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ヤーシャの国の魔法技師  作者:
プルーフ・オブ・ゼム・ライフ
28/35

エルフの使者

 ダの国に開かれた観光事業は大盛況だった。

 温泉という目新しいものに飛びついた貴族たちは、こぞって旅行にでかけた。特に貴族のご婦人方はこれに熱心だった。

 温泉に浸かって帰ってきたシャルロッテ姫と侍女長メリルがたしかに美しくなっているものだから、我先にと出かけていったのである。

 瑛士からしてみれば当然の結果だ。女湯の方が広くなっていたり、個室風呂まで作っておいた甲斐があったというものだ。


 ともあれ、温泉の心地は極上であった。

 しかしそれゆえに、帰り道の道なき荒野を馬車で進むのは苦行だった。


「それならば、ダの国との間の交易路をこちらで整備しよう」

「おぉ!それならば温泉事業の利益はそちらに多く分けよう」

「なるほど。それならば、こちら側で宿をそちらに作ろうか」


 こんな風にトントン拍子でヤーシャの国とダの国の交易は急ピッチで進んでいった。

 そこに利益が出ると見れば、出資したり事業に乗り出してくる貴族というのは後を断たない。漫然と暮らしているだけでは富を吸い尽くすのみ。それを理解している利口な貴族は自分から名乗りをあげていった。

 貴族からの資金で整備は進み、関税を免除する法を整備して、食料品から工芸品まで、流通を強化する。

 慌ただしくも目に見えて成果の出る政に王族の兄妹は全力を注ぎこみ、一ヶ月が経過する頃には立派な経済網が出来上がっていた。



* * * * *



「すごいなぁ、二人共」


 やけにのんびりと呟いたのは、自室でまったりと午後の紅茶を満喫している瑛士である。

 部屋にはメリルともう一人の侍女がつき、午前の講義が終わった後は何もすることなく、美味しいお茶を優雅に楽しんでいる。

 最近は仕事の依頼が少なくなっていて、ゆとりのある生活を送れているのだが、当然そのように制御している者がいる。


 汚染物質で怪我をして、治療の魔導具で無理をした瑛士は温泉に使っているうちに倒れていた。

 心配したシャルロッテから完全謹慎を言いつけられていたのである。

 とはいえ、魔法技師は増やさねばならないので講義だけは続けているのだが。


 成果は着実に出ていた。

 疲労と毒でやつれていた体には肉と血色の良い肌が戻り、何か仕事は……と落ち着かなかった瑛士も、最近は余計なことを考えない生活というものに慣れて心からリラックスしているようだった。

 その間、ヤーシャ王とシャルロッテが多忙を極めている点については気になっていたので何度もメリルから詳細を聞いていたのだが、最近ようやく法整備も済んだということであった。

 それを聞いた上での反応だったのだが、メリルから返ってきたのは呆れを全く隠さないため息だった。


「エンジ様……僭越ながら申し上げますが、今回の根底にあるのは、貴方様の貢献ですよ?

 他人事の様に仰らず、ご自分の功績を真摯に受け止めて下さい」

「でも、あれはいずれ掘り進んでいれば見つかったもので、私が作ったわけじゃないですよ」

「それを貴方が、ヤーシャの国の魔法技師が見つけたというのが大きいのです」


 温泉作りというのは確かに異世界に渡った日本人のチートシートの必須項目みたいなものだ。日本人として貢献できたと思う。

 瑛士は単純に個人の名前でその功績を讃えられるということに慣れていなかった。技師としての実績は誇れるが、功名というものそのものを誇れないのが、ただのサラリーマンだった瑛士の限界である。


 とはいえ、最近はこういった具合でメリルから手厳しく指導が入ることが多かった。

 ヤーシャの国の魔法技師として。

 自分で気付くように仕向けてくれる彼女の優しさに甘えているわけだが、部屋にこもっているばかりではそれを発揮する機会もない。夜会のお誘いは頻繁に受けているのだが、元々がコミュニケーションレスなエンジニアである。


