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12.自白の時

 

「な……」

 どいてください、と言う前に、背中に銃口らしきものを突きつけられたのを感じてユリウスは動きを止める。左腰に佩いていた剣を奪われるのにも抵抗できない。されるがまま男たちに囲まれて歩き、すぐ近くの部屋に連れ込まれた。

「な、何なんですかあんたたち」

「それはこっちの台詞だわ」

 見れば、部屋の奥に女が座っている。

「ライニンゲン侯爵夫人!」

「全く、何なのあなたたち……」

 呆れたように呟きながら、侯爵夫人は優雅に扇で口元を覆った。黒いレースの向こうから低くした声でユリウスに呼びかけてくる。

「僕、『紫の淑女』と『翠の騎士』をどこへやったか、正直に言いなさい」

「は?」

「あなたたちが盗んだのでしょう。合鍵をすり替えて、勝手に部屋に入ったのね。それも殿下の口添えで女王陛下に私を呼ばせて」

「いや、何を……僕たちはそんなこと」

 まあ確かに鍵は殿下がすり替えたけど、とは言わない。ここでそんなことを言ったら話がややこしくなりそうだ。しかし侯爵夫人がそう勘違いするのも仕方ないことだろう。ジークムントが宝石の盗まれていることを予見していた様子を見れば、嵌められたと感じるはずだ。

「モーリッツはどこ? 彼の居場所も言いなさい」

「………………」

 そんなことをすれば口裏を合わされ、彼女らの罪を暴くための重要な手札が失われてしまう。それにしてもあまり長い時間放っておくと親切な人が彼らの縄を解いて助けてしまわないとも限らない。殿下が早く警備部に到着すればいいけど、とユリウスは侯爵夫人の顔を見ながら考える。

「あら、素直に言えばそれなりの額の謝礼はするわ。あなたどうせ、協会員にありがちな下級貴族の次男坊か何かでしょう。お金は必要よね」

 その通りだが、見下したように言われると腹が立つ。侯爵夫人から顔を背けた。

「盗んでいません」

「強情ね」

「盗んでないのにどこへやったかなんて言えません」

 可愛くない子、と侯爵夫人が呟く。

(ん、待てよ)

 不意に閃いた考えに、ユリウスは一度口元を引き締め、それからにやにやとわざとらしく笑って見せた。

「あ、あの……そうですね、あの、確かに『翠の騎士』の在り処は言えるかもしれません。でも、『紫の淑女』の方は本当に知りません。僕たちは宝石箱の二重構造に、そのときまだ気付いてなかったので……それに、カードだって身に覚えがありませんし」

「嘘をつかないで」

「う、嘘じゃありません! 僕だって、その……お金は必要なんです! さっき殿下と喧嘩別れして、護衛も解任されましたから今後が不安で」

 侯爵夫人がユリウスの脇を固める男たちに視線をやる。彼らは小さく頷いた。そのときから既につけられていたらしい。

「あ、何なら侯爵夫人、僕をこれから個人的に雇っていただけませんか。下手したら僕は協会を首になるかもしれないですし……そうお約束していただけるなら『翠の騎士』の在り処をお教えしても」

