三ノ宮奇行文
「嬢ちゃんは。運が良かったね。」
目の前の老婆は言った。
「ふひひ。」
と、不気味に笑った。
一般的、客観的に見るのであれば私、三ノ宮優菜は『不思議ちゃん』と呼ばれる部類に入る。だがそれは、常識が欠如しているだとか、変態行動を指し示すものではなく、所謂『視える人』という認識である。
視えると言っても、物が透けて見えたりとか、そんなわけがない。それよかそんな透視能力の方が何万倍も良い。賭け事なんかで楽に生計を建てることが出来そうだ。やり過ぎると、多分、黒い人達に必殺されそうなるだろうけど。
と、これが私への皆の認識だ。例外は、愛すべき家族ぐらい。あちらはあちらでおかしいけど、それを私が言えることではない。
蒸し蒸しとした季節。外からは聞きたくもない蝉の声と、耳元でとても煩わしい蚊の「ぷ~ん」という羽音が聞こえる。
「せいっ」
叩き潰すも、逃げられた。
季節は緑生い茂る夏となった。いくら奇人変人の奴が多いからといって、夏休みがない高校に私は通っていないため、一般高校生諸君らと同じように夏休みは存在する。ただし、高校生にもなって自由研究があるというのは頂けない。なんと煩わしい事か。
しかしせねばあるまいことである。内容は各々自由という、そうでなくてはならないルールだけで、例えば『ヌードデッサン』を書いてこようが『アダルトビデオのその多岐に渡る内容、それぞれの最高傑作』について纏めてこようが、先生たちは何も言わない。 実際にあったかのように言うが、これが、昨年、私が一年生のときにあったことなのだから──しかもクラスメイト──どうしようもない。前者は置いておくとして、後者では『ロリータコンプレックス』という特殊性壁の元で、私はかつてないほどに恐怖を感じたことを隠せない。
他称『ロリ体型』である私は、どうやら友人達に言われる中でそういう自意識も出てきたようだ。真、残念である。
閑話休題。
さて、私と奇人変人の友人達が自由研究と称して『第44回優奈ちゃん鑑賞会』を催し、私の霊感を活かす事を考え付き、心霊現象が豊富に起きると言われる、とある閉鎖的な村に赴く事になった。
名前を『反づ村』と言う。某県と某県の境目に存在し、孤独で、取り残された、途方もない疎外感を感じる村であった。
この村には一泊だけするらしい。奇人な友人の姉がここまで私たちを輸送し、運転手除く4人を置き去りにしてどこかへ行ってしまった。今更帰るに帰れない。
山中、近づくにつれて嫌な胸騒ぎが、心を圧迫していった。どうしようもない吐き気と、どうしようもない腹痛。溜息を一つ落とす。
──嫌な気配だ。
それからどうだろうか? 木々が折り重なり薄暗くなっていた森の中を一時間ほど歩くと、一軒の家を見つけた。そこから視線をあげていくと、ぽつり、ぽつり、と家が建っている。
私は、『反づ村』と書かれた看板の近くに生えている切り株に座っている老婆に話を聞くことにした。友人達は後ろでビクビクしながら耳だけをこちらに向ける。
「ここが反づ村ですか?」
「……ふひひ。」
「……話にならない。行こう、皆」
妖しげに嗤う老婆を横目に、私達は村の一番高台に位置する家に向かった。
「ようこそ、『反づ村』へ。久々の尋ね人じゃ、皆の者丁重にもてなせい」
この年老いたこの村の長老は、箒ぐらいはあろうか、というほど白い髭を蓄え、ほとんどあいていない瞳でこちらを見ていた。皺くちゃな顔からは、この村の長、という威厳が漏れ出し、友人3名が恐れ慄いたのは記憶に新しい。
「ありがとうございます。ひとつ質問があるのですが、よろしいですか?」
老人は静かに頷いた。
「この村には……来訪者、と言いますか、旅人が良く来るんですか?」
「ふむ……月に一組来れば多い方じゃ。何やら外の世界じゃと、愉快な噂が流れとるそうでな、おぬし達もそれが目当てか?」
「ええ、まあ……一組、ということは一人で来る人はいないんですか?」
「うむ。一人で来る者はおらんな」
「……ありがとうございました。良ければ、この村を案内してくれませんか?」
「……行ってやれ、さぎりや」
「承知いたしました」
さぎり、と呼ばれた二十台後半の女性に従い、私達一行は村を案内して貰った。
辺りは、全く手の加えられていない未開発の木々で一杯だ。人が、少なくとも三十は住んでいると推測できるのに、唯一といえば、あの老婆が座っていた切り株ぐらいだ。
