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インモータル!!!!  作者: 小元 数乃
全知認識《ラプラス》
9/28

吠える機械人・終わる戦い

 健吾の右の一撃は、敵がほんの少しバックステップを踏むことで躱された。


 さすがに躱すよな! と、一瞬は焦った顔をしたが再び冷静な顔に戻り回避行動をとった東に、健吾は称賛を送る。だが、


「だったら、あたるまで殴るだけだ!」


「バカバカしい」


 今度は逆の手をふるい、東の顔を狙う。東は当然と言わんばかりの顔で、身をひねり、健吾の横へと移動することでその攻撃をかわし、


「膝をつけ」


 生きているマシンガンを単発に設定。常人なら膝を打ち砕かれているであろう一撃を、健吾に見舞う。


「ぐっ!!」


 足に走った衝撃に、健吾は思わず苦痛のうめき声を上げたが彼の外骨格は何とかそれに耐えきってくれた。


 走れる。動ける。それだけわかれば十分だ!


 健吾は敵を捕まえるために、先ほどの東と同じように体を旋回、その顔にえぐりこむような拳打を叩き込もうとして、


「奇跡は起きない。そういったはずです」


「なっ!?」


 眼前に投げらえた手榴弾に気付き目を見開く。


 ピンはすでに外されている。東は勢いよく踏み切りを行い、すでに後ろへの跳躍を済ませていた。


 爆破の直撃を食らうのは健吾だけだ。


「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 だが健吾は、それを知ってもなお、


 だからどうした?


 不敵な笑みを浮かべ、


「これで終わりにするんだよ!!」


 一歩、前へ。




…†…†…………†…†…




 パーン! と、拍子抜けするほど軽い音が鳴り響き、爆炎が健吾いたあたりに立ち込める。


 顔、付近での爆発。至近距離での熱波攻撃。


 いくら健吾の体が、皮膚の下で鋼の外骨格で包まれているとは言っても、ありとあらゆる生物の急所が累積している場所――顔に向かっての至近距離爆破を食らえば無事では済まないはずだ。


 あっけなく終わりましたね……。と、そう思いながらも、爆炎が立ち込める場所の中央へ、東は透視能力を走らせ、視認を邪魔するすべての事象を無視し爆炎の中に頭だけ吹き飛ばされているはずの健吾の姿を確認しようとする。


 倒したかと思ったら、


 もう終わりかと思えば、


 実は生きていた敵に反撃を食らうのが、彼が今まで読んだことがある小説の中でのお約束だったから。


 ここは現実なんだから、と笑い飛ばすのは簡単だ。だが、この戦い東は負けるわけにはいかない。だから東は油断なく爆炎の中を見つめ続け、


「どこのおとぎ話の主人公ですか……」


 凄まじい形相で、こちらに向かって疾走してくる健吾の姿をとらえる。だが、


 わかっているなら迎撃は簡単。東は油断なく機関銃を構え、


「冷静な私には不意打ちは通じませんよ……」


「っ!?」


 薬莢の排出口を狙って投げられた、黒江の棒手裏剣をあっさりとよけ、


「オ オ オ オオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 爆炎の中から飛び出してきた健吾に向かって射撃する。


 どうしたサイボーグ。底が見えていますよ? 内心で健吾をあざ笑いながら。




…†…†…………†…†…




 ようやく爆炎から抜け出したと思ったら、健吾の体に衝撃が走りぬけた。


 生身の右目が爆発の熱量にやられて完全に真っ暗な映像しか届けてこない。やっぱり、こっちも高性能カメラにしとけばかった……。と十数年前の自分の判断を罵りながら、無事な左目を何とか攻撃を察知しようと動かそうとして、


