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インモータル!!!!  作者: 小元 数乃
全知認識《ラプラス》
2/28

迷子探しの留学生?

 通学通勤ラッシュ。両大陸とも膨大な人が行きかう人の波が形成される魔の時間。そんな雑踏に紛れるように、


「くっ……第一学園都市なら実家の車に送らせますのに。なぜ私がこのような目に合わないといけませんのよぉおおおおおおおお!!」


 カラフルな髪をしつつも、着ている服は地味な学生服やスーツの人々。ともすれば頭髪の色以外に個性が見当たらなくなってしまいそうな没個性の人の波の中で、一人の豪奢な恰好をした美少女が揉まれていた。


 あふれんばかりのロールされた金色の髪に、高慢な光を宿す青い瞳。着ている服装はひどく高級感あふれる布地で作られたもので、その顔が作る美貌はまさしく絶世。少女はそのすべてを違和感なくまとい、没個性の波の中で唯一確固とした存在を主張していた。そんな少女に、すれ違う人々が驚いた顔で数枚写メをとって流れていく。


「肖像権という言葉を知らないのでしょうか、この学園都市の人々は?」


 訴えればお金とれますわよ? と、少女は鼻を鳴らす。しかし、言動とは裏腹に少女はそれらの行為にそれ程憤った様子は見せず、クルリと後ろを振り返る。


 どうやら携帯から響き渡るシャッター音よりも気になるものが、そちらに存在しているようだ。


「ですが、ようやくここまで来られましたわ、黒江(くろえ)。あとはここの学園に編入届けさえ出してしまえば、私たちの……」


 そして、少女は振り返りながら嬉しそうな声を発したが、


「ん? え? なに? 急いでるんやから早いこと歩いてくれへん?」


「……」


 彼女の背後に立っていたのは、見たこともないアルビノの、刀を腰に差した少年……。紙のように真っ白な肌に、耳には音漏れを完全に防ぐかわった形状のイヤホンが刺され、長く伸びた白髪は肩あたりで輪ゴムによって雑にまとめられている。


 というかシシンだった……。そしてそのシシンの姿を見て、少女はしばらく氷結した後、


「く、くくくく……黒江ぇえええええええええええええ!? ここまで来て迷子とかシャレになりませんわよぉおおおおおおおおおおお!?」


「え? え!? なに、なんなん突然叫びだして!?」


「ちょ、ふざけんじゃないですわよ!! あなた、私の後ろに女の子が一人いたでしょう! 私とあなたと同い年ぐらいの、真っ黒な髪をした地味な女の子が!!」


「同い年の女の子にたいして、その評価はどうやねん!? まぁ、それはともかく、こんな雑踏を歩いとる中でそんなもん気に留められるわけないやろ? シシンさんは初登校を必死に成功させるためにイッパイイッパイやしな!」


 ムッキィイイイイイイイイイイイイイイイイ!! と、なめきったシシンの返答に怒り心頭といった様子で金切り声をあげる少女。


 これにはさすがの人々も驚いて足を止めたが、同い年程度の男女の言い争いとみるや「なんだ、痴話喧嘩か……」といわんばかりに人の波へと戻る。


 そんな、日常の雑踏に埋もれた、


「んで? 連れの人迷子になったん? なんやったら探すん手伝ったるけど?」


「え?」


 非日常の扉が……何も知らない留学生を飲み込んだ。




…†…†…………†…†…




 無数の人々が埋め尽くすスクランブル交差点。いくら科学が発展しようともこの光景だけはなかなか消えない。


 そんな数十年前から続く雑踏世界をとある巨大なビルの屋上から見下ろす青年が一人。


 春に似合わない足元まで届くロングコートをなびかせながら、青い髪の青年はメタルフレームの眼鏡を光らせ、ジッとその雑踏の中を見下ろす。


 本来なら大した意味も持たない行為だ。ビルの高さは、人の視力では到底雑踏を細かく見ることはできない高さで、人の動きを俯瞰的に見ることはできるかもしれないが、それ以上の意味を持つ行為ではないはず。


