接触・逃走
「はっ! とうっ!! やぁっ!!」
ちなみにこの掛け声って、はたから見たら軽くダサない? と、埒もないことを言いながら、シシンは人ごみの中にできる無数の隙間を潜り抜けていた。
時に人と人の隙間に飛び込むように滑り込み、時にサラリーマンの肩を拝借し軽やかに天を舞い、時に身をのけぞらせながらスカート装備の女子高生の股の間を滑りながら抜け、
「ふっ! 決まったで!!」
「――っ!? チカ――――――――――――ンッ!?」
「ぶっ!?」
顔を真っ赤にした女子高生の回し蹴りを暗い泡を食って逃げ出す……。
そのすべての行動が軽やかかつ、風のように素早かった。そのためほとんどの人が、シシンが自分の近くを通り過ぎたことに気付くことなく(例外もあったが……)、雑踏の中でゆっくりと歩を進めつづけた。
うっし。最近勉強ばっかりで心配やったけど腕は落ちてへんな。と、シシンは人ごみを抜けたところで後ろを振り返り、その結果を見て満足げに頷いた。
そんな風に、人ごみの中を一通り探し終えたシシン。だが、結局見つからなかった黒髪の少女。シシンはその事実にすこし落ち込みながらあたりを見廻す。そして、
「お、こんなところに人が迷い込んでしまいそうな裏路地が……」
目の前に広がる薄暗い細い通路を発見し、ちょっとだけわくわくした様子でその中へと足を踏み入れた。
あからさまに人探し云々を通り越して、彼の好奇心ゆえに行われた行動だった……。
「にしてもこの国であんなに黒髪が少ないとは……まったく、青やら緑やらピンクやら――この国の奴等、髪の毛だけははしゃぎすぎやろ。まぁええわ、黒江とかいうやつはきっとここで見つかるし。俺くらいの年ごろの奴やったら、なんもなくてもこういう暗くて狭いところに好奇心を覚えるからな!! きっと黒江とかいう嬢ちゃんも俺みたいにわくわくしてこの裏路地に入り込んだに違いない!!」
俺実は迷子探しの天才ちゃう!? と、自画自賛しまくるシシン。はたから見れば痛い奴なのだが、このノリが彼の通常ノリなのでシシン自身は一切気にした様子を見せなかった。
それにしても、科学の都市いうても、こういうところは残ってるもんやな……。と、シシンはあたりを見廻し、ほんの少しだけいままでの明るすぎる笑みとは違う、何かを懐かしむような笑みを浮かべる。
裏路地といってもその路地はソコソコ広いため、周りの商店や事務所が様々なものを置いている。ゴミ箱や、段ボールに入った荷物。クーラーの室外機や、ポイ捨てされた空き缶などといったゴミ――などなど。雑多にモノが放り込まれた裏路地をシシンは、自分が住んでいた雑多な街並みの路地裏を思い出しつつゆくり進んでいた。
何事も楽しむべし。どのような真剣にならなければならない事態になっても不謹慎に笑い続けろ。そうすることで見えてくるものもある――シシンが親父を尊敬する唯一の要因である、子供のころに聞いた父の言葉だ。その教えを守って、シシンはいつでもどこでも笑えるように常に状況を楽しむことにしていた。
なので、普通の人間ならほんのわずかな怖れを覚えたり、ごみを見て「汚いな」と顔をしかめてしまうこんな路地に来ても彼は笑みを絶やすことはなく、むしろ「いや~懐かしいわ~。にしても裏路地にゴミが多いのはどこの国でも変わらんな?」と笑いながら歩を進めていく。
そして、シシンが裏路地に侵入し、かなりの奥地へと入り込んでいったときだった。
「ん?」
前方から一人の少女が走ってくる。その少女は、黒髪を短く切りそろえた、
「ふむ。特に特徴もない地味子ちゃんか……なるほど言えて妙やな。とりあえずあんた~地味子ちゃんで問題ない?」
「だれですかそれ!?」
あれ? 名前ちがったっけ……はっ!? こっちあだ名やんか!? 地味子ちゃんでついうっかり定着させてもうた!? などと一人寸劇を行うシシンの傍らを、
「ど、どなたか知りませんけど早く逃げてください!!」
探していた地味子が通り過ぎ、
