表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
インモータル!!!!  作者: 小元 数乃
全知認識《ラプラス》
7/28

望まれた決着・死んだふり

 寮が崩壊してから、もう数時間たつ。あたりはすっかり暗くなった。時刻は夜。


 現在寮は無数の報道陣と、学園都市の法治組織が群がる大惨事となっており、事件の中央にいた健吾たちですら近づけない状況になっていた。


 その健吾たちはというと、寮が見える近くの日どまりホテルにチェックインし、とりあえず夜を過ごすことにしていた。


 金はなかったので二人部屋。一人は部屋のソファで寝ることになる。


 だが、今はそんなことは関係ないし、問題ではない。問題なのは、


「……………………」


「はぁ……。いつまで見てんだ」


 錯乱して何度も寮の瓦礫の山を掘り起こそうとしていたのを、無理やり止めてここの引きずってきた黒江だ。


 自分のせいで、とうとう人が死んだという事実がよっぽど堪えたのだろう。今でも彼女は無言のままホテルの窓から報道陣たちや法律(ルール)によって明るく照らされた元学生寮跡を見つめている。


 まいったな……。と健吾はそんな彼女の姿を見て頭をかいた。


 これでは、先ほどきたメールに対しての相談ができない……と。


 その時だった、バスルームのドアがあきフーッと吐息を漏らしながら、バスローブをまとった、


「ふ~。いいお湯だったんだな! あ、健吾も入る?」


 やたらとつややかな肌を拭く信玄が顔を出した。


「……そこはグラマラスな女の人だろうがよ!?」


「そんなないものねだりしても仕方ないんだな。ここにはムサイ男子高校生と、固まった女子高校生しかいないんだから」


「ちくしょー!! せめて黒江入ってくれたらまだダメージ少なかったのにぃいいいいい!!」


 といいながら、チラッ、チラッと何度も黒江に視線を走らせる健吾と信玄。しかし、黒江は完全に無視を決め込み、黙って寮の方を見つめているだけ。


「は~。やっぱりネタでは振り向かないか」


「というか不謹慎なんだな。シシンが死んだんだから」


「うん。俺も思ったけど取りあえずブランデー片手にポーズ決めているお前に言われたくはない!」


 キリッとした顔でブランデーグラスを揺らす信玄が忠告を飛ばすのを聞き、青筋を浮かべ怒鳴り声を上げる健吾。


 ほんと、こいつはなんでこんな事態になっても平常運転なんだよ!? と思いつつ、健吾はいらいらした声で先ほどまで信玄が調べていたことに関しての結果を聞いた。


「で?」


「こっちの位置逆探するようなプログラムもなかったし、暗号になっていたわけでもないんだな。ただのメールなんだな。たぶん書いてあることもあちらからすれば本気なんだと思うんだけど……」


「それだけわかりゃ十分だ」


 クソが……。とメールの送り主を罵りながら、健吾はそのメールに再び目を通す。まるでそこに書いてあることを認めたくないといわんばかりに。


『今夜3時……第六学園都市・風無港の輸入品倉庫03番にて君を待つ。逃げても構わないがこちらはもうなりふり構わなくなってもよくなった。こないのであれば、次は君の周りにいる大切な少年二人を殺させてもらう。GTAのもとに行くのもやめておけ。あの留学生と同じように叩き潰すだけだ。    《全知認識(ラプラス)》』


「あの野郎……本気でなりふり構ってねーな」


「もうシシンを殺してしまったからなんだな……。あいつを殺してしまった以上これ以上悪い事態には決してならないから」


「はっ。要するに自分の不始末のデカさに開き直っちまっただけだろうが、なさけねー」


 だが、東を罵ったところで状況が好転するわけでもなかった。今の東はシシンを殺して正常な判断を下せずにいるはずだ。まさか暗部抗争が戦争に発展するなど、さすがの彼も予想していなかっただろうし。