 やめる。


「いまさらよけるなんて考えるな!」


 どちらにしろ、この体はもはやあの男の銃撃をよけるほどの性能を得られない。なら、やれることなんて決まっているだろう! と、健吾は前傾姿勢になりながら、


「一点突破あああああああああああああああ!!」


 全身に弾丸の衝撃を走らせながら、何度も倒れそうになるほど姿勢を崩しながら、


 それでも愚直に、


 一歩、前へ。


 それが奇跡を呼んだのか、


「っ! くそっ!!」


 機関銃がとうとう沈黙する。すべてを把握している彼らしくない、弾切れだ。


 ただの鉄の塊へと成り下がった機関銃をその場に捨て、コートに手を伸ばす東。おそらくまだ隠してある銃器を手に取ろうとしたのだろう。だが、


「させるかぁああああああああああああああ!!」


 その隙を見逃す健吾ではない。


 銃撃中も前に進んでいたことが功を奏し、彼は一歩二歩と、わずかな歩数を刻むだけで、


「歯ぁくいしばれ。それでも耐えられるとは思えないけどな」


「!!」


 とうとう東へと、到達した。




…†…†…………†…†…




 弾切れ。敵に集中しすぎていたために完全に銃のコンディションを把握するのを忘れていた……東の凡ミス。


 つくづく一筋縄ではいかない。と、自分にこのミスを引き出させた敵にわずかながらに賛美しつつ、


「バカの一つ覚えに、コブシの一撃による攻撃とは」


 先ほど一撃も与えられなかったことを忘れましたか! と、自分に向かって振るわれた攻撃を嗤う。


 相手の攻撃軌道演算はすでに試算が終わっており、鮮やかな赤色で確率100%の予想線を描いている。あとはあの赤い線に触れないように、彼の体をタイミングよく動かすだけ。


 だが、余裕綽々と言った様子で躱してはいけない。あくまで紙一重。そうでないと、相手が攻撃中に自分の試算とは違う動きを入れる可能性があった。もうすぐ勝負が決まるというのに、そんなことで攻撃を食らってしまうのはあまりにバカらしかった。


 それに、紙一重の回避など彼にはむしろ慣れ親しんだ行為だ。いつものようにすれば何ら問題はない。


 適正攻撃着弾予想時刻まで4秒。思った以上に攻撃速度が速い。これも外骨格のアシストか? と、プロボクサーに匹敵する速度でこぶしをふるう健吾に、吐息を漏らす。


 3秒。そろそろ回避運動に入ろうかと考えやめる。原子単位の回避なら1秒前によけてもまだ余裕があるくらいだ。


 2秒。コブシの風圧が東の鼻先に触れた。そろそろか? とおもい、東は体に力を入れた。


 そして1秒。



 健吾のコブシが予想に反して、東の鼻っ面に叩き込まれた!


「!?」


 ――なにが、起こった!? 視界と顔がゆがむのを感じながら、クラス5に至ってからは久しく感じていなかった激痛に思わず涙をこぼしつつ、東は弧を描きながら工場内を吹き飛び、


 開始早々に東が作り上げた、瓦礫の山にたたきつけられる!




…†…†…………†…†…




 やっ……た!! 健吾は、右目の激痛も、全身に走る鈍痛も忘れて、内心で歓声を上げながら待ちに待った攻撃が、ようやく決まったことに歓喜する。


 これが、この一撃が、戦闘前に信玄が提言していたすべてを見ることができるクラス5を打倒する方法。


 つまり、《見えていてもよけることができない攻撃》を、相手に叩き込む。その攻撃の存在は信玄が、インカム型端末を、健吾の脳内の外骨格制御チップにハッキングできるように改造を施しているときに話していた。




…†…†…………†…†…




「確かに東の視界が狭まっていたんだろうけど、たとえそうだっとしても爆破という気は遣うけど、ボタンを押すだけの作業の時にシシンをあの男がとらえきれていなかったというのはいささか解せないんだな。それで、うちの近辺の監視カメラをハッキングしてうちに帰宅するシシンの姿を見てみたんだけど」


