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ヤーシャの国の魔法技師  作者:
二代目魔法技師、参上
11/35

ショウ・タイム

 演劇が始まってから数十分。瑛士はしまったな、と後悔をしていた。

 なにせ、彼はこの国中でもっとも良質に書籍を管理している王城のそれを読みあさり、あらかたの伝承を既に読了してしまっていたのだから。


(事前にオチを知ってから映画をみるようなもんだなぁ)


 大まかなストーリー展開は熟知しているので、演技を楽しむより他に見るべきところが無い(と彼は思っている)のだが、元が引きこもりのエンジニアである。

 演劇のような瀟洒な趣味を嗜んだことはなく、心惹かれることはなかった。

 そんな瑛士が何を見ていたかといえば、劇中に出てくる魔導具の数々である。



 物語はドラゴンの登場ではなく、魔法技師が国を豊かにしていくところから始まった。

 つまり、それはイコール魔導具の出現と台頭を描くことでもある。

 城内では気付かなかったが、一般市民にとって簡易な魔導具は生活に深く根ざしていることが、彼らの反応だけでも分かる。


 鍵をかけるにも魔法が使えない。

 時間を知るにも魔法が使えない。

 部屋の照明にも魔法が使えない。


 そんな暮らしをしているところにずかずかと魔法技師が踏み入っていくシーンがはともかくとして、彼が生活を少しずつ良くしていく姿に、子どもたちが驚きと関心を示す声をあげ、大人達も生き証人の居ない昔の暮らしの大変さに先祖を思う。

 心の何処かで文化レベルの低い異世界人と侮っていた瑛士はこの演劇の巧妙な作りに感心しながら、捻くれた感想を口にした。


「随分と説教臭い演劇なんですね」


 ぼそっと漏らした瑛士の感想に、ヤーシャ王はニヤリと笑い、シャルロッテ姫は苦笑した。


「エンジ。お前には政治の素質もあるかもしれんな」


 ヤーシャ王が彼の視点を褒めると、


「王が出向く国の行事ですから」


 政治が関わっているのは仕方ないと姫がやんわりと助言する。


「でもそれにしては大人も見ているんですね」

「成人でも、一般市民ではそういった視点には気づかん者は多いのだ。政治的に効果があるという側面は否定しないが、国がやっている演劇でもなければ邪な意図もない。啓蒙を強めていることに気づくものが居たとて、魔法に感謝することはあっても洗脳だと騒ぐものは出んよ」