 しかし、


「……おや、離れましたか?」


 青年はまるで雑踏の人々を一人ひとり見分けているかのような口ぶりで驚きを示した。


 青年の視線の先には、白髪が悪目立ちするアルビノの少年と言い争う金色ロールヘアのお嬢様と、そこから離れていく鴉の濡れ羽色の髪をショートに切りそろえた少女の姿。


 没個性の人の波の中、さらに存在を薄めた、この国では珍しい黒髪の彼女はちょっと目を離した隙にその姿を見失ってしまう――そんな錯覚を覚えるほど存在感が薄かった。


 だが、青年の視線はそんな少女をしっかりとらえて離そうとしない。そして、それは少女にとっても望むところだったのか、


「ほう……」


 突然自分がいる方向へと顔を上げた黒髪の少女に、青年は感嘆の声を漏らした。それと同時に、彼女の口が音を発さないままパクパクと動かすのを青年は視認した。


 青年は自身の能力(ちから)を使い、少女がそれによって何を伝えたいのか瞬く間に看破する。


『あなたの目的は私でしょう、《全知認識(ラプラス)》。いい加減決着をつけましょう。だから、お嬢様をこれ以上巻き込まないで』


「……えぇ。こちらとしてもそちらの方がありがたい」


 青年は不敵な笑みを浮かべてそう返した後、少女の視力が自分と同じではないということに気付き、慌てて合意のサインを出せそうな何かを探す。そして、


「………………………いや、この距離でも届く暗号通信なんて僕できませんって」


 結局何も見つからず、青年は仕方なくポケットから取り出したメモ帳をちぎりそこに二三文字を書き込む。


 そしてそのメモを折りたたみ小さな紙飛行機を作ると、


「えっと~。この思い、黒江嬢に届け~」


 ふざけきった声を出しながらも、自分の能力の演算を使い瞬く間に『紙飛行機が少女に到達するためにはどの程度の力加減と角度で投げればいいのか?』を算出し、


「えい」


 ビルの上から射出した。




…†…†…………†…†…




「ん? 紙飛行機?」


 そんな人の目では決して届かない高さで行われた行為を、どういうわけか一人の少年がしっかりと目撃していた。


「おいおい、朝っぱらからなかなか愉快なことしているやつがいるな~」


 あんな高さから紙飛行機飛ばせたらさぞかし気持ちいいだろう。と、太陽光をかけた青色のサングラスで遮った少年は、しばらく宙を舞った後順調に高度を下げる紙飛行機をしっかりと見つめる。


 そして、


「うっし、ちょっとあの紙飛行機追っかけてみるか~。どこに落ちるか気になるし。どうせ授業さぼるつもりだったし!」


 野暮ったい詰襟の前ボタンを留めずにひるがえし、紅いザンバラの髪を揺らした少年は興味本位でその紙飛行機を追いかける。


 両の耳には無数のイヤリング。首には複数のチェーンと《丁嵐健吾》とかかれた軍隊が使っている認識票のレプリカ。明らかに不良していますと全身で主張している彼は、意外と子供っぽい感性を発揮して紙飛行機の追跡を始める。


 この行為が数分後、ここ《第六学園都市》を舞台に行われる騒動への招待状だと、彼はまだ知らなかった。




…†…†…………†…†…




 松壊シシンははっきり言うと無謀だった。


 留学してからしばらく第一学園都市のとある施設でここ科学大国『日ノ本』の文化・風習・常識を叩き込まれた『入学研修』を終わらせて、彼が登校することになる高校があるここ第六学園都市にやってきたのは四日ほど前のこと。


 その間に引っ越しの荷物整理を終わらせたあと、一応できる限り第六学園都市の散策を行ってはいたが、まだまだ彼には慣れない町だ。


 そんな都市の中で、人が一番出歩くこの時間帯にたった一人の少女を探し出すなんて無謀以外の何物でもなかった。


「さて、とりあえずその子の特徴教えてくれへん?」


「……ほんとに手伝ってくれる気なんですの?」


「当たり前や。侍に二言はないで?」


「さ、さむらい?」


 せやけどままぁ……そうやとしても、ほっとくのは後味悪いしな。と、自他ともにお人よしと認める彼は、結局そんな無謀な行為へと走ってしまうわけで。


「えっと、最初に話しかけておいてこんなこと言うのもなんですけど、別にいいですわよ? 日ノ本に住んでいる以上、通勤通学ラッシュは慣れていますし。はぐれることも日常茶飯事ですわ」