 そんな東が行った脅し。無視すれば必ずこいつはこの文章を実行に移すだろうという確信が、健吾にはあった。


 まったく、めんどくせーことになったぜホントに。と、東は数時間前まで希望があったこの状況が、一気に絶望的な状況にシフトするのを感じながら、舌打ちを漏らした。


 GTAは頼れない。敵はクラス5。黒江の味方は自分と信玄のみ。その両方とも戦闘とは縁遠い世界で生きてきた一般学生だ。


 完全に詰んでしまっていた。もう黒江は殺されることしか道がない。


 それでも、何とかできないかと……健吾は必死に考えて考えて……。


「もう、いいです」


「っ!!」


 黒江のかすれた声によって、思わずその思考を止めた。


「もう、私のせいで誰かが死ぬのは嫌なんです……」


「黒江……」


「もう、私が死にますから……私が死ねば終わりますから」


 行かせてください。と、彼女は言った。涙でかすれた声で、確かにそういった。


 それを聞いた健吾は、


「――ふざけんなよ」


 こちらもかすれる声で、それでも力は籠った声で、黒江の意見を封殺する。


「シシンが何のために死んだと思っている……お前に生きてほしいから、あいつは俺たちの味方でいてくれたんだぞ!!」


「でも、でも死んじゃったじゃないですか!!」


 二人が怒声を上げながら立ち上がり、互いの目を射抜こうとせんばかりに睨みつける。


 健吾は怒りに燃えた瞳で、黒江は涙で充血した瞳で、


「私なんかいなければよかったんですよ!! 私がいたから、シシンさんは死んじゃって、あなたたちも命を狙われて――やっぱり私は、人に不幸をまき散らすだけの、ただの屑で」


「それ以上自分を貶めるようなことを言うんじゃねえ! それはお前を助けようとしたシシンに対する冒涜だぞ!!」


「はいはい、二人とも落ち着くんだな」


 たがいに掴みかからんほどの殺気を放ちながら言い合いを始めかけた二人の間に、今度は信玄が滑り込んだ。


「っ! どいてください信玄さん!」


「これはもう君だけの問題じゃないんだな。たった一日だけの友人だったとはいえ、友人を一人殺されて、黙っていられるほど僕たちはできた人間じゃない。べつに君が一人で死にに向かおうが知ったことではないけど、僕たちは友人を殺されて泣き寝入りなんてマネは絶対にしない。たとえ君が死んでいなくなっても、僕らは僕らでシシンの仇を打つために行動する。だったら、もう少し僕たちと一緒にいた方が、君にとっても都合がいいんじゃないんだな?」


「っ!?」


 その信玄の言葉を聞き、黒江は大きく目を見開き、健吾はぽかんと口を開けた。


「……まさか、あのクラス5に勝つ気なのですか?」


「というかお前、俺がこいつ連れてきた時と意見ちがくね?」


「おいおい、健吾。せっかく人がいいこと言っているところなんだから、もうちょっと違う言葉があるんだな」


 いや、お前あっさり見捨てるとか言ってたじゃん……と、なおも食い下がる健吾を無視して、信玄は手元に残って唯一の電子機器である携帯を取出し、


「シシンのおかげでわかったんだな。あの《全知認識(ラプラス)》に対しての、唯一の必勝法を」




…†…†…………†…†…




  第六学園都市に面する沿岸。そこには大小さまざまな港が並んでいる。


 漁船港、観光港――そして貿易港。


 天草から様々な物品が届くこの港は、巨大なコンテナと無数の倉庫によって構成される貨物集積所が、土地の大半を占領しているため、決して人が過ごしやすい場所ではない。


 おまけに、治安がいいせいで、夜には職務にふまじめな見回りの男しか残らず、その警備は穴だらけ。一晩中監視に来ない倉庫などざらにある。


 つまりここは、人知れず人を殺すのにもっとも好都合な場所だった。


「来ましたね……」


 時刻は深夜三時。その時間と、空が曇っているせいで月や星の光がないことで、いつも以上に薄暗い倉庫。


 その中で東は待っていた。一番奥の壁際に詰まれた鋼鉄のコンテナにもたれかかるように。


 この倉庫は雨に濡れてしまうと保存状態が悪くなる特産品のコンテナが収容されている。そこに積まれたコンテナはすべて壁際に設置されており、通路をTに分ける隙間を作りつつ整列させられている。


