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インモータル!!!!  作者: 小元 数乃
全知認識《ラプラス》
8/28

開戦・復活する道化

 予兆は突然走った振動からだった。それに気付いた健吾は、数時間ほど前にくらった攻撃を脳裏にフラッシュバックさせる。


 無残に崩れてシシンを飲み込む、大量の瓦礫の雨。建物の崩壊が起きたときに発生する、死の濁流。


 すなわちそれは、東の建築物爆破解体。東は開始早々すでに倉庫内に仕込んでいた大量の爆弾を爆発させ、その建物を爆破解体した。おまけにその崩壊は東のところには届いていない。精密な予測演算をできる彼だからこそ行える、健吾と黒江が立つであろうエリアだけを崩し壊す、針の穴を通すかのような精密な爆破解体を、彼はわずか三時間だけの下準備で見事にこなした。


 だが、


「織り込み済みだ」


 なめてんじゃねーぞクラス5!


 彼が心中でそう吐き捨てると同時に黒江が動く。


 この倉庫に入る前に、すでに準備を済ませあとは発動させるだけだった術式を彼女は発動させる。


変化するのは両足。変化の内容は発光。その光は魔力の光。忍術基礎の高速移動術式『飛脚の術』。


それにより尋常ではない加速を得た彼女は、まるで弾丸のような速度で工場内を駆け抜け、わずか数秒で崩落の圏外へと到達、服の袖口から手品のように取り出した棒手裏剣を、東に向かって投げつける。


「っ!? さすがに同じ攻撃は読まれていますか! ですが、大事な命の恩人さんが置き去りにされてますよ!」


 東は嘲笑を浮かべ、軽く手裏剣を躱しながら仲間を見捨てた黒江を嗤う。だが、


「ちげーよバカ」


「なっ!?」


 瞬間健吾が、まるで東が行うかのような精密な身体制御を行い、がれきの雨の中を走り切り、黒江にわずかに後れを取りながらも見事、瓦礫の破壊圏内からの脱出を成功させる!


「どうしたクラス5。この程度か?」


 底が見えてるぜ? と、健吾は不敵に笑った。


 数時間前までは信じられないほど巨大な壁に思えていた東の背中が、いまや眼前に近づいている。


 その要因である右耳につけた彼のインカムから、次なる指示が出た。


『事前に買っておいた拳銃を使用し、右32度、上45度の方向を射撃。間違いなくそこにも爆弾があるんだな。ぶち抜け』


「了解!」


 健吾はそう返答を返すと同時に自分の脳に指令を下す。


 指令を受けた脳はその指令を実行するために体に走る神経――ではなく、その脳に組み込まれたチップを経由し、最適な行動パターンを演算。それを健吾に強制的に行わせるために、健吾の体を覆っている鋼の外骨格へと指令を下す。


 懐には先ほど信玄が提示してくれた倉庫に入っていた、天草から輸入されたあちらの銃が眠っている。


 健吾はそれをためらいなく引き抜き、外骨格のアシストを借り、


「やばいな、クラス5。楽勝すぎて自分がちょっと怖いぜ?」


 信玄に提示された角度で、射撃。




…†…†…………†…†…




 知り合いの漫画・インターネット喫茶を訪れ、そこの店長に『ちょっと、本気出すから僕占用のスペース使いたいんだな?』といって、信玄がいつもの薄暗い自分専用スペース――完全な密室になる個室で、彼が選んだブランド物のパソコン三台がまるで三面鏡のように置いてある特別スペース――に入り込んでから2時間半経つ。


 店長には次の同人誌即売会のための準備と思われているが、申し訳ないことにそこでしている実際の作業は違う。


信玄はここでポツリッターと呼ばれる呟きサイトを開くと同時に、


「さてさて~。できれば倉庫内にある積荷についても調べておいた方がいいんだな? 小麦粉だったりとかしたら粉じん爆発狙われる可能性があるし。あぁ、ならついでに気象庁のサーバーにもハッキングかけて、今のあそこの気象の詳細なデータ調べとこ。公的に発表されているのはムラがあるんだな~。やっぱり生の修正されていない情報を見るのが一番」