 と、このまま人探しに付き合わせるのは悪いとでも思ったのか、金髪ロールお嬢様はどことなくあわてた様子でシシンの申し出を丁重に断った。


 だが、


「え? でもさっき『第一学園都市なら実家の車に送らせますのに』とかいうてたやん? つまりあんたは普段が第一学園都市におって、ラッシュに巻き込まれるにしても車で巻き込まれとるんやろ? 人ごみは初めてぐらいの経験値ちゃうん?」


「聞いていたんですの!? え? でもあのイヤホン……」


「いや、なんかみんな付けてるし、新手のファッションか何かと思って俺も付けてみてん! コレ、実際は曲なにも入ってへんから音楽聞けへんくて――」


「なんでそんな無駄なもの持ち歩いているんですの!?」


 ファッションいうんはもともと無駄の塊や思うけどな? と、シシンは笑いつつイヤホンのコードを引っ張り、ポケットから取り出したスティック型の携帯音楽プレイヤー『ミューズスティック』をブラブラと吊るす。お嬢様はそれを見てかなり呆れた顔をしつつ、シシンの言葉には同意だったのか否定はしなかった。


「ほんで、とりあえずその子の特徴教えてくれへん? ……御嬢さん?」


「はぁ……。言いにくいでしょう? レインベル・ヒルトンですわ。レインベル――」


「あぁ、レインベルさん!」


「様でよろしくてよ?」


「敬称がいきなり最上位なんは、初対面の人間に対して求めるハードル高すぎひん!?」


 けっこういい空気吸っとんなおい!? と、シシンはわずかに瞠目しつつ結局お嬢様の手助けすることをやめようとはしない。そんな態度を見て、レインベルはため息一つ付き諦め示した後、自身の名前を教え、


「特徴でしたわよね? あまりあの子特徴ないんですけど……」


 と、シシンの質問に答えた。


「名前は黒江。苗字は家の風習とやらで教えられていません。髪は黒ですわ」


「ふむふむ。この国では珍しい頭髪の色やな?」


「まぁ、いないわけでもありませんが。あとは、第一学園都市の制服を着ています」


「それは珍しい……。あんなカジュアル制服、ほかの学園都市ではまずみられへんって、先生研修でいうてはったし。顔とか体つきとかは?」


「そうですねぇ……」


 レインベルは最後の質問に考え、


「顔は……普通ですわね」


「ふむふむ」


「体つきも……普通ですわ」


「ふんふん」


「……いわゆる地味子ですわ」


「うん、わかった……。ちょっと歯ぁくいしばろか?」


「き、聞いたのはあなたじゃないですか!?」


 これでも必死に頑張って特徴さがしたのに!? と抗議するレインベルに、


「いや、お前……にしてもこれはないわ!? 髪と制服以外なんもわからへんやないか!?」


 シシンも思わず食って掛かる。


 いやだって、あんなこと言われたらまず本当に友達かどうかから疑わなアカンランクやで!?


「し、仕方ないでしょう!? あの子はそういう属性の子なんですから!!」


「どういう属性!? 地味子か!? 幼馴染にいたらほっこりしちゃう日常系女の子か!?」


「? 何の話をしていますの?」


 あかんわ。どうやらこのお嬢様、この国の素晴らしきサブカルチャーには疎いらしい……。と、最近は自分の故郷を侵食し始めた『OTAKU文化』のネタを真剣な疑問詞で返されてしまったシシンは、ちょっとだけ気まずげな顔で視線と話題をそらす。


