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ヤーシャの国の魔法技師  作者:
プルーフ・オブ・ゼム・ライフ
33/35

魔法技師

 地平線から現れたエルフの大軍は、驚異的な速度で砦に接近した。

 魔法の補助を得て飛ぶように移動してきたエルフ達は消耗しているはずなのに、何故か野営地で止まらずにそのまま砦の正面、戦闘が出来る距離まで接近していた。


「スウィルノウとかいう奴は何を考えている?」


 夜が明けきる前から戦闘が可能な位置まで進軍するなど、常識破りにも程があった。

 森林ならともかく、障害物の少ない平野では奇襲もくそもない。

 砦を迂回する部隊を無視しながら動きを待っていると、ヤーシャ王のもとに一通の手紙が届けられた。


『日が昇る時、貴様らに降伏を許す。それまでに死ぬか生きるか決めよ』


 手紙にはそう書いてあった。

 読み終わったヤーシャ王は瑛士に手紙を読ませ、それが終わると机の上におけと指差した。

 言われたとおりに机の上に置かれた手紙は、ヤーシャ王の剣によって机ごと真っ二つに断ち切られていた。


「踊らせてやっているというのに、図に乗りおって!」

「ヤーシャ王、怒りで傷は塞がりませんから落ち着いて!」


 そうこうしている間に、敵が砦を迂回するように進んでいるという伝令がやってきた。

 だが報告を受けてもヤーシャ王は動じなかった。


「それに気付いていないとでも?伝令を出すのが遅いと上司に伝えておけ。敵が兵力を分散させてくれているのに、こちらも同じ過ちを繰り返す必要はない、ともな!」


 それだけ言って伝令の兵士を追い返していた。


「どいつも浮足立っているな」

「仕方ないでしょう。相手の兵数はこちらよりも多い。一人一人の力量差も、魔法込みで考えればエルフの方が上ですから」

「俺の指揮能力が足りんとは言わないのだな?」

「とんでもない。ですが、どうやって勝つつもりなのですか?」


 ヤーシャ王は剣を鞘に仕舞うが、手は柄から離れない。

 自分が出ていかずにどうやって敵を打ち倒すのか。実際に前線で剣を振るうタイプの将であるヤーシャ王は、自分が出ていかずに勝利を得る戦術が上手くシミュレートできないのだろう。


「……時間を稼いでいる間に、お前が魔法を完成させるということは出来ないのか?」

「夜明けには間に合いませんよ」


 瑛士の魔法の護りが無ければ、全方位から攻撃をされて耐えるのは難しいだろう。

 本来であれば砦の横を通過する敵を見逃すことは無かったが、いかんせん魔法を使ったエルフの移動速度に平野で対抗するのは不可能だった。


「後手に回ってしまうが、敵の動きを観察して隙を突くしかあるまい」


 ヤーシャ王はそうと決めると、砦の最も高い部分に立って身を晒した。

 着ているのは黒に赤の混ざった装束だ。もちろん、会話の間に瑛士も色を反転させた揃いの正装に着替えさせられている。


「似合ってるね、瑛士」


 そんな瑛士に後ろから声をかけたのはサアラだった。

 振り返るとそこにシャルロッテとメリルも居る。


「こんなところで何をしている?」

「砦からの脱出は難しいようでしたので、部屋に立てこもる支度を」

「お前ならそうするだろう。だから、なぜその安全な部屋を出てきたのかと聞いているんだ!」


 常より声を荒らげるヤーシャ王にシャルロッテは驚いていたが、サアラはどこ吹く風だ。


「ヤーシャ王。メリルが心配ならそう言わないと伝わらないぞ」

「はぁっ!?」

「………」

「私とロッテは用があるのは瑛士だから、そっちは勝手にしててくれ」


 爆弾を投げつけておいて放置したサアラは、シャルロッテの手を引いて瑛士の前に立った。


「ほら、ロッテから」

「……瑛士さん、これを」


 シャルロッテが後ろ手に隠し持っていたそれを瑛士に差し出した。

 彼女たちが短い時間で必死に組み上げた魔導具の台座がそこにあった。


「瑛士、それがお前の作らせた武器なのか?」

「えぇ。原理は全く違いますが、形だけでいうなら銃という武器になります」


 それは片手で持てるハンドガンだった。

 瑛士は受け取った銃を検分する。外と内の魔法はしっかりと記述されている。組み立てに齟齬はない。後から書き込むつもりだった魔導プログラムも、解読を隠蔽するための余計な紋様が足りていないが、必要な部分はしっかりと書き込まれていた。