 そういった信玄が二三操作をインカムに施す。それによってインカム型端末を通して複数の映像が健吾の頭の中に送られてきた。


『見えるんだな?』


「接続確認も兼ねんなよ、ずぼらな奴め。あぁ、見えてるよ」


『だったらその映像をしばらく見ていてほしいんだな』


 インカムを通して脳に直接信玄の声が響いてくるという慣れない事象にいささか閉口しながら、健吾はその映像を見ていた。


 何の変哲もない、誰もいない道だ。そんなつまらない映像がしばらく続いたかと思うと、


 ドン! と何かが爆発するような音が響き渡り、映像が止められる。


「あの音が、うちの寮が爆破された音なんだな……」


「え、ちょっと待てよ!? シシン通ってなかったぞ!?」


 違う道でもとおってきたのか? と健吾が首をかしげる中、信玄はその可能性を否定する。


「別にここしか道はないわけではないんだけど、スーパーから帰る際ならこの道を通るのが一番の近道なんだな。何よりまだ町に不慣れなシシンが、ここに来る際に使った道以外を使うとも考えにくい」


 そこで、と信玄は言いながら先ほどの映像を再び流した。しかし、今度はコマ送り再生。


 ひどくゆっくり映る世界に、やや億劫な感情を抱きながらも健吾が黙ってその映像を眺めていた時、


「っ!?」


 それは突然現れた。


 画面の端に黒い影だけのこし、次のコマではもう逆側の画面の端に服の切れ端だけしかうつさなかった、信じられないほどの移動速度を保った存在を。


「……シシン、か?」


「たぶん」


 何せ残っている映像がこれだけだし、状況から考えてシシンとして考えるしかないんだけど……。と、信玄は苦笑をうかべたが、健吾にはその声がどこか確信を抱いているように聞こえた。


「でも、これであのクラス5に攻撃が当てられる手段がわかったんだな」


 それは、


「動きが見えないほどの速度による、神速攻撃」


 君にはそれができる手段があるんだな。と信玄が告げるのと同時に、健吾は自分の腕に視線を落とす。


 外骨格によって弾丸のような速度で4センチだけ伸びる、自分の腕を。




…†…†…………†…†…




 初めての接触の時にこれ攻撃に使わなくてよかった……。と、健吾は安堵の息をつきながら、見事に決まった攻撃の余韻に浸る。


いままでのコブシによる攻撃はすべてこの一撃を叩き込むためのブラフ。自分の腕をわずかに伸ばすだけのこの攻撃を、確実に叩き込むためだけに必死に耐え抜いた。


 その結果、クラス5を打倒することに成功した! 何せ鋼鉄の外骨格で覆われた自身のコブシで人の頭部を殴りつけたんだ。クラス5とはいえ常人と変わらない身体耐久度しかもたない東が、無事でいられるはずがない。


 と、ようやく終わった辛い戦いに、歓喜の涙を流す健吾。


これで黒江は安心してGTAに保護を求められる。クラス5に匹敵する追手を再び差し向けることは六花財閥暗部であってもそうそうたやすいことではないはずだ。


これで、ようやく……。


「終わったんだ……」


 健吾の人口皮膚はところどころやけどで黒ずんだり、破れて血を流したりして、その下の外骨格をじかに空気にさらしてし閉まっている。


 特に顔の方がひどく。半分は完全に焼け焦げ、右頬のあたりは完全に崩れ落ち、鋼色の輝きを放つ骨をさらけ出していた。


 凄惨……その一言に尽きる惨状。だが、それを代償に何万人が挑んでも、決してなしえなかった大金星を、健吾は上げたのだ。


 そして健吾は、コンテナの上で待機しているはずの黒江へと視線を向け、


「勝ったぞ! 黒江!!」


 そう笑みを浮かべて叫んだ。そして、


「逃げてください! 健吾さん!!」


 涙を流しながら、必死に懇願する黒江の顔を目撃して、


「え?」


 そんな間抜けな声を上げた瞬間、彼の顎の骨を保護する外骨格に凄まじい衝撃が響き渡った!