 港の管理組合のサーバーにハッキングを仕掛け、その情報を根こそぎ盗み出していた。


 無論違法だ。だが、いまさらな話でもある。


 なぜなら彼は、ハッキングを行った罪によって中学入学時に補導されてしまい、3年間の自宅謹慎を言い渡され、そのままヒキニートになってしまった残念系ハッカーであり――小学生時分にはそれだけ重罪を行うことができてしまった、天才ハッカーでもあった。


 ハッキングなんて本当に久しぶりにやったんだけど、意外と忘れていないものなんだな……。と、昔取った杵柄がきちんと機能することに感心しつつ、信玄はこの喫茶店に来る前に大量に買っておいたハンバーガーをほおばる。


 それと同時に、右のパソコンに移されている、ハッキングして手に入れた倉庫の見取り図のグラフィックを作りフィールドと設定。簡単なゲームのプログラムを放り込み再編集。それをポツリッターに挙げ一言つぶやきを残しておく。


『さて問題・この敵どうやって倒す?』


 その言葉と共に描かれた矢印がさすのは、巨大な積み荷に背中を預けた《全知認識(ラプラス)》のステータスと今までの攻撃方法と、そこから予想できるすべての攻撃法ををインプットした黒いアバター。


 決して本当の話だと悟られないように、画像処理はあまめに、雑に――しかし、戦術組み立てには必須な情報をすべて組み込まれた、グラフィックによって作り出される戦場。


 突如こんなソフトが投げ入れられ、信玄のポツリをフォローしていた古参メンバーたちは驚いたような反応を返したが、いま作っている格ゲーの試作と、信玄は誤魔化しを信じてくれて今は嬉々としてこのお題に挑戦してくれている。


 そして、求めている情報がやってきた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


金剛マン@class5                 2時間

 はいはい! わたしできた!! 三分でKO!!


巨人四肢@specialsensei              2時間

 マジか@class5。ちょっと待ってくれ、私いま仕事中で全然手が付けられていないんだ。


金剛マン@class5                 2時間

 そこは仕事に集中しようよ(--; では倒し方こうか~い! もうちょっと難易度上げてもいいと思うよ?


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 無茶言ってくれるんだな……。と、高位能力者とおもわれる古参の一人の主張に苦笑をうかべつつ、信玄は彼女が提示した《全知認識(ラプラス)》打倒プランへと目を通す。


 むろんこんなシミュレーション、現実通りにいかないといわれればそれまでだ。だがしかし、べつに信玄もこのシミュレーション通りに事を運ぼうとは思っていない。


 彼が求めていたのは、全知認識が行うと思われる攻撃手段に対して健吾たちが取れる回避方法。それらをうまく組み合わせれば、全知認識の攻撃をすべていなすことができるかもしれない。と、信玄は考えていた。


