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ヤーシャの国の魔法技師  作者:
二代目魔法技師、参上
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はじまり、はじまり。そのはじまり。

「素晴らしいですわ、エンジ様」


 二週間ぶりに顔を合わせたシャルロッテは、開口一番に笑顔を添えて瑛士をそう褒めた。

 たしかに彼女は兄妹のなかでは計略担当であったが、今日のそれはどこにも一物含まれていない素直な賞賛と、笑顔であった。

 そこに皮肉が入っているのではとどうしても勘ぐってしまうのは、瑛士に自信が無いからだった。


 だがそれも仕方がないだろう。

 前世の瑛士のファッション経歴は、ファッションとすら呼べないような粗末なものだった。手近な店に売っているサイズの合った地味な服を適当に買い揃えていただけ。そうでなくても年がら年中スーツで仕事をしていたので、その手のセンスは皆無であった。

 その瑛士が、今は燃えるような朱と闇のような黒の外套を着ているのだ。気恥ずかしくないはずがない。

 朱をメインに黒を交えて、ところどころのポイントに金のボタンなどをあしらった、侍女陣の力作である。これを前にして「派手だ」と評価して嫌がった瑛士はメリルに大層叱られたのだが、それはまた別の話。



 猫背と整えられていないくせっ毛と、そもそも服に着られているようなしゃっきりしない表情さえなんとかすれば、そもそも見劣りすることは無いのだが、それ以外にも派手な衣装を用意したことにはしっかりと理由があった。