 そこで待機していた彼の視線がようやくわずかに動いた。その先にいるのは、きしむ扉を押しあけ中に入ってくる二人組。


 健吾と黒江だ。


 二人……ですか。


 もう一人いるはずの寮の生き残りは、どうやら逃げたらしい。と、東は明らかな嘲笑を浮かべやってきた勇敢な二人を出迎える。


「ようこそ。死ぬ覚悟はしてきたでしょうね?」


「自暴自棄になってる腐れ暗殺者に殺されるつもりはねーよ」


「減らず口を」


 誰のせいでそうなったと思っている、と東は嗤った。


 その笑顔もその主張も、すべて間違えていることぐらい東には分かっていた。


 悪いのは明らかに自分だし、自分の主張が正しくないことぐらい暗部に入ったときから自覚していた。


 悪いのは人を殺そうとした自分で、シシンの動きを見きれなかった詰めの甘い自分。


 だが、それが真実だったとしても今の彼は精神的にそれを認めるわけにはいかなかった。


 悪いのは抵抗をしたこいつらだ! こいつらが抵抗さえしなければ、私は留学生を殺さなくても済んだ! 戦争の発端を作らずに済んだのに!!


 と、東は内心で絶叫を上げながら憎々しげに二人をにらみつける。クラス5とはいえ、暗部という闇に住むとはいえ、彼はしばらく前まで日向で暮らしていた一般人。


 確かな覚悟と、信念を胸に仕事していたとしても、戦争を起こした男という重圧を背負えるほど強靭な精神はまだ持ち合わせてはいなかった。


 もしも正しく現状を認めてしまえば、彼は自分が背負ってしまったとんでもない罪に押しつぶされ狂ってしまうだろう。


 能力を使わずともはっきりとそれが認識できているからこそ、彼はそれを全力で否定し、


「罪を償え、ドブネズミがっ!!」


「「!!」」


 そのすべてを、目の前にいる敵へと押しつけるために、握っていたスイッチを無造作に押す。




…†…†…………†…†…




 山邑は、ワラワラと調査員がむらがる、ボロボロと崩れる何の建物だったのかもわからない廃墟の塊を見つめていた。


 これも、丁嵐が指名手配された事件と何か関係があるのか? と、山邑は思わず首をかしげた。


 ここにはもともと老朽化してつかわれなくなった生徒寮が建っていたのだと、彼女の部下が持ってきた事件資料には書かれていた。その生徒寮をうちの校長が買い取り『何時か何かに使えるかも?』といって、何人かの生徒に貸し出す代わりに管理運営をしていたはずだが、


「まったく、モノを捨てられないごみ屋敷の主人じゃないんですから、さっさと捨ててください。と言っただろうに」


 ずるずる引きずっている間にこのざまだ……。と、この建物が崩落したのを聞き、顔を青くしているであろう校長に、山邑は思わずそう漏らす。


 だが、


「問題はその管理を任されていた生徒が、丁嵐と、丁嵐と仲が良かったヒキニートであることか」


 もしかしたら丁嵐はここに転がり込んでいたのかもしれん。と、山邑は推測する。


 だから、山邑は背後を振り返りそこに控えていた金髪のお嬢様に確認をとった。


「その黒江とかいうのがいた痕跡は見つかったか?」


「だめです……。あの子、元の職業柄存在を残すような行為を嫌っていましたから、呼吸をするように自分がいた証拠を出さないように生活する癖が付いているんですの。瓦礫一つ一つから指紋をとったとしても、その丁嵐さんとかいう人の指紋しか出てこないでしょうね」


 お嬢様――レインベルは、辺り一帯にスキャン用のレーザーを飛ばしていたが、やはりかんばしい結果は得られなかったのか、ため息をつきレーザーの照射を中止する。


 あの廃工場で山邑にとらえられた彼女は、取り調べを受けている際に怒鳴り声を上げながらこの事件の全容を、GTAたちに話していた。


 何で自分をとらえたりしたんだ!? 黒江を助けられるのは私だけだ! 今すぐ私をここから出せ!! と、涙を流しながら必死にどなるレインベル。そんな姿を見て、GTAの筆頭の山邑は、