「こちらが『鬼の孔』でございます」
洞穴のようであった。
二メートル程の高さとお腹の脂肪が気になる中年男性五人がギリギリ通れる、それくらいの大きさだ。私達は懐中電灯をさぎりさんに渡し、ドラ○エ風に洞窟の中に入っていった。
雨音が鼓膜を振るわせる。時折、友人の肩に当たっては洞窟中に響き渡る絶叫をあげ、それが連鎖して他の友人も絶叫する。
ここは断じてジェットコースターとかではない。
ただし幽霊屋敷もどきではある。
幽霊を呼びやすい水があちこちにあるせいか、さっきからうめき声や謎の白い帯状のものが視えたりする。もう慣れっこだから気にしないが。
『キマシタワー』
「恐らくこの幽霊は百合好きだろうな」
「え!? 幽霊いるの優奈ちゃん!」
「まあ。けど、害意はないよ。だから、うん、私の胸に隠れないで」
『キマシタワー!!』
ほら、歓喜してる。
「も、もう……怖いよ優奈ちゃん……」
「えー、だっているんだし……」
『キ、マ、シ、タ、ワ、-!』
こいつの姉はあんなにもサバサバした性格なのに、どうしてこんなにもおしとやかに育ったのだろうか……。私は森に入るまでの、あのドライビングテクニックを思い出し、気分を悪くした。もしかしたら、ハンドル握ったらこいつも……?
「はあ……そんなわけないよね」
「? どうしたの優奈ちゃん」
「らしくねーな、優奈」
「別に……」
「あ、今の沢尻エリカっぽかったよ!」
「それ言われても別に嬉しくないよ……むしろ、私的には遠慮したい感じ」
「うぅ……ごめんね、優ちゃん」
「……あー、もう、謝らなくていいよ。さ、行こう」
それからしばらく中を歩くと、ランプの明かりで照らされた部屋? に辿り着いた。
いや、部屋というよりはそこがちょうどこの洞窟の終わりなんだろう。どうやら柵があるようだ。奥に何があるのか。
さぎりさんは何故か懐中電灯の光を地面に向けた。私は闇に慣れてきた瞳を周りの外壁に向ける。
そこには。
夥しいほどの神札が貼られていた。
目測で五百はくだらない。恐らくは幾重にも張られているだろうから、その総数は五千はあるだろう。今まで意識を向けていた無かった。いや、あまりにも濃密で膨大な魔の力に、私は呑まれ、ただただ気づかなかっただけに過ぎない。気分の悪さはこれが原因なんだろうか?
とにかく、私はここが尋常ならざる場所だと改めて認識し、奥にいる闇に潜む魔物に目を向けようとして――。
「ん……あれ?」
「ふひひ。どうなされた?。」
「さっきのお婆さん……あの、私達は、一体いつからここに?」
「ふひひひ。さあてな。わしゃ知らんての。気がつけばそこにおった。それだけじゃ」
「……わかりました。行こうか、皆」
「うん……なんか、嫌な感じだね、優ちゃん……」
「あー、それわかる。私達には霊感無いけどさー、こう、本能? が何か、胸の奥から、ぎゅぅぅぅっと搾り出されるみたいな? そんなヤナ感じがするよ」
「……わかり辛い」
「むっ優奈はいっつもそうだよな! 自分だけわかった振りしやがって!」
いつも通り癇癪を起こす友人のフォローを先ほど私のことを『優ちゃん』と呼んだ友人に任せながら、とりあえず、えーと……そう、村長の家に向かうことにした。
村長の家は、どうやらこの村の一番上、そして一番大きな家らしい。そこに向かう途中、私は妙な違和感と頭痛に襲われた。
こめかみを押さえる。
「大丈夫か? 酔い止めとか、腹痛に効く薬とかあるぞ?」
「大丈夫だよ、時間が解決してくれるさ」
「無駄に名言っぽいの使うよな。まあ、それだったらまだ大丈夫ってことだと思うけど……。ほら、飴やるから」
「ん」
「優ちゃんは可愛いですね、やっぱり!」
「そうだな。私達のクラスのアイドルだ」
「んーんんー、んー」
口の中の飴をゴロゴロさせながら、何か言ってやろうかと思ったけど、途中で面倒臭くなって放棄してしまった。もうなんか色々と疲れた……。
「待っておりましたぞ、ささ、こちらへ……」
「……?」
「貴方達のために、朝ごはんをご用意させていただきました。どうぞお召し上がりください」
「え、あ、ありがとうございます……」
髭をたっぷり蓄えた村長と、二十台後半くらいのさぎりさんに、料理が出されている客間へと案内された。その料理には、何かの肉が使われており、私は無性に吐き気を覚えた。
おかしいな
私達は初めて会った筈だ。それなのに『待っておりました』とは、一体どういうことだろう?
