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ヤーシャの国の魔法技師  作者:
何と成り、何を為し
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サービス精神

 水路は本当に三日で完成した。

 不眠不休で出来上がった水路に水を満たし、ダンターが魔導プログラムの起動部分に触れると、紋様が淡く光り始めた。


「魔法は発動しているな」

「水路に変化はありませんか?」


 光り続けているということは魔法が動き続けているという証明だ。

 ダンターが各所の見張りに報告をさせるが、水路が山に引き寄せられて壊れているということは無いようだ。

 そこからは長い休憩を挟み、最終的に二つに別れた水路の出口に水が貯まるのを待った。

 

 不純物を取り除いた水と、汚染水。

 ドゥオルグの一人が探知機をそれぞれの排水桶に近づける。一方は探知機が反応せず、もう一方は微弱ながらも探知機が反応を返した。

 どちらの排水が反応したのか。ドゥオルグ達の上げた歓声を聞けば語るまでもないだろう。


「成功だ!」

「やったぞ!」

「魔法技師様、万歳!」


 洞窟の至る所から歓声が返ってくる。

 石から生まれ、石に還るドゥオルグにとって、この山の土石を守ることは母と墓両方を守ったことに等しい。


 耳に痛いほどの歓声を聞きながら、瑛士は気を吐くのではなく、むしろホッと息を吐いていた。

 これでまた、一つの仕事を成し遂げた。

 だが、さすがに達成感よりも疲労のほうが強かった。

 壁にもたれかかった瑛士は、ぼんやりとした顔で歓声に湧く一団を眺め続けている。


 そしてまた、そんな彼を横から覗き込むシャルロッテも、どこか暗い表情でそれを見守っていた。

 職人気質で気難しい者の多いドゥオルグが諸手を挙げて喜ぶこの光景。兄が見たらさぞ満足するだろう。シャルロッテは与えられた任務を達成できた喜びを感じたが、へたり込む瑛士をみてその気持ちはすぐに霧散してしまう。


 ヤーシャの国の魔法技師が、また一つ偉業を成し遂げたのだ。確実にこの名声を世に広げようとするだろう。


(でも、瑛士さんは……)


 この光景は無償で得たものではない。ダの国に恩を売ってヤーシャの国は利益を得るだろう。

 だがそれは、瑛士への借りが増えたということだ。


 ヤーシャ王はせめてもの態度として彼を家臣ではなく台頭の立場だと表明している。無理やり異世界に呼んでおいて、本当に依存なく対等で居られるわけがない。シャルロッテはまだそれを悩んでいた。

 実のところ瑛士本人は既に割り切っているし、前世に比べれば独力で豊かに暮らせていることに満足しているのだが。


 彼から借りている物が大き過ぎる。シャルロッテはそれが自分の感情とないまぜになって膨れ上がっていることに気付かない。

 間違って大きくなりすぎた問題を持て余し、どうやって借りを返したらいいのか検討もつかなかった。

 

 祝いの場で元気さの足りない二人に、ダンターが声をかけた。


「エンジ殿。この施設を絶やさぬために、助力してくれんか」


 それを聞いてようやくシャルロッテは現実に引き戻された。

 当然の申し出だ。本来ならば、シャルロッテが先にこの発言をさせないために、釘を刺しておくべきだった。


 ここまで深くダの国に魔導具を介入させることになるとは予想していなかった。もっと早くにこの事態を想定して、兄と連絡でも取り合うべきだったとシャルロッテは後悔していた。


 拒否するのか。受け入れるのか。代わりにどんな対価を求めれば良いのか。

 迷っている間に答えたのは瑛士だった。


「良いですよ。保守運用も承りましょう」

(軽々しく承らないで下さい!)


 瑛士の言う保守運用とやらも何を指しているのかよく分からない。王のフォローをして、大使としての礼儀作法はできていても、彼女はまだ十六歳の少女だった。

 だが、背筋を伸ばして固まっていた彼女の肩をそっと押さえる手があった。メリルだ。

 メリルの手には熱も冷たさもなく、平然と、いつも通り。

 姫の背に手を回した彼女の体と視線は瑛士へと向いていた。


「大丈夫ですよ、姫様」

「本当に?」


 瑛士の返答の意味が伝わって、ドゥオルグの歓声はひときわ大きくなった。振り返って視線だけでメリルに問う。彼女は首を縦に振ったが、不安は消えない。


 彼は期待に答えようとするだろう。

 仕事を全力でこなすだろう。

 彼がどれほど不器用で、仕事で信頼に応えようとしてきたか。

 それをシャルロッテはずっと監視していたのだ。ずっとずっと見てきた。


 大丈夫であってほしい。せめて彼が無理をしないようにしてほしい。

 姫としては失格な祈りを捧げて、シャルロッテは瑛士とダンターの様子を見守った。


 握手のために手を伸ばすダンターと、それに答えようとして手を上げる瑛士。

 だが瑛士の手は、親指と人差指で丸を作っている。

 (ぜに)の形だ。


「ヤーシャの国が売り出しているのは魔導具だけです。これからは現物の売り出し以外にも魔導具の整備サービスも始めようと思います」

「ほほーう?」

「もちろん手が空いたら改善もしますし、ダの国へのサービスはまだまだ提供できるものがありますよ」

「無論、整備が必要なのだろうなぁ」

「勿論、施設の得られる利益に比べれば微々たるランニングコストですが」


 ダンターと瑛士がピタリと止まり、今度こそ握手を交わして豪快に笑った。


「魔法技師殿は商売も上手いか!ガハハハハハ!その品、しっかりと買い上げてやろう!」


 金は物に付随する。しかし、形にならない技術にも対価を。

 畑は違えど、同じ技術者。更に言えば、鍛冶技術での加工品だけで国を保たせているダンターならばその先の意味も分かる。

 彼は太く分厚い手で瑛士の手を強く握りしめ、大きく手を三回振り、瑛士の肩の関節をこわしてようやく解放した。


「いつつつ、こんなんで良かったかな、ロッテ?」

「あ……ぅ……」

「あ、あれ?ハズした?メリルさんがこれで良いって」

「メ……!!」


 メリル!!と叫んだシャルロッテの声はダの国中に響くほどの勢いだった。

 二人のやりとりを目の前で見せつけられたダンターだったが、ガハハハ、と笑う彼の機嫌は落ち着くどころかどんどんと上昇していく。

 しまいには「仕事は明日からだ!」と宴の準備を始める始末で、本当に瑛士とシャルロッテは宴に付き合わされた。


 翌日どころか仕事の開始は三日も遅れることになるのだが、それはまた別のお話。

 人知れず徐々に広がっていたダの国の品質問題は、魔法技師によって静かに収められた。

 そして魔法技師がもたらす継続的な社会への影響が始まった。

 今はまだたった一人。しかしいずれ必ず広がる波紋を、最初の一滴が確かにこの世界に刻まれた。


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