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ヤーシャの国の魔法技師  作者:
東の森の来訪者達
17/35

魔法と精霊

 暖かな日差しが差し込み、色とりどりの草木が植えられている。

 王城の中庭だ。

 本来は花よ蝶よと育てられたお嬢様が自然を楽しむために作られた箱庭だが、今日は午後のティータイムを楽しむ若い女性の声はなく、開催されているのも麗らかなティータイムではなく魔法講座であった。

 参加者はヤーシャ王、シャルロッテ姫、エルフの長老とサアラ。更にメリルと、魔法技師としての技術を学んでいる舎弟達だ。

 そして何を隠そう、というか隠しもせずに先日街で大暴れをした噂の空飛ぶ魔法技師エンジこと瑛士である。


「つまり、この指輪は空を飛ぶ魔導具ではなく、風を操作する魔導具なのだな?」


 瑛士の説明を聞いて、最も早く反応したのは率直かつ事務的なヤーシャ王だ。

 そもそも瑛士を呼びつけたのも彼である。

 空を飛べる魔道具など、軍用転化できたらどうなるか……。

 武力ステータスを一点強化している彼に知られればどう取り扱われるか分からない瑛士ではなかったので、事前に用意した内容を淡々と説明した。


 ヤーシャ王は実演してみせた瑛士の前に立つと、無言で手のひらを差し出した。

 ずるい、という皆の視線に気づいているのかいないのか。

 魔法の呪文を教わったヤーシャ王は風を徐々に強め、地面から足を離した。


「おぉぉ、これは……」

「落下するときの減速訓練をしない内は、飛び上がらないでくださいね。危ないので」

「ふむ……お前はそれを訓練していたのか?」

「えぇ、メリルさんに付き添ってもらって訓練室で」

「昨日支度をしろと言ったのに姿を消していたのはそれか……。しかしあの部屋を使いすぎだな。お前が侍女を連れ込んでいると噂になっていたぞ。せめて連れ込むならダナンにでもしておけ」


 それはそれで噂になりますが、とメリルは内心で指摘していたが、顔に出す必要はなかった。

 ダナンが彼に付き添うことになった場合、侍女達から変わってくれと迫られ、押し倒され、無理やり交代させられてしまいそうだ。その後に不祥事があればダナンだけの責任には留まらないだろう。さすがにパルシバール家の者を死地においやるほどメリルも鬼ではなかった。


 ともあれ、中庭では順番に指輪を手渡して各々が魔法を試しはじめた。

 スカートで飛び上がるわけにもいかなかったが、どうしても試してみたいということでシャルロッテも今日は乗馬服のズボン姿で集まっている。ちなみにサアラはずっとショートパンツ姿のままだ。