 自信満々に豊かな胸を張るサアラと、恥ずかしそうにしながらもしっかりと瑛士を見上げるシャルロッテを見れば、誰がこれを組み立てたかは一目瞭然だった。


「ありがとう。ロッテ。サアラ。二人のおかげで、ヤーシャの国を守れる」


 瑛士の断定に驚いた二人だったが、瑛士が頭を下げようとするのをサアラが止めた。額に人差し指を押し当てて瑛士の体を起こさせると、サアラが両手を広げて待っていた。


「ん!」

「いや、ちょっ」

「んっ!」


 困惑していると後ろの方から何かに吸い付く音が聞こえた。

 怖くて振り向けない。シャルロッテの視線が吸い込まれて離れない。

 見てしまったらそこまで勇気を振り出さなきゃならないだろう。あえて気づかないふりをして、瑛士はサアラを抱きしめた。

 サアラは背が高い。ほぼ同じ高さの肩で相手の頭を受け止めるようにして言った。


「ありがとう。この世界の人にあれが組み上げられるとは思ってなかったから、間に合わせてくれてよかった」

「ドゥオルグの作りが良かったからだね。でも、言うことはそれだけ?」

「……先のことはエルフの森を取り返してからにしよう」

「そこまで考えてくれてるなら、今は我慢する」


 今だけだからね、と笑うとサアラはシャルロッテの後ろまで大きく下がった。

 動けぬまま取り残されたシャルロッテが、脇のところで小さく手を広げようとして、躊躇して下ろすのを繰り返していた。

 ええい、ままよ!と気合を入れた瑛士は、そのままシャルロッテも同じように抱きしめた。

 わずか一分以内に二人の女性に抱きついた経験など瑛士にはない。サアラと同じ強さで抱きしめられてシャルロッテがくぐもった声を上げた。


「ご、ごめん。ロッテ」

「いえ、瑛士さんがこういうことに不慣れで、その、安心しました」

「魔法技師としても、もうロッテは一人前だ。よく完成させてくれたね。ありがとう」

「瑛士さんの役に立てて良かった。間違ってたら、私……」


 嬉し泣きし始めたシャルロッテを後ろからサアラが引き剥がす。

 変わりに瑛士の肩に抜き身の剣が置かれた。


「おい、スケコマシ。その武器とやらはどう使う。作戦に組み込むから説明しろ」

「スケ……。いえ、とりあえず僕に任せてくれれば大丈夫ですよ」


 否定出来ないと思った瑛士は説明にならない説明を返した。何よりもこれの原理は説明できないからだ。

 それに、メリルの腰に回されたヤーシャ王の手がしっかり見えては不粋な話で時間を潰してしまうのが申し訳なかった。

 視線を感じたメリルがスッと半歩下がってしまったので、場に満ちていた空気はそれで霧散してしまったのだが。


 わずかな時間に交わされたやりとりのおかげか。隠し玉が間に合った安堵からか。

 心の余裕を瑛士が実感していると、東の空から太陽が顔を出していた。


「人間よ!ヤーシャの国の王よ!選択の時間が来たぞ!」


 それと同時に、やたらと芝居がかった男の声が大きく響いた。

 魔法で声を大きくしているエルフが、布陣から一人前に出ていた。


「奴が、スウィルノウだ」


 砦の上から覗き込んだサアラが憎々しげに言った。



* * * * *



「ヤーシャ王よ。貴様の横にいるのは前長老の孫、サアラで間違いないな?」


 やけにもったいぶった、ねっとりとしたしゃべり方だ。

 シャルロッテがぶるっと震え、腕をさすっている。

 瑛士も気持ちはよく分かる。喋り方には品位が出るのだ。理屈の通らない無茶な要求を押し通そうとする奴はだいたい声を聞けば分かる。


「間違いないが、それがどうした」


 ヤーシャ王がメリルから受け取った拡声の魔導具を使って言葉を返す。