「はぁ……しゃーない。とりあえずこれで探してみるわ」


「……あの、無理なら無理でかまいませんわよ?」


「いうたやろ? 侍に二言はないって!」


「だからその侍ってなんなんですのよ?」


 いまいち理解不能なニュアンスのその言葉に首をかしげるレインベル。だが、そんなことはどうでもいいうえに説明もめんどくさいので、シシンはとりあえずとあたりを見廻し、


「とりあえず見つかったら電話かけて連絡しあうか? 待ち合わせ場所は……ここでかまへん?」


「かまいませんわ。戻って来れるかどうかはかなり微妙ですが……」


「お互いなれへん町はつらいな~」


「って、この都市の人じゃないんですの!?」


「おう。俺は四日前にここに越してきた留学生さんや」


「なっ!?」


 留学生って……あの!? と、驚くレインベルを放置し、


「ほな、俺はとりあえずここら一帯を探してみるわ! 番号とメルアドはここに書いてあるし、連絡したくなったらかけてくれ!」


「あ、ちょ!?」


 突然押し付けられた文字と数字が記載されたメモ用紙に、慌てふためくレインベル。そんな彼女をしり目にシシンは軽快に人ごみの中へと駆け出し、


「よっと」


 わりと速い部類の速度を維持しつつ、人々の間へと自分の体をもぐりこませる。




…†…†…………†…†…




 あれでは人ごみの中で人とぶつかってしまうのでは? と、レインベルはその光景に驚いた。が、


「っ!」


 え!? と、シシンが突っ込んだ人ゴミのからしばらくたっても何の騒ぎも起きないのを見てさらに驚く。


 それはつまり、シシンが人ごみに突っ込んだ後もまったく人にぶつからず移動をしていることを意味する。


 人ごみの流れを不自然に横切る動きも見えないから、速度を落として流れを無理やり断ち切りながら移動しているわけでもなさそうだ。おそらくシシンは人々の通行の邪魔にならないよう、人ごみにできる隙間をくぐりながら前に進んでいるのだろう。


 通常ならあり得ない。だが、


「留学生ならあり得るかもしれないですわね……」


 そう言いながらレインベルは、自分が第一学園都市を出る前に起きた事件を思い出す。


 確か第一学園都市を舞台にした強盗犯三人組と警察のカーチェイスだったと思うが、その事件を解決したのが、なんと車どころか何の乗り物にも載っていなかった、下駄をはいた《留学生》の一人だった。


 日ノ本の車はリミッターがかかっているため法定速度以上の速度が出せないようになっているが、工学をある程度学んでいる人間がいれば、そのリミッターは簡単に外せる。そして、リミッターが外された車は、日ノ本の無駄に高い技術力によってわずか数秒で時速250キロの速度に到達することができる。理論上出せる速度の限界は時速400キロ。


 隣の大陸《天草》ではレーシングカーですら真っ青な速度だ。


 本来は覆面パトカー用の特殊機能なのだが、その事件はそれが悪用された形となった。


 無論警察のパトカーもその程度の性能はもっているが、犯人が使用していた車は最新式。対するパトカーは予算の関係上多少型落ちしたものを使っている。犯人を逃がさないまでも、とらえるまでは到底できそうになかった。


 そんな信じられない高速のカーチェイスをする車の横を、その留学生は悠々と走って(・・・)追い抜き、右手に持った杖のような武器(錫杖というらしい)で犯人の車の鼻っ面を一撃した。


 それにより、犯人の車はあっさり宙を舞いまるでキリモミするかのようにクルクルと回転した後、上下逆さになった状態で地面に着地。中にいた犯人たちは大小色々なトラウマを植え付けられながらもあっさり御用になった。


 レインベルはその光景を生中継のニュース番組で見ていたのだが、あれほど痛烈に天草の特殊技術の凄まじさを日ノ本に示した事件はないだろう。


 そう。天草の特殊技術――日ノ本の《超能力》と双璧をなす、前時代では《オカルト》と呼ばれていた異常な力。


「――《魔術》でしたわよね?」


 まったく、留学生なら留学生だと先に言ったくださいな。と、レインベルは人ごみに消えた魔術師らしき説明不足な少年に不満を漏らしつつ、


「ならあちらは本気であの人の任せましょうか? 私はちょっと離れた界隈を探すとしましょう……」


 まさかこんなところにまであの人が追って来ているわけもありませんし……。留学生なら迷子探し程度お茶の子さいさいでしょう。と、さっきまでの気づかいはどこへやら。


わずか一週間で留学生たちが作り上げた圧倒的な信頼を頼ることにしたレインベルは、自分の友人を探すために、シシンが消えた方とは違う方向へと足を向けた。




…†…†…………†…†…




 紙飛行機を人間離れした視力で追い続けていた少年――丁嵐健吾は、いつのまにかふらふらと薄暗い建物と建物の間――いわゆる裏路地へと侵入を果たしてしまっていた。これはとても危険な行為だった……。


