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ヤーシャの国の魔法技師  作者:
プルーフ・オブ・ゼム・ライフ
35/35

ヤーシャ国歴二百一年、救国祭の大恋愛劇

 ヤーシャ国歴二百年に発生したエルフ達との"戦闘"は、記録に残されない内容が多かった。

 歴史書の多くは「ヤーシャ王が暗殺されかかった」「その後エルフとの戦闘に赴いた」「エルフは魔法技師によって鎮圧された」という短い記述しか残していない。

 ヤーシャ王が剣技で敵を斬り伏せたとか、魔法技師は炎で敵を燃やし尽くしたとか、アレンジがなされているものが多いがそれは瑛士の指示によるものだった。

 瑛士はエルフを含めた魔法を使える者たちの秘密を明らかにしたくなかった。いずれはエルフの側から漏れる可能性はあるが、人間からそれを暴きたくはなかったのだ。


 ヤーシャ国歴二百一年の建国祭ではエルフの新長老が選出され、エルフ達はヤーシャの国に降った。この時ヤーシャ王はエルフたちの住まう森を国として認め、ヤーシャ王国内のエルフ自治領として認めた。

 そのおかげでエルフ達が人間から弾圧を受けることはなかったが、しかしこの時のエルフ自治領は先の戦争における内乱で部族の多くが分裂し統制が効かなくなっていた。

 瑛士達はここから数年間を自治領の統制回復とエレメント達との共存に向けて費やすことになるが、それはまだ少し先のお話。



* * * * *



 国歴二百一年の救国祭の朝。瑛士が篭っていたのは教会の地下室だ。

 魔導具の研究は城の自室で行うことが多い瑛士だが、時折教会の地下室を訪れることがある。

 外には過去の魔道具の研究だと言っていたが、それ以外にも瑛士が作成しているものがあった。

 日記の魔導具である。


 瑛士はここに、歴史書にも書かれていない真実を吹き込んでいた。次の召喚人がもし現れてしまった時に苦労しないために。

 ヤーシャの国では建国祭の日を一年の始まりとしている。その一ヶ月前に開催される救国祭は一年の締めくくりだ。瑛士はしばらくサボっていた日記をまとめてつけていた。


 なにせこの一年も忙しかった。

 サアラ新長老の元で新たな体制に生まれ変わったエルフ達との国交回復。

 ダの国に再び発生したポイズンドラゴン問題。

 ナの国の残党との間に発生した古の魔導具争奪戦。

 そしてヤーシャ王とメリル王妃の御結婚。


 そして歴史に残せない個人的な問題。こちらは今も継続中だ。


「エンジ様、シャルロッテ姫様とサアラ女王陛下がお待ちしております」

「………分かりました」


 外に待機しているダナンが戸を叩く。

 本当はもっとやりたいことがあったのだが、この誘いを断っては後が怖い。

 何より伝言を受けたダナンがあとから小言を言われてしまうかもしれない。最近のダナンの業務実績は護衛よりも瑛士のスケジュール管理、つまり首を引っ掴んでも連れて行くマネージャーの様な機会のほうが多かった。

 仕方ない。日記の魔導具である黒板のスイッチを切った。瑛士は諦めて彼女らの待つ中庭に向かった。

 



