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ヤーシャの国の魔法技師  作者:
何と成り、何を為し
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リバースエンジニアリング

 大惨事を招いた事故だったが作業はその日の内に再開した。それもこれも治療の魔導具のおかげだったが、治療の魔導具は人間の回復能力を賦活させるのが関の山。動けるようになったのは比較的軽傷だった瑛士だけだった。

 実際に紋を刻む作業を学徒達に任せていたのが幸いした。もしも瑛士が直接魔導プログラムを書き込んで重傷に陥っていたら。

 瑛士自身は人の不幸を幸いと呼ぶのに気が引けていたが、この後の作業を一人で行えるのは怪我の功名だった。

 ここからの作業は学徒ではついてくることが出来ない。

 瑛士は一人きりで部屋に篭り、全力で脳細胞を働かせていた。


 最後には燃やすという条件を取り付けた瑛士は大量の式を紙に書き散らしている。踊る人形の魔法だ。紋様のまま解釈するのも手間なので、全てアルファベットに書き直されている。

 それほどまでに、瑛士の取り組んでいるリバースエンジニアリングとは複雑で難易度が高いものだった。


 完成したプログラムというものは入力と出力が分かっていれば利用することが出来る。

 だがそれだけではプログラムの動きを理解したとは言えない。


 瑛士は魔導プログラムを解析して自分で組み立てられるようになるまで、三ヶ月もの時間を必要とした。

 それだけの時間をかけて得られたものが魔導プログラムがエレメントと呼ばれるものを利用していることと、いくつかの基本的な魔法の構造だ。

 暗記だけでプログラムを解析するのにはそれだけの時間がかかる。

 今の瑛士にはそれだけの時間は無い。


 問題は時間だけではなかった。踊る人形の魔法が非常に複雑であるという点だ。

 手足という四つの要素が連動して不規則に動くが、これらのプログラムは全て別々の記載がされていた。つまり踊る人形の魔法という一つの魔導プログラムではなく、四つの魔導プログラムを解析する必要があった。

 しかもそのプログラムは連動している。単純に考えても難易度は四倍以上あることになる。


 プログラムをひたすらに書き出して、頭の中だけでそれらを四つ同時に動かしてみる。

 相手の位置を把握して引き寄せるという動きの中のどこが強弱を管理する部分なのか。

 ここは違う、ここも違うと紙にバツをつけ続ける。

 このまま倒れ込んで寝たいと気力が途切れかけるが、その度に誰かが現れては声をかけてくれた。


 シャルロッテは瑛士の体を気遣い。

 ダンターは技術者としての配慮をし。

 動ける弟子達も手伝える事はないかと傷だらけなのに顔を出しにくる。


(優しくないのはあんただけだよ、先代)


 結局のところ、瑛士が向き合う相手は常に一人だった。

 彼がこの世界に残した魔導プログラムのバランスは神がかっている。

 この魔法は人形を踊らせるためだけにしか使えない強度になっているのだ。使い方を誤れば危険な魔導プログラムだというのは身をもって体験した。これはそうならないようになっている魔法なのだ。

 瑛士はそれを超えなければならない。


「強度は強く、しかし周囲に影響を及ぼし過ぎないように」


 要件は相反している。

 同じ思考を何度も繰り返して行き詰まり始めた瑛士は天井を見上げた。


 首を回してみるが、頭と目に溜まった熱は逃げていかない。

 時間はもったいないが、リフレッシュせねば。

 そう思って部屋を出ようと扉を開けた瑛士は意外な待ち人に出会った。


「シャルロッテ姫。なにか御用……は、様子見ですかね」

「えぇ。無茶をしているのは知ってますけど、課題の方はいかがかと思いまして」


 けど、の部分が随分と刺々しかったが、自覚はある。

 文句は言わず、室内にお通しする。

 残念ながら侍女が居ないので出すお茶が無い。

 しかも先程から魔法の解析は滞っている。

 どうやって説明したものかと会話の糸口を考えていた瑛士だが、口火を切ったのはシャルロッテだった。


「瑛士さん、そろそろ講義の時間ですよ」

「講義?」

「えぇ、講義です。こちらに来てから、私だけ何も教わってません。他の学徒達に水を開けられるのは悔しいです」


 悔しい、という個人的な感情を彼女から聞くのは珍しかったが、考えてみれば彼女は瑛士の世界で言えばまだ学生をしている年齢だ。

 息抜きがてら、そして情報の整理の一環として、瑛士は紙を見せながら特別授業を開始した。



* * * * *



 それは講義というには難しすぎる、手加減の無い瑛士一人の吐露であった。

 だが、シャルロッテはお飾りで王と一緒に国を支えているわけではないということを証明した。

 瑛士の話す内容を質問も交えながら理解し、一緒に課題を整理し始めたのだ。


「瑛士さんの判断に問題らしい箇所は無いと思います」

「本当に?」

「本当です。ただ、水の中に金属が溶けている、というのは理解しがたいのですけど」

「肉眼では見えない物が世界にはたくさん存在していますから」

「ふぅん。瑛士さんの居た世界の科学はそんなに進んでいたのね」


 瑛士はから笑いで誤魔化した。

 地球の科学技術について、原理まで詳しく知っているものはほとんどない。だからといって油断して喋りすぎてしまうのも危険だと瑛士は考えている。細かい原理まで知らなくても、概念だけ把握していれば魔法で干渉出来てしまう可能性があるからだ。