 艶やかな笑みを浮かべ、侯爵夫人は扇を畳んだ。

「そうね、元協会員を身近に置けるとなるときっと何かと便利ね」

 ああ、これは明らかに嘘だぞ。腹の探り合いが苦手なユリウスでもそう感じるわかりやすい作り物の笑顔だ。しかしそれには気付かない振りで喜んでみせる。

「そっ、そうですか、ありがとうございます! あの、ではお聞きしたいのですが、やっぱり最初の『紫の淑女』の盗難は侯爵夫人が……?」

「………………」

 いくら何でも直球すぎたかと後悔するのだが、侯爵夫人は笑顔のままである。

「あ、いえその……もしかしたら、今日『紫の淑女』を盗んだヤツを捕まえるのに、何かお手伝いできるのではないかと思って」

 侯爵夫人の頬が微妙に動いたのが見えた。

「あら、心当たりがあるの?」

「えっ、ええまあ」

「それは誰なのかしら」

「あ、その、それは……」

 そんなことを言われても急には思いつかない。混乱しかけたユリウスはついさっき顔を見た人間の名を挙げた。

「それは、その……ええと、ルートヴィヒ殿下が怪しいのではないかと」

 ひどい口からでまかせだが、侯爵夫人は笑みをしまった。

「……確かにあの方、やけに宝石を見たがったわね」

 それから舌打ちをして、彼女は顔をしかめる。何とか納得させられそうだと感じたユリウスは再び訊ねた。

「あの、侯爵夫人、最初の盗難事件は」

「ええ、そうよ。大体はジークムント殿下の言ったとおり」

 侯爵夫人はあっさりと口を割った。

 やはり彼女の狂言だったのだ。ユリウスはごくりと喉を鳴らす。

「計画自体は少し前からしていたの。宝石商に紹介された魔術師から対魔術素材の二重底になった宝石箱を二つ借りて、片方の上部分に『紫の淑女』と『翠の騎士』を入れて、警備部に宝石箱の外側に魔術をかけさせたわ」

 魔術師とは、あの港の倉庫でベルトラムと一緒に縛り付けた男だろう。

「一昨日の晩、王配殿下の晩餐会から戻ってすぐ、雇った魔術師にその魔術を破らせた。従者の振りをさせていたから警備部も怪しまなかったわ。『翠の騎士』の隣に怪盗ハーゲンのカードを置いて……それはもちろんモーリッツに作らせたものよ。新聞に載ったカードを真似して」

 となると、やはり今までに怪盗ハーゲンが現場に残していったカードを比べれば、今回の件で数枚残されたもののうち、どれが本物の怪盗ハーゲンの手によるものか分かるだろう。

「それからもう一つの宝石箱の対魔術素材でできた下部分に『紫の淑女』を入れて、下着の中に隠したの。殿下の言うとおり、入りきらない下着はその日の夕方に女中に預けてね」

 侯爵夫人はユリウスを見ながら続ける。

「警備部に通報して、もちろんすぐに部屋の中を調べられたけれど、ちょっと恥ずかしがる振りをしたら、下着の中までは調べられなかったわ。全く男ってどうしてこんなに女に甘いのかしら」

 それについてユリウスは反論できない。自分も恥ずかしがって下着の抽斗を閉めさせようと努力した側なのだ。警備部を責めることもまた、できなかった。

「どう? ここまででルートヴィヒ殿下のことで何か思い当たることはないの?」

「え、あ、いや、今のところまだ……」

 しどろもどろで答えたが、ユリウスはずっとこの調子なので侯爵夫人にも不信感は持たれなかったらしい。

「そう。とにかく『紫の淑女』をそうして隠したけれど、このまま宝石箱を二つも持っていて、もしそれがばれたら怪しまれると思ったわ。ただでさえあなたたちのような招かれざる客が勝手に部屋を荒そうとしたのよ。下着の中を平気で見ようとするし、宝石を見せろと命令するし」

 こじつけるなら唯一その宝石を見せるように命じた辺りが、でまかせのルートヴィヒ犯人説の根拠として挙げられそうだ。侯爵夫人も先程そこに注目していた。しかしそれをどう膨らませればいいのだろうか。ユリウスは頭を悩ませるが何も思いつかない。その間にも侯爵夫人は話を続ける。

「それに今日の朝、女中が王宮の門の検査がまだ半年近く続くという話を聞いた、なんて言うんですもの」

 ジークムントが警備部に命じて流させた噂が上手く作用していたらしい。

「警備部は相当苛立っている、近いうちにまたこの部屋の中を探しに来るかもしれない。でも『紫の淑女』を持ち出すのは不安だったわ。だから、せめて片方の宝石箱だけでも早いうちに外に出しておこうと――箱が二重だと知られないか、下部の内側が対魔術素材でできていると見破られないか、不安はあったけれど、モーリッツが上手くやれると言うから任せたわ」

「な、なるほど」

「それで、ルートヴィヒ殿下が『紫の淑女』を盗んだという証拠は何か思い当たらないの?」

「あ……ううん、ええと」

 何とか適当に証拠らしいものをあげて場を繋がなければ。そうは思うのだが、ユリウスは生憎この場を切り抜けられる話術は持ち合わせていなかった。

「……そう、言えないの」

 侯爵夫人が再び扇を開き、口元を覆う。

 まずい。ユリウスは背中にじわりと汗を感じた。秘密を聞いたからには死んでもらうわ、なんて言われるのではないか。と、思ったのだが侯爵夫人が告げたのは別のことであった。