 経験から予想するに、その衝撃は拳銃の一撃。外骨格を貫くことは決してない。だがしかし、あごに走った衝撃はそのまま健吾の脳を揺らし、


「あっ!?」


 その体から力を抜き去る。かろうじて外骨格の補助によって立つことができているが、脳自体を揺らされ、まともに命令を送れない彼のそれは、もはや鉄くずと変わらない。


「何か勘違いしているようですから言ってあげますけど……」


 そして、突如そんな状態に陥り混乱する健吾の耳に聞こえてきたのは、


「私に予想できない攻撃はないんですよ……。まあもっとも、外骨格の予備動作が一切ないまま、まるでばね仕掛けのように伸びましたからいささか反応が遅れてしまいましたが」


 瓦礫の山から、立ち上がった一人の男。


 眼鏡を砕かれ、鼻や口から血を流し、ボロボロといった体をなす男。


 しかし、いまだにしっかりと両足で立つ健吾の敵対者――東が再び会立ち上がる。


「なん……で?」


「攻撃を食らう際に後ろに跳んでその衝撃を軽減したからに決まっているでしょう。さっきの爆風を食らった時のようにね。とはいえ驚きました。以前使われたときは全く何の役にも立たない力でしたから、ほとんど覚えていませんでしたよ。なかなか面白一発芸でした。でも」


 所詮、一発芸は一発芸だ。そう言い切った東は、健吾を戦闘不能にした銃を捨て、コートから最後の一丁の銃を取り出す。


 そして流れるような手つきでコートの中からカートリッジを取出し弾倉に差し込む。


「この弾丸はすべて対戦車用の特別徹甲弾です。いかにあなたの外骨格であっても無事ではすみません」


 構えるその手に死を告げる黒い武器。安全装置はすでに外され、あとは引き金を引くだけ。


 だが健吾は動けない。そういう風に攻撃され、それを油断ゆえに受けてしまった。


「いいところまで行きましたね、欠陥品。だが、あなたは少し履き違えをしている」


 東は自分をここまで追い詰めた敵に賞賛の言葉を送り、


「人がいくら背伸びをしたところで、雲に手が届くわけがないだろう?」


 そう言い切った東に、健吾は思わず苦笑をうかべ、同意を示した。


 そうだな……と。


 そんな健吾を守るためか、コンテナの方から無数の棒手裏剣が飛ぶ。黒江の援護。だがしかし、そんなものは東には通じない。


 踊るようにすらよけはしない。一歩足を踏み出し、わずかに体をそらすだけ。たったそれだけで黒江の攻撃はすべて空を切る。


 あぁ、これ終わった……。と、健吾の内心に絶望が降り立つ。だが不思議と後悔はなかった。


 出来損ないと、役に立たないと、そんな風に蔑まれる人生で大半を過ごしてきた自分が最後の最後で、たった一人の少女のために戦い、クラス5(さいきょう)にここまでくらいつくことができた。