 確かに敵の予測演算速度は脅威だ。見ただけですべてを理解し、100%に近い正答率を誇る短期間未来予知を行ってくる敵。だがしかし、予測が彼の専売特許だと誰が決めた。


 情報はある。相手の攻撃手段も二度あった攻撃で大体理解している。


 あとは時間と手間、そしてそれ相応の設備さえあれば、


「あなたのマネをするのはたやすい、東さん」


 この戦場は行き当たりばったりに超能力をふるい、敵を打倒する原始的な段階はもう終わった。これから始まるのは詰将棋のような、理詰めの戦術予測が飛び交う、戦術戦。


 目にもの見せてやるんだな。と、信玄は競うように上がってきたゲーム攻略のフォロー達に目を通し、それらを行ってくれた人たちの情報を精査する。


 すべては、友人をあの化物に勝たせるために。


 知り合ってわずか一日で、死んでしまった友人の仇をとるために。




…†…†…………†…†…




『黒江さんはそのまま、牽制を続けてくれればいいんだな! 黒江さんは相手の攻撃を食らえばアウトなんだな。あくまで補助に徹して、健吾の手助けをしてほしい』


「……わかりました」


 黒江はインカムから聞こえてくる信玄の言葉を聞き、悔しそうに歯噛みをしながら、しかし従順にその指令に従った。


 わたしではあの人に勝てないことは分かったみたいですから……。と、黒江は十数分ほど前に信玄が提示してきた絶望的情報を思い出す。


『シュミュレーションの結果、黒江さんのアバターはどのような手段をとっても《全知認識(ラプラス)》の攻略は不可能だったんだな。あくまで試算だから絶対とは言わないけど、今回の戦いはあまり積極的に参加しないのが賢明。20メートルも離れれば、攻撃は食らわないことが分かっているからその距離からちまちま援護射撃を頼むんだな。幸い倉庫は広いからその程度の融通は効くみたいだし、いざとなったら魔術――忍術があるし』


 勝てない……ですか。わかってはいましたけど、こうもはっきり言われると、堪えるものがありますね。


 と、黒江は彼女がそうなると分かっていながらも、はっきりとその事実を言い切った信玄に苦い笑みを浮かべた。


 彼がそうした理由もわかっている。彼らの最終目標はシシンの仇を討つことでも、東を殺すことでもない。黒江を守ることだからだ。


 だからこそ、信玄としてはこの戦闘に参加すること自体反対したかったはずだ。守るべき対象を、誰が好き好んで死と隣り合わせの戦いにいかせるというのか。


 でも、信玄はほんのわずかな付き合いではあるが、恩人であるレインベルに命を投げ出してでも報いようとした彼女の在り方を見て大体悟ってしまっていたのだろう。黒江は自分のために誰かが死んでしまい、自分のためにまだ戦ってくれている人がいるのに、自分だけのうのうと安全な場所にかくまわれることを良しとする人間ではないと。


 今思うと、私の性格はつくづくスパイ向きではありませんね……。と、黒江はいまさらながらに自覚する。


 忍の訓練を受けていた幼少期のころからその気はあったが、この学園国家に来てからはそれがさらに顕著だ。


 レインベルに助けられ、人の温かみを知り、人並みの幸せを知り、そして人を思いやることを覚えた彼女。たとえ天草が彼女を保護してくれて、再び迎え入れてくれるといっても彼女は決して暗部には戻れない。それをするには彼女はあまりに――普通の感情を、他人に対する優しさを知りすぎてしまった。


 だから、


「これで……最後にします」


 闇にかかわるのも、危険な賭けに出るのも、


 本気で人を殺しにかかるのもっ!


「行きますッ!!」


「させない!!」


 足にかかった飛脚の術にさらに魔力を追加し、もう一段階速度を上げる黒江。


 それに反応し、東はコートの陰に隠すように配置していた長大な銃を取り出す。


 銃身の根元が太くなっているのが特徴的なその銃は、信玄が考えていたこの戦いで持ち出される可能性がある銃の一丁。四七式重機関銃。


 巨大なフォルムを持つために重機関銃と名付けられたこの銃は、その名前とは裏腹に、この銃を形作る素材のすべてがとても特殊プラスチックでできているため拳銃よりも軽いというでたらめな兵器。


 連射機能は秒間20000発。相も変わらず銃器類の性能が破格すぎますね……。と、信玄から教えられた情報にわずかに眉をしかめつつ、黒江はそれでも前進を続け、


「よけられると……思っているんですか!! この距離で、この銃の掃射を!」


「無理でしょうね」


 私一人なら。と、凶悪な笑みを浮かべて引き金を引きかけた東に、黒江はそっけなく答える。


 それと同時に、背後からの銃声。その音共に放たれた弾丸は、狙いたがわず工場のある柱へと一直線に飛来し、


「なっ!? なぜ、わかった!?」


 そこに東が仕掛けた解体用の爆弾を、見事に打ち抜いた。


 爆発が起きる。


 そのタイミングを見計らい、黒江は即座に加速を停止し横へと転がり、東の射線場から離れた。次の瞬間、東が立っていた場所に向かって無数のがれきが崩れ落ちてくる!