「いいわ、なら先に『翠の騎士』とモーリッツの居場所を言いなさい」

 ユリウスは少し安心しつつ、それでも危機に身を置いているのに変わりはない。できる限りの速さで頭を働かせた。

 ベルトラムの居場所は知っているが、言ってしまえば彼らの罪をもみ消す助けをしてしまうかもしれない。だが、『翠の騎士』の在り処ならば適当にでっちあげてしまえば何とかなるかもしれない。

 そう考えをまとめたユリウスは軽く咳払いした。

「……あ、あの、『翠の騎士』は白百合館の玄関脇に埋めました。玄関の前に置いた鉢植えの下に」

「ですって」

 侯爵夫人の合図と共に、ユリウスを囲んでいた男たちのうち、彼の剣を預かっている一人を除き、左手にいた二人が踵を返す。今すぐに『翠の騎士』を探しに行くつもりのようだ。

(すぐに嘘がばれそうだな……)

 ユリウスの内心を見透かしたように、侯爵夫人がにっこりと笑う。

「もしあなたが嘘をついていた場合は、もちろん分かっているわね」

「――っ」

「いきなり殺したりはしないわ。モーリッツの居場所も、『翠の騎士』の本当の在り処も言ってもらわないといけないもの。ただ少し痛い目を見てもらうことにはなるかしら」

 彼女の考えている痛い目というのは、おやつ抜きだとかお尻百叩きとは比べ物になるまい。

(……ここまで、か)

 視線を床に落とし、男二人が部屋を出て行くために開けた扉の音を聞いていると、突然背後の空気が凍ったのが分かった。一体何事かとゆっくり振り向けば、男二人に拳銃を突きつけながら部屋に入ってくる影がある。

「お前は本当に嘘がつけないな」

 口元に笑みを浮かべ、そう言うのはジークムントだった。彼は拳銃で男たちを下がらせ、丸腰のユリウスを自身の隣へと引き寄せた。

「あ、この銃、僕の! いつの間に……じゃなくて、どうしてここに!」

 彼が、ユリウスが右腰に提げていたはずの拳銃を持っていることにも、この場所に連れてこられたと知っていることにも、驚きを隠せない。

「簡単な話だ。銃は弾と一緒にすったし、ここにはお前がかどわかされるのを後からつけてきた」

「つ、けてきた!?」

 何で? どうして? 喧嘩別れして走って逃げたのに?

 頭の中をぐるぐると疑問符が駆け巡る。ジークムントは銃を構えたまま笑った。

「侯爵夫人、あなたは私ではなく助手を狙うと思った。事を大きくしたくないのは当然だろうからな。探偵である私が、怪しい男たちがつけているのに気付かないとでも思ったのか? ここで喧嘩別れすれば、必ず助手をかどわかすだろうと思ったが、その通りだった! 上手く喧嘩別れできてよかったな、助手!」

 ユリウスはぽかんと口を開けた。あの喧嘩がジークムントの策だったとは思いもしなかった。

「なん、ひどいですよ! 僕を囮にしたってことじゃないですか!」

 やっぱり全然優しくないじゃないか!

 ジークムントはユリウスの抗議にも無邪気な笑みを向ける。

「名誉ある囮だ。正直なところ、今こちらが持っている証拠では、ベルトラムが勝手にやったことと白を切られればそれまでだったかもしれない。だが、王子やその助手と知ってかどわかすような輩は問答無用で身柄を拘束できる。あなたは交渉のため自ら出てくると思ったぞ、侯爵夫人」