 ここ第六学園都市は治安がいいことで有名な都市だ。不良なんてめったにいないし、いたとしても健吾のように格好だけ不良をして、ファッション感覚で不良というカテゴリーを着こんでいる『なんちゃってヤンキー』が関の山だった。


 それにはこの学園都市独特の法律(ルール)と双璧をなすとある治安機関――《夜回り教師の会》が関係していたりする。


 名前の通り教師が法律(ルール)のようにボランティアで治安活動を行う組織なのだが……生徒たちが陰でこそこそと呼ぶこの組織のもう一つの名前は《GTA》――《グレート・ティーチャー・アサルト》。その名前の通りこの組織、実はかなり暴力的だった。


 一昔前の《体罰上等》の精神を旗に掲げた教師連合の治安維持活動は熾烈を極めており、軽犯罪程度なら注意勧告で済むが、能力を使った一級犯罪(殺人・強盗・誘拐など)を犯した生徒たちに対しては、苛烈なまでの体罰(しゅくせい)をくわえる。


 おまけにその教師連中のほとんどが自分の能力を使いこなす、熟練の超能力者なのが性質の悪いところだ。


 能力にはその能力の強力さを表す《クラス》と言うものが存在するのだが、彼らは長年の経験によって軽々とその差を埋めてくる。


 最弱(クラス1)の教師が一方的に戦略級(クラス4)の学生を粛清する光景なんてこの学園都市では割と日常茶飯事だった……。


 そんなわけで、この学園都市では犯罪は非常に割の合わない行為として知られており、必ず負けると分かりきっている教師集団にケンカ売る気概がある生徒もごく少数なため、第六学園都市は非常に治安がいいのだが、


「のわっ!?」


 紙飛行機を追いかけるために上空を見上げながら、狭い裏路地を歩くのはやはり非常に危険の伴う行為だった。


 見事に裏路地におかれた室外機に躓く健吾。素っ頓狂な悲鳴を上げ、慌てて健吾は両手を地面に伸ばし、


「とうっ!!」


 なぜか勢いを自らつけ足を振り上げる!


 そして、両手と頭を地面につけ、


「さ、三点倒立!!」


 なぜか突然見事な逆立ちを披露した……。


 ヒュ~ッと、誰もいない裏路地にむなしい風が吹き抜ける。


 健吾はその風が吹き抜けるのを待った後、どっこいしょといいながら二足歩行へと戻り、かいてもいない汗をぬぐう振りをしながら一言。


「ふ~。危ない危ない……危うくこの歳で躓いて転んじゃった恥ずかしい男になるところだったぜ!」


 高校生にもなってこけるっていうのは、よっぽどのことがない限り恥ずかしいことだしな……。と、健吾基準では逆立ちするよりも恥ずかしいことを回避することに成功した彼は、自分の行いがいかに寒いかは自覚しているのか、ちょっとだけ落ち込んだ風な暗い顔になり、いまの行動を誰かが見ていないかと慌ててあたりを見廻す。そして、ふと思い出したかのように先ほどまで追いかけていた紙飛行機の位置を確認しようとして、


「って、落ちてるし!?」


 風にあおられでもしたのか? と、突然紙飛行機が高度をガクンと下げているのを確認した。


 せっかくここまで追いかけたんだし、拾えないのはなんかな……。と、健吾はその飛行機を見てあわてて裏路地を駆けだす。


 落下する方向から見て、多分この裏路地を右に曲がれば、落下点へと到達できるな。


 そう踏んだ健吾は、全速力で裏路地を駆け抜け、しばらくしたら現れた右への曲がり壁の角を掴むことによって強制的に曲がる。そして、


「お?」


「おや、意外と速かったですね?」


 健吾は出会った。


 そこで天から舞い降りる紙飛行機を見事に受け止めた、黒いショートヘアをした極端に特徴が見つけられない平均的すぎる少女と、彼女と向き合うように裏路地に設置された室外機に座る、春にはあまり似合わないロングコートを着込んだ眼鏡をかけたスーツの青髪青年を。