 この国の無能力者としては、むしろ最上の最後といえるんじゃないのか? と、健吾は素直にそう思えた。


 ゆえに健吾は笑う。今までにないほど爽快な笑みを浮かべて、笑う。


「……ほかにも奥の手があるんですか? いいでしょう。ならばその奥の手……また力づくで叩き潰してあげましょう」


 なにやら、東が最後に間の抜けた勘違いをしていたが、それもまぁ最後を飾るピースとしては面白い。クラス5を最後の最後で騙した男……なるほど。あの世で自慢できそうだ。


 健吾はそう思いつつ、動かない体に苦笑いを浮かべながら黙って死刑執行を待った。



 そして、



 引き金が引かれた。音はない。ただ火薬の燃える光だけが見えた。


 弾丸が飛ぶ。自分に向かって真っすぐと。


 健吾は不思議と、今まで見えなかったその弾丸をはっきりととらえることができた。


 よく聞く死に瀕したときにおこる極限状態による脳リミッターの解除だろうか? と、なかなか貴重な経験ができたと、吐息を漏らす。


 そして、その弾丸は、




…†…†…………†…†…




 健吾の眼前で、銀色の光に引き裂かれた。





…†…†…………†…†…




「は?」


 唐突な援軍に、健吾と東は双方ともそんな声を上げ固まる。


 健吾の前には先ほどまでいなかったはずの、肩口辺りでまとめられた銀色の長い髪を翻す少年。


 その右手は腰に差した刀の柄を握っており、深く深く腰を落とした腰だめの体制で出現していた。


 おそらく弾丸を切り裂いたのはあの刀だろう。と、頬を真っ二つに裂かれた弾丸がかすめ通り過ぎるのを感じつつ、健吾は予想する。


 だが、それがわかっても……いったいどうやってあの速度の弾丸を切り裂いたのかがわからなかった。


 当然だ。音速の五倍なんてでたらめな速度で飛来する弾丸を、どうやって人が刀で引き裂けるというのだ。それではまるで、


「魔法……か?」


「ちゃうわアホ。俺のはただの格闘術! 居合抜き言うねんで? すごいやろ!!」


 懐かしい訛り口調。天草大陸一部地域にのみひろがる松壊弁と呼ばれるその口調に、健吾は思わず脱力する。


「死んだんじゃなかったのか?」


「いや、ほら、あの寮床下めっちゃ深かったやん? 落ちてもうたらもうちょっと一人では出られへんくらいに。爆破が起こった瞬間その床が抜けてもうてな。もうすっぽり入ってもうて。ホンマはさっさと出ようおもたんややけど、変に弄ると瓦礫支えてる床がまた抜けるかもって紅葉が言いよるし……。しゃーなしに、何個か床抜いて落ちてきた瓦礫積み上げて足場にして、ゆっくりゆっくり積もった瓦礫を崩しつつ、ようやく出てきたところやねん。まぁ、出てそうそう先生に見つかってシバかれるなんて思ってへんかったけどな……」


 と、言いながら立ち上がり、ちょっとだけ腫れた頬を苦笑いして見せてくれる少年――松壊シシンは、それ以外目立った外傷が見当たらない無傷の状態で、笑顔を浮かべながら、そこにたたずんでいた。




…†…†…………†…†…




「いや! にしても頑張ったなヒーロー! うちの長老連級の実力者にガチ喧嘩挑んで、追い詰めるやなんて大金星やで? 最後の最後で敵倒せへんっていうのはダサすぎるけど」


「ほっとけ!?」


 脳震盪が収まり、ドスンと尻餅をつく健吾にへらへら笑いかけながら、ようやく現場に到着したシシンは、健吾の肩をバンバン叩く。


 いや、割とマジでびっくりしたわ。信玄から事情聞いたときはてっきり死んだもんやと思てたのに……。


 こちらに来る前に、死んでいたら成仏を祈ってやろう用意しておいた数珠と経典を必死に上着に隠しながら、シシンは健吾を称賛した。


 だがもう見た感じ、健吾は限界に達しつつある。これ以上彼に戦いを強いるのは酷だろう。


「というわけで、黒江ちゃん。こいつ安全な場所に連れて行ってくれへん? 変に狙われても守りきる自信ないし」


「え、で……でも!」


 あなたはどうするんですか!? と慌てた態度で言外にそう告げてくる黒江に、シシンは笑い声をあげる。


「だ~いじょうぶ、だ~いじょうぶ! 話聞く限りこいつの能力俺と相性エエみたいやし、勝てはせんでも死にはせーへんやろ」


 そのシシンの自信ありげな笑みに、黒江は何かを感じ取ってくれたのか、しばらく躊躇するような様子を見せはしたが、


「……また死んだりしたら、承知しませんからね!」


「えぇ……勝手に勘違いしたくせにひどない?」


 死んでへんて、一回も。声高に主張するシシンに、黒江はようやく固くこわばった表情を崩し、ほんの少しだけ笑みを浮かべた。


 そして、コンテナから降りたち、尻餅をつく健吾に駆け寄ろうと、走り出す。


 だが、


「させると思っているんですか!」


 当然それを、東が黙ってみているわけもなかった。


 彼は、信じられない速度で先ほど躱した棒手裏剣を、地面から引き抜き、黒江に向かって投げる。


 健吾を唯一打倒できる弾丸を消費するんは、もったいなかったんか? と、その攻撃から、東の心中の予想を立てつつ、シシンは足に力を籠め、



 瞬時に黒江と飛来する棒手裏剣の間に割り込んだ。


「「!?」」


 黒江と東の双方から驚嘆の声が聞こえる。そんなに驚くことかいな? 日ノ本(こっち)でも天草(あっち)でも、この程度の速度で動く奴は結構おると思うんやけど? と、内心で首をかしげるシシンは、自分のやることを忘れてはいなかった。