 城の中庭は基本的には静寂に包まれているが、祭りの日は城下町の喧騒が少しだけ届く。

 瑛士が中庭に到着するとシャルロッテとサアラがにこにこと笑いながら踊る魔法使いの人形を動かしていた。

 二人は魔導プログラムを少しずつ書き換えて新しい踊りをつくっていた。人形遊びと言えば聞こえはいいが遊びにしては中々ハイテクだ。


「お待たせ」

「あっ、瑛士!ちょうどいいところに!」

「どうしても足が釣られて転んでしまうんです腕の振り付けは出来てきたんですが」


 二人の会話が魔導プログラムの技術よりだったことに瑛士は安堵した。

 エルフとの戦争から二年弱。フランクに話しかけることは出来るようになったけれど、そこから先に進むハードルは非常に高い。

 人によっては気軽に飛び越せるかもしれないが瑛士には無理だった。異世界に転生してハーレムを作り上げられる男達の強心臓が羨ましいと思う瑛士である。


 瑛士は魔導プログラムに向き合い、頭を空っぽにしてシャルロッテのプログラムを読み取った。良く出来ている。今の作りでこれ以上の踊りを目指すのは限界だろう。


「ロッテ。これ以上は魔導プログラムだけでの改善は難しいと思う。人形を大きくして部品を離し、肩や肘にもプログラムを書き込んでみてはどうかな?」

「………そうですね、単価は上がりますがそれなら一般の商人が改造して品の幅を広げることも出来そうです」


 遊びじゃなくって商用に使おうとしてたのか、と気付いた瑛士の頬が固まった。

 シャルロッテは十八歳になった。才知も美貌も日々冴えが増している。彼女が外交上のカードとして重要な存在であると、彼女自身も分かっていた。

 それでも。


「それなら近いうちに木材をくれたら私の方で人形を作るよ。どれくらいのサイズが良さそうか、後で一緒に選んでくれるよね、瑛士?」

「今日はこのあと舞台の観覧があるから、また明日以降にね」

「約束だよ。またすっぽかしてダの国なんかに行ったら許さないんだから」


 サアラは新長老になったが、エルフの森での政治は合議制になったので森を気軽に離れられるようになっていた。

 遊び過ぎではないかと瑛士は思っていたが、前長老の孫が長老として口を出すと合議制が馴れ合いになって上手く回らないようだ。

 独立自治領だが監視役として赴いているヤーシャの国の文官からのアドバイスで、サアラはほとんどずっと城に滞在していた。


 サアラはよく城外に乗馬で出掛けたりするが、城にいるときはドレスなどをしっかりと着るようになっていた。肌を露出させたものではなく、しっかりと布で体を覆ったものだ。

 直截的な言い方をすると、サアラの持ち込んだ(作ったのはシャルロッテとメリルだがそれも後押しになって)ドレスブームは過激化して大分エッチな方向に向かっていた。

 歯止めをかけるためにサアラは普通のドレスを着ているのだが、ボディラインの差はより顕著になり、王宮の貴婦人達の熱は冷めてきているらしい。

 凹凸が目立たないようになっている筈なのにこぼれそうな山が常に目線を奪っていく。


 瑛士の視線に気づいて前屈みだったサアラが背筋を伸ばして背もたれに体重を預ける。それはそれで破壊力を増してシャルロッテが睨んでいるのだが。

 瑛士の迂闊な視線のせいで和やかな会話が途切れてしまった。


 シャルロッテもサアラも、そろそろ婚姻を考えなければならない立場や年齢だ。

 そして彼女らが何を期待しているのか、瑛士も分かっている。


 選ぶ理由はたくさん出てくる。それぞれとの思い出も、それぞれの魅力も。

 だけど選べない理由もある。ヤーシャの国の外交。エルフ領の未来。個人の感情だけで無視できるほど小さい問題ではなかった。


 気まずい沈黙に全員がカップを干上がらせた頃に、メリルを伴ったヤーシャ王がやってきた。


「瑛士、いつまでその服でいるんだ。早く正装に着替えんか」

「まだ昼ですよ?」

「言っていなかったか。今年は舞台の演目が増える。俺たちは午後中出ずっぱりだ」


 聞いてない!と思ったがメリルが瑛士の背後にいる侍女を睨んでいるので口には出さなかった。

 ヤーシャ王とメリルと故人の間にあった三角関係については酒の肴だと王から話を聞かされた事があるが、長いので割愛する。

 ともあれメリルは国内最大の玉の輿に乗り、侍女を辞めているのたが、かつての職場の失態を見れば眉を顰めたくもなるだろう。


「そ、それじゃあ着替えてきますね!」


 瑛士は慌てて自室に戻って、赤に黒の正装に着替えることにした。

 中庭を出るときにシャルロッテとサアラの驚く声が聞こえたが、はて何があったのだろうか。



* * * * *



 救国祭はヤーシャ国内だけで開かれる最大級の祭りだ。建国祭には隣国から客もたくさん押し寄せてくるので一番ではないが、国民にとってはこちらの祭りの方を楽しみにしている者も多い。

