった。


 しかし、姫が顔を出す機会は増えた。

 毎日瑛士の元に顔を出し、その進捗を確かめ、必要な衣類の発注などを彼女と侍女が取り仕切っていく。

 祭りまではあと一月を切っているのに、彼女の兄が盛大に見切り発車を決めたせいだ。

 魔法技師を祭りまでに立派に用意できなければ、周辺諸国が大いにヤーシャの国を侮ってくれるだろう。そして派手な行動に移ってもおかしくない。


 それだけは絶対に避けなければならないというのに、いざヤーシャ王に瑛士の状況を伝えれば、彼が裏切ることは想定していても、魔法を作ること自体に失敗するとは微塵も考えていないようであった。

 

 私がなんとか形にしなければ。

 そう思って意気軒昂に瑛士の部屋を訪れていたシャルロッテだったが、日をまたぐ毎に瑛士の顔色は悪くなっていった。

 表情は暗く、顔は青白く、不調がはっきりと分かるほどに。


 瑛士の生活環境はこの国において最高水準のものを与えるように采配をしている。

 監視のための兵士と、侍女を部屋へ待機させているのは一般人出身という彼には息苦しいかもしれないが、不自由はしていないはずだ。

 ならばなぜ、と思った姫は、彼の机の上に散らばる色とりどりの輝く欠片に気付いた。


「それは……宝石ですか?」


 高等な魔導具を作るのに宝石は必須だ。

 魔法を発生させる何がしかに影響するのに宝石が適しているようだが、その詳細は分かっていない。

 分かっているのは、影響の度合いを大きくするためにはより大きな宝石が必要、という現状の法則だけだ。

 他国からの贈呈などで宝石をあしらった魔導具をもらったことは数多くある姫はそのサイズも知っていたが、これらは魔導具に使うにしてはいずれも小ぶりだった。


「えぇと、宝石だったものです」

「これ全部、壊したんですか!?」


 机の下で何か物音がするので回りこんで見てみたら、そこには大量の割れた宝石が詰まっていた。

 一個や二個では効かないだろう。

 何をしていたかわからないが、彼の言う「魔法を打ち消す魔導具」を作るのには並大抵の宝石では足りないらしい。


「メリル。これは?」


 瑛士に聞いても誤魔化そうとするだろうと判断したシャルロッテは、侍女長に直接問いただした。


「神殿に貯蔵されていた壊れた魔導具の宝石を回収して、再利用の実験をしておりました」

「あっ、メリルさん!黙っててって言ったじゃないですかあ!」


 メリルはその隠し事のほとんどをしっかりシャルロッテに報告しているのだが、瑛士の泣き言に付き合うものはいなかった。


「こんなに壊すまでやる必要があったのですか?」

「壊れる法則は分かったそうです。ですが、成功例は今のところありません」

「エンジ様?」

「いや、正しく動くプログラムを作るには、動かないところを1つずつ潰していくのが大事なんですよ!それは魔導プログラムでも同じですから!」

「ぷろぐらむ……。誤魔化していませんか?」

「マジです!ホントに!」

「であれば、素直に報告してください。でなければ協力できることもできないではないですか」

「えっ。協力……頂けるんですか?」


 バカにされているのだろうか、と再び姫の表情が冷たくなりかけていたので、瑛士はあわてて釈明した。


「いえ、たいていの仕事は一人で任されていたものでして、依頼主から援護があったためしがなくてですね」

「どれだけ劣悪な労働環境でしたの!?」


 一人でできることなどたかがしれている。

 一人で何でも完結する仕事なんてない。

 メリルから伝え聞く『元の世界の話』は随分と恵まれた生活環境はだったようなのに、実は奴隷階級だったのだろうか。姫は余計な心配をしていた。

 シャルロッテは瑛士を勝手に(実際は的外れでもないのだが)哀れんでためいきをつき、彼を立ち上がるように促した。


「宝石ならば私の手元にいくらでもあります。自由に見繕ってよいですから、そういうことはしっかり相談して下さい」


 優しい依頼主(クライアント)なんて、まるで神様みたいだ!と感動する瑛士を引き連れてシャルロッテは自らのドレスルームに移動した。

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