 刀の鯉口はすでに切ってある。鞘を持つ手に感じる音は鞘走り。感じた時間は0コンマ何秒という単位すら生ぬるいほど早い。


 そして、その加速は抜刀された後もさらに伸びあがり、鞘から刀がぬき斬られた瞬間には、その切っ先に速度は音速を超える。


 音を置き去りにし、弾丸の速度すら越えるその一太刀が、飛来する棒手裏剣をまとめて切り裂きその軌道をゆがめる。


 着弾は地面とコンテナの壁。黒江には一本たりともあたらない。


 気づかれないうちに納刀。その速度は、切り裂いたときの速度を一切減じないまま行われた。


 長年の鍛錬によって作り上げられた細い、しかし引き締まった筋力が音速を超えた刀身を平然と統御し一点へとおさめる。


 時間にしてわずか一秒にも満たない瞬く間の出来事。


 見ていた人間には突然空中で棒手裏剣が真っ二つになったようにしか見えないだろう。


 だがそれ以上に驚くべき光景がその後すぐに起こった。


 切り裂かれた棒手裏剣の片割れが一本だけ、見事にシシンの額に突き刺さり、そこから血を噴出させた……。


「あいたたたたた!? 刺さってる刺さってるぅううううう!? ちょい、切る軌道ミスった!? 全部横に割れるように斬るべきやった!?」


 いたい!? マジでいたいんやけど!? と悲鳴を上げのた打ち回るシシンに、思わず無言になる先ほどまで激闘を繰り広げていた三人。


 ちょ、なんやその白けた空気!? 俺かて好きでこんなネタやってるわけちゃうで!? いまのは完全に事故やったんや!? 信じてよ!? と、内心で涙を流しながら取りあえず突き刺さった手裏剣を引き抜き、涙目で立ち上がるシシン。


 そして、いつのまにか合流を果たしていた健吾と黒江たちの方を振り向き、


「ど、どや……大丈夫やろ!?」


「「すっごい不安なんだけど!?」」


「黙れや!! いまのはちょっとした事故やねん! 次は絶対うまくやるわ!! だから、黙ってくださいお願いします!!」


 と、最終的にちょっと情けない懇願口調で頼み込んでしまう。


 あ、あかん……デコが痛くてちょっと錯乱気味や。唾でもつけて応急処置……ん? 痛みが引いた……だと!?


「先人の知恵は偉大やな……」


「な、なにをふざけているんですか、あなたはぁああああああああああああ!!」


 どうやらシシンのふざけきった空気に耐えられなかったらしい。東は怒声を上げながら再び地面から引き抜いた棒手裏剣を投擲。


 その数は三本。それらは、不安そうにしながらも崩れた倉庫から離脱する健吾たちにではなく、シシンを狙っていた。


 とりあえず囮は成功やな。そう、今までのふざけきった態度は全部相手の敵意を全部俺に向けるためのブラフ。そのおかげでほら見ぃ! あいつらちゃんと逃げられてるやん!! って、なんやその胡散臭そうなものを見る目は!?


と、脳内で一人ツッコミ一人ボケを演じながら、シシンは少し考える。


ぶっちゃけかっこをつけるためにまた刀で斬り裂いてもええけど、それはそれで芸がない気がすんねんな~。


また変に斬ったせいで自分に手裏剣が突き刺さるんも嫌やし……。という理由は内心の奥深くに閉じ込めて、シシンは別の迎撃手段をとることにする。


力を込めるのは両足。手裏剣が到達する前に、鍛え上げた両足に力を籠め、


 踏み切り、加速する。


 目指すのは突如消えたシシンに唖然とする東。だが、彼に到達するためにはその間に邪魔するように配置された棒手裏剣たちをどうにかしなければならない。


 だからシシンは手裏剣の眼前に来ると一瞬だけ加速を止め、


「よっと」


 鞘ごと引き抜いた刀を一閃。打撃し、払い落とす。


 音速の剣を操る男だ。銃弾ならまだしも、魔力で加速されていない多少早いだけの手裏剣など、ハエが止まるほどの速度でしかない。


 そして、再びの加速。


「っ!!」


 その際に再出現したシシンをようやくとらえることができたのか、東があわてた様子でシシンから距離をとろうと一歩下がるが、


「遅いって」


「バカなっ!?」


 そんなもの焼け石に水やってわかってるやろうに……よっぽどテンパっているんやな。と、元凶であるシシンが回避を終えた東の眼前に出現し『かわいそうな物を見る目』という、失礼極まりない視線で東を見る。