「そうだぞ! ちょっとやべぇやつがここに!!」
その数秒後、地味子を追いかけていた紅い髪にグラサン装備のジャラジャラアクセ不良が通り過ぎようとして、
「そぉい!!」
「ぶっ!?」
「え!?」
これは、不良から助けてフラグを立てるイベントやな!? と、とりあえずシシンは女の子のケツを追い回している不審な不良を殴り飛ばしておく。完全な不意打ちだったためか、シシンのコブシを頬に受けちょっと可哀想なくらい顔をゆがめつつ、きれいに弧を描いて吹っ飛ぶ不良。
なんやあいつのほっぺやたら固かったな。なんか鉄殴りつけたみたいやわ。と、ちょっとだけ殴りつけた対象に違和感を覚えつつ、シシンは吹っ飛んだ不良に対して、腰に差した刀を抜き放ち、
「さぁお嬢ちゃん、もう安心や。変な不良に追い回されて怖かったやろ? あの生ごみは二度と嬢ちゃんにかかわれへんようにしとくから、二重に安心しくれてええで!!」
「違うんです!? 違うんですっ!!」
「え? 何が?」
「俺が悪役みたいな扱いを受けてることがだぁああああああああああああああ!!」
あわてて首を振りながら必死に追撃を行おうとするシシンを押しとめる黒江。そんな彼女の様子にシシンが首をかしげた瞬間、不良が怒声を上げて立ち上がった。
なかなかタフなやつやな……。とシシンは、脳を揺らす勢いで殴ったはずなのに、わずか数秒で復帰した不良に感心しつつ、
「あれ? 鉄板ぶち抜く勢いでぶん殴ったはずなんやけど……お前ほんまに人間?」
「おまえ、それが誤解で殴りつけた人間に対して初めて言う言葉か!?」
「いやいや、女の子の後ろヤンキーが追っかけとったら、そらヤンキー殴って無力化した後話聞こう言うんが普通の対応やろ?」
「こ、こいつ!?」
俺は、悪くない!! と、ポーズをとりながらあくまで悪びれた様子を見せないシシンに、思わず青筋を浮かべる不良こと健吾。だがしかし、そんな二人の険悪な空気は、
「そ、それよりも早く逃げないと!?」
といいつつ、シシンから離れ健吾の制服の袖を引いた黒江と、
「また増えていますね……。やはり暗部関連の人だったのでしょうか?」
裏路地奥から響いてきた声と共に、
「っ!?」
「ん? なんや?」
ガンっ!! と盛大に健吾の体にぶつかり弾き飛ばされた一発の弾丸が、無理やり終わらせた。
シシンは健吾の体にはじかれクルクルと宙を舞い、自分の目前へと落ちてきた弾丸をキャッチし、その正体を確認する。
「え? これ……銃弾? なに? 今日は無差別に人を銃で撃っていい祝日……とか? というか最近のヤンキーは弾丸弾き飛ばす鋼の皮膚を持っているのがデフォなん?」
「そんなスプラッタな風習うちにはねえよ!! そしてそんなヤンキー集団いたら怖いだろ!?」
いやいや、流石は異国の地。異文化コミュニケーションのむずかしさを悟ったで。と、感心するシシンに、怒声交じりの健吾からのツッコミが入る。
なかなかええツッコミの瞬発力や!! 俺と一緒に芸人にならへんか!? と変なスカウトマン精神を内心で発揮しつつも、もうそろそろ真剣な話をしないとガチギレされると悟ったシシンは、取りあえず弾丸が飛んできた方へ向き直った。
「でも、文化的祭りやないということは……」
事件かいな。かすれた声でそうつぶやいたシシンは、思わず額に手を当て、天を仰ぐ。
せっかく登校するついでに、ちょっと人助けしようと思ったらこのざまだ。
この大陸にやってきてからやたらと事件に会う比率が上がっているような気がすんねんけど……。と、先日の留学生全員が第六学園都市に集合した際に出会ってしまった強盗事件を思い出しながら、シシンは大きくため息をつきつつ、その弾丸を放ってきた敵に向かって視線を飛ばした。
薄暗い裏路地の奥から出てきたのは、スーツ姿の青い髪にメタルフレームの眼鏡の男性。季節に合わないロングコートを装備していること以外はとても常識的な格好をした青年だ。
ん、常識?