 瑛士の前に立つヤーシャ王その人が、瑛士とそっくりな衣服を着ていたからだ。ただし、朱と黒の配色が間逆であることだけが、唯一にして絶大な違いであった。


 瑛士の髪は日本人らしく黒で、ヤーシャ王とシャルロッテ姫は鮮やかな赤銅色である。

 黒と赤がお互いに逆さま合わせという意匠なのだ。


「悪くないぞ、エンジ。俺に付きあわせた装束にさせてすまないな」

「いえ、質感も良いですし、不満は全く。はい」


 不満があるのは服に着られている自分自身だとは口に出さなかったが、表情にはありありとそれが現れていた。

 お待たせいたしました、と登場したメリルは瑛士の背筋をまっすぐに矯正させると、天蓋を外した馬車の上に彼を押し込んだ。


「事前に伝えていませんでしたが、この馬車で演劇の舞台まで移動していただきます」

「え。それってパレードの中を練り歩く、ってこと?」

「おや、珍しく察しが良いですね。その通りです」

「聞いてないよ!」

「えぇ、嫌がるだけ時間の無駄ですから。エンジ様の貴重なお時間を無駄にしないよう、お伝えしておりませんでした」


 丁々発止なやりとりで瑛士を黙らせたメリルの後ろで、兄妹は小声で感想を口にした。


「……相変わらず容赦ないな、メリルは」

「エンジ様にお仕えさせるにはベストでしたわ」

「アレを仕えていると言うのか?」


 兄の疑問には答えずに、妹は瑛士に続いて馬車に乗り込んでしまう。

 ため息をついて、ヤーシャ王もそれを追った。

 あとわずか数時間後に、ヤーシャの国が盛衰どちらの未来へ向かうか大きな舵が切られることになる。

 それを理解し、覚悟していなかったのは瑛士ただ一人だった。



* * * * *



 この祭りがどうだったかという質問に対して、瑛士は後になっても明瞭な答えを返すことが出来なかった。

 パレード自体に緊張していたことは間違いないが、この時の瑛士は異世界の街並みというものに目を奪われていた。


 馬に乗った騎士が馬車の横を随伴している。

 ゲームに出てくるような、チュニックらしき簡素な服装の市民がこちらを見上げている。

 家々の多くは木組みで出来ていて、2階建てよりも高い建造物はほとんど存在しない。

 道は石畳で出来ていて、馬車がアトラクションのようにガタガタと揺れている。

 家と家の間の脇道は舗装されていない道が多いようだ。


 大通りに面した飲み屋では、木製のコップを打ち付け合って騒いでいる男たちが見える。

 給仕の人も含めて女性が肌を晒さないようで、スカートの丈が長いのはゲームと違ってちょっと残念かもしれない。

 それから。それと。他にも。あれもこれもそれも。


 召喚されてからこちらの世界の暦で約半年と一月、城と神殿から出ることの出来なかった瑛士にとって、ヤーシャの国は質素であっても眩しく映っていた。

 そしてまた、ヤーシャの国の民の眼にも、瑛士は(本人とっては意外だが)偉大に映っていたのだった。


「ほら、エンジ様。そう緊張なさらずに、笑顔を向けてください」

「無理っす」

「でも、みなさんは瑛士様の尊顔を見て喜んでいますよ?」

「顔じゃなくて服ですよ」


 素直に褒めているのに取り付く島もない瑛士にシャルロッテは不満な顔を見せる、ようなことはなく純度百パーセントの天使の笑みを顔に貼り付けて民衆に手を振った。

 それにも気づかないほど極度の緊張で敬語も忘れていた瑛士だったが、彼の指摘はある意味では正しかった。


 彼自身は気づいていなかったが、一般市民が着ている服の中に、赤と黒で出来たものは一つとして無かった。

 仕立ての良い服を着ているというだけではなく、この色を纏うことを許されているということそのものが、市民が羨望の眼差しを向ける理由になっていたのだ。

 シャルロッテの方はそれを分かっていながら口にせず瑛士を褒め(追い詰め)ていたのだが、釘を差したのはヤーシャ王だった。


「無茶を言うな、ロッテ。そこらの一般人をここに引き上げて笑えと言うようなものだぞ」

「はい。申し訳ありません、ヤーシャ王、エンジ様」


 シャルロッテは楽しそうに軽く頭を下げると、再び市民へと体を向け、笑顔を振りまきながら手を振りつづける。

 瑛士は姫のいじめから解放されてホッと一息ついていたのだが、追撃は味方をしてくれたかと思われたヤーシャ王から飛んできた。


「だがエンジよ、その服を纏うことに慣れろとは言わないが、意味は理解しておいてもらいたい」

「ヤーシャの魔法技師として身を立てろ、ということですよね?」

「嫌だと言われても解放は出来んのだが、そう素直になられても怪しいな」


 ヤーシャ王の素直な物言いは、国のリーダーとして大丈夫なのかと一瞬不安に思うほどストレートだ。

 だが、そこへの回答は既に瑛士の頭のなかにあった。


「もしも。私がこの知識を他国に流したら戦争が起きるでしょうね。そうでなくても何かしらの争いは起こるはずです」

「そうだろうな」

「先代の魔法技師はヤーシャの国で幸福に暮らし、息を引き取ったと伝承では締めくくられていました。私も同じように出来ればと思っています」


 ヤーシャの国以外に与することは、その安寧を自分からふいにすることだ。

 少なくとも今の瑛士にそれ以上の欲はなかった。

 打算でも偽りでもなく、ヤーシャの国の魔法技師になってもよいと、エンジは納得していた。


「ならば、それを証明してもらおう」


 ヤーシャ王が指さしたのは、王城から城下町の外へと繋がる大通りの中間地点。

 街の中央に位置する大広場。

 その広場には今、馬車の通り道以外には足の踏み場もないほどに人々が押し寄せ、広場を囲む家々の窓から観覧客が顔を覗かせている。

 彼らの視線が注がれる先は二つ。

 一つは王達の乗る馬車。

 そしてもうひとつは、広場の中央に設えられた巨大な演劇の舞台。


「こ、この中でやるんですか……?」


 今更おじけづいた瑛士だったが、彼の震え声に兄妹は反応しない。

 舞台をライトのような魔導具が明るく照らし、夕暮れの街並みの闇は深くなる。

 王たちと一緒に馬車の座席に腰掛けると、朗々とした声が広場に響き渡った。


「ここに語られますは、竜と、ヤーシャの国と、そしてそれを救った英雄の物語。二百年の昔に国を救いたもうた、英雄譚に御座います」

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