 果たして自分がいつの間にそんなに変わっていたものかと思案にふけり、窓の外を飛ぶ鳥を眺めて会話が終わる。

 だが、今日はそのまま時間が流れたりはしなかった。


「ん、空に……?」

「どうかされましたか?」


 見上げていた先に、大きな黒の点が見えたのだ。

 ファンタジー的な生物が飛んでいるのかと目を凝らして確認しようとした瑛士だったが、その必要はなかった。

 その黒い点から近づいてきていたのだ。

 一緒に覗き込もうとしたメリルを手で抑えて、急いで窓を開放した。

 ぎりぎり開け放たれた窓から飛び込んできたのは、巨大な鷲。


「これって、サアラの!?」

「怪我がかなり深いですね。これではもう」


 助からない、というのはメリルに言われるまでもなかった。

 ところどころで羽が抜け落ち、その下の皮膚には深い傷跡がある。

 襲われたのだ。

 だが、エルフの住まうという大森林は、ここから馬車で十数日移動した遠い隣国である。

 そこに住むはずの彼が、何故怪我をしてここにいるのか。


「どうした。何があった?」


 鷲に話しかける様子は見知らぬ者から見たら異常な光景であったが、瑛士はこれがただの鳥ではないことを知っていた。

 そしてその声に反応するように鷲はゆっくりと首を起こし、瑛士としっかり目線を合わせた。

 鷲から女の声が漏れ、そしてパタリと力尽きた。

 その内容はにわかには信じられなかったが、その判断を下す者はこの部屋にはいなかった。


「メリルさん」

「はい。ヤーシャ王に伝えて参ります」

「それと」

「この鷲の墓、でしょう?」

「……よろしくお願いします」


 しっかりと同室していた侍女の人にも口外しないよういい含めて、メリルさんは部屋を出て行った。


 瑛士の頭の中に彼女の声が渦巻く。鷲を飛ばしてくれたのはサアラだった。

 鷲は負傷して力尽きたようだが、声に力がなかったのはそのせいなのか、それとも。


 いずれにせよ、リフレッシュの時間は終わっていた。

 瑛士が関われる機会があるかは分からない。だが彼に出来ることがないわけではないだろう。

 瑛士は大切にしまってあった、精霊の涙と呼ばれる翠の宝石を机から取り出した。

 ここしばらく、頭の中でこねくり回していた魔法の出番かもしれない。そうでないかもしれない。だがリスクがあるなら準備をしておくのが瑛士の主義で正確だ。


 魔導プログラムを刻み終えた瑛士のもとに、タイミングよくメリルが戻ってきた。


「遅かったですね、メリルさん」

「申し訳ありません、エンジ様。エルフの使者が王と魔法技師に面会したいと来訪されたそうです」


 言い方からサアラではないことは察することができた。

 経験したことのない嫌な雰囲気だ。


「瑛士様、それは?」

「補助のための飾りがほしいんですけど、新作です。ドゥオルグの人達にあとで依頼を出さなくちゃ」

「はい、それはまた後で。今は正装に着替えましょう」

「あの赤いやつですか?」

「もちろん。我が国の貴色に不満でも?」

「いえ、似合いませんから……」


 その答えはシャルロッテ様に聞いてください、とメリルはぴしゃりと反論を打ち切った。

 審査員選びに疑惑があったけれど、瑛士に逆らうという選択肢はない。彼はおとなしく侍女らの着せ替え人形にさせられた。



* * * * *


 ヤーシャ王と鏡写しになるように作られた赤地に黒の外套を着こむのは数カ月ぶりだった。

 自分で言うと滑稽にしか思えなかったが、魔法技師という重鎮の自覚が出てきた今なら少しは様になるかと思っていたが、着心地というか居心地の悪さは数カ月前と変わらなかった。