 しっかりとメガホンの形になっているのは恐らく前任者の趣味と、音声を拡張するという物理現象を補助するためだろう。瑛士は話を聞きながらも魔導具を分析していた。


「その娘は重大な罪を犯し、牢に捉えていたのだがどうしてここにいるのかな?」

「知らん」


 相手の言質を取ろうとするスウィルノウの会話をヤーシャ王が突っぱねた。


「言いたいことはそれだけか?」


 拡声器を持っていない方の手をヤーシャ王が振り上げる。


「まさか。貴様ら人間がもう一つ罪を重ねたのか、確認しただけのことよ」


 ヤーシャ王が攻撃の意図を示したのがブラフだと思っているのか、スウィルノウは会話を続けた。

 兵士は本当に弓に矢をつがえているのだが。


「重ねたということは、我々が既に罪を侵していると言うのだな」

「当たり前だ。貴様が持っているそれも、罪の証だ!!」


 スウィルノウが強く叫ぶと、後ろで控えるエルフ達の目がぎらりと光った。


「エルフの魔法を盗んだ短命の愚か者共め!」

「下等な生き物のくせに同盟などと烏滸がましいのだ!」

「魔法も扱えぬ不能共!」


 口々に叫ぶエルフ達はそれぞれに拡声の魔法を使う。

 容赦のない罵倒が砦に降り注ぎ、止むことを知らない。

 十分な罵倒を投げつけたと判断したスウィルノウが片手を上げて罵声を止める。


「前長老は人間と個人的なつながりを持っていた。個人的な事情で、エルフが結ぶ必要の無い同盟を結び、貴様らに合わせた基準で外交を行ってきたのだ」


 スウィルノウに合わせてエルフ軍全体が怒声をあげる。

 多くのエルフ達は長老が知っていた事を知らないのだろう。エルフの魔法と人間の魔導プログラムが同じ結果を引き起こしても別物だということに。

 喉を震わせて発動させる魔法と、プログラムで素材を触媒にエレメントに干渉する魔導具の違いを、誰も知らない。知ろうともしない。


「サアラ」

「うん。彼らは何も知らない」


 そうなのか、と瑛士はつぶやいた。

 その言葉には言外に、やはりという枕が隠れていた。

 拡張していない声が届くはずがない。スウィルノウの演説は二人の会話に関係なく続いている。


「ヤーシャの国に魔法技師が再び現れたのなら丁度良い。貴様らが我々から盗んだ技術を勝手に改変して作った魔導具とやらを、魔法に戻す機会をやろう」


 その台詞は決定的だった。

 エルフのテンションは最高まで上がり、先に相手の理屈を聞かされたヤーシャ軍の士気は揺らいでいる。なにせ相手は数百年を生きるエルフだ。こんなにも間違った主張でも、自信満々で言われてしまえば意思が揺らぐ。


「瑛士」

「はい、ヤーシャ王」

「行くぞ」

「えぇ、行きましょう」


 だが、彼らは揺らがない。

 真実を知り、怯まない者たちが瑛士の魔法で空を降り、砦の外壁の先端に立った。


 スウィルノウの主張は受け容れるに値しない独り善がりの妄想だ。知らない事を都合の良い用に解釈して分かった気になる典型的な嘘つきだ。

 そんな言い分で戦争を仕掛けるスウィルノウへの怒りは溢れる寸前だった。


 そしてスウィルノウは彼らの事まで侮辱した。

 異世界から喚び出されたのに魔導プログラムを完成させた魔法技師。

 彼に全てを伝えたかった長老と、それを現実に見せてあげたサアラ。

 その秘密を守ってきたヤーシャの王達。


 怒りを抑えられるわけがない。

 瑛士は左手の人差し指につけた指輪から紅の宝石を取り外すと、銃の撃鉄に取り付けた。

 スウィルノウに銃口を向ける。


「良いですね?」

「許す」

「お願い、瑛士」


 引き金を引いた。

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