「……え、えっと。裏路地であいびきとは……最近の援交事情はただれているな~。か?」


「違います!!」


 GTAに粛清されるぞ!? と、慄く健吾に、少女が烈火のごとく顔を赤くして反論してきた。どうやらこれははずれだと健吾は一つの可能性を消す。


「じゃあ、こんなところで何してんの? ここ普通の人が来るような場所じゃねーぞ?」


「そういうあなたはどうしてここに?」


 だったらこんなところにいる理由がわからん……。と首をかしげる健吾に、今度はスーツの青年が問いをぶつけた。


「なんでって、俺はその紙飛行機追いかけてきただけだよ。それ、めっちゃ高いビルの上から飛んだからさ、どこまで飛ぶのか見て見たかったんだよ。いや~思ったよりもとんだもんだな。正直びっくりした!!」


「ほう。それはよかった……」


 いや、なかなかいいもん見れたわ。俺も今度やってみるかな? と、別に大した理由などなかった健吾は割と正直にその目的を告げる。


 だが、


「……ウソはあまりうまくないようですね?」


「え?」


 青年が笑顔のまま告げた信じられない言葉に、健吾は「嘘じゃないんだけど……」と、驚いた顔でもらし、


「っ!?」


「ちょ!?」


 青年が懐から手品のような素早さでとりだした拳銃を見て目を見開く。その視界の端では同じように目を見開いていた少女が、慌てた様子で紙飛行機を投げ捨て健吾をかばう為か、走りだしていた。


「ふむ……第六の教師たちが嗅ぎつけた――はないですね。ちゃんと情報管制しいていますし。だとしたら、ほかの暗部関係の人間ですか。どうやらここで殺しておいた方がよさそうだ」


 おいおい、突然なんですか!? と、健吾も自分の方を睨みつけた銃口をみて本能的に逃げようとするが、


「遅い」


 パンっと思った以上に軽い音が響き渡り、その銃口から弾丸が射出された。


 当然弾丸の速度に人がかなうわけもなく、


「ぐぁ!?」


 弾丸は狙いたがわず健吾の側頭部に突き立ち、その体勢を大きく崩す。そして、


「あぁ……」


 少女の口から絶望したかのような吐息が漏れたと同時に、健吾はばたりと地面に倒れそのまま動かなくなった。




…†…†…………†…†…




「あなたっ、この人はあなたの国の人間でしょう!?」


 同じ国の人でしょう!! と、少女――黒江は地面に倒れたまま動かなくなった少年を見て、瞳に怒りの光をともす。


 だが、青年はそんな彼女の睨みつけを受けても、平然とした表情で肩をすくめただけだった。


「我が国も一枚岩ではないので。それに、あなた方も国内でクーデターやらテロを行う人物がいたら遠慮なく殺すでしょう?」


「黙れっ!」


 と、激情に駆られた黒江は虚空に腕を振るう。それと同時にまるで虚空から出現したとしか思えないほどに唐突に、数本の棒手裏剣が射出され青年の眉間・右目・心臓を狙い一直線に飛来する。しかし、


「すっ」


 青年は鋭い呼気を漏らした後、手に持った拳銃をわずかに動かし――銃撃。


 それと同時にロングコートを旋回させるように体を回転させ、軸足を曲げ滑らかに下方向へ沈み込み、


 再び少女に向かって――銃撃。


「っ!?」


 たったそれだけの動作だったが、その効果は劇的だった。


 初めに撃った弾丸は見事に心臓を狙っていた棒手裏剣を撃墜し弾き飛ばす。


 それと同時に旋回したロングコートが舞い上がり、青年の頭上を通過しようとしていた眉間と右目を狙った手裏剣を横方向から殴りつけ、失速、墜落させ、それを青年の手元へと落す。


 ついで青年が放った弾丸は狙いたがわず少女の心臓を狙い一直線に飛来する。


 弾丸は対能力者用に作られた特殊加速弾頭。最先端の空気力学を応用し作られたその弾丸の速度は音速の5倍。


 拳銃から放たれるにしてはありえないほどの加速を行う弾丸は、常人どころかクラス3の能力者ですらよけることは難しい。


 しかし、


「相変わらず機械みたいな戦い方を!」


 ですがそのおかげで、攻撃事態は読みやすい! と、黒江は銃口を向けられた瞬間しっかり反応し、袖口から小さなおもりの付いたワイヤーを投擲。引き金が引かれたときには、それを頭上の壁に設置された排水管に巻きつけ、けたたましい機械音と共にワイヤーを回収。それによって少女の体は勢いよく空へと舞い、辛くも弾丸の一撃を交わす。