 嘘はついていない……この生徒が言っていることはすべて本当だ。と、長年の教師の勘から結論を下し彼女の拘束を解いた。そして、


『バカ者。学生を救うのは教師の仕事だ。すべてを任せろとは言わん。だが、なぜ目の前にいる我々に頼ろうとしない』 


 と、唖然とするレインベルに言い放ち、彼女と強引に共同戦線を結んだのだ。


 こうして、事件のあらましは大体見えた山邑はこうしてレインベルと協力して、事件と関係がありそうな場所を片っ端からめぐっているのだが、


「厄介な技術を持っているな……」


 おかげで証拠が全く見つからない。まったく、学生が持つような技術ではない、と山邑は思うと同時に、


「そんな技術が必要とされるような仕事を遂行できることを、あの子は期待されて育てられたんです」


「《忍》……だったか? 天草大陸もなかなかどうして、暗いものを抱えていると見える」


 まぁ、それはうちも同じだが……。と、山邑は自嘲の笑みを浮かべながら火薬のにおいがする柱の残骸を蹴り飛ばした。


 明らかに自然に崩れたわけではない、人為的な爆破解体の痕跡がこの瓦礫からは検出できた。


 だがしかし、この近辺で爆破解体の許可の申請が出されたという報告はない。だからこうしてGTAや法律(ルール)・警察が駆り出されて現場検証をしているのだから。


 つまり、誰かが、何らかの方法で、持ち主の意思を無視してこの建物を爆破したことになる。


 今この学園都市でそんな事をする可能性が最も高いのは、


「ここに隠れた丁嵐と黒江を殺そうとした、暗部からの暗殺者か」


 まったく、つくづく厄介な事件だ。幸いまだ死体は見つかっていないが……。と、山邑はそう漏らしつつ、何か証拠が挙がったか? と、瓦礫の山に取り付いていた部下に聞こうとした時だった。


「ひぃ!?」


「な、なんだ!?」


「ん?」


 突然瓦礫の中央辺りから悲鳴が上がるのを聞き、山邑はレインベルとともに思わず首をかしげる。そして、彼女はその原因を確かめるために悲鳴を上げた、第六学園都市法律(ルール)構成員に話しかけようと歩み寄り、


「おい、いったいどう……」


 した? という前に、彼らが悲鳴を上げた原因を見つけ、思わず息をのんだ。


 そこにあったのは、瓦礫を突き破るように突き出た一本の手。


 まるで、今は出ていない月をわしづかみにするかのように天へと向かって延ばされたその手は、さながら墓場から這い出るゾンビの腕。


 おまけに、しみついた土埃や、多少の擦り傷によって滲んでいる血が、手に不気味なコントラストを描き、その異常性を増していた。


「……なん、だ? これは!」


 山邑がそう言って、能力を発動し、とりあえずこの腕を殴り折って生きているのかどうか確かめてみよう! と、大きく手を振りかぶった時だった。


『ちょ、後ろつっかえているんだから早く出なさいよ!! この瓦礫の踏み台だって何時までもつかわからないんだから!』


『え~! ちょ、ちょい待って!! 今外からええ反応聞こえた!! もうちょっとでええからゾンビ気分楽しませて!?』


『ふざけるな!! いいから出る!!』


 と、そんな声が瓦礫の下から響き渡ってくると同時に、何かに蹴り飛ばされたのか、勢いよくひじから先の上半身が飛び出し、また落下しないように近くにあった瓦礫をつかむ。


「脱出大成功!!」


「ホント苦労したわ……。まさか指名手配犯に会った瞬間生き埋めにされるなんて。あんた、本気で私を罠にはめたわけじゃないのよね!?」


「当たり前やろ!? 俺も巻き込まれてんねんぞ!? そんなんして俺に何の得が……」


 と、その上半身は次に出てきた桃色の髪をした短髪少女と騒がしく言い合いしながら、辺りを見回し、


「あれ? 何これ? 事故現場?」


「あぁ……まぁ、そりゃこれだけ盛大に、突然建物崩れたら法律(ルール)もGTAも警察も来るわよね」


 少々騒がしすぎる周囲の様子に、盛大に首をかしげた。


 そんな彼の姿を見て、山邑はしばらく唖然としたあと、


「こんなところで何をしている……松壊?」


「なにって、そら、生き埋めにされたゾンビごっこを……」


 凶悪な笑みを浮かべて上半身――シシンに話しかけ、振り返った彼の顔を瞬時に石の様に固めてしまうのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