 原子とか分子とか、黙っておいたほうが良いこともある。

 多少は気をつけながらとはいえ会話は弾んでいた。会話の内容は固かったけれど、瑛士の口滑りは良いからだ。

 だが、ついに瑛士は我慢できなくなって聞き返した。


「その、シャルロッテ様。良いのですか?」

「何が?」

「エンジという名で」


 呼ばなくても良いのですか?と続けることは出来なかった。

 彼女の背がピンと伸び、顔が赤らむ。


(しまった……)


 普段は仕事に関係しないところではろくすっぽ働かない勘が、見事にクリーンヒットしていた。


「えーと、その、すいません」

「なんで謝るの?」

「聞き方が悪かったかな、と」

「聞くことが自体が悪いけれど、瑛士さんはそういう人よね。別に理由なんてないですけど」


 けど。


「サアラだけじゃなくって、他にもちゃんと名前を呼ぶ人が増えてもいいでしょ?」


 良くないだろう、と彼は思った。

 だが、シャルロッテは他にも特例を作っているのではないかと思い当たった。

 彼の兄だ。

 誰も王の名を呼ばない中、彼を王と呼ばないのは唯一この妹だけだ。彼女だけは、名前を呼べない彼のことを兄と呼んでいる。

 公の場では王と呼んでいるのだし、聡明なシャルロッテは出来ないのではなくやっていないのだと。


「ありがとうございます」


 だから今度は謝罪ではなく感謝を伝えたのだが、やはりコメントすること自体が失策だったようである。

 シャルロッテはなぜか染めたままの頬を膨らませて不満をアピールしたからである。


「瑛士さん」

「はい」

「ヒントをさしあげますから、もし役に立ったら、ごほ……ほ、報酬をください」

「ご褒美」

「報酬です」


 シャルロッテは立ち上がると、瑛士の横に立った。


「ちょっ、ちょっと」

「いいですか。城内の水路から首都の東に流れ出る川は、途中で幾つかこのような分岐路を通過しています」


 抗議はつっぱねて、彼女は羊皮紙に図を書き加え始めた。

 水路の分岐路、ということは基本的にY字やT字、多くても十字路になっているものだろうと瑛士は予想していたのだが、彼女が描いた図はそのどれとも異なっていた。

 円を描くようにして、交差する一端の手前からやや平行して走り、合流する。

 出て行く水路も同じように道を作り、並行した道から一瞬だけ交錯して再び分かれる。


 どこかで見たことあるような、と思ったところで、瑛士は水路の正体に気づいた。


「こ、これは!!」

「役に立ちますよね?では、報酬を楽しみにして待ってますね」


 しっかりと瑛士が頷くのを確認してから、シャルロッテは距離をとって離れた。

 そのまま彼女は部屋を出て、ゆっくりと扉を締める。

 ヒントどころか大正解だ。前世の知識が自分の武器だなどと、驕っていたことを後悔するが、反省よりも先にやるべきことがある。。

 瑛士の徹夜は更に一晩伸びることになった。



* * * * *



「ダンター様。ダの国の水路をすべて工事しましょう」


 目を覚ましたダンターが聞いた第一声は、お付きのドゥオルグではなく魔法技師のその第一声だった。


「ふむ。金属で吸い寄せるのは諦めたのかね?」

「いいえ、諦めません。合わせ技でいきます」


 そういって瑛士は複数の羊皮紙を広げて見せた。

 そこにはシャルロッテが描いた水路図を三重にも四重にも重ねた複雑な水路が描かれていた。


「それぞれの岐路に、金属塊を置いて、引き寄せる魔法も併用します」


 準備よく、瑛士は懐に入れていた金属片を設計図の上に置いていく。

 適当においているように見えたが、設計図全体を見れば一定の周期で規則性があり……それらをひと通り説明するころには、ダンターもこの大魔法の仕組みを理解していた。


「なるほどなるほど。水路の中の金属片を小さく吸い寄せて分岐させ、」

「"水を流さない水路"を平行して走らせることで純粋な水を弾いてそれをまた別の水路に寄せます」


「不純な水路は最初の金属を含んだ水と平行して走らせて再び引き寄せて、」

「それを繰り返すことで純度はかなり上げられます」


 金属を引き寄せるだけで取り除くのは不可能だ。

 であれば、金属を含んだ水そのものを使えばいい。

 だが、水に魔法は描けない。


「だから水路に魔法を仕込み、水で発動させるのか……!なるほど。良いだろう!!」


 "良く出来たモノ"かどうかを判断するのに、ドゥオルグ以上に適切な種族は居ない。

 彼はこの計画の採用を即断した。


「施工に一週間はかかるでしょうが、その間にテストを挟んでいけば……」

「ならばそれも急がねばな、エンジ殿。この工事、3日で終わらせるぞ?」


 徹夜は更に三日間続くこととなった。

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