運命
4
結果から言うと、結局何も食わずに戻ってきてしまった。何度かちょうどよく飛蝗が目の前を横切ったんだが、やはり捕まえる気にはなれなかった。
「ただいま~」
なんて、おどけて寝床に戻ると、今日一日休むと言っていたランがいなかった。その代わりに、羽の残骸が散らばっていた。
誰かに襲われたんだ。それ以外には考えられない。
「ラン!」
俺は外に飛び出た。空腹も忘れて、ランを探し回った。彼女を襲った相手が蛙や蜥蜴で、丸呑みされていれば残骸すらも見つけることはできない。だが、俺は彼女を襲った奴が誰なのかを確信していた。俺が目指すは、初めてランと会ったあの場所だ。
「やっぱお前か……ジン」
「なんだ、セン。今から食事だ。後にしろ」
そう言って奴は、もうほとんど動かない獲物に噛みつこうとした。
「やめろぉおおおおおおお!」
俺は雄叫びを上げながら、ジンに体当たりを食らわせた。奴は突然のことで受身を取ることもできず、そのままの勢いで葉の上から落ちていった。
「ラン!」
俺はすぐさま横たわったランに駆け寄り、抱き起こした。美しかった羽は無残にも引き裂かれ、ボロボロだ。
「セ……ン………?」
虚ろな目で俺を見上げてくる。彼女はフッと微笑を浮かべ、体液で濡れた手で俺の頬を撫でた。
「セン! 貴様どういうつもりだ!」
ジンが、顔を怒りで真っ赤にして戻ってきた。俺もランを移動させ、向き直る。そりゃあ、怒るだろうな。ジンからすれば自分が捕まえた獲物を横取りされたんだからな。
「どういうつもりかと聞いている! 返答によっては、お前でもただでは済まんぞ!」
俺のより何倍も大きな鎌を振り回す。俺は基本的に平和主義だが、今回ばかりは譲れない。俺も覚悟を決めて、鎌を構える。鎌だけに………とか、不謹慎なことは断じて考えていない。いやマジで!
「べつに…。いつもどおり、何となくさ」
「そうかそうか……。ちょうどいい機会だ。いつもいつも俺の邪魔をしてきたお前に、そろそろ仕置きをしてやらなければな」
「そりゃ……どうも――」
どうもありがとう、そういい終える前にジンは鎌を振り回しながら襲い掛かってきた。俺が避けると、奴の鋭い鎌は直前まで俺がいた場所をざっくりと抉った。
「ひゅ~……。あっぶね」
避けきった、と油断してしまった。まだ空中にいる間に視覚外からきた蹴りが、今度は俺の脇腹に見事に命中。俺はそのまま吹き飛ばされ、転がりながらようやく止まる。
「二度と俺の邪魔が出来ないように、その体に差ってものを叩き込んでやろう」
ジンは、鎌を振り上げた。しかし今度は、奴の方が油断していた。後ろから、ランの細い腕がジンを掴み、引き倒す。
「ぐっ…この死に損ないが! すぐに食ってやるからおとなしくしていろ!」
その拍子にジンが振り回した鎌が、ランの脇腹を深く抉った。
「ラン! くっそぉ!」
俺はもう何も考えず、ジンに向かって突っ込んでいった。奴は苦し紛れに鎌を突き出してきたが、俺の肩を浅く引っかいただけ。そのままの勢いで、俺の鎌がジンの腹に深く突き刺さった。
「ぐあっ!」
続けて俺の体当たりをくらい、ジンは再び葉の上から落ちていった。そして、今度はもう戻