「あ、そうや……先にあいさつやったな。確か教官にならったこの国の常識では『初対面の人にはまず挨拶。できるだけ爽やかな笑みを浮かべて第一印象をよくしましょう!!』やったし」
危ない危ない。この場に教官がおったらまた怒られてんで……。と、そんな常識的な青年の姿を見て、四日前までとある教師に教えてもらっていた日ノ本常識知識を思い出し、シシンはあわてて三人に頭を下げつつ、爽やかな笑みを取り繕う。
「とりあえずこんちは! 松壊シシンいいます!!」
「え? あ、あぁ……どうもご丁寧に。東といいます」
「え? 何この空気、挨拶しないとだめなのか!?」
「い、いえ……この状態で名前ばれるのはちょっと危ないんじゃ?」
「っ!?」
黒江の控えめな抗議を聞き青年――東は少しのあいだ固まった後、ダラダラ冷や汗を流しながら拳銃をシシンに向ける。
「こ、これは生かして帰すわけには……」
「あれ? なんか突然命狙われとる……。ホンマこの国は理不尽やな……。へい、そこの商業戦士。こんなところで弾丸ぶっ放している暇があるんやったら、契約の一つでもとってこんかい。この時間帯に銃で遊んでいるようでは今の世知辛い世の中渡って行かれへんで?」
「くっ……もうその手にはのりませんからね!? 巧みな話術でまた私から情報を引き出す気でしょう!!」
「……なぁ君ら。いったいあの人に何したん? すごい疑心暗鬼のおちいってんねんけど?」
「「そんなことよりも銃! 銃むけられている!!」
伏せろ、伏せろ! と必死にジェスチャーし指示を出す二人に、シシンはフムと、一つ頷く。
「死んだふり死んだふり? おいおい……最近それ熊にも通じひんらしいで?」
「ちげーよ!!」
「察してくださいよ!!」
なにをやねん? と、そんな二人の怒号を聞き流したシシンは拳銃をこちらに向ける東をみて、先ほど健吾の懐からスリ取った携帯を取り出す。
とりあえず110番について話し合おうか?
「ほらそこの商業戦士な犯罪者予備軍――略して商業戦士予備軍、そういう物騒な物――拳銃をしまいなさい。110番すんで? 君はまだ若いんや……法律のご厄介にはなりたくないやろ?」
「一周回って名称が普通になってんぞ!? って、それ俺の携帯じゃねぇか!?」
「おまけに、どこの万引きGメンですか……。かまいませんよ? どうせ通報したところで上から圧力がかかってあと数時間はこちらに来られないですから」
なんやその大物チックな発言? ほんで法律――今までの経験からべつに期待してへんけどホント仕事しろや……。と、内心で全く使えない治安維持組織を罵るシシン。
「あと、いまだに刀をしまおうとしない少年に物騒云々言われたくありません」
そして東の正論を聞き「あれ、もしかして今法律に来られると俺も結構ヤバイ?」といまさらながら自覚したシシンは、タラリと汗を流しながら、こっそり刀を鞘の中に戻しながら話題をそらす。
「ところで黒いお嬢ちゃん。レインベルとかいうパツキンクロワッサンヘアーのお嬢様が君のこと探しとるんやけど、君黒江ちゃんで間違いない?」
「今そのことを聞きますか!? 黒江であっていますけど!!」
「ンでそっちの不良君は? 君の知り合い?」