 王族の次は舎弟達がそれぞれ魔法を試していったのだが、エルフである二人はその指輪に手も付けなかった。

 それが遠慮からくるものなのか。誰もそれを聞くことは出来ず、いったん今日の魔法教室は解散になり、舎弟達は退室した。

 と、そこでメリルが中庭に続く扉に鍵をかける。

 ここからが本当の議題だった。


「さて、この魔法を開発したエンジに、長老から一言あるそうだ」

「本当に一言だけどね。あんたの才能に敬意を表するよ、エンジ。この魔法、先代が辿り着くには十年はかかっていたんだからね」

「ありがとうございます。長老」


 その年数比較は純粋に鵜呑みにしてよいものではないだろう、とエンジは思っていた。

 彼は魔法の基盤となるルールを(プログラミングを元にしているとはいえ)一から構築していたのだ。その基盤に乗っかって魔法を開発しただけの自分とは条件が違う。

 だが、エンジが自分で自分を認めないにしろ、それを認める者は他に居た。


「さすがだ、エンジ殿。長老がこんなに人を褒めるなんて、初めて見たよ」


 サアラが満面の笑みで近づいて、瑛士の背中を気軽にぱしぱしと叩いた。

 呼び方は未だに殿付きであったが、距離感自体は大分縮んでいる。

 うかつな発言をしたサアラは長老にいかづちを落とされていた。

 瑛士も人から褒めて貰って嬉しくないほど捻くれているわけでもない。

 サアラにありがとうと返しながら、瑛士は一周して戻ってきた件の指輪をサアラに渡そうとする。


「じゃあ、サアラも試してみるかい?」

「あー。そのことで話があって、人を集めてもらったんだよ、エンジ殿」


 割り込んだのは長老だ。

 彼女は杖で地面をコンコンと二回叩くと、ぼそぼそと何事かを呟いた。

 それは魔法とは全く体系の違う呪文。だがしかし、確かに呪文であった。

 彼女の体は短く、一瞬であったが、たしかに僅かに地面から離れていたのだから。


「どうやったんですか!?」

「その話をするために集まってもらったのさ」


 長老は杖を瑛士に見せると、再び何事かを呟いた。

 すると、宝石があるわけでもないのに杖の先端がぼうっと緑色に光り始める。


「エンジ殿。あんたの使っている魔法の源は何かしってるかい?」

「……魔導プログラムがこの世界の何かのエネルギーを捉えていて、それがエレメントと名付けられているのは分かっていますけど、その正体がこの光ってことですか?」

「左様。これを光らせている精霊が、魔法の源だよ」

「精霊……ってことは生きてるんですか!?」


 驚きながら、瑛士の脳裏に嫌な想像が走った。

 生きた存在に無理やり干渉して魔法を使っていたのなら。

 だがそれを見越したように長老は首を横に振った。


「本当に先代と同じ反応をするねぇ。そっちの世界では精霊ってのは生き物だったのかもしれないけど、こっちの世界の精霊は意思もなければしゃべりもしない、ただこちらの呼びかけに反応するエネルギーそのものだよ」

「なるほど……。ってことは、長老さんたちがさっきから呟いているのは、もしかして」

「察しがいいね。あんたらの書いている魔法はエルフ語を改造したものさ。つまり、私達は媒体を介さなくても魔法が使えるのさ」

「それなら、まだ解析が終わってない魔法の解読も手伝ってもらったりとか……」

「それが出来ないよ、という話をしたかったんだよ、エンジ殿」


 一足飛びに進む会話にシャルロッテもサアラもメリルも置いて行かれていたが、長老は全員に分かってもらうまで話すつもりはないらしい。

 さらさらと紙に何かを書きつけると、それを読めと瑛士につきだした。


「えーと、どぅあ、えろぅ、ぐわいじん……」

「上手く聞き取れぬだろうから先ほどの呪文を音に直したものだよ」

「つまりこれを発音できれば、それだけで魔法が使えるんですか?」

「今、なにか魔法が起きたかい?」


 答えは否だ。

 そよ風の一筆も現れず、中庭は沈黙したままである。


「生粋のエルフが話さねば意味はないんだよ」

「音だけ真似しても意味はないんですね。エルフの言葉自体に力があるのか……?」

「ほぉ。先代より博識だね」


 長老は初めて瑛士の回答に驚いていたが、楽しそうに笑った。

 本当は前世で嗜んでいたゲームの設定を当てはめただけだが、言う必要はない。むしろ話が進まない。

 瑛士自身がそういった力を操れるわけではないし、聞いたこともなかったのだ。深堀されても困る。


「つまり精霊を操っているのは同じだけど、エルフと人間の使う魔法はまったく別の道具なんですね」

「そういうことさ。だから、このバカな孫娘が人前でつかったあの魔法についても、我々から技術供与することはできない。

 再び力をつけようとしているヤーシャの国に協力しないわけじゃない。出来ないんだ。魔導具の知識は魔法技師しか扱えない」


 長老は分かってくれるかね?と全員を見まわし、皆がそれに頷いた。

 つまり、長老がしたかった話とは、そこに集約されるのであった。


「感謝するよ、エンジ殿。代わりと言っちゃなんだが、うちのバカ孫はいらんかね?」

「ちょっ、婆ちゃん!?」

「ダメですっ!」


 反論はなぜかサアラだけではなくシャルロッテからも飛び出した。

 メリルが目を閉じて無表情に直立し、なぜかヤーシャ王のこめかみに血管が浮き出ている。


「そ、そのっ、えーと……サアラさんがすぐに先代から乗り換えるように促すなんて、だめですっ!ねっ、サアラ!?」

「ロッテの言うとおりだっ!モノみたいにやりとりして嫁に出されるなんてイヤだぞっ!」

「随分と仲良くなったもんだねぇ。ま、上手くやんな」

「……長老様、さすがにそれは」


 二人の反応に長老がニヤニヤと言い返すと、メリルがやんわりとフォローする。

 年寄りの冷や水さ、気にしないでいいよ。そう笑う長老の話は終わりのようだった。

 機嫌の良い長老に連なって、面々が中庭を出てゆく。

 サアラと瑛士を除いて。


「えーと、エンジ、殿」


 普段の快活さからは真逆の、おどおどとした口調でサアラが切り出した。声はハスキー気味でかっこいいだけに、かえって彼女の動揺が強く伝わった。

 サアラはハキハキとした口調や活発な外見に反して、中身はそれこそ深窓の令嬢のように純で人見知りで臆病だ。

 そして、彼女にはこちらから無理に勧めても逆効果だというのもなんとなく察していた。

 黙して待つ。耐え忍ぶ。瑛士も日本人だ、忍者ソウルは備わっている。


 そしてなにより、瑛士には彼女の言いたい事を予測する機能も、機先を制する能力もなかった。

 読心の魔法は作れるのかなぁ、と夢想していると、ようやくサアラは続きを口にした。


「こ、今晩、ヒマしてないか?」


 まさかのド直球なお誘いだった。

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