 瑛士の自信の無さは顔に出ていたので、謁見の間で横に並んだヤーシャ王は瑛士の肩甲骨を掴むと、ぐいっと力をいれて言った。


「この服が身の丈に見合うことはないぞ、エンジ」

「いや、ヤーシャ王は立派に似合ってるじゃないですか」

「そんなことはない。将来この服を纏う者は、この大陸東岸一帯を支配しているはずだ。今の私はそれに満たん」

「……やっぱり、十分立派ですよ」


 志の大きさも、身の丈の立派さも。


「私ももっと頑張らないとですね」

「あまり張り切られると俺が置いて行かれそうだ」

「まさか?」

「ダの国だけ取ってみても当然の評価だ、エンジよ。自分の価値は正しく把握しておくといい。

 だからこのあと何があろうと、お前は自分の身を守ることに専念せよ。良いな?」


 真剣なヤーシャ王の視線に背筋が伸びた。だが、返事をする間もなく入り口の扉が強く二回叩かれる。

 来客の知らせだ。

 王が返事をして扉が開かれる。入って来たのはサアラ同じく褐色で耳の長いエルフが三人。ただし全員が髪の短い男性だった。


「お初お目にかかります、ヤーシャ王。

 この度、先代長老が身罷り、東の森の長老に新たに就任しましたスウィルノウの使いで参りました。サラティオと申します」


 銀や白に近い透けるようなサアラの髪とは違い、明るい金の髪をしている。

 切れ長の目や、精巧に作られた人形のように調った顔には、美しさの見本とでも言うべき笑顔をたたえている。

 恭しすぎる声音と演技がかった所作だったが、このイケメン俳優が演じているのであれば文句はないだろう。

 だが、横に並ぶヤーシャ王は訝しげに眉をひそめていた。


「ほう。そのスウィルノウとやら、本当に長老に選ばれたのか?」


 ヤーシャ王の声音は一分も取り繕われていない、攻撃的なものだった。

 国主が変わった報告にきた使者にこの態度だ。

 大使としても予想外だろうと瑛士は思ったのだが、サラティオという男は動じる素振り一つ見せず、うろたえているのはヤーシャの国の官僚ばかりだった。


「……それはどういった意味でしょうか?」

「エルフの長老は、森に散らばる5つの大樹の(おさ)達が集って選出するそうだな。そして森全体の長となったものは、その名を捨てるのが習わしのはずだ」


 なるほど、と瑛士は納得していた。

 サアラの祖母である老婆がそうだ。サアラが言っていた。彼女は長老になって個人の名を捨てた。もはや彼女の名前を知っている者はいないとも。

 では、今代のスウィルノウとやらは、何故。

 ヤーシャ王と二人でサラティオを疑う視線を送っていると、彼は笑顔を邪悪な笑みに変えて笑った。


「そう、まさにそれを貴方が知っているということがいけないのですよ、ヤーシャ王」

「なんだと?」

「我々エルフの秘術である魔法を猿真似するだけならともかく、知ったかぶりでエルフを語るその口が悪いのだよ」


 挑発というラインを大きく超えた応酬に、周囲の兵が動き出そうとする。

 それを止めたのはヤーシャ王だ。右腕を横に振って兵士の動きを止めると、ヤーシャ王は玉座から立ち上がってサラティオを見下ろした。


「先代長老とは違う関わりをお望みのようだが、それと名を捨てないことになんの関係がある?」

「スウィルノウ様は、人間臭さの混ざった、穢れた風習は捨てるとお決めになった!」


 サラティオは立ち上がり、玉座へと手を伸ばす。

 ヤーシャ王は横に伸ばしていた手をサラティオに向けて振った。だが衛兵は間に合わない。エルフは魔法を発動させるだけだが、衛兵には武器を構える時間が必要だ。


 サラティオと二人のエルフがそれぞれ一つずつ、緑の鏃を空中に作り出した。

 瑛士は思わず舌打ちしながら、左手の人差し指にはめた紅の宝石をエルフに向けた。

 可能な限り素早く魔法解除の魔導プログラムを発動させる。


「オブジェクト破壊処理、起動……魔力オブジェクト初期化!」


 指輪が赤く光る。

 確かに、相手の魔法は破壊された。

 だが、輝きを失った礫は一つだけだった。

 瑛士の魔法は、複数の魔法を対象にとれるようには出来ていなかった。なまじセキュリティを厳しくするために音声認証にしたのが失敗だった。


 残り二つの魔法が同時に発射される。


「ちぃっ!」


 ヤーシャ王の腰から剣が跳ねるように飛び出し、剣閃が凶弾にを捉える。

 だが、敵の準備が勝った。後一手、魔法技師を護りきれない。

 ほくそ笑むエルフに背を向けながら、剣を振り抜いたヤーシャ王がその身で瑛士を庇った。


「馬鹿な!?」

「ヤーシャ王!!」


 凶弾はヤーシャ王の背中に深々と突き刺さっていた。黒の正装の上からでも血が染み出しているのがわかる。

 衛兵がエルフを取り押さえてバタバタと床に押し倒されていく。


「ぐ、うぅぅ……」

「王!今すぐ治療しますから!」


 腕の中に倒れ込んでくる王を受け止め、瑛士は焦る。

 自分の身を守れと言っておいて、王様が犠牲になるなんて馬鹿げている。

 だが苦情をいうよりも、ヤーシャ王が最後の気力を振り絞るほうが先だった。


「え、瑛士……!ロッテと……サアラを……」


 力尽きた王の手が、パタリと床に落ちる。

 エルフの暴れる音だけが謁見の間に響き渡る。

 瑛士はヤーシャ王を床に横たえると、エルフたちの前に立った。

 青の指輪が光り、風の槌がエルフ達の手足を潰した。突風で抑えていた衛兵たちも尻餅をつく。


(あぁ、こんなことでレッドカーペットを作りたくなかった)


 エルフ達は痛みに耐えきれず失神していた。

 当たり前だ、両手両足が潰されて弾け、骨が飛び出ている。耐えられる訳がない。


「拷問にかける部屋くらいありますよね?

 彼らの手足を切り落として、傷跡を焼いて塞いでください。話はその後にゆっくり聞きましょう」


 こんなことで前世の知識を使いたくなかったと思いながらも、瑛士の頭の中にはどんどん不吉な記憶が溢れてくる。


 恩人を傷つけたエルフ達がサアラを放っておくハズもない。

 不安に思う気持ちと怒りで、瑛士のブレーキは壊れかけていた。

 つまり異世界に来て初めて、ようやく彼はキレていたのだった。

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