「いえ……なんというか、あの人と私の因縁に巻き込まれた挙句、最終的にやられそうになっていた私を助けてくれたいい人というかなんというか」
「あぁ、俗に言うフラグメーカー体質のお人よし君? くっそ……ヤンキービジュアルのくせにええキャラしとるやんけ!!」
「お前、いまそれ言う必要あんのかよ!?」
いやいや、とりあえずこの状況整理するために言いたいこと言っただけやねんって。と、シシンはへらへら笑いながら、いまいち状況に合わない軽い空気を漂わせる。そして、
「ほな、状況整理できたところで……逃げよか」
シレッと、現状の状況解決の放棄を決定した。
…†…†…………†…†…
「させません!」
二度も逃がして堪るものか。と、東は舌打ち交じりにそう怒声を上げる。
先ほどの赤毛グラサンヤンキーに加え、今度は刀装備のアルビノ軽薄少年……。敵対暗部組織はいったい何を考えてこんな奴らを派遣して、黒江を守ろうとするのか――青年は理解不能な敵対勢力の行動に眉をしかめながら、
「スッ!!」
呼気を漏らし一息に弾倉に入ったすべての弾丸を打ち放つ。
その弾数は全部で6発。
彼の能力によってはじき出された最適な軌道をなぞるように飛来する弾丸は、いかなる動きをしようとも必ず三人の片足を打ち抜くように配置されている。
健吾はもしかしたら足を貫通させることはできないかもしれないが、姿勢を崩すことはできるハズ。他二人は確実に足に弾丸が貫通するだろう。そんな状態で両足が健常な状態の自分から逃げきれるわけがないと、東はほんの少し余裕が戻ったメンタルで考えながら滑らかな動きで空になったカートリッジを排出。コートの裏ポケットから新しいカートリッジを取出し弾倉の中へ叩き込む。
だが、そんな動作を東がしているうちに彼の『能力によって拡大された視覚』が信じられない光景をとらえた。
「なっ!?」
そんな、ありえない!? と、能力内の視覚が告げた情報が信じられず、東はあわてて自分の肉眼でその光景を確認しようと視線を銃から離す。そして、
そして東は目撃した、
「あれ? なんかドヤ顔してるんやけどあの商業戦士? いったい何を根拠にあんな顔しとるん? 恥ずかしっ! 人として恥ずかしいで、おい!!」
六発の弾丸すべてが、まるで見えない壁にでもはじかれるかのように……いや、見えない刃に引き裂かれるかのように真っ二つに切り裂かれてしまい、すべての弾丸が彼らにあたることなくそれ、壁や床に食い込む。
「ばかなっ!?」
考えられる可能性は空気力学系能力者の鎌鼬。しかし、音速の5倍などという速度で飛ぶ弾丸を撃ち落とすとなるとクラス4は堅い。何度も言ったがそんな学生はこの学園には存在していないことになっている。
「何をしたんですか!!」
「さぁ? 神様が普段の行いがエエから俺に奇跡でも起こしてくれたんとちゃう?」
「ふざけるな!!」
へらへら笑いながら肩を竦めるシシンに、今度こそ!! といわんばかりに銃口を向けようとする東。だが、
「ほな、さいなら!」
「うわっ!?」
「きゃっ!?」
シシンはそれ以上に迅速だった。東が銃口をこちらに向けようと銃をふるった瞬間にはすでに、シシンは傍らにいた健吾と黒江を担ぎ上げ、すぐ隣にあった壁に足をかけていた。そして、