 だがしかし、


「予想通りですね」


 あなたの行動は私の掌の上ですよ。と告げた彼は、先ほど回収していた棒手裏剣を、黒江の体を天空へと持ち上げたワイヤーに向かって投擲。本来なら人一人持ち合あげられるワイヤーを切るにはあまりに脆弱な武装だが、


「なっ!?」


「あらゆる物品には破壊しやすいポイントがあります。力学的に見て(・・)そのワイヤーはこれで斬ることが十分可能と判断しました」


 到底人間が投げたと思えないほどの速度で飛来した棒手裏剣は、見事に黒江のワイヤーを切断し黒江の体を地面へと落す。


 そこに配置されていた、


「っ!?」


 まるで黒江の落ちる体制まで予想していたとしか思えないほど精密に、黒江の眉間・右目・心臓を狙った三発の弾丸。


「さようなら……《魔法大陸》天草のスパイ殿」


 冷厳とした声が黒江の耳朶をたたき、彼女を絶望の淵へと追いやる。


 衝撃を殺すために地面にしゃがむように着地した直後の彼女には、もはやその弾丸を躱すすべはない。


 敵が敵だけにそれなりの準備を持って挑んだこの戦いは、たった数回のやり取りだけで黒江の敗北が決定した。


 これが――クラス5。お嬢様と同じ、うちの長老連達に匹敵する異能を持つものたち。と、故郷で《神等級魔導師》と呼ばれる最高権力者たちと相対したときに感じた絶望感と、まったく同じものを感じながら黒江は、ゆっくりと目を閉じた。


「すいません……お嬢様。私のことは忘れて、また第一学園都市で幸せに……」


 過ごしてください。と、黒江は決して届かぬ自分の主に対しての遺言を、目に涙をにじませながら告げようとした。……が、


「おいおい……勘弁しろよ。せっかく死んだふりしてたのに」


 ちょっとだけ泣きそうな雰囲気をにじませた言葉と同時に、


「そんな顔でそんなこと言われたら、助ける以外の選択肢とれないだろうが」


「えっ……?」


 先ほど青年の凶弾に倒れた少年の声とともに、漆黒の何かが黒江の視界を埋め尽くした。


 それと同時に響き渡る、まるで金属を金づちで殴りつけたような澄んだ音。


 その直後、黒江の眼前にクルクルと回転しながら落ちてきた一発の弾丸が、いったい何が起きたのかを彼女の示してくれた。


「まさか……あの弾丸を弾き飛ばしたの!?」


 驚き目を見開く黒江。当然弾丸を放った青年自身も大きく目を見開いていた。


「……な!? 特殊弾頭を防げるほどの強度!? クラス4の硬質化の能力者か!?」


「あぁ? ちげーよ、バカ。この落ちこぼれが集まる第六学園都市にそんな上等なやつがいるわけないだろう?」


 顔と心臓をかばうかのように両手を配置しながら立っていた少年は、先ほどとは違う明らかな怒りが乗った声音で、青年の予想を辛辣に切り捨てる。


「俺はただのサイボーグだよ。お前らが《研究する価値なし》って切り捨てた……ただの過去の遺物さ」


 少年――丁嵐健吾は弾丸にえぐられた側頭部から微量の血と、銀色に輝く外骨格を晒しながら、見事に黒江を凶弾から守りきった。




…†…†…………†…†…




「さい……ボーグ?」


 その存在についてよく知らないのか、黒江はほんの少しだけ首をかしげ、


「体内の機械化……確か十年前に禁止された研究でしたね。禁止された理由は《能力発現に必要な演算回路は人体にしか形成されないため、人体部分を減らして機械化すると能力発動に必要な人体部分が確保できず、能力発動が不可能になるから》でしたか」


 その実態を知っていたのか青年は少しだけ考え込むような様子を見せた後、黙って拳銃を健吾へと向けた。


「……要するに君、無能力者ですか?」


「弾丸防げる程度の強度はもっている」


「話になりませんね。確かに君が弾丸を防ぐことができるのは分かりましたが、それではこの勝負を勝利に導くことはできない」


 痛いところついてくるなこいつ……。ぜったい友達少ないだろう……。と、健吾は負け惜しみを吐きながらも、自分の正体を看破した青年に冷や汗を流す。


青年は自身が告げたように、健吾はただ固いだけのサイボーグ。能力での効果とはわけが違う。熟練した能力者や、クラスが3以上の能力者ならいくらでも彼を打ち倒す手段は思いつくていどの、出来損ないだ。