 東のような計算されつくしたタイミングでないせいで、残った倉庫のすべてが崩れなかった。崩れたのは倉庫の一角だけ。だが、


「人を殺すのには十分な瓦礫が作れたと思いますけど!」


「クソっ!!」


 東はいつもの丁寧な口調ではない、口汚い悪態を漏らしながら四七式重機関銃を、自分に向かって飛来する瓦礫へと向けなおした。


 一発、二発、三発……。


 フルオート射撃ではない単発射撃。それによって放たれた弾丸が、東の能力が導き出した最適なポイントを打撃し、瓦礫の落下軌道をわずかにずらす。


 たったそれだけで、東は自分に直撃する軌道だった瓦礫をすべて消失させた。


 まるで手品か魔法のように、東だけ避けて落ちる瓦礫たち。そのわずかな隙間を縫うように、東は黒江に向かって銃を戻し、


「多少は知恵を働かせたようですが、甘いですね。クラス5はガキの浅知恵で負けるほど甘い相手ではないんですよ!」


 射撃する。


 弾丸は当然だといわんばかりに瓦礫の雨の直撃を紙一重で避け、減速することなく黒江のもとへと飛来する。だが、


「それすら織り込み済みですよ!」


 確実に東がやってくるであろう、黒江たちの意表を突く曲芸銃術。事前に信玄からその可能性を注意されていた黒江は、すでに回避行動に入っていた。


 足にこめた魔力の術式を、印を結ぶことによって組み換えた黒江は、その足を無造作に壁のようにそそり立つコンテナに着ける。そして、


「健吾さん!」


 共に戦う仲間を信じ、彼女は一歩踏み出した。


 まるで平野のように、


 まるで気軽な登山のように、


 彼女の体が絶壁のコンテナを、駆けあがる!


 それと同時に黒江を見失った弾丸は、無情にコンテナにぶつかり火花を散らす。そして、


「OKだ。あとは任せな」


 コンテナの壁を駆け上がることにより、天地がおかしくなった黒江の視界で、不敵な笑みを浮かべた健吾が、がれきの雨が終わり舌打ち交じりに黒江を狙おうとしている東に向かって――引き金を、ひく。




…†…†…………†…†…




 東は飛来する弾丸を拡張された視界で確認した。


 狙いは、私の頭部。以前の接触では拳銃を携帯していなかったから、てっきり使えないか、使わないものかと思っていたましたが、どうやらそれは勘違いだったようですね。と、まるで拳銃を扱いなれた人間のような精密な狙いに、東はおもわず舌を巻く。


 だが、


「知っていますか? 的が小さいと飛び道具とは外れやすいものです」


 昨日戦ったレインベルのレーザーと比べるべくもない、しっかりと視認できる弾丸。よけることはたやすい。


 わずかに足をずらしその胸を数センチ後方にずらすことによって、その弾丸をあっさりよける。


 彼の持つ銃の狙いは、いまだに黒江の頭部から外れてはいない。今引き金を引けば、彼女の頭をザクロのように破裂させることができる。


「終わりです。さようなら、逃走者」


 だが、


「ん?」


 彼の能力が、それを止めた。


 まるでそれよりも見るべきものがあるといわんばかりに、急速にある一店へと彼の視界を収束する。


「なにを?」


 ある一定水準以上の危機管理能力を発揮するために、彼は自身の能力演算ルーチンにオート危機察知能力を組み込んでいる。この能力は、戦闘時(・・・)の東の最大視覚領域内にある物質を定期的に軽く走査し致命的な事象が起こった時のみ、強制的に彼の視覚拡張演算の60%を割り振るというもの。


 これによって東は、人間が操る以上どうしても反応できなくなってしまう、不意打ち的認識外からの攻撃にも反応できるようになっている。


 狙撃による暗殺、地雷による不意打ち……そして、


「っ!?」


 先ほど回避した弾丸が――フルメタルコートで戦車の装甲すら打ち抜くために作られた徹甲弾が、コンテナを貫き、その中にあるもの――天草から輸入された、魔術師が錬成した特殊火薬の爆破による横方向からの爆撃も!