「うおっ!? どうなってんだこれ!?」
「超能力――じゃない!? でも魔力も感じないですし……いったいどうやって?」
「ん~? 気合い」
「「答えになってない!?」」
などと先ほどの悲壮な雰囲気とは打って変わって、賑々しく言い合いをするターゲット二人を担いだ新参のアルビノ少年が――まるで重力なんてないかのように、軽やかに壁を走って上っていた。
なんだあれは……!? と、ちょっと信じられない光景に、東は思わず息を飲んだ。なぜなら彼には見えてしまっていたから。まるで短距離走のような前傾姿勢で、平地を走るがごとく勢いよく壁を登っていくその姿に超能力的力が、一切働いていなかったことが。
たちの悪い夢でも見せられている気分になる。だが、確かに少年は何の異能の加護もうけずに、壁を軽やかに走って登っていた。
「な、なぁ!?」
当然まさかそんな方法でここからの逃走を図ると思っていなかった東は、あんぐりと口を上げ思わずシシンに銃口を向けることを忘れた。
そして唖然とする東をしり目に、わずか数秒で屋上までたどり着いてしまったシシンは最後にキリッとしたキメ顔で一言、
「このこのこの~、商業戦士のくせに生意気だぞ!! うちの責任者である《天草四郎》さんに『留学して学校へ行く登校初日に、変なサラリーマンに銃を向けられたあげく追い掛け回されました』って告げ口してやるぅ~!!」
「なっ!?」
天草四郎!? と、突如出されたビックネーム――天草大陸国家代表の名に、東は思わず氷結し、そしてあっさりとシシン達が屋上に顔をひっこめ、とてつもない勢いで遠ざかっていくのを見逃してしまった。
能力を使えばまだ追えないこともない……だが、
「留学生……魔術師でしたか。くっ、余計なことをしてくれますね!!」
留学生は国家間における友好の証。たとえどのような理由があろうとも、それをこちらの都合で勝手に殺したとなれば、すぐさま天草大陸と日ノ本大陸の全面戦争に発展しかねない。ゆえに、彼は一度自分の主のもとへ連絡を取り判断を仰ぐ必要があった。
「まずは事実確認が必要ですね……。場合によっては上に話をつけてもらえるまでお預けですか」
東はそう漏らしながら、とりあえず最低限この都市から獲物を逃がさないための策を使うべく、コートの懐から銀色のスティックと、そこから生成されるホログラム型電子画面によって作られる携帯電話を起動し、とある場所へと連絡を入れた。
…†…†…………†…†…
そのころ、ある建物の屋上に上ったシシンに担がれた健吾は、
「ぽ~ん!」
「ぎゃぁああああああああああああああああああああああああ!?」
朝日輝くビルたちの屋上を渡り歩く、スカイランニングを楽しんでいた。
「おろして降ろして降ろして降ろして!?」
「なんや赤毛~。情けないで。隣の女の子見てみ? なんも言わんと黙って俺にしがみついとるやんか。それやのに男が高いところ怖いとは何事や!!」
「高いところが怖いんじゃなくてお前の跳躍が怖いんだよぉおおおおおおおおお!!」
先ほどから何度淵ギリギリのところにつま先がのっかっただけの着地をしていると思っているんだ!?