それに料理もどうしてか出されているし、他にもここに旅人が来て、それと間違えたのだろうか?
……?
何かがおかしい。
何か、そう。不特定な何かを、私達は忘れている。
「つかぬ事をお伺いしますが……あれは、何の肉を使ってるんですか?」
「……」
にたり、と。
三日月のように、口が歪んだ。
そして私は――。
突然、私は途方もない虚無感を感じ、とてつもない実態の湧かない恐怖感と、馬鹿でかい畏怖を隠せないでいた。
──逃げないと。
今まで生きてきた中で、そうそう無い考えだ。それくらい、今の私には余裕がないのだろう。逸る気持ちを抑え、両手で友人達の手を掴み走り出す。
看板のあるところの切り株には、老婆がまだ座っていた。私は、その老婆の口角が少し上がったという事実を確認し、また吐き気を覚える。
「嬢ちゃんは。運が良かったね。」
脇目も振らず、私達は逃げ出した。
「ふひひ。」
どれだけ走っただろうか。真夏のジリジリとした太陽と、湿気、それから流れ出る汗のせいで、どうにも気分が優れなかった。
「とっても怖かった……こんなところに遊びで来ちゃダメだね。反省。優奈ちゃん、大丈夫だった?」
「平気だよ。それよりも二人の方が心配だよ。まだ顔が青いし……」
「そのうち深呼吸してたらどうにかなるって……いかん、テンション劇的にサガリング……」
「あんたがそうなるって、相当よね……さて、帰りましょうか」
「うん……あれ? 私達って、どうやってここまで来たんだっけ?」
「そりゃ、それは……あれ?」
「万年新婚夫婦が温泉旅行するからって、ここまで送ってくれたじゃない? その旅館まで、歩いて三十分ぐらいみたいだから、しょうがないけど歩こう」
「あー、うん、そうだったよね、確か……」
この時、私は何か不確定な、それも人の知りえないナニカの命令にしたがい、脳を空っぽにされ、勝手に話をしていた。
気づいた頃には二人の表情にあった翳りは無くなっており、私がこれ以上不安にさせる事を言うべきでない、と暗示しているように思えた──。
後日、私は家の共用PCを使い、「反づ村」について調べた。一応、これを題材に自由研究を行うのだから、実地の経験だけでは少な過ぎるだろう。補足的な意味合いを含め、万能なGから始まる先生に疑問を投げかけた。
すると、こんな表示が出てきた。
『もしかして:帰らず村?』
なんだろう、これは、と思いクリック。そこで一番上に来ていたサイトを見てみる事にした。
そこには驚愕の事実が隠されていた。
『反づ村、正式名称は帰らず村という。帰らず村が訛って反づ村と呼ばれるようになった。この村の古い伝承には、外からの旅人を少しだけもてなし、眠ったところを襲う』という。
それと一緒に食人嗜好の項目も書いてあった。そして『襲われた人の肉は、次の日の朝食に出される』。
更には、『この村で居なくなった旅人の記憶はなくなり、全て都合のいいように改竄されるという都市伝説がある。ただしこれは眉唾ものである可能性があり、記憶が改竄されるのなら、確かめようのない事である』
ここまで読んで、やっとのこと私は思い出した。私の霊感すら狂わせる程、あそこには、何かしらの強大で慄然とした、極度の不可解な存在が確かに居たのだった。
『……ふひひ。次の旅人だね?。
例えネットの砂漠とはいえ。秘密を盗み見たことにはかわりないぞよ。
ふひひひひ。また一人。美味しい獲物が来たわい。
ふひひひ。ふひひひひひひひひひひひひひ。また一人。
ふひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ。』
『次はお前だ。ふひひ。』