「なん……だと!?」


 初めからこれをっ! 内心で、敵の戦闘の圧倒的戦略性に驚愕しつつ、東は自分の身を守るために、健吾に向かって自分の体を跳躍させる。


 瞬間、爆発が東の隣にあったコンテナを内側から吹き飛ばした!




…†…†…………†…†…




 こちらに向かって飛んでくる東を見て、健吾は弾がなくなった拳銃を投げ捨てる。


 技術力が足りない天草が、それでも自分たちにはお前たちには比肩する力があると示すために、魔改造の果てに作り上げた対戦車用拳銃。


 だがしかし、それによっておこる反動が常人どころか魔力で強化した人間ですら、耐えられないものだったため、日ノ本に安く買いたたかれた失敗作。


 だがそれでも、鋼の外骨格をもつ健吾にはその反動は十分耐えることができる範囲で、おかげで東の不意をうつことに成功した!


 黒江のことは許しがたいが、いまだけは感謝するぜ天草! と、不敵に笑いながら健吾は駆け出す。


 見事に着地し、こちらの行動をすでに読んでいたのか、銃口を健吾に向けてくる東にむかって、駆け出す!


 ダメージはほとんどないか。そりゃそうだ……仮にもクラス5。あれで撃ち落とせるとは思っていない。いくら相手が、


「戦闘時には極端な視覚収縮を余儀なくされて、劣化した能力しか振るえないっつってもな!」


「なっ!? なぜそれを!」


 答えるかバカ。内心で不敵に吐き捨てながら、健吾は一直線に東に襲い掛かる。




…†…†…………†…†…




 インカムにつけられたカメラが、こちらに向かって銃を構える東をとらえる。


 それを画面越しに見ていた信玄は、不敵に笑いながら銃口の位置を自分のパソコンに叩き込み、銃弾の軌道予測を算出させる。


 そして答えが出ると同時に東は発砲。だが遅い、


『あ ぁ あ あ あ あ あ ああああああああああああ!!』


 自分のパソコンが送ったデータをインカムが受け取り、それをダイレクトに、雄たけびを上げる健吾の脳内に埋め込まれたチップへと送る。


 それを脳からの命令と誤解した健吾のチップは、即座に外骨格へと指令を下し、機械的に、精密に、見事弾丸から逃げきった。


「ヨシッ!」


 間に合う。相手の演算と比べるべくもないが、攻撃を食らわないタイミングで予測演算を健吾に送ることができる。それを確認できた信玄は思わず画面の前でガッツポーズをとった。


 それと同時に、先ほどようやく手にはいったデータを口頭でインカムに送る。


「予想通り、《全知認識(ラプラス)》の能力は完璧ではないんだな! 精密な予測演算を必要とする戦闘時では、100キロにわたった原子視認級の精密な視覚領域を確保するなんて、たとえクラス5といっても人間の脳という限界を持つ限り不可能なんだな!」


 この資料を窃盗してきた場所は第一学園都市の研究資料貯蔵データバンク。そこには、この学園都市で生まれたすべての能力者の超能力に関する資料が残されている。無論それは、クラス5とはいえ例外ではない。窃盗してきた資料に記載されているのは、《全知認識(ラプラス)》の能力開発の経過と、最終的なその結果。


 《全知認識(ラプラス)》がクラス5に至るまでの情報が、そこにはすべて記されていた


「《全知認識(ラプラス)》が自分の能力を戦闘に流用するとなった場合、その効果を十全に発揮できる距離はわずか100メートル。おまけに、視界はかろうじて360度四方確保できてはいるけど、相手を攻撃するときや、相手の攻撃をかわす時はどうしてもそちらに意識が行き『事象は見えていても、反応ができない』視野範囲が30%ほど現れているんだな」