「なるほどなぁ」


 王族がこれを見に来ている、という演出を加えてはいるものの、ヤーシャの国民に魔法への啓蒙を強めさせているのは国民そのものなのだ。

 直接手を下さなくとも、自動的に行われる政治。


「自動化っていうのは良い言葉ですよね」

「そうか? 必要のないことには手をださんが、やるべきことはしっかりと手を下すべきだろう?」

「そうではなくて、ヤーシャ王が魔法を使って新たな行動を起こすのなら……」

「お二人共。お静かになさって下さい」


 白熱しかかった討論は、姫の言葉で水を打ったように静まった。

 視線を舞台に戻す。そこには魔法によって生きたように動き、翼をはためかせる黒き竜が現れていた。



* * * * *



 それは夜闇に紛れぬ力強い黒だった。

 羽ばたく翼の節々と、鋭利な爪牙がその中で白く輝き、双眸の赤が遥か頭上から睨めつけてくる。


 これが城下町の広場で行われている演劇でなければ、姫と国王の隣で舞台を観覧していた瑛士も腰を抜かしていたかもしれない。


 演劇のうえでは、クライマックスを前にもっとも緊張させるシーンにあたるからか、壇上の演者も声に力が篭っている。

 魔法で拡声された低く重い竜の声に負けぬよう、熱を込めた問答が繰り広げられる。


「なにゆえ我が国を襲う!己の力を確かめるためか?」

「そんなものは生まれた時から知っている」

「では、誉れや誇りのためか?」

「ただそこで息吹を吐き出すだけで崇められる(ドラゴン)に、そんなものを加える必要があるとでも?」

「では、一体……」

「富だ」


 まさしく、ドラゴンは己を語った。


 価値あるものをひたすらに蒐集する。

 金銀財宝ことごとく。

 あまねく美男美女を。

 形にならぬ力と空想の威信を、己のそれらと等しい程に巨大に現すことにこそ喜びを感じるのが竜という生物の習性。


 山奥で数十年ぶりに眠りから覚めた竜は、下界の変化を知った。

 群雄割拠といえば聞こえは良いが、ひとつにまとまることの出来ない無能な人間どもの集団達。

 その中で、ひとつ頭の抜けた存在があるという。


「そう、貴様らだ。ヤーシャの国の王よ」


 ドラゴンは何を奪おうとしているのか。この国が最も誇る富たる宝は何か。

 それを理解した初代ヤーシャ王は剣を引き抜くが、十数メートルはあろうかという竜の爪に薙ぎ払われてしまう。


「次なる満月の晩に、身を清めた姫を我に捧げよ。逆らえばこの国が、今の貴様のように引き裂かれ、灰燼に帰すと知れ」


 他国を制圧した王がいた。だがこの国にはさらなる宝があるという。

 王を裏から支えた美姫。

 剣もて国を征した王と、筆にて人を征した美姫。


 歯向かう王は薙ぎ払った。

 あとは姫をもらうだけ……。

 邪悪な竜が煙とともに壇上から姿を消し、場面は重篤の兄を思って嘆く姫とそれを慰める魔法技師の語らいへと進んだ。

 情感たっぷりの演出に目を奪われていた瑛士だったが、横からかけられた声でふと我に帰った。


「エンジ様。そろそろ出番ですよ」

「ほ、本当にだいじょぶなんですかね?」

「大丈夫です。セリフは演者がやってくれますから。エンジ様は、立ち上がって、竜の口から放たれる火の玉を消すシーンで魔法を使って頂けるだけで良いのです」


 ホントかなぁ、という軽口は緊張で引き絞られた胃が抑えこんでしまい、言葉にならなかった。

 だが、そんなことを話している間に舞台の上では物語が進んでいく。


 姫に竜退治と王の敵討を誓い、いざ竜と対峙せんとする、瑛士と同じ衣装の演者。

 構えた鉄製の杖の先端にある宝石が輝かしいが、とはいえそこは演劇である。

 竜の吐き出す炎は伝承とは比べ物にならないほど小さく、バレーボールほどの火球を風や水で消すのが例年の舞台とのことだ。


 前口上が終わる。

 魔法で作られたライトが、天を仰ぐドラゴンと、馬車の上で立ち上がった瑛士に向けられた。

 空に向けて吼えるドラゴンの口元に小さな火の玉が出来る。


 あの程度か、案外大したこと無いな……そんな風に思っていた瑛士だったが、異変はこの時既に起こっていた。


「おい。誰ぞいるか」


 慌てた声で王が馬車の側に侍る兵を呼ぶ。

 どうしたんだろう、と一瞬だけよそ見をしてから正面へ視線へ戻すと、そこには直径数メートルにも及ぶ巨大な豪炎の球があった。


「あの演者共を捕らえろ!!」


 王の号令に兵士たちが近づこうとするが、広場をうめつくすほどの民衆のせいで走りだすことも出来ない。

 素早く現状を把握した瑛士に去来した単語は「テロ」だ。

 あれだけの炎が広場にたたきつけられたら、被害は王族だけにとどまらない。

 この広場に集まった数百の民も死ぬ。


 それだけに危機だと分かっていながら、彼から王に向けられた質問は間抜けとしか言えないものだった。


「ヤーシャ王。あれは本物のドラゴンじゃないですよね?」

「当たり前だろう!!!」


 ヤーシャ王は自らの懐を探るが、火球に対応できるような魔導具は持ち合わせていない。

 せめて姫だけでも庇えないかと視線を巡らせ始めるヤーシャ王。

 だが、そんな慌て始めた彼を瑛士の一言が止めた。


 それならば。


「それならば、約定通りお任せ下さい。ヤーシャ王」


 大声で逃げろと叫ぶために吸った息を押しとどめ、ヤーシャ王は瑛士の瞳をじっと見つめ返した。


「―――いいだろう。やってみせろ、エンジ」


 逃げろ、という号令は発されなかった。

 広場全てを燃やし尽くすに十分なサイズの火球が振りかぶられる。

 その場にいた者達の半分は期待に満ち、半分は過去とは違う演出に不安を宿し。

 そしてたった二人だが、4つの瞳には信頼を持って見つめられ。


 今生の魔法技師(マジックエンジニア)は、その指に嵌めた指輪を炎に差し向けた。


「オブジェクト破壊処理、起動。対象検索」


 王と姫には意味の分からない呪文を呟きながら、指輪に刻んだ魔導プログラムを指で撫でる。

 本来触れるだけで起動する魔導プログラムに音声認証をつけたのは、それほどまでにこのプログラムが危険だからだ。

 その分だけ魔法の発動は遅れ、彼の詠唱が完了するよりわずかに早く火球はドラゴンから発射された。

 火の粉を撒き散らしながら迫る火球を指輪を嵌めた左手の人差し指で指し示し、もう一度魔導具に触れる。


「魔力オブジェクト初期化」


 魔法(プログラム)は火球よりも速く飛び、馬車に到達する前に干渉に成功する。

 あの演者が絶対だと思っている魔法は、何の守りもなく脆弱だ。魔法の籠もった空間(オブジェクト)を捉え、込められた魔法に上から無を上書きする。

 魔法技師の嵌めた指輪が、紅の閃光を放つ。

 眩い光に瞬きをした刹那、凶炎は世界から消失した。


 無音が世界を埋め尽くす。

 誰一人身動きすることなく、言葉もなく、しかし広場に収まらないほどの激情がそこには在った。

 その世界を動かしたのは、彼と対になる装束に身を包んだ王だった。


「我らがヤーシャの魔法技師が再臨されたぞ!!!」


 王の宣言で広場が、城下町が、国が、割れんほどの大歓声が巻き起こる。


 極度の緊張で瑛士の足は震えていたが、いつのまにか背後に立っていたシャルロッテがその背を支える。王と姫と技師はそろって観衆に手を振って歓声に答えた。

 喧騒の中で逃げ出そうとしていた演者(に化けていたテロリスト)達も、回りこんでいた兵士達によって取り押さえられ、祭りは大団円のまま幕をおろしたのだった。

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