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インモータル!!!!  作者: 小元 数乃
全知認識《ラプラス》
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希望・絶望

「いや~。ほんま悪いな~。こんなことにつき合わせてもうて」


「そう思うんだったら素直に連行されてほしいんだけど……」


「だが断る。俺には腹を空かせて待っとる哀れな仔羊たちが三人ほどおるんや!」


「それ、本当なんでしょうね?」


 ここは、第六学園都市に巨大なチェーン店舗を構えるスーパー《VIVIDキタマロ》。ビビッとくる商品取り揃えております! というのがこの名前の由来だそうだが、


「《VIVID》って天草大陸の新訳字やったとおもうんやけど……。ローマ字とか、女王英語」


「《英雄》シオンが使っていたスラングよね。ほんと、何をどうしたら戦時中に新しい言語体系を作ろうなんて考えに至ったのかしら」


「戦時中やからやろ? 暗号通信に使ってたって話やし。まぁ、こっちの大陸に三日で解読されたせいで本格投入はなかったらしいけど」


「ちなみにVIVIDってどういう意味だったっけ?」


「《形容動詞》生き生きとしているさま。鮮やかなさま」


「歩く辞書!? そして、戦時中にその単語必要だったの!?」


「VIVID敵を殲滅せよ!! みたいな?」


「そんな兵隊いたら精神疾患疑うわ」


 今は時間帯が時間帯なためあまり人がいないそのスーパーを、二人の学生が歩いていた。


 本来なら学生が学校以外をほっつき歩いていたら、補導されてしまう時刻だ。だが、彼らは特にそういったこわーい人たちから声をかけられることもなく、楽しく買い物をしていた。


 それはなぜか。そう、それは、


「というか、手錠着けたまま買い物ってどんな神経してんのよ……。いっぺん見てみたいわ。さぞかし図太いんでしょうし」


「神経が見たい……やと!? きさま、俺をホルマリン漬けにして理科室に飾るつもりか!?」


「私を猟奇殺人犯みたいに言わないでよ!」


 その二人組――一人が腕章に法律(ルール)の名を刻む公的権力者であり、もう一人がそれに手錠をかけられ、補導される途中だったからだ。


 いわずもがな、住宅街でとっ捕まったシシンと、拳銃発砲事件を調べていた紅葉がその二人の学生の正体だった。


「にしても拳銃発砲事件な。ぶっそうな話や……って、あれ? 俺この町来てから週一単位で発砲音聞いている気が。それ考えるとこの町かなり世紀末?」


「きょ、許可なく発砲されたことが問題なの! 発砲は発砲でもきちんと管理された発砲なら問題ないの!!」


「おい、これかなりすごいこと言ってへん?」


 何やら不名誉な称号を第六学園都市に着けかけたシシンの言葉に、慌てて抗弁しようとする紅葉だったが、むしろ異常性が際立っただけだった。


 まぁ、ネタなんやけど……。と、はわわわと慌てる紅葉の様子にほくそえみながら手錠をかけられた手を巧みに使い、食材を次々と紅葉が持つ籠に放り込んでいくシシン。


 はたから見ればもう6人分ぐらいの食糧が籠の中に突っ込まれているが、


「うん。一人で10人前ぐらい食いそうなやつがおるし、まだ足りひんぐらいやな」


「え、それって人類の枠組みに入っていい存在なの?」


 多分? と首をかしげるシシンの脳裏に信玄が現れ「ひどいんだな!? 偏見なんだな!? さすがに10人前はちょっと苦しいんだな!」と、抗議をしながらあらわれるが、シシンは華麗に無視を決め込む。


 というか、苦しくはあるけど食べられへんとは言わへんねんな……。と、内心の信玄に評価を下方修正しつつ、シシンは籠に集まった食材たちを見て満足げに頷いた。


「よっしゃ! これだけあったら十分やろ!! 今日は天草特製《和食》昼飯やで!!」


「ん? 天草料理なんて作れるのアンタ?」


「え? 当然やん。おれ、留学生やし」


 そこでようやく聞き流しまくっていたあるセリフが引っかかったのか、首をかしげる紅葉に、シシンはどこか偉そうな態度で自分の制服の襟もとについた徽章――十字架と聖杯の形の留学生にだけ渡される特別徽章を見せる。


「――っ!?」


「ふははは! どうや思い知ったか、国家の犬め!! そうとわかったんやったらさっさとこの手錠を外すんやな!! さもないとこのこと天草に告げ口して国際問題にしたんで!!」


 ようやく気付いたみたいやな仕事せーへん法律(ルール)風情が!! せやけどもう遅いで!! 俺捕まえたことを盛大に先生に怒られたらええわ!! と、国際問題という寅の威を借り、わりと最低に調子のりまくるシシン。この脅しで暗部の人間すら退けられたのだから、彼が自信満々でこんな主張をするのも仕方ないと言えば仕方がない。だが、第六学園都市はそんな彼の予想のはるか上を行く返答を返してきて、


「あんた、なんで初日の授業さぼったりしたのよ!? 担任の山邑女史がカンカンだったわよ!? 『とりあえず登校して来たら、両手両足の骨をへし折りながら事情を聴くことにしよう』とか怖い顔で言っていたんだから!!」


「あれぇ!? いつのまにか俺の命が風前のともしび!?」


 俺やっぱり冷遇されてるん!? と、シシンはちょっとだけいまの自分の地位に危機感を覚えた。


「にしても留学生が登校初日にサボタージュした理由が、飢えた誰かに飯作っているってどんな状況よ……」


「そういわれると俺の状況かなりおかしい?」


 腕使いづらいな……。と、結局手錠を外してもらえなかった(授業をさぼって買い物をしていたのは確実にシシンが悪かったので)シシンは、そんな会話を交わしつつ使命はまっとうするつもりなのか手錠に繋がれた手を使い、億劫そうに買い物籠をレジの方へと預けに行く。当然レジ打ちをしていた店員さんがシシンにつけられている手錠を見てぎょっとしたが、紅葉が事情説明してくれたので特に問題なく通してもらえた。


「よくよく考えたら、俺だけ補導されんのおかしない? お前かて授業さぼってるやんけ」


 喧嘩両成敗やろ!? と、シシンはちょっとだけニュアンスが違う日ノ本ことわざを使い自分の状況の不当性を訴えながら、よどみない動作でビニール袋に商品を突っ込んでいく。


 両手がほぼ封じられている状態で流石というべきか……。主夫根性が骨身にしみている光景で、シシンの父親を知るものが近くにいたら「お前、苦労してんな」と涙を流しかねない光景だった。


それはともかく、シシンがようやく気付いた事実。彼女も自分と同じ学生だということを彼女のセーラー服を見て気づき、鬼の首でも取ったかのようにそのことを責めたてる。


 だが、


「安心なさい。今ちょっと特別厳戒令が敷かれているから、法律(ルール)構成員は一時的に授業免除中なの」


「なっ!? ひきょーやひきょーや!! 職権乱用や!」


「黙りなさい。勝った方が正義ではないわ。権力を持つ方が正義よ!」


「ひどい正義があったもんやな!?」


 とまぁ、一通り理不尽な状況に文句を言った後、


「厳戒態勢って、昨日のニュースの指名手配犯?」


「あら? 知ってたの……って、そりゃそうよね。あれだけ大々的に報道されてたら。まぁ、私はあの事件のせいでほかの局員が手を回せない分の、通常業務を処理しているだけなんだけどね」