 おかしいと思っていたんだな。と、信玄は健吾のその情報を伝えながら独白する。


 本当に100キロ近い範囲を常に見ることができるのなら、もっと事前に反応しなければならなかったことが、健吾たちの話を聞く限り多々あった。


 たとえば健吾が事件に巻き込まれる要因となった、初めの黒江殺害の時。もっと早くに健吾の接近に気づいていれば、場所を移すなりなんなりして、健吾に目撃されないところで決闘を行えたはずだ。


 それはシシンが巻き込まれたときにもいえる。彼ほどの予測演算使いなら、逃げる健吾たちをシシンと出会わないように誘導することなど造作なかったはず。


 そして、本来絶対に殺してはいけないシシンを爆殺によって彼が殺してしまったとき、信玄の疑問は確信に変わった。


 あいつはおそらく、思った以上に世界が見えていないんだな! 信玄は直感的にそれを感じ取り、見事に正解を引き当てた。


「健吾。今から『反応できない視野範囲』が出やすい場所をデータにして送るんだな。それを参照して、戦闘を継続して……」


 勝てる! この戦い勝てるんだな!! 信玄がそう確信し、さらにダメ押しとばかりに《全知認識(ラプラス)》の死角を、健吾に送ろうとする。


 だが、


「え……」


 信玄はインカムのカメラが送ってくる映像を見て気づく。


 健吾がよけた弾丸の陰に入らせるように、もう一発の弾丸が放たれていたことを。


「っ!?」


 まずい!! 信玄がインカムに向かってそう叫ぶ前に、予想は速やかに現実へと変わる。


 弾丸を演算通りによけた健吾の体は、チップの命令により最も安定した疾走体制へ戻るため、元の姿勢に強制的に戻される。


 カメラに映らなかった隠された弾丸にはまだ気づいていない。気づいたところでもう遅い。


 機械の視覚は機械的に、主の安全を確保した後、隠された弾丸に気付く前に、


 それに打ち抜かれ、沈黙した。




…†…†…………†…†…




 耳元で機械が粉砕された音が響いた。


 健吾はそれを察知し思わず顔を青ざめさせる。それと同時に脳内に埋め込まれたAIチップが無情にも健吾に告げてきた。


『外部接続端末破損。ローカルネットより切断』


「なるほど、先ほどの神がかった回避や、銃撃はそのインカムからデータが送られて、それを参照し、サイボーグの外骨格を動かすためのAIが自動(オートパイロット)で、あなたの体を動かしたからできた所業でしたか。ですが、そのようなイカサマはここでやめていただきましょう」


「っ!」


 気づかれた!? なんでだ!? 


 健吾が突然自分たちの策を見事に見抜くようになった東の様子に、驚きを隠せないでいる中、額に青筋を浮かべ怒りを隠そうともしない東は再び健吾に銃を向けた。


「私の視覚拡張演算の80%をあなたに割り振りました。あなたの体はもはや丸裸も同然。筋肉一本一本の動きから、神経と外骨格を走る電気信号まで、あなたのすべてを私は見ている」


「っ……!?」


「奇跡はもう二度と起きないと思いなさい」


 その言葉と同時に引き金が引かれる。学園都市性の機関銃だ。打ち鳴らされるはずの発砲音はない。ただ火薬が爆発するマズルフラッシュと、弾丸が空気を切り裂く音だけが健吾に自分に向かって発砲が行われたのだと教えてくれる。