「この……」

 思い切り顔をしかめる侯爵夫人に、ジークムントは銃口を向けて歯を見せる。

「それに私の推理どおりの自白まで聞くことができた。流石だな、私」

「い、いや、それはいいので、早く」

 男たちを縛るなり何なりしないと、と言いかけたその瞬間、ジークムントが拳銃を構える手を捕まえるものがあった。銃口の向こう側にいた男たちのうちの一人だ。

「あ」

 まるで、部屋を出て数歩目で鍵の閉め忘れに気付いたときのような、何気ない小さな呟きがジークムントの唇から零れる。

 それを合図に、ユリウスは口の中で詠唱を始める。銃口が天井へと向いているのを確認すると同時に思い切りジークムントの背中に体当たりした。

「うわあ!」

 その勢いで前のめりになったジークムントに押され、彼の銃を奪おうとしていた男と、その後ろにいたもう一人が体勢を崩す。

「第三十八の宵闇及び黎明が今ここに降り注ぐが如く――」

 ユリウスは銃声が鳴らなかったことにいくばくかの安堵を感じながら、取り上げられた剣を両手で握っていたもう一人の男へと踏み出す。ジークムントともつれ合う他の男二人に視線を奪われているその男の横顔に、躊躇いなく拳を打ち込んだ。

「ぐっ……!」

 不意を突かれてふらつく男の手から己の剣を奪い返すと、鞘に収めたまま刀身の切っ先で男の腹を渾身の力を込めて突く。男が床に倒れる様を横目で見ながら、すぐ隣で体勢を立て直そうとしている別の男へと体を向けた。

「秘かに顕れんことを願い」

 斬ってしまえば早いかもしれないが、もし殺してしまってややこしいことになると困る。詠唱を続けつつ、鞘に収めたままの剣を男のこめかみに向け振るう。

「――御前にこの導力と言葉を奉り」

 が、男は体を起こしきる前に、ユリウスの剣の動きを察知して腰を沈めた。男の頭上をかすめ、刀身が空振りする。

「っ……この庭に磐石なる静寂伴いて降り給えと」

 それでも詠唱を止めれば魔術の完成がそれだけ遅くなる。ユリウスは振りぬいてしまった刀身の勢いに体を引きずられないよう意識しながら、できる限りの速度で唇を動かす。そうしなければ、未だもう一人の男と銃を掴んで奪い合っているジークムントの体力が尽きる前に男二人を無力化できなくなるからだ。

 空振りして隙だらけになった刀身を、再び体を起こした男が両手で掴む。腕力は男の方が明らかに強い。剣を引かれるがままユリウスの体が揺らぐ。男はこのままユリウスの体を床に引き倒すつもりのようだ。

「宵闇の淵黎明の天より――」

 体につられ詠唱も揺らぐ。呻き声が漏れそうになった。

 だが、ユリウスの傾く視界に、銃を中心にもみ合う二人が、ジークムントの姿が飛び込んでくる。

(耐えろ!)

 殿下を守るんだ――!

 何としても主を守るという想いが、ユリウスの喉を強く振るわせた。

「我が声を発し(こいねが)わん!」

 詠唱の完成とともに、ユリウスの剣を掴んでいた男の体に薄桃色の帯状の光が巻きつく。

「何だ!?」

 男の叫びはそれ以上続かなかった。彼はすぐに剣に手を滑らすようにしながら緑色の絨毯に膝をつき、倒れ込んだ。

 ユリウスが詠唱したのは、魔術をかけた対象を眠らせるひどく難易度の高い魔術だ。ここまで面倒な魔術を一人で完成させるのは初めてだった。おかげでとんでもない疲労を感じている。体が重くて仕方ない。

 それでもその魔術を使おうと思ったのは、使えると思ったのは、そして成功させたのは、ジークムントを守りたいという気持ちからだ。

(そうだ、守る……)

 もう躊躇している暇はない。ユリウスは鞘から剣を抜き、ジークムントと銃の支配権を争っている男を切り伏せようと、だるさに支配されつつある体を振り向かせる。次の瞬間、息を呑んだ。

「うっ!」

 長い競り合いに負けたジークムントの体が、男に銃を奪い取られた反動で後ろに倒れこもうとしていたのだ。

 このままでは撃たれる。

「殿下!」

 間に合うかどうか分からない。それでもユリウスは飛び出した。

 その鼻先を、何か白い影がかすめた。べちゃりという湿りを多分に含んだ音に視線を走らせれば、その拳より一回り小さい白い影が、銃を手にした男の顔にぶつかって中から粘液を吐き出しているところだった。

「卵!」

 まさかと振り返ったユリウスの目に、黒い影が飛び込んできた。部屋の扉から駆け込んでくるのは見覚えのある全身黒尽くめの男だ。

「怪盗ハーゲン!」

 

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