 今は、さっき言っていた無許可発砲事件の調査。と、言って肩を竦める紅葉に、シシンはちょっとだけ考え込むように顎に手を当てる。ジャラリとなる手錠が両手首についていなかったらもっと恰好がついただろう。


 どうやらこいつは、黒江にそれ程危機感を抱いているわけやないらしい。おまけに買い物途中の話を聞く限り、第一学園都市にくみしているわけでもなさそうや。と、シシンは、シシンの買い物に付き合わなくてはいけない愚痴とともに紅葉が吐き出していた、現在第六学園都市法律(ルール)本部を占拠する第一学園都市法律(ルール)に対する不満を思い出す。


 こいつうまく使えたら、もしかして安全に黒江をGTAへと届けることができるんちゃうか? と、シシンはその作戦に穴がないかを必死に考え……考えて、


「……やばっ!? 俺天才ちゃう!?」


「?」


 特に大きな落とし穴も見つからなかったので、ちょっと自画自賛してガッツポーズをとった。


 まぁ、突然歓声を上げてガッツポーズをするシシンを、紅葉は物凄く怪しいものを見る目で見ていたが、シシンは必要な犠牲だったと割り切ることにする。


「なぁなぁ、法律(ルール)構成員」


「花楓野紅葉よ。学校来たら同じクラスになるんだから名前だけでも憶えておきなさいよ」


「お? まじで!?」


「ちなみに昨日指名手配されていたなんちゃってヤンキーも実はクラスメイトよ。このままだとあいつ独房いきだけどね」


「あ、そいつについてなんやけど?」


「ん?」


 ほんとどこほっつき歩いているんだか……。と、呆れた様子でため息をつく紅葉に、シシンは自分の計画の成功のためまずは一言、


「俺がこれから飯作りにいったる奴がそいつやねん。あ、もう一人指名手配されていた女の子も一緒やで?」


「……………………………はぁっ!?」


 爆弾を投げつけてみた。




…†…†…………†…†…




 光の雨が怨敵を貫くために縦横無尽に駆けめぐる。


 もはやそこに工場などなく、あるのは瓦解した建物だったなにかと、そこに埋もれる凶悪な光を宿した無数の重火器だけだ。


 どこかの画家がこの景色を描けば確実にタイトルは『死と荒廃の寂寥』みたいな暗いものになるであろう景色の中に、たった一人、


「まったく、攻撃性の高い能力を持つ連中はこれだから厄介だ。近づけさせてすらもらえないとは!」


 光速で迫りくる攻撃を、どういうトリックを使っているのか鮮やかにかわし続けるスーツ姿の青年がいた。


 クラス5――《全知認識(ラプラス)》東公浩。


 彼は圧倒的火力を持つクラス5《弾幕皇女(ガトリング)》レインベル・ヒルトンとの激闘を行い、いまだに生き延びていた。


「なぜ、なぜですの!?」


 空に数千近く配置された光の球から降り注ぐ閃光と、レインベルの周囲に配置された光の球から射出される光の槍が東の逃げ場を防ぐように格子状に交差しながらあたり一帯を蹂躙する。


 でも、それで私はとらえられない!!


 東は内心で不敵に笑いつつ、着弾と同時に爆発を起こし、あたり一帯に破壊をまき散らすその閃光を、


「スッ!!」


 小さく鋭い呼気を漏らしながら、まるですべてが見えているといわんばかりに軽やかにステップを踏み、かわし続ける。


 時には身を低く這うように倒し、時にはわずかに身をのけぞらせ閃光を鼻先に触れるかどうかのギリギリ位置に通らせ、時に跳躍し光の格子のわずかな隙間に体をくぐらせる。


 そのすべてが、確実に着弾しているとしか思えない超至近距離に閃光をくぐらせる超回避。全力を出せば原子単位の運動すら認識できる彼にだけ許された、紙一重ならぬ原子単位回避。


 だが、


「たとえあなた他の能力で光の軌道を粒子単位で観測できるのだとしても、光の攻撃を普通の人間がかわせるわけがありませんのに!? いったい、どのようなトリックを使っているのですか!?」


「そう聞かれてバカ正直に答える暗殺者がいると思うのですか?」


おろかな……だからあなたは学生で、あの少女すら守れない。と、東は明らかな嘲笑を浮かべる。


 そして彼は、自分の演算能力をフルに使い一歩間違えば確実に自分の死につながる舞踏を続けていく。


 彼の拡張された視覚が見ているのは降り注ぐ閃光自体ではなく、その射出点となっている光の球だった。


 いくらレインベルが光を操る能力を持つ人間だったとしても、彼女自身が人間である以上その演算速度は絶対光速を超えることはない。もし超えてしまったら、彼女は人間ではない何か――それこそ、《ラプラスの悪魔》によって定義される『神』に近しい存在になるだろう。


だが残念なことに、この場にいる(ラプラス)は私だ。


 東は無言でその事実を主張するために、拡張された視界がとらえたすべての光の球の光粒子の運動を視覚。それによって、どういった角度・速度・タイミングで光の槍が射出されるのかを演算子、その軌道を脳内に描き出す。


 それによって叩き出される未来の攻撃予想線。東はそれを参照しさらに演算をかけ、自分がどうすればその攻撃予想線に触れずに攻撃を回避できるかの軌道を再演算する。


 そして、それによって叩き出された結果を彼は忠実に再現した。


 筋肉繊維の活動をミリ単位で統制し、呼吸するタイミングすら思いのままの制御し、服が揺れるタイミングや髪がなびく間隔、そのすべてをミクロン単位で操り続けることによって、彼はこの回避を可能にしていた。


 射出されたものを見たのではもう遅い。たとえ見えたとしても人間の反応速度の限界を超える速度で飛来した光は彼の体を貫いてしまう。だがしかし、射出される前の光は違う。あの光の球は、絶対に演算速度が光速を超えることがないレインベルがそれでも光を統制しようとして、能力を使い無理やり光の粒子を減速させたもの。レインベルにも認識できるそれが、認識に長けた東に見えないわけもない。それどころか彼は、レインベル以上にそれの内部の光粒子活動を視認することができる。そうすることによってその光の球体からいつ、どの角度で、どの程度の速度で光が飛来するのか彼は完全に予知することができる。それが、本来不可避の光の一撃は、彼にとってはかわすことなど造作ない、ただのテレフォンパンチへ変貌させるトリック。


あまりにすべてが見えすぎる《千里眼(クレアヴォイアンス)》の完成系――《全知認識(ラプラス)》。彼がクラス5に選ばれた由縁がこの光景にすべて凝縮されていた。




…†…†…………†…†…




 だがしかし、レインベルも少し前まではその称号を頭上に頂いたクラス5だった。ただで、東に押され続けるなどありえないこと、


「それだけの力を使っても、私の攻撃は回避するのが精いっぱいということですね!!」


 脳内に浮かぶ東の能力を参照し、自分の光の一撃が回避され続ける理由を割り出したレインベルは屈辱に唇を噛みながらも、その結論に達した。


 ならば、といわんばかりに、


「なっ!?」


「追加……申請!」


 彼女は久しぶりに自分の全開を出すために、自分の脳へと演算を叩き込む!


 それと同時に瞬く間に数を増やす星々。それはすぐに今までの10倍近くの数に膨れ上がり、10000、100000といまだにその姿を増やし続ける。


「でたらめなっ!!」


「これくらいできなくて、攻撃性クラス5など名乗れませんわ!」


 征圧力№1の実力、とくとご覧あそばせ!!