と、健吾は内心で怒声を上げつつ必死にシシンに降ろすように懇願する。
ちなみに黒江が大人しいのは、一度真剣シシンが落ちかけたので気を失ってしまっただけだった。
「もう勘弁してください!? ここからは自分でいけますから!? 行けなくても何とかしますからぁあああああああああああ!!」
「そんなに……いやなんか……」
「何裏切られたみたいな哀しげな顔してんだあぁあああああああああああ!? 当たり前だろうがァアアアアアアアアアア!!」
「そんじょそこらの絶叫マシーンよりもおもろいことを自負してたんやけど……。あきまへんか? ほな、淵ギリギリ着地やめるわ」
「わざとか!? あの着地全部わざとかああああああああああああああ!?」
「ちなみにさっき落ちかけたんは本当や。いや、のけぞって落ちかける演技しようと思たら嬢ちゃんが意外と重くてブッ!?」
シシンはそんな風に賑やかに騒ぐ健吾が面白いのか、へらへら笑いながら再び跳躍したが、黒江の体重の話をした瞬間ようやく天罰が下った。
よそ見をしていたシシンの顔に空を飛んできた鴉が激突した。
突然の衝撃に驚いたシシンは健吾と黒江をとあるビルの屋上で手放してしまい、自分はそこへと顔面から着地する。
「ぎゃぁあああああああああ!? 顔が、俺の顔がァアアアアアアアアアア!? すりおろされた大根みたいになってるぅうううううううう!?」
痛みにのた打ち回るシシンを、機械の外骨格のアシストをかり何とか黒江を抱きかかえ、着地することに成功した健吾は思わず白い目で見つめる。
こんな奴に助けられるなんて……一生の不覚だ。
と、二人の間にちょっと修復不能なくらいデカイ亀裂が入った時、黒江がようやく目を覚ました。
「な、なんでしょう……今すごく失礼なこと言われた気がします」
「あぁ……うん。言われたけどもう粛清されたから大丈夫じゃないか?」
うめき声をあげながらも、朦朧とした意識の中しっかりとシシンが言った悪口を聞いていたのか、不満の声を漏らす黒江だったが、当事者はとうに天罰を食らっているのでいまさら罰を与えるのもどうかと思い健吾は軽く流すことにした。
「にしても助かった……。恩に着るぜアンタ……」
「あ、あの……恩を感じてるんやったらちょっと、赤チンか消毒液ない? 顔ひりひりしてちょっとしゃれにならへんねんけど……」
とか言いつつ立ち上がったシシンの頬にはたしかに若干の擦り傷があったが、
「……まぁ、それは天罰だし? 大人しく受けておけ」
「え? マジで? 神様ちょっと天罰の比重おかしない? 俺がこれで、なんであの商業戦士が天罰なしなんよ?」
と、シシンが漏らした割と誰もが思う不満に同意しつつ、健吾は彼の視線を目覚めた黒江へと走るのを確認する。
「ほんで、さっきはちょっと立て込んでいるみたいやったから軽めにさせてもろたけど、レインベルいうパツキンが君のこと探しとんねん黒江さん。なんや迷子ではぐれて『怖いよママ~』状態になっとるから助けたって言われてな?」
「それ……どこまで本当ですか?」
「え? 八割やけど?」
「お嬢様……」
「八割俺の誇張やけど?」
「そっち!?」
ええわ~。いいリアクションとってくれるわ~。結婚して~。などと笑いながら軽薄に黒江に話しかけるシシンに閉口しつつ、健吾も今度はこちらが状況整理しようと口を開く。
「ええっと……つまりあんたは、この子の知り合いに頼まれてこの子を探していたと」
「端的にいうと迷子捜索やな」
「迷子じゃありません!!」
うん、この歳で迷子扱いは確かにきつい……。と必死に抗議する、黒江に同情の念を覚えつつ、健吾はいまだに何かふざけたことをぬかそうとするシシンを押しのけ、二人の会話に割って入る。
「じゃあさぁ……根本的なことを聞くけど、なんであんたはあんな物騒な奴に狙われていたの? 連れと離れたのももしかしてそのあたりが原因なわけ?」
「っ!?」
そして、健吾の鋭い質問に黒江は思わず息を飲み、口を閉ざしてしまった。
これは何か隠しているな……と、黒江の態度から察した健吾は思わず舌打ちを漏らしながらガリガリと頭をかいた。
「黙られると、俺達としても対応に困るんだけど……なあ、あんたもそうだよな?」
これは自分一人が行っただけでは話を聞けないなと察した健吾は、自分と同じように巻き込まれた(というか、こいつは自分で首をつっこんで来た節がある。と、健吾は推察する)側らしいシシンの方に助力を求めるために、声をかける。
だがシシンは少し驚いたような顔で、ビルの屋上から向かいのビルを見ていて、
「うん? いや、というかさ、ヤンキー」
「健吾だ! 丁嵐健吾!!」
「うん……健吾君。ちょっと、悪いお知らせがあるんやけど」
どうやら君本気で対応困る事態に陥ってるみたいやで? と、シシンが引きつった笑いをうかべながら健吾に向かいのビルに注目するよう指で示す。
いったいなんだ? と、苛立たしげに黒江から目をそらしシシンの指がさされた方へ視線を向けた健吾は、
『速報です。今日未明、第一学園都市から逃走していた犯罪者――黒江・15歳・女性が第六学園都市に侵入していることがわかりました。罪状は現在第一学園都市に資料提供を要請しているところですが、容疑者黒江は無数の凶器を所持しており、大変危険であると第一学園都市は発表。それをうけ第六学園都市は第一級警戒態勢を発令し自閉状態へと移行することを発表しました。犯人逮捕まで自閉状態解除日は未定。犯人逮捕のために市民の皆様のご協力をお願いしますとのことです。なお、容疑者黒江には第六学園都市に共犯者がいることが発覚。共犯者の名前は丁嵐健吾。第六学園都市立大学付属高等学校に在籍する一年生の無能力者とのことで――』
は?