 だがその間も、シシンの攻撃は続いている。その証として、腰から響く刹那の鞘走り、


「くそっ!!」


 東はいつもの攻撃軌道演算でその斬撃の軌道を算出。横方向に逃げることで、何とか初太刀を紙一重でよけかけたが、


「あっと……そういやよけるんが得意やったな。軌道修正っと」


「っ!?」


 シシンは攻撃しきった後でも全く減速しなかったシシンの斬撃が、鞘に戻る動きをするついでとばかりに、峰で東の首筋を打撃した!




…†…†…………†…†…




 バカなっ!? 東の脳内はまさしくその言葉で満ちていた。


 先ほどのシシンの攻撃。別に東は見えていなかったわけではない。


 攻撃予測線はちゃんと出た。弾丸を切り裂く斬撃も、きっちり視認している。シシンがこの場に来てからずっと、東はシシンを見失ったことなどない。


 だがしかし、それでも東はシシンの攻撃を回避しきれなかった。


 理由は簡単。シシンの攻撃予測線をなぞる速度が、到底人間では反応しきれないほどの速度だったからだ。


 別のその速度自身は問題ではない。レインベルのレーザーをよけていたことからもわかるように、予備動作に時間がかかりなおかつ射出した後は直線にしか飛ばない攻撃なら、東は十分よけることができる。近代兵器である銃などといった直線的遠隔攻撃は、ほとんど東には通じない。


 だがしかし、シシンや先ほど見事に喰らってしまった健吾の伸びる拳は違う。


 予備動作から攻撃に入るまでの時間が短すぎる。


 レインベルのレーザーはチャージから射出まで5秒ほどのタイムラグがある。それだけ時間があれれば東は悠々とレーザーが通る軌道を予測し、回避行動を行える。


 だが、シシンと健吾の攻撃の予備動作は一秒にも満たない刹那の間。視覚処理以外は人間の限界を超越しえない東の体では、攻撃を回避するのに十分な時間となりえない。


 それでも健吾の伸びる拳は、2秒ほど前から外骨格が不自然な動きをしていためなんとか衝撃を殺すことに成功したが、


「ぐうっ!?」


 まるで音速の世界で生きているかのように行動するシシンの攻撃は反応できなかった。見えていても、どんな攻撃が来るかわかっていても、対応ができなかった。


 首筋にシシンの峰打ちが決まる。東の体は見事に吹き飛び、一瞬意識も共に飛びかけるが、


「あぁああああああああああ!!」


 自身から勢いをつけ、吹き飛んだ先にあったコンテナにぶつかる。それによって走った衝撃と激痛で、何とか彼は意識を繋ぎ止めた。


 だが、先ほどの健吾の攻撃と合わせたら今の攻撃は致命傷だった。もう東の体に立ち上がる気力はない。ずるずると無様にコンテナの壁からずり落ち、地面に座り込むことしかできない。


 自分をそんな状態にしたシシンが「あれ? やりすぎた?」とつぶやきながら近づいてくるのを認識し、東は思わず歯を食いしばる。なぜだ? そんな疑問が彼の脳裏を踊った。


 なぜこいつはこれほどまで強い!? と、


 精神的なことではない。そんなものを戦いの強さに持ち出すほど、科学の国でトップ異能を操る彼はロマンチストではなかった。


彼は知っているから。松壊シシンの正体を知っているから、だからこの疑問が彼の脳裏を踊っている。


「なんでだ……」


「ん?」


 最後の抵抗といわんばかりに必死に拳銃を抜く。健吾を殺すために残しておいた拳銃を、


「なんでこんなに理不尽な攻撃がっ!?」


 銃撃――。だが今度は弾丸が銃口から飛び出す前に、銃ごと二つに裂かれ不発になる。遅れて鳴り響く鞘走りの音が、それがシシンの迎撃だと教えてくれる。


 もはや彼に戦うすべはない。そんな風に彼をあっさり追いつめたというのにもかかわらず、シシンは平素と変わらぬとぼけきった顔で、首を傾げた後、


「あぁ!」


 何かに思い至った様子で手をたたき、


「いまさら戦いの意義について聞かれてるんかと思ったら、そういうわけではないんやな。なんで――魔術師でもない、魔法が使えない俺がこんな魔法じみた攻撃ができるんや! と、東はさんはそう聞きたいわけやな?」


 あっさり東の疑問を言い当てた。




…†…†…………†…†…




 なんやこの国の人らは? 過大評価と過小評価しかせーへんのかいな? と、東からの絶叫を聞きながら、シシンは諦観のため息をついた。


 ちょっと事件を解決したら「留学生すごーい!!」で、何の異能も使えへんってわかったら「お前たいしたことねーな」やと。おいおい、ここまでひどい掌返しは初めてやで……。


 と思った後、


『なになに、お前が料理作ったの? 大きくなりやがってお父さん嬉しいぞ……って、なんだこれぇええええええ!! 俺の料理よりうまいじゃねーかチクショウ!! な、なんだこのくそ餓鬼! 多少俺よりすごい料理作れるからって、調子に乗ってんじゃねーぞ!!』と、初めて料理を作った時の、シシンの父親の感想が思い出され、思い直す。


 いやいや親父……。あんたの料理と比べたら犬のエサかて美味い部類やろ。と幼いころに思ったのが印象的な哀しい事件だった。


 と、それはともかく、


「いや~。俺は元から魔力がない体質でな。でも、天草では魔力があること前提ですべての話がすすんどる」


 身分証明書の代わりに魔力が使われるような世界だ。軽い犯罪者が高層ビル一つ叩き壊す魔法を使う可能性がある世界だ。そんな世界で、魔力がないシシンが、なんの自衛の力も持たないまま生きることは非常に難しかった。


 だから、


「俺はある人物を師事してこの力を手に入れてん。体ひたすら鍛えて、魔法使いにも対抗できる、格闘術を自分の体に叩き込んだ」


 ホンデうちの師匠の座右の銘はな? と、シシンは打倒した敵の疑問に答えるために、淡々と彼の師匠から携わったある言葉を継げた、


「『だれが、異能を使わないと音速を超えた動きをしてはいけないと決めた』」


「なっ!?」


 その言葉に、思わず息を飲む東だったがシシンはそれを無視して話を続けた。


「『誰が、異能を使わないと超能力や魔術に勝る力をふるってはいけないと決めた』」


「『誰が、剣を極めることによって、人を超越してはいけないと決めた』」


 誰が、誰が、誰が、誰が! 師匠の言葉その一言から始まる世界への問題提起。


 やってはいけないとだれが決めた。越えてはいけないとだれが決めた。そう言いながら剣をふるい続け、体を鍛えつづけ、自分にその教えを授けてくれた。そんな師匠の顔を思い出しながら、シシンは笑いながら思い出す。


 そして、彼は高らかに、自分の存在を故郷とはちがう異能が発展した国に宣告した。


「『我々の剣術は世界観が違う。理解できない? 当然だ。私たちの技術はお前らの世界の外側にある!』と」


 初めてこの教えを受けたとき、シシンはいまいち理解できなかったが、師匠がそんなシシンを見かねて、


『要するにるろうに○心が、テイ○ルズの世界で無双シリーズみたいな行いをしていると思えばいい……』と苦々しげに言ってくれたので、今は理解が及んでいる。


 まぁ、要するにだ、


「俺らの剣は生身でお前ら異能者に勝つことを目的に、体を鍛えて、技を極めることをする剣や。異国での異能戦でいきなり黒星とってもうたら、師匠に怒られてまうわ」


 勝って当然。シシンは不敵な笑みを浮かべて、まだ俺は修行途中のひよっこやけどな、と最後に情けなく頭をかきながら付け加え、この戦いに幕を下ろした。


ようやく決着!!


 と思ったけどあとちょっと続きます。

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