 彼女が嫣然と微笑み宣言を告げると同時に、光の球が彼女の制御できる数値――9999億を超越したと演算が告げると同時に、レインベルは腕を振り下ろした、


「圧倒されなさい、観測者(ストーカー)!!」


 瞬間、天の川もかくやといわんばかりの密度を持った光の槍たちが、一斉に東に向かって牙をむく!


 あまりに密集されたその攻撃に、もはや人間一人分の居場所どころか羽虫一匹の居場所すら存在しない。いうなれば、それは弾幕というよりも、もはや光の津波だった。


 しかし、東の口元に浮かんでいたのは、


「はぁ、いつまでもよけているだけというのは芸がないということですか!」


 不敵な笑み。


 ――まずい!? その笑みに、本能的に不吉なものを感じたレインベルが、思わず息を飲み、何かを言おうとしたがそんなものはもはや東は聞いていなかった。


 東は笑みをひっこめると同時に、あらたな光の球の創生の際にできていたインターバルのすきを突き、コートのポケットに手を突っ込む。


 そして、腕とコートの間にできた小さな隙間を、光の津波が来る先ぶれとして訪れた光の槍がくぐるのを認識した後、彼はゆっくりとポケットから手を引き抜き、


「一気に決めさせてもらうとしましょう」


「なにをっ!!」


 この状況で勝てると思っているのですか!! という、レインベルを無視し、東はその手に持ったものを地面にたたきつけた。


「なっ!? それはっ!?」


 それと同時に悲鳴を上げるレインベル。東が地面にたたきつけたのは、まるで手榴弾のようなパイナップル型の爆弾。しかし、それがまき散らしたのは、爆発でも人を殺傷することが目的の破片でもなく、


「反射性を持った……チャフですか!」


「いまさら気づいても遅いですよ!」


 レインベルがそう漏らした時には、すでに日の光を浴びてキラキラ輝くチャフたちはあたり一帯の空間に散布されていた。


 そして、射出された後はもうレインベルですら統制できない光速で走るレーザー群が、そのチャフたちを精密にかわせるわけもなく、


「っ!?」


 レインベルが今までの戦闘の中で初めて無様に地面に伏せる。それと同時に、レーザーたちはチャフに触れ、それによっていびつに軌道を捻じ曲げられて、


「あぁああああああああああああああああああああ!!」


 滅茶苦茶な方向に散乱。あたり一帯を爆発と轟音をまき散らす。


 バカな、自殺したいんですの!? と、レインベルは悲鳴をこらえながら、必死に自分のレーザーが当たらないように自分の周囲に光学的な障壁を作り上げる。


 彼女自身はそれによってランダムに周囲を駆け巡るレーザーたちを防ぐことが可能だが、対する東はそのような防御手段を持たない防御力的に非常に脆弱な能力者だ。おまけにこのランダムに辺りを破壊する光の嵐。いくら彼の能力が回避補助に特化しているからといって、よけきれるとは到底思えない。


 そう考えている彼女のもとに、レーザーが無数に着弾し彼女の障壁に阻まれる。そして、そこから外れ、がれきや地面に突き立ったレーザーによって生まれた爆風が、さらに土煙を生み出し、その中に戦場のすべてを隠した!!


 そんな中、不敵な《全知認識(ラプラス)》の声が瓦礫の山と化した工場に響き渡る。


「あなたは私を過小評価しすぎだ、レインベル・ヒルトン」


「なっ!?」


 生きていたんですの!? と、ゴキブリ並みの生命力を披露したと思われる東の声に、レインベルは思わず悲鳴じみた声を上げる。


「空気中に散布されたチャフを一枚一枚認識して、どのような角度で光を受け入れるのかを逆算すれば、あのレーザー群の攻撃の軌道は十分に読めるんですよ。あとはさっきの繰り返し、がんばってよければいいだけ」


 チャフが作り出すランダム性など、彼にとってはすべてが予定調和の、すでに見えていた未来だった。それを理解した瞬間、レインベルは本当の意味で敵の強大さを知り、思わず冷や汗を流す。


「ではでは、私はそろそろ仕事に戻りますので。ごきげんよう、《弾幕皇女(ガトリング)》」


「くっ!? 待ちなさい……《全知認識(ラプラス)》!!」


 そんな彼女の中に芽生えた確かな怖れを感じ取りでもしたのか、もはや戦う必要もないといわんばかりのセリフを残して彼の声が遠ざかっていく。


 ここで行かせてはならない。それがわかっていたレインベルは必死に彼に向かって怒声を上げるが、彼のような透視技術を持たない彼女にとって、この土煙の中で敵を見つけるのは至難の技だった。


 結果、


「……逃げられ、ましたわ」


 土煙がある程度薄くなり、ぼんやりとあたりが見えるようになったころにはいくつかの武器と共に、東の姿は完全に消えていた。


 レインベルはその光景に、思わず令嬢に似合わない獣のような怒声を上げようとして、


「っ!?」


 背後から何かが、凄まじい勢いで飛来する風切り音を聞き、慌ててまだ残っていた光の球からレーザーを射出しようとした。


 だが、攻撃の到達は、すでに攻撃が黒江の眼前に来ていた敵の方が早い!


「っ!?」


 突然、巨人の腕に鷲掴みにされたような感覚を黒江は覚えた。だがしかし、彼女の周囲にそんな武骨な手の姿どころか、土煙が漂っているだけだ。つまり、


「不可視の攻撃――念動力(テレキネシス)!?」


 レインベルがその正体を看破したころには、すでに彼女の体は巨人の手によって宙へと持ち上げられ、そして、


「がぁっ!?」


 音速を突破しかねない勢いで残っていた瓦礫の壁へと叩きつけられ、その意識をほとんど奪い取られた。


 当然だ。たとえクラス5とはいえ彼女の体の強度はふつうの女子高校生と何ら変わりない。それが、通常では考えられない速度で壁にたたきつけられたのだ。彼女の被害は推して知るべきだろう。


 朦朧とする意識の中、何とか黒江のもとへ行こうと腕を動かし這いずるレインベル。だが、


「こんなところに第一学園都市のクラス5が来ているとはな。今回の事件と何らかの関わりがある可能性が高いか。とりあえず、完全に意識を刈り取った後、校長のもとへ連れて行くか」


 這いずるレインベルの頭上に影が差した。


 レインベルが痛む体に鞭を打ち、必死に顔を上げると、そこには険しい顔をした老婆の教師が、右手を挙げた状態で立っていて、


「悪いが地力では勝てる気がしないんでな。不意打ちさせてもったし、今度もさせてもらうぞ」


 それだけ告げると、彼女は瞬時に手を振り降した。それと同時に掌状の衝撃が、レインベルの体を地面に埋め込むように打撃し、


「っ!?」


 彼女の意識はとうとう完全に刈り取られた。




…†…†…………†…†…




 第六学園都市下水。近代都市にできた迷宮の中を一人の青年が駆け抜ける。


 東だ。彼は、一歩間違えは穴だらけの人間オブジェになりかねない戦いを制したのち、一時その身を隠すためにこの薄暗い迷宮に降り立っていた。


 多少、匂いやら何やらがひどい場所ではあるが、ここには学園都市御得意の監視カメラも存在しないし、衛星からの光学スキャンの危険もない。まさしく彼ら暗部にとっては理想的か隠れ場所だ。


