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ヤーシャの国の魔法技師  作者:
二代目魔法技師、参上
2/35

召喚は失敗しました?

 大陸東端に広がる巨大な平野。その全てを領土としているのがヤーシャの国であった。

 東の大森林と西の峻険な山脈の丁度ど真ん中に、石造りの壁に囲まれた円形の都市があった。ヤーシャの国の首都だ。その中心部には二つの巨大な建造物があった。

 一つは城だ。高さが違う二つの尖塔があり、そのうちの高い方の屋根上には赤い国旗が風に踊っている。国の行く末を担う中枢だ。

 しかし、その日。

 国の命運を左右する儀式は城ではなく、隣に建てられた神殿の地下深くで執り行われていた。


 地下に作られた巨大な石室。壁面までがきれいに磨き上げられた部屋の中には台座が設けられ、様々な記号が組み合わされた巨大な絵図が描かれていた。


「ヤーシャ王。シャルロッテ姫。お待たせいたしました」


 すべての準備が終わると、一人の老神官が壁際に佇んでいた二人の男女の前で頭を垂れた。


 二人の髪は、血のつながりが一目で分かるほどに同じ赤銅色をしている。

 ヤーシャ王と呼ばれた男の服は軍服であった。豪奢な飾りを取り払った黒の衣服が、並々ならぬ偉丈夫を包んでいる。

 対して姫と呼ばれた少女は小柄で線が細く、体のラインを際だたせるように絞った白亜のドレスに身を包んでいた。


「ロッテ」

「はい、お兄様」


 王は胸元のポケットから巨大なブローチを取り出した。

 アクセサリーに使ったら悪趣味と呼ばれてしまうような巨大な青い宝石が、ブローチの面積の大半を占めている。現にそれはアクセサリーではなく、国宝とも言うべき宝石を守るためにブローチを象った魔導具だった。


 姫はそのブローチを丁寧に受け取ると魔法陣の目の前で跪き、宝石の表面につけられた傷を指でなぞりながら二言、三言呟いた。

 ブローチから青い光が溢れだし、魔法陣の上を青の光が走る。

 青、青、青。そしてその青を目にすることが出来ないほどの強い閃光が迸り、石室の中が白で埋め尽くされる。


 まぶたを閉じてなおその内側を焼くほどの閃光が収まり、全員がおそるおそるまぶたを開いた。そこには体を丸めて寝ている異風の男が現れていた。


 男はピクリとも動かず、寝息も立てていない。


「まさか死んで……」

「国宝が機能しなかったのか?」


 神官とヤーシャ王は怪訝に思いつつもその場から動けなかったが、唯一足を踏み出したものが居た。

 シャルロッテ姫だ。

 姫は男の様子を不審に思って覗きこむ。

 人の気配を感じたからか、機械じかけのようにパチンと男の目が開いた。


 男の目はぐるぐると周囲の光景から情報を読み取ろうとし、目の前でこちらを覗きこむ美女に吸い込まれ、そこから離れて吸い込まれを三度ほど繰り返し、美女と正面から見つめ合う形で停止した。

 だが、彼女に見とれているような余裕はなく、彼は頭の中で自分の状況を把握しようと高速で回転していた。




 最近は仕事しかしていない生活だった。

 いったい何に影響されて、こんな夢を見ているのだろうか。

 最近見た深夜アニメにいたヒロインとは髪の色が違う……というかそれも既に二クールは昔の話だった。

 などと冷静に考えながら寝そべっていると、室内に少女の声が響いた。


「もし。お目覚めでしたら、お名前をお聞かせ頂けますでしょうか」


 夢とはいえ、女性の前で寝そべっているのは行儀以前の問題だ。

 くせっ毛でグルグルの黒髪をした痩身の男は、床に手をつきながらゆっくりと上半身を起こす。

 手はしっかり床を掴んでいるはずなのに、彼の視界は思考に負けず劣らずの早さでぐるぐると回転していった。


 過労と、寝るためにムリヤリ飲んだ酒のせいだと彼は思った。

 何度も経験のある浮遊感に、離れてもらおうと少女に手を出す。

 が、気持ち悪さをこらえるために声は出ず、少女はその手をとってしまい、


「あの、お加減は」

「う゛お゛え゛ぇ゛ぇぇぇぇ」

「きゃああああああ!?」


 吐いた。美少女に。盛大に。


 夢にまで見た展開だとその時気付いていたらちゃんとこらえていたのに、と彼は後悔するが、後悔先に立たず。異世界人とのファーストコンタクトは大惨事で始まった。


 姫の純白のドレスが、エナジードリンクの緑色に染まっていく。

 険悪な兵士に刃を突きつけられて、召喚された男は気絶してしまった。


「お、王よ……」

「試してみるまでは、分からん。まだ失敗したとは限らんぞ。とりあえず連れて行け」


 儀式は不安だらけで終わった。

 そして様々な試行錯誤の末、不安は現実のものとなった。

 彼は国防にはなんの役にも立たない無能。

 王国の歴史を変えるはずの儀式は闇に葬られ、異世界の歴史が変わるのはしばし先の事になった。

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