画面に映ったキャスターが、自分と黒江の写真を伴いながら告げている、信じられない速報に健吾は思わず口をあんぐりとあけ絶句する。
そんな中シシンだけは「お、お? この番組全国? よかったやん、健吾。全国デビューやで?」とちょっとずれたことを言いながら健吾の肩をポンポンと叩く。一応シシンなりに気を使ってのことなのだろうが、今は健吾の精神を逆なでするだけだった。
そんな中、
「お分かりいただけましたか? お嬢様をこうしない為にも、私は嬢様のもとには帰れません……」
そのニュースを見て悄然としていた黒江が、ようやく口を開き、
「申し訳ありません……。事情はお話しますから、どうか……どうか」
わたしをかくまっていただけませんか? 今にも泣きそうな絶望しきった顔で、驚いた様子の二人に頭を下げた。
…†…†…………†…†…
そのころシシンと同じように黒江を発見できなかったレインベルは、これまたシシンと同じように近くにあった裏路地へと足を踏み入れていた。
だがシシンと違うところは、彼女は戦闘に間に合わず、
「……」
戦闘の痕跡が残った裏路地を発見してしまったところだろう。
「まさかこんなところにまで……」
その戦闘の跡を見て大体のことは察したレインベルは、下唇をかみながら裏路地から身をひるがえす。
「待っていなさい黒江。必ず助けに行きますわ……」
真剣な顔をしてその場を離れたレインベルは、自分の親友を救うために第六学園都市を走り出す。
さらにその数分後、
「あらら……。彼方の言うとおり、本当に弾痕あるじゃないの」
ガチでドンパチやったみたいね……。と、真剣な様子で裏路地を検分する一人の少女がそこを訪れた。
彼女が来ている服は昔懐かしセーラー服。これまた詰襟と同じく絶滅危惧種になっていたりする。
どうしてわざわざこんな古いものばかりと思わなくもないが、これを着ている学生はだれ一人として不満を漏らすことはなかった。なぜなら、こんな制服が未だに使われている理由としてぱっと思いつくのが、第六学園都市の長がアンティーク好きなのか、単に型落ちして安くなった制服しか支給できないのかの二つ。事実がどちらであっても学生にとって悲しいことになりそうなので、誰も深くはツッコミたがらないのだった。
そんな古臭い制服の中に一つだけ、やけに近代的な光を放つ腕章が彼女のセーラー服の袖についていた。
六法全書がデフォルメされたその腕章には、輝かしい文字で法律の名が躍っている。
「こうなってくると上に報告あげて本格的に捜査態勢ひいた方がいいんだけどな……。今、上はなんか忙しいみたいだし、こっちで調べられるだけ調べてみましょうか」
少女らしくないベリーショートに切りそろえられた桃色の髪を揺らしながら、少女は棒状の携帯を取出し電源を入れ、ホログラムの電子画面を呼び出す。それを操作して、現場の写真を数枚撮った後、
「さて、いくか」
彼女は弾痕が続く方へと、歩を進める。