「おや……いつの間にか松壊君は外に出ていますね」


 これは好都合。と、東はサラリーマン然とした恰好に似合わない獲物を追い詰めた狩人の笑みを浮かべる。


 彼の能力特有の拡大された視界が、現在松壊シシンの姿が、奴らが潜伏している元学生寮よりもかなり離れたスーパーにあることを確認する。


 昨日の間に能力を使い、空気の振動を見ることによってあのメンバーの声紋を確認していた東は、すでに彼らの居場所を割り出していた。


 そこで相談された内容も、当然彼には筒抜けだ。唇を見て読唇術なんてめんどうなことをする必要などなく、空気振動による声の割り出しによってまるで近くにいるかのようにその相談を聞くことはできる。


 だから彼は焦っていた、


「まったく、あのクラス5とスパイがそんなことまで考えていたなんて」


 舌打ちを漏らしかねない表情でそう漏らす東。なぜなら、昨日黒江たちが話していた考えは、全て的中している。


 現在第六学園都市は第一学園都市から送られてきた《調査協力》という名の東の援軍を、ことごとく封じていた。


 刑事たちは手際よく拉致監禁され、法律(ルール)構成員たちは第六法律(ルール)構成員の苛烈な反発にあいまともな調査協力ができない状態だ。


 そう、彼らは完全に第一学園都市の意向を無視するのが当然だといわんばかりに妨害している。その手際は、さすがは独立法治組織GTAだと感心するべきかどうか本気で迷うほど鮮やかで、速やかだった。


この勢力《生徒》と名のつくものなら無差別に保護を行う偽善集団だ。彼女たちが保護を求めればそれこそ内乱が起きるという段階にでもならない限り、彼女たちの保護を解くことは決してない。


当然そんなことになれば、暗部は黒江から手を引かざるえないだろう。たった一人のスパイを殺すために、巨大な公的権力を持つ一種の独立国家である学園都市を敵に回すなど、リスクが高すぎるからだ。


 ゆえに、黒江がGTAのもとに行くのはまずい。そうなってしまえば、この任務は失敗という報告を東は上司にしなくてはならない。


 それだけは嫌だった。彼女に忠誠を誓った時、彼女の理想を共に遂げようと決意した東にとって、それは何よりも、誰よりも、自分が許せない行いだ。だから彼は命に代えても、この作戦を成功させる義務があった。だが、


「やはり……連絡はなしですか」


 東はそう言いつつ、軍事衛星を使った秘匿回線でダイレクトに政府上層部と連絡が取れる高級携帯端末を取出し、そのホログラム画面を立ち上げる。


 だがその画面の右端にかかれた電波状況は無残にも圏外を指し示しており、東にさらなるため息を誘発させた。


 《自閉状態》。第六学園都市がほぼ六花財閥から独立することできた理由の一つである、革新的技術。


 魔術師の結界からヒントを得たとされるこれは、学園都市とその周囲の土地3キロを一種の特殊な不可視のドーム状フィールドで包み込み、ありとあらゆる電波の干渉を遮断する。学園都市内部なら通信は通じるが、第六学園都市からほかの学園都市への通信は一切通じない状態になるという通信遮断フィールド。


 おまけに、物理的干渉に関しての検知機能も備えており、フィールドに触れた物体はその形状や速度・脅威度といったものをすぐに割り出され、人間ならフィールドが読み取った生体反応やバイタルサインを経由しどのような素性の人物かを0.2秒で割り出すというトンデモ技術だ。


 明らかに外部干渉に対しての絶対的防壁。表向きには『凶悪な犯罪者を逃がさないための厳戒態勢』といって、学園都市の門が閉じられているだけだが、このフィールドが使われたのは今まで三回。そのすべてが、六花財閥暗部が深くかかわった事件だと報告されている。


 これは第六学園都市の抵抗なのだろう。「ここは俺たちの町だ。お前たちの好き勝手にはさせない」という。


 そしてそのもくろみは見事に当たり、東は上層部に通信が通じない状況に歯ぎしりをしていた。


 これでは黒江と接触したシシンにどのような対応をとればいいのかわからない。


 殺しても事故として処理できるならまだいいが、魔術師たちは得体のしれない力を使う。そんな相手に対して、こちらの科学的ごまかしが通用するのかどうかは未知数。上層部が自信を持って『誤魔化せる』というのならこちらも遠慮なく殺しにかかれるが、そうでないならシシンを殺した時、天草との全面戦争を覚悟する必要が出てくる。


 これこそスパイ一人の命と釣り合わないリスクだ。


 だからこそ東は上層部と、そこにいるはずの彼女に連絡を取りたかった。しかし、今は状況がそれを許さない。シシンを殺すかどうかの取捨選択を、東は自分でしなくてはならない!


 だが、


「自分から離れてくれるとは、好都合です」


 運が自分に向いてきたなと、東はほくそ笑む。これでシシンを殺さずに黒江たちだけを殺すことができると。だが次の瞬間、彼の顔はこわばった。


なぜなら、彼の隣には第六学園都市法律(ルール)の、不機嫌そうな顔をした桃色の短髪の少女がいたからだ。


おまけに彼らはスーパーでの用事をすでに終えていたのか、なにやら巨大なビニール袋をそれぞれの手に持ち、ゆっくりと――しかし確実に旧生徒寮へと帰る道を歩いている。


「まずい……!!」


 どこまで私のことが嫌いなんだ神様!! と、科学の国に似合わない罵詈雑言を吐きつつあわてて自分の懐を探る東。だがしかし、焦っていたためか目的のものはなかなか見つからず、焦りだけが募っていく。


 その時だった、


「!?」


 シシン達の目の前に、見覚えのある人影が割り込んできた。


 その人物は困りきったような笑みを浮かべてシシン達に話しかけ、自分の端末を立ち上げそこに映った地図を見せ始める。どうやら道を尋ねているらしい。


「た、助かりましたよ……」


 話がついたのか、シシン達がその人物に道案内をするため旧生徒寮に帰る道をそれる。これで時間が稼げた!


 あとであの人にはお礼をしておかないといけませんね……。と、シシンと桃髪少女に先導されて歩く、フェドーラ帽に皮ジャン、レザーパンツという個性的な格好をした中年男性に頭を下げる東。


 それと同時に彼は懐から目的の物だった、あるリモコンを取出しそのスイッチに指をかけた。


 P—OS”0981という機種が書かれたそのリモコンは地下の分厚い土の壁すら貫通する強力な電波を発することで有名なリモコンだ。


 なので、このリモコンはあるものを制御するものとしてかなり重宝されている。


 それは――遠隔操作爆弾の起爆スイッチだ。




…†…†…………†…†…




「にしても、転校初日からそんな面倒な事件に巻き込まれるなんてほんとに大変よね……」


「そうやろ? せやからほら……手錠いい加減外してくれへん?」


「で、本当は、なんであのなんちゃってヤンキー指名手配されちゃったの?」


「あれ? いままでの説明、全部無視されてもうた!?」


 しんじてーや!? と必死に懇願するシシンだったが、紅葉の胡散臭いものを見るような視線はいつまでたっても解かれることはなかった。


 スーパーでシシンがとんでもない爆弾を破裂させてから数時間後。紅葉はとりあえずシシンの供述が本当なのかどうか調べるために、旧学生寮へと向かっていた。


 だがしかし、その顔に浮かぶ疑念の色はいまいち薄れる様子がない。


「だって……どう考えてもリアリティなさすぎるわよあなたの話。六花財閥暗部って何よ? どこのラノベよ」


「そのツッコミはもうした」


「え? マジで」


 ネタかぶりとは一生の不覚……。と、思わず愕然とする紅葉。そんな彼女に同族意識を憶えたのか、シシンはちょっとだけやわらかい態度になり、


「や~いや~いかぶってやんの、ダッサ」


「ぶっ殺すわよ!?」


 ……こ、こいつ!? なんで初対面の相手にこんな全力全開なのよ!?


「で、あんたの話信じるにしても、いったい私は何をすればいいのかしら?」


「別に仕事してくれるだけでええよ。あいつらとっ捕まえて応援呼んで、車で本部まで運んでくれる。それだけで俺らの目的は達成するらしいし」


「まぁ、あんたが言う状況が正しいならたしかにGTAに保護を求めるのが最善手だけどね」


 暴力教師ではあるが生徒を思う気持ちは人一倍強い人たちだ。シシンが話した状況が本当なら、あの人たちは万難を排して黒江という女子生徒の保護に努めるだろう。と、紅葉は苦笑をうかべた。


「まぁ……ホントあの暴力だけはどうにかしてほしいけどね」


「それ言われるとすごい不安なんやけど……」


「ちなみにあんたは接触した瞬間両手両足の骨がおられるわね……」


「まだそのネタ続いてたん!? それもう体罰どころか虐待やろ!? そんな人らに保護求めてホンマに大丈夫なんか!?」


「大丈夫よ、問題ないわ」


「ちょ、それ死亡フラグ!?」


「?」


 何言ってんのよこいつは? と、突如変なことを言い出すシシンに、紅葉は再び疑念視線。


 そんな風にどことなく打ち解けた会話を交わす二人。べつに状況はそこまで逼迫していないと思っている彼らは、のんびりゆっくりと目的地に向かって歩いていた。まさかその歩みでも、下にいる東をビビらせているなど全然知らない。


 そんな時だ、彼らの視界に何やらスティック型の携帯電話の画面を広げて首をかしげる中年男性が現れたのは。


 彼の姿はフェドーラ帽に皮ジャン、レザーパンツという……なんというか、そう。アレな格好だった。


「インディー・○ョーンズ?」


「あぁ、あれ傑作やな! ガキの頃、金ローでみたときおもわずDVD全巻買いに走ったで」


「なにあんた、あんなオカルトトレジャーハント話が好きなわけ? あんなの全然面白くないわよ」


「むっ!? ほなお前は何が傑作や思うねん!」


「そんなの決まっているじゃない! 恋愛映画の超大作――タイ○ニックよ!! あれ初めて見たときはもう涙が止まらなかったんだから!!」


「はぁ? あの長いだけの船沈む話の何が面白いねん?」


「……とりあえずあんたとは命を懸けた戦いをする必要があるみたいね?」


「上等やこら。真に素晴らしい映画はインディーやとわからせたる」


「はっ……私の豪華客船愛に沈むといいわ」


「いや、そんなん良いからいいかげんこっちに視線戻せよ、お前ら。突然目の前にやってきたと思ったら映画談議してるし、なにがしたいの?」


 どうやらあまり趣味が合わなかったらしい二人は険悪な空気になりつつも、とりあえずその男性に事情を聴こうといつのまにか歩み寄っていたようだ。


 趣味は合わなくとも、どうやら思考は似通っていたみたいね……。と、ちょっとだけシシンを見直す紅葉。まぁ、


「どうかなされたんですか? 何かお困りのようですけど……。私《法律(ルール)》のメンバーですからとりあえず大概のことならお手伝いできますよ?」


「俺も俺も! できることあったら何でも言って!!」


「あぁ、それはありがたいな御嬢さん。じゃぁ、ちょっと道案内頼みたいんだけど……」


「あ、あれぇ!? なんで俺だけ完全無視?」


「そりゃ手錠かけられてる人が助けてやるなんて言っても……ねぇ」


 ぐあぁああああああ!? しまったぁああああ!? と背後でのた打ち回るシシンを放置し、男が端末に表示した場所をみて、法律(ルール)の職業柄そこがどこだか瞬時に割り出すことに成功した紅葉は、ちょっとだけ困った顔をしながら頬をかいた。


「あぁ、ここ場所わかりますけど……口頭で説明するのはかなり難しいですね。奥まったところにありますし?」


「あぁ、やっぱり? さっきから同じ場所グルグル回っちまっていたからなんでだって思ってたんだが……」


 まいったな……。と帽子をとりながら頭をかく男性の様子を見て、紅葉は少し考えをめぐらせたあと、


「ねぇ、あんた」


「ん? なんや? いい加減手錠外してくれる気になった?」


「それはないけど」


「なんでかたくなに俺捕まえとこうとすんねん……逃げへんてべつに」


「犯人はたいていそういうのよ。まぁ、それはいいとして、ちょっとこの人この場所に案内したいんだけどかまわない?」


「え? 別にええよ? さっきも言ったみたいに、そんなに逼迫した状況やないし」


 むしろお前に会えたおかげで余裕すらあんで!! と、笑いながら道案内の許可をしてくれるシシンに、「意外といい奴じゃない?」とさらに評価を上向きに直したあと、


「いや、これ以上評価をあげると惚れちゃうわね。クズのランクまで戻しておきましょう」


「あれ、俺の評価が理不尽な理由で一気に底辺まで下げられた気がすんねんけど……。つか、戻すってどういうこと!? 俺もしかして一回クズ評価受けてんの!?」


紅葉は困った顔の男性に向き直った。


「あの、宜しければ道案内しますけど?」


「お? いいのか? 買い物の途中なんだろ?」


「別に急ぐ用事ではありませんし、かまいませんよ」


「それはそれは、恩に着るよ」


 これも仕事ですし。と笑う紅葉に男性も安堵の息を漏らしつつ、微笑をうかべた。


「俺の名前は勇鷺盗屋(いささぎとうや)だ。盗屋と……呼び捨てでかまわないよ」


「いえ、さすがに年上の方をそう呼ぶわけにはいかないので。あ、第六学園都市《法律(ルール)》所属の花楓野紅葉です」


「松壊シシンや! 絶賛誤認逮捕中やで?」


「人聞きの悪いこと言ってんじゃないわよ!!」


 へらへら笑いながらとんでもない自己紹介をするシシンを殴りつける紅葉。そんな彼らの様子に頬をひきつらせながらも、盗屋と名乗った男性は何とか笑みを保つことに成功した。




…†…†…………†…†…




「それにしてもこんなところに一体何の用なんですか勇鷺さん? ここ数年前から工場の廃墟のままですし、今は私有地になっていて誰も入れませんよ?」


「いや、実はあそこ買ったのが俺でね。ようやく資金もたまったからあそこに店でも立てて一稼ぎしようかなと思って」


「あ、あそこのオーナーさんでしたか!」


「なになにオッチャン? 金持ちなん?」


「おぉ、いろいろあってな。わりと金はもっているぞ?」


「まじか!? ほなこの道案内の謝礼として今度何かおごってくれたりシーひん!?」


「シシン……ちょっとこっち来なさい」


「なんやろうオッチャン……あいつが電柱の陰に来るよう俺を呼んどるんやけど? はっ!? まさか愛の告白!?」


「うん、どっちかっていうと命の危険的な告白だと思うからあんま近づくんじゃねーぞ?」


「は~い」


「ちょ、あなたどっちの味方なんですか!?」


 それから数分後、シシンは紅葉のナビゲートに従いながら、盗屋との雑談に興じていた。


 相変わらずの通常運転でふざけまくるシシンだったが、盗屋はそれを笑って流せるどころかノリノリで話にのってくれるくらいには寛容な人物だったようで、その雑談は割とはずんでいた。


「にしても変わった格好やなオッチャン? なに、インディーファン?」


「無論!! こんな格好するやつ他にいないだろ?」


「ほら見たか!! ほら見たか!! 俺以外にもわかるやつはちゃんとわかるんや!!」


「え? 何言ってんの? 当然じゃない。インディーは不朽の名作よ? 何を突然、得意げにはしゃいでいるの?」


「こいつ!? さっきと言ってることちゃうやないか!?」


「というか、映画なんて熱狂的ファンじゃない限り面白ければなんだっていいわよ!」


「すごい正論言われた!? 悔しい!! 感じちゃわない分くやしさ二倍や!!」


「あ、つきましたよ」


「そして無視された!?」


「はは、まぁまぁ、落ち着けってシシン」


 盗屋はそんな風に明るい二人のやり取りに大笑いしつつ、先行し角を曲がって到着を教えてくれた紅葉に軽くお礼を言った。


 だが、


「いえ……その、盗屋さん。なんと申しましょうか。到着したんですけど……」


「ん?」


 お礼を言われた紅葉が若干何かを言いよどんでいる様子を見て、盗屋は首をかしげながら路地を曲がりその光景を見る。


「――壊れてるな」


「全壊してますね」


「うわ……なにあれ……怪獣でも暴れたん!?」


 そこにはボロボロの瓦礫の山になった工場だったものと、その周囲に張り巡らされた法律(ルール)の《危険・立ち入り禁止!》の黄色いテープが風に揺れていた。


 その中には第六学園都市の法律(ルール)やGTAと刑事などがあわただしくいきかっており、現場検証を始めている。


 まんま怪獣映画やな……と、シシンは思わず周囲を見回し巨大な足跡か何かがないかと探してみるが、当然見つかるわけもないのですぐに視線を盗屋に戻し、


「えっと……どないする?」


「う~ん。とりあえず事情だけ聞いてみてみるわ。道案内はここでいいよ、ご苦労様」


「あぁ、いえ……私の方こそスイマセン。なんかこんな結果になってしまって」


「いいよ、べつに。まさか目的地が全壊しているなんて事態、誰も想像できないだろうしな」


「いや、確かにそうやけど……。なんかゴメンなオッチャン。今度なんかおごるわ」


「ガキにたかるほど落ちぶれちゃいねーよ」


 苦笑をうかべ現場へと歩み寄っていく盗屋に、紅葉とシシンは申し訳なさそうな視線を向けていた。だが、


「っ!?」


「ん? どないしたん紅葉?」


「ちょ、まずいわアンタ!! ちょっと隠れなさい!!」


「え、ちょ、突然なに!? ぶっ!?」


 何かを見つけて突如慌てだした紅葉が、勢いよくシシンを電柱の陰に押し込んだ。無理やり押し込まれたせいで、シシンが盛大に塀に激突し激痛に呻くが、紅葉はそんなこと気にしてはくれなかった。


 なぜなら、


「第三班から第四班。遺留品集めろ。まぁ、万が一にもないだろうが、もしかしたら《全知認識(ラプラス)》が証拠を残しているかもしれん」


 と、なにやら険しい顔でGTAたちの陣頭指揮を執っている山邑女史がいたからだ。




…†…†…………†…†…




「やばいわ」


「お、俺の鼻が?」


「違うわよ。どうだっていいわよ、そんな鼻」


「か、壁に無理やり叩きつけといてその言いぐさはひどない?」


「さっき言ってたアンタの四肢をへし折るって息巻いていたGTAがいるわ」


「まじか!? 俺もしかして殺される!?」


 紅葉からそのことを教えられてようやく自分の命の危機に気付いたシシンは、ダラダラ冷や汗を流しながら狼狽した様子を見せるが、それは紅葉だって同じだった。


 別に目的を考えるとここでシシンが見つかるのは何ら悪いことではないわ。と、紅葉は考える。シシンはGTAと黒江の接触を願っているのだから、むしろここでつなぎをつけられるのは好都合だろう。


 だが、問題なのはそのGTAが山邑女史だということだ。


 あの人はシシンの授業さぼりを知っており、それを監督する張本人――そして、転校初日に留学生がサボるという赤っ恥をかかされた人でもある。


 以前紅葉あった時には、健吾の指名手配があったおかげでシシンの初日サボリは印象が薄くなり落ち着いていたが、さすがに張本人がのこのこ顔を出せば黙っていてくれる可能性は低い。


 シシンは確実に折られるでしょうね……。何がとは言わないけど……。


「どどどどどど、どうすんのよ!? さすがに私間近でスプラッタされたら耐えられる自身がないんだけど!!」


「チョイ待て!? そんなヤバいことされるんか俺!?」


「ま、まぁ……遅いか早いかだけの違いだし、ちょっと覚悟決めればすぐだって!!」


「じょ、冗談やないわ!! トンズラするに決まってるやろうが!!」


「で、でもどうすんのよ!? こんな近距離で見つかったらあの人の能力につかまって三秒で、クシャっ! よ!? むしろグチャグチャよ!?」


「本気で何されんの!? ま、まぁ落ち着けや。自慢やないけど、こう見えて俺――逃げ足には定評あんねんで?」


「本気で自慢できないわね……」


 何やら自信があるらしいシシンの言い分を聞き、とりあえず落ち着く紅葉。だが、


「で、その逃げ足に定評のあるシシン君はどうやって逃げるのかしら?」


「え? 普通に走って?」


「はぁっ!?」


 シシンが告げた信じられない逃走方法に、今度こそ彼女は怒声を上げ、


「ん? 花楓野か? こんなところで何をしている?」


「ゲッ!?」


 あっさりと山邑女史に見つかってしまった。


 どどどどどどどどどどどどどど、どうしよう!? これはもう大人しくシシンを生贄に捧げるしかないんじゃない!? そうよねきっと!! うん、だから私は悪くないわ!? と、テンパった脳みそでそんなとんでもない考えを実行に移そうとする紅葉。だが、紅葉がシシンを電柱の陰から引き出す前に、


「よっと、ホナしっかり捕まれよ!」


「え?」


 シシンが彼女の体を横抱きにして抱えた――いわゆるお姫様ダッコだ。


「って、何してんのよアンタは!?」


「あぁ、ちょ、あばれんな!! いまから全力疾走するんやから!!」


 羞恥心や、その他いろいろの何かでシシンの顔面狙いでかなりキレのあるストレートを放つ紅葉。そのコブシが鳴らす風切り音にわりと真剣な命の危機を感じつつ、シシンはその両足に力を込める。


 そして、


「日ノ本初公開! 魔法によらぬ高速移動……やで?」


「はぁ!?」


 瞬間だった。


 紅葉の視界に映る景色がまるでワープしたかのように一気に引き伸ばされたのは!!




…†…†…………†…†…




 パン! という破裂音が背後の空間で鳴り響いたのを聞き、盗屋は驚いた顔で背後を振り返った。


 そして、そこには残像を残してとんでもない速さで逃げ去るシシンと、それに抱きかかえられ目を見開く紅葉の姿が。


 だがそれすら残像だったのか、二人の姿は景色に溶け込むように消え盗屋の視界から完全に無くなった。


 どこかで見たことある光景。たしか、高速移動系の能力者が全力疾走したときに同じ光景が見られたなと、盗屋は驚きながらも冷静に考える。


 つまり、シシンは人間の視覚では追いつけないほどの速度でどこかへ走って行ったということで、


「何をそんなに急いでいたんだ?」


 もしかして用事っていうのも急ぎの物だったのかな? と、道案内をしてもらった二人に悪いことをしたなと、盗屋ちょっとだけ漏らしつつ懐から取り出した煙草に火をつける。


 そして、なにやらこちらに向かってかけてきたGTAへと視線を戻した。


「む……今確かに松壊がいたような気がしたんだが、気のせいだったか?」


「あの、ちょっと聞きたいんですけど?」


「はい。なんでしょう」


「ここ、何かあったんですか?」


 GTA――山邑女史は状況から見て盗屋が何を聞きたいのかを察したのか、肩をすくめながら説明をしてくれる。


「どうやら強力な能力者同士が戦った後のようでして。いま、犯人捜索のために現場検証中なんです」


「そうですか」


「ところで、あなたはどういったご用件で? もしかして、あの廃工場に何か用事でもあったんですか」


 説明を聞き一人頷く盗屋に、山邑は明らかな不審の視線を向ける。


何せここは住宅街とはいっても奥まった場所。用事があるような場所はないし、廃工場の敷地の出口は盗屋が歩いてきた通路一つだけなので、まさか通り抜けに来たなどということはないだろう。つまり、盗屋は確実にこの廃工場にようがあってきたということ。このクラス5同士が激突した戦場にだ。


 と、そこまで山邑が考えてこういう視線をぶつけているんだろうな~と、一人予想を組み立てていた盗屋は、あくまで笑顔を崩さないまま、煙草の煙をたなびかせ、シレッとこんな言葉を吐き、場をにごす。


「いや……ちょっと道に迷いましてね」


「……そうですか」


 そう言ってフラフラと現場に背を向ける盗屋。明確な証拠もないまま、まさかこれ以上何かを言及されることはないだろうと彼は長年の勘から踏んでいた。


 そしてその勘は見事に正解を引き当て、山邑の悔しそうな視線を土産として受けながら盗屋はあっさりその場から離れることに成功した。 


 そして、


「たく……東の奴、ちょっと派手にやりすぎじゃないか」


 こりゃ早めに見つけてやらんとな……。と、彼は小さく嘆息を漏らした。




…†…†…………†…†…




 そのころ、シシンの帰りを待っていた旧学生寮待機組の信玄、健吾、黒江の三人はというと、


「おそいんだな」


「おそいな……」


「遅いですね……」


 いつまでたっても帰ってこないシシンにしびれを切らせていた。


 シシンが買い物に行ってからすでに一時間近く経つ。近くのスーパーに買い物に行ったにしてはいささか時間がかかりすぎていた。


 もう空腹も限界なんだな……。と信玄は思っていたが、さすがにこの状況でそれを口に出すのは空気読めなさ過ぎている。


 なので、彼はあえて無難な可能性を提示して空腹を紛らわせることにした。


「まさか、東に襲撃をうけたんだな」


「それはないとおもいますよ? あちらは六花財閥に打撃を与えたいわけではないんですし」


「まぁ、確かにそうなんだな」


「どういうことだ?」


「留学生っていうのは、こっちの国の治安を信頼していないと預けらないんだな。おまけに今回の留学生は戦後初めての物で、天草と日ノ本が完全な友好国家になったことを示すもの。そんなものを暗部事情で殺したなんてことになったら、国家的にただでは済まないんだな」


「あぁ、なるほど……だから、あいつ引いて行ったのか!」


「あの……わかってなかったんですか?」


 ようやくあのとき東が帰った理由に合点が言った健吾は膝を叩くが、むしろ今まで理解できていなかった方が驚きだ、と黒江は呆れきった雰囲気でため息をついた。


 むしろ長年健吾と友人関係だった信玄としては、あの程度の説明で健吾が理解したという事態の方が驚きだったが。


暇に飽かしてパソコンで解説用のわかりやすい図解まで作っていたのに……。健吾め、いつのまに猿人から原人に進化したんだな!?


 とはいえ、これでシシンの身に何かがあったという事態は除外される。


 だったらなんでこんなに遅いんだ? と三人は同時に首をかしげるが、まさか法律(ルール)にサボタージュでパクられました、なんて夢にも思っていないだろう。


 だが、考え込むことによって彼らは思わぬ奇跡を起こした。それは、黒江がある事実に気付いたことだ。




…†…†…………†…†…




「あの……よく考えたら私たち危なくありません?」


「え?」


「なんでだよ?」


「いや、だってこの場所実は東に筒抜けの可能性の方が高いんですよ? それなのに今まで襲撃を受けなかったのは、多分殺してはまずいシシンがいたからです。でも、今はそのシシンが居ないわけですから……」


「「……………」」


 黒江の考えを聞き、健吾と信玄の顔から血の気が引いていく。そして、


「雨戸! 雨戸閉めるんだな!!」


「バカっ!! 銃器にそんなもん通じるか!?」


「いえ、それよりもあの抜け目のない東のことです。もう何か仕組んでいるかもしれません!!」


 あわてて立ち上がった二人に黒江がさらに最悪な可能性を提示する。健吾と信玄はできればそんなことになってほしくないと思いつつも、万が一があってはいけないので慌てて寮の内部点検へと走って行った。


 黒江自身もそれに参加し、とりあえず今までくつろいでいたリビングの捜索にあたる。


 机、床、イス、キッチン――いろいろなところを、丹念に丁寧に、そしてできるだけ素早く調べて行った黒江は、


「っ!? これは……」


 とうとう、その最悪の物を発見した。


 それはリビングの柱のうちの一本に張り付いていた小さな粘土塊。素人目にみれば何やら変な粘土がくっついている程度にしか見えないだろうが、暗部ならその正体をすぐに割り出せる。


 それは――特別な調合によって作り上げられた、粘土状の火薬。


「でも、これだけでは大した被害は……」


 柱に張り付いている火薬年度はせいぜい一グラムから二グラム程度。この程度の火薬ではいくら学園国家性の火薬であっても、せいぜい張り付いている柱を爆破しへし折ることしか……。


「いや……まってください!!」


 そこまで考えた黒江は、ある可能性に気付きあわてて寮に散ったほかの二人に大声を上げる!


「すいません、健吾さん! 信玄さん! どこかの柱に粘土みたいなものついていませんか! それも複数!!」


「あぁ? 確かにあるけど? 誰だこんなもん貼り付けたの」


「二階にもあるんだな」


「――っ!?」


 なんてことっ!? と、二人の報告を聞き、彼女は考えた最悪の状況が完全に正解だったことを悟る。


 昨日はいろいろ騒ぎがあったせいで換気のために寮中の窓を開けていた。東はそこを狙い狙撃銃か何かによって窓越しに柱を狙い撃ち、火薬粘土を張り付けたのだろう。


 だが、一つだけでは火薬粘土に大した破壊は望めない。しかし、火薬粘土を複数――それも家を支える柱を折るように設置してしまえば、あることが行える。それは、


「小型爆弾による支柱破壊の――建築物爆破解体!!」


 もとより透視などはお手の物の東。彼は自分たちがこの寮に逃げ込むのを見たときから、下準備として瞬時にその構造を見て、どのように爆弾を設置すればこの建物が壊れるのかを演算算出することなど造作なかっただろう。


 つまり、このままでは、


「逃げてください!! 建物ごと押しつぶされます!!」


「「えっ!?」」


 黒江の絶叫に二人は悲鳴を上げながらも慌てて窓の外から飛び出す。その音を聞いた黒江も、自身の体を窓から飛び出させようとして、


「お~う! 今帰ったでお前ら~」


「うぉう……吐く……死ぬ」


「って、それは勘弁してください!? この制服一着しか買ってへんねんで!?」


 タイミング悪く帰ってきた、あのバカの声を聴いてしまった。


「っ!?」




…†…†…………†…†…




「くそっ!!」


 寮内であわただしく動きはじめたあと、窓に向かって一目散に駆け出した始めた黒江たちの様子を視認した東は、思わず怒声を上げ下水に転がる小石を蹴り飛ばす!


 いくら地下の分厚い土の壁を貫けるといっても、電波の伝達にはやや時間がかかってしまう。


 おそらく東のスイッチから発せられた電波を受信し、爆弾たちが爆発するのは今から2~3秒後。もう逃走は体勢に入っている黒江たちをうまく建物の崩落に巻き込めるかはかなり怪しい。


 失敗か!? そう彼が思った瞬間、健吾と信玄の体が完全に建物から飛び出す。それと同時に窓にぶつかった黒江も、身をかがめながら確かに体の半分ほどを建物の中から出していた。


 失敗だ……。東はギリリと歯ぎしりをしたあと、必死に何度か深呼吸して自分の心を落ち着かせる。


 まだだ、まだ終わっていない。と、


 あの連中がGTAに接触するまでまだまだ時間はかかるだろう。どれだけ警戒していたとしても相手は所詮一般生徒。まだ狙撃の機会がないわけでは……。


 と、東は必死に頭をめぐらせ、黒江を何とか殺せる算段を立てはじめる。だが、


「っ!?」


 思考の海に潜ろうとした東の拡張された視界に、とんでもないものが映り、思わず東は絶句した。




…†…†…………†…†…




 あの崩落した廃工場から逃げ出したシシンは、信じられない速度で住宅街をかけぬけ、わずか数秒で旧学生寮へと戻ってきていた。


「あぅ……な、何よ、今の移ボロロロロロロロロロロ……」


「おいおい、ダイジョウブかいな?」


 当然そんな信じられない速度で移動するシシンに抱えられていた紅葉は、極度のシシン酔い状態にあり、三半規管が壊滅状態だ。そのため、目的地に到着した途端シシンにやさしく地面に立たされた彼女は、あっさりと地面に膝をつき、下に向かって盛大に吐しゃ物をまき散らす。


 うへ~。と、その光景を見たシシンは思わず顔をひきつらせて目をそらした。正直同年代の少女の嘔吐風景などあまり見たいものではない。


「今のは天草に伝わる特殊な歩法によって行う瞬間加速法でな。神行法いうんや。うちの師匠はこれで音速の1000倍の速度だすで?」


「それ……人類の枠組みに入っていい存在なの?」


 そしてとりあえずある程度気持ち悪さが軽減されたと思われる紅葉に肩を貸したシシンは、寮の扉を盛大にあけ自分の帰宅を告げてみる。


「ただいま~!! 飯買って来たで!! ついでに《法律(ルール)》も連れてきたで!!」


 しかし、へんじがない。


 ん、なんや? みんなお昼寝中? ちょっと不用心すぎひんかよ、おい……。とシシンは首をかしげつつとりあえずみんなが待っているはずのリビングへと侵入するべく、靴を脱ぎ捨て紅葉を支えながら出てくる前にみんなと作戦会議していたドアへと向かい、


「お~う! 今帰ったでお前ら~」


「うぉう……吐く……死ぬ」


「って、それは勘弁してください!? この制服一着しか買ってへんねんで!?」


 とただいまリトライをしてみるが、


「っ!?」


 その部屋には窓を突き破って外に飛び出す黒江しかいなくて、


「って、なにそれ? 新手のスタント訓練?」


「というか、アレ――本当に指名手配犯の黒江じゃない!?」


「おい!? やっぱりおれの話信じてへんかったんか!?」


 こいつ!? ここまできといてそれはないやろ!? と、シシンが嘆いているさなか、突然その近くにあった支柱が爆発し、


「「え?」」


 瞬間、まるで極限まで積み上げられたトランプタワーが崩れるかのように、瞬時に崩落を開始した建物の瓦礫がシシンと紅葉を飲み込んだ!




…†…†…………†…†…




 それを間近で見ていた黒江は、崩落に飲み込まれたシシン達がいた場所をいつまでも見つめ続け、


「あ、あ……あぁああああああああああああああああああああああああああ!!」


 自分がまきこんだ! 自分が追いつめた! 自分が殺した!! と、そんな言葉と共に耐えられない自責の念に駆られ悲鳴を上げ、必死にシシンを探そうと未だに崩落を続ける建物へと走り出す。だが、


「おい、何やってんだ、やめろ!!」


 怒声を上げて駆けつけた健吾が、その体を後ろから羽交い絞めにして必死に押しとどめた。後ろには信玄もいて、信じられないといった顔でシシンが立っていた場所を見つめている。


 そんな健吾たちの心配も無視して、黒江は必死に崩れる寮へと向かおうとする。


「離して! 離してぇえええええええええ!!」


「今いったら崩落に巻き込まれるんだな!」


「でも、シシンさんが、シシンさんがぁあああああ!!」


「わかってる!! でも今更どうしようもいないんだ!!」


「つらいのは黒江だけじゃないんだな!! だから今は落ち着くんだなっ!!」


「あぁ……あぁ……」


 それからしばらくして、崩落はまるで嘘のようにおさまり、あたり一帯に土煙と共に静寂が降り立つ。


 そこには悄然とした顔で座り込む黒江は、痛ましげな顔で寮の方を見つめる健吾と信玄の姿があった。




…†…†…………†…†…




 そして地下でも、同じように絶叫を上げた人間がいた。


「ちくっ……しょうがぁあああああああああああ!!」


 東だ。彼は普段の大人しい態度すら消し去り、まるで獣のような絶叫を上げながら下水の壁を殴りつけていた。


「なんてことだ……殺しちゃいけなかったのに。取り返しのつかない失態をっ!!」


 彼は彼の能力によってすべてを視認していた。


 彼はすべてを予想できていたはずだった。すべてが見えていたはずだった。


 しかし違った。焦りのあまり演算をミスし黒江だけをとりにがし、彼の能力すら予想していなかった信じられない速度で移動してきたシシンが、勝手に崩落に巻き込まれた。


 しかし、天草大陸にそんな言い訳は通じない。彼らの目からすればこの事実は変わらないのだから。


 六花財閥上層部の命を受けた男が、留学生・松壊シシンを殺したという事実は。


「戦争が起きる……」


 失態どころの騒ぎではない。スパイの処理とはスケールが一気に変わる。自分の失態のせいで、数万・数億人近い人間が死ぬ。


 そのあまりの重圧に、東はガリガリと自分の神経を削られ、


「あ あ あ あぁあああああああああああああああああああああああ!!」


 とうとう、壊れてしまった。


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