 それは国を救った英雄たちのエピソードを元にした舞台を至るところで演じているからだ。


 その中でもメインの舞台となる城下町の広場で、午後の日差しの中行われているのが二年前にも見たドラゴン退治の演劇だ。


「この舞台がメインのはずなのに、今年はこんな時間にやっていいんですか?」


 瑛士は幌の無い馬車に同乗している二人に聞いた。

 なぜか今年は馬車が二台用意され、ヤーシャ王とメリルはさっさと二人で馬車を出発させてしまっていた。

 必然的に残りの三人で馬車に乗り込んでいる。


「観覧ぐらい、夫婦水入らずでさせてもらおうか」


 とヤーシャ王は瑛士に言っていたが、普段はそんな気遣いを見せないので何か裏があると瑛士は思っている。

 その辺りも含めて聞いてみたのだが、やはり先程から二人の様子がおかしかった。

 二人が目配せをする。答えるのはサアラの役割になったようだ。


「あー。今年はこの後にもメインの舞台があるらしい」

「らしい?」

「………昨年の私達を、その」

「姫とエルフのダブルヒロインでラブロマンスにするんですって!まったく、お兄様ったら!」


 最後は歯切れの悪くなったサアラをシャルロッテがフォローしていたが、二人の様子がおかしい理由はよく分かった。

 しかしラブロマンスということは……。

 瑛士は舞台がしっかり成り立つのか不安に思っていたけれど、質問を続ける前に劇が始まってしまった。

 開幕は王と姫が異世界人を召喚する場面だ。召喚に酔っていた魔法技師がフラついて姫を押し倒す、破廉恥なシーンになっていた。


「瑛士……」

「違う、アレンジされてるから!」

「実際に比べたらこっちの方がまだマシですけど」

「一体何をしたんだ……?」

「黙秘します」


 周囲の邪魔にならない声量で劇のアレンジにツッコミを入れたり、お互いの知らなかった事を補填しあって劇を楽しんだ。

 ヤーシャ王やメリルが情報を提供したのだろう。かなり細部まで作り込んでいるのに、大事な情報はぼかされたシナリオに、やはり王達の作意が気になってしまう。


 場面はどんどんと進んでいく。

 ダの国での活躍。ドゥオルグ達との交流。オンセンの開発。

 エルフによる暗殺未遂。エルフの現長老の救出。魔法技師によるエルフ軍の撃退。

 その後の事後処理とエルフの政治改革は大幅に省略したが、舞台の時間軸はついに現実に追いついた。


「ヤーシャの国を救った魔法技師の物語。ご満足頂けましたでしょうか」


 劇団員が閉幕の挨拶を始めてしまう。

 ラブロマンスという触れ込みの物語だったのに。

 拍子抜けしていた国民達は当然ご満足頂いていない。

 

「待ったぁーーー!!!」


 そんな空気を切り裂く声を上げたのは、馬車に乗った赤髪の偉丈夫。

 ヤーシャ王だ。


「魔法技師エンジ殿にはまことに頭が上がらん。

 しかぁし!我が妹を誑かしながら、エルフの長老とも懇ろになるなど……許せん!」


 突如始まったヤーシャ王の演説に民衆は動きを止めていたが、「そうだろう!?」と水を向けられるとクレームの声が一斉に上がった。


「エルフの美女じゃ満足行かないのかー?」

「うちの国の姫様じゃ不満なのかい!?」


 老若男女を問わない盛り上がりを、ヤーシャ王が手を広げて沈める。

 衆目の視線を集めながらゆっくりと瑛士たちの場所を指差した。

 悪い顔でニヤリと笑うヤーシャ王と、瑛士の目線がかち合った。


(サプライズはともかく……)


 この後にヤーシャ王がやりたいことの流れが分かったのだろう。

 シャルロッテとサアラの二人はどこかお互いに距離を取っていて、顔を伏せてしまっている。

 だが彼女たちの耳が羞恥で赤く染まっているところを瑛士は見てしまった。


 瑛士は再びヤーシャ王に目線を戻す。

 瑛士がこの後の流れを理解したことを確認して、ヤーシャ王は再び舞台を再開させようとする。

 その動きを、すっと上げられた瑛士の右手が止めた。


「ロッテ。サアラ。二人にお願いがあるんだ」

「瑛士の頼みなら、何でも」

「私も瑛士さんのためなら」


 男冥利に尽きる返事だった。

 二人が想像している通りのお願いでは無いと確信していたが、瑛士は腹を括った。

 一歩前に出て、二人のどちらにも手を伸ばせる位置に立つ。

 どよめく聴衆。動きを止めたまま行く末を見守るヤーシャ王。

 瑛士の手の先に集まる二人の視線。


「二人共、僕と結婚してくれないか」


 その全てを瑛士は裏切った。

 唖然とするシャルロッテとサアラの腰に手を回すと、瑛士は右手の魔導具を発動させた。風が巻き起こり、三人の体を宙へと運んでいく。

 下ではヤーシャ王が頭を抱えているが、民衆は大盛り上がりだ。

 誰の声も届かない空の上で、瑛士の腕にしがみつきながら左右から質問攻めにされる。


「瑛士さん」

「真面目に考えた結論なんだよ、ロッテ」

「……ロッテと一緒なのは、良い。だけど私は愛妾は嫌だぞ!」

「心配しなくても、二人共お嫁さんになってもらいたいと思ってるよ」

「第一婦人を二人持てる制度はヤーシャの国にはありませんよ」

「無いならエルフ領に作ってそこで夫婦になればいいさ」

「そんなこと出来るのか?エルフ領の婚姻関係もぐちゃぐちゃになっちゃうぞ」

「そこは焚き付けた人たちがしっかりやってくれるでしょ。ところで」

「ところで?」


 二人の声が重なった。


「お返事は、いかがでしょうか?」


 この日、誰にも見えない空の上でどちらが先にキスをしたのか。

 昔を懐かしみながら、三人は長い間その話を何度も繰り返した。

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