 だが、そんなことは健吾自身もよくわかっている。もとより超能力に劣ると科学的に証明されたから、健吾のサイボーグ実験は途中中断され禁止されてしまったのだから。そんな自分が能力者にケンカを売っても勝てないことは十分承知している。


 だから健吾は、


「いいのか? そんな俺を侮った態度をとって……」


「なに?」


「たとえばだ、サイボーグ実験が当時実験にかかわった学者たちの手によって細々と続けられていたとしよう……。何せ人体がかかわる実験っていうのはそれ一つだけで、一生を捧げる学者がいるくらいだ。禁止されたからってそうそう簡単に諦められる奴はいないだろう」


「……それ、は」


「そしてその研究の果てに、実はお前ら能力者を超えられるサイボーグが生まれていたとしたら」


と、健吾が不敵に笑うと同時に、健吾の体の中からけたたましい駆動音が響き渡る。


 ガチャガチャとも、ギチギチとも取れるその駆動音と共に、健吾の体はほんのわずかではあるが着々と形を変え始めていた。




…†…†…………†…†…




「っ!?」


 そんなサイボーグの機能を青年は見たことがなかった。青年が知っているサイボーグたちは、せいぜい人よりほんの少し足が速くなったり、強靭な外骨格に覆われて普通の人より若干頑丈な体を持つぐらいが関の山。決して能力者の脅威足りえる存在ではない。だが、


 だったらあいつの体が変形していっているのは、なぜだ!?


「さて……能力者、下克上の時間だぜ」


「くっ!?」


 瞬間、健吾の腕が振るわれそれが青年に向かって伸びる。


 砲撃系? 打撃系? どちらにしろ、恐らく人間一人くらい打ち倒す威力はある遠隔攻撃。くらうのはまずい!! と、警戒心をあらわにしていた青年は慌ててその場から飛び退くように転がり、室外機の中にわずかに身を隠したあと、


「……え?」


 いつまでたってもやってこない攻撃に首をかしげ、慌てて室外機の陰から首を伸ばした。


 そしてそこには、


「オラ、早く走れ!! ほんといつまでももつようなネタじゃないから!!」


「というかなんなんですかのその腕!? その腕で何かできるんじゃないんですか!?」


「うるせぇ!! ほんのちょっと間接外して外骨格動かして無理やり伸ばしただけなんだよ!! ほんと4センチぐらいしか伸びねーの! 全然武器とかじゃないの!? ちょっとした一発芸ぐらいにしか使えないの!!」


 そんなことを言い合いながら黒江をかばうように背を向けて逃げる、赤毛不良少年の背中だけがあった……。


「…………………………………」


 青年はその光景をしばらくあんぐりと口を開けて見送った後、


「っ!? まてっ!?」


 騙したな!? と、怒り心頭といった様子で追跡を開始した。




…†…†…………†…†…




 その場からはるかに離れたとある病院の一室にて、


 ふるり……。と、通常なら気づかないほどの微弱な振動が窓を震わせた。


 それに気付いた病室の少女は、ほんの少し驚いたような雰囲気をにじませながらゆっくりと顔を上げる。


 その少女は異常な風体をしていた。


 全身に幾重にもまきつけられた包帯。顔全体を隠すように配置された医療テープ。触覚・視覚・嗅覚・聴覚――五感のほとんどを封じられたその少女は唯一包帯が巻かれていない口を震わせ小さくつぶやく。


「銃……声? それにこの音は、人を撃つ音? ずいぶん金属質な気もしますけど……」


 音の様子から見て距離は南南東3.246キロほど先でしょうか? と、五感を封じられているはずなのにどういうわけか健吾が撃たれた明確な距離すら割り出した少女は、枕元に置いてあるナースコールに手を伸ばした。


『はい。どうしましたか、彼方(かなた)さん?』


「あ、すいません……ちょっと紅葉(くれは)に連絡取ってもらえませんか? 登校してすぐで悪いんだけど、事件だって」


 少女は善良な一般市民の義務を果たすために、自分の友人である法律(ルール)の構成員の女子高生に連絡をつけた。


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