 当然、反応はできない。


 銃撃を食らう。


「がぁあああああああああああああ!」


 健吾の全身に走る衝撃と火花。突撃していたためまともな迎撃態勢は取れていない。かろうじて顔を両腕で庇えたのが唯一の救いだった。


 突撃は止められ、健吾の悲鳴が倉庫に響く。しかし、それも長くは続かない。


「しつこい」


「ぐぁ!?」


 そっけなく冷たい声音で東が吐き捨てると同時に、健吾の肩に弾丸が入る。


 その衝撃によって今まで耐えていた健吾の体制が大きく崩れる。両手は泳ぐように顔から引き離され、敵に無防備に顔を晒す。


 瞬間、東の腕からばね仕掛けが動く音がして、袖口から一丁の拳銃が射出され彼の手に収まった。


 出された拳銃は、日ノ本製(・・・・)の対戦車拳銃。先ほど健吾が使っていた拳銃をあざ笑うかのように、すべてにおいてあの拳銃に勝る拳銃が、


「君の外骨格を貫ける特別な弾丸を用意しておいた。感謝しろ」


「くそぉおおおおおおおおおおお!!」


 健吾の命を刈り取るために、その額に向かって彼の外骨格を貫く弾丸を吐きだそうとした。だが、


「っ!?」


 その拳銃は弾丸を吐くことなく、不気味なきしみを上げて沈黙する。


理由は簡単だった。


「私も忘れてもらっては困ります!」


 倉庫の上に逃げていた黒江からの援護射撃。まるで狙撃銃のような正確さで投げられた棒手裏剣が、リボルバー式だったその拳銃の撃鉄を射抜き、破壊した。


 発砲は、ない。


「貴様っ!」


 怒りに燃える東が、思わず彼女に向かって無事なマシンガンを向けてしまう。


 決定的な隙。それを健吾は見逃さない、


「助かったぜ。ありがとな、黒江」


「しまっ!」


 ガン! と、鉄の音が混じる足跡を響かせながら体制を整えなおした健吾は、一歩、二歩、とさらに東への距離を詰め、


「さて、女を巡った男の喧嘩だ。最後は殴り合いで決着をつけようぜ」


「っ!」


 鋼の外骨格で覆われたこぶしを、遠慮なく東に向かって振るう!




…†…†…………†…†…




 信玄は使えなくなったパソコンが鎮座する部屋を飛び出し、慌てた様子で倉庫街へ向かう。


 このままでは押し切られる。健吾にはいくつか敵を攻略する方法を授けてはいるが、相手はクラス5。自分の足りない頭で考えた程度の攻略法ではあっさり封じられてしまう可能性があった。だから、


「リアルタイムで情報を送って、戦術の補完をしていきたかったのに!」


 それがかなわなくなった以上、信玄も戦場に出る。


 僕も一応は超能力者なんだな。いざとなれば自分の能力を使って健吾の援護を……。


 と、彼がそこまで考えていた時だった。


 横を通過する一大の白黒。パトカーだ。ランプはつけられていない。おそらくのんきの巡回中なのだろう。


 一般市民が危機にさらされているっていうのに、なんでこいつらはっ!


 と、信玄は思わず、顔をゆがめた。


 わかっている。相手は唯一事情を知る自分たちに何も知らされていない。事件が起こっているなんて微塵も知らない。そんな状態で自分たちを助けろなんて憤っても、仕方ないことは、信玄自身がよく分かっていた。


 信玄はただ悔しかっただけだ。結局何の役にも立てなかった自分が、友の仇という存在に一泡すら吹かせてやれなかった自分が。


 だが、


「お、どないしたん信玄? 太った体ブルブル揺らせて全力疾走とは? なに? 今の状況でとうとうダイエットに目覚めたん? えらいマイペースやな?」


「………………………………え?」


 突如そのパトカーが自分の隣で止まり、その窓を開けて中から信じられない人物の声を響かせてきたので、信玄は思わず氷結した。


「向かう場所は同じだろう、越前(えちぜん)信玄。乗っていけ。ついでに現場に着くまでに、貴様が学校に来ない理由についてたっぷり教育相談をしようではないか」


「いや、今そんなこと言っている場合ではないでしょう!? 黒江が、黒江が!」


「キマシタワ―」


「ち、違いますわよ!? 私の黒江に対する感情はあくまでイーブン! 友人として、主人と侍女としての感情でしてけっしてそんな下世話な感情では」


「というかクラス5……そのネタ知っているのね……」


「え、え? な、なんなんだな、この状況?」


 いったいどうなっているんだなぁああああああああああああああああ!? と、見知った顔に思いがけなくであった信玄は、思わずそう悲鳴を上げた。


もう、この話の主人公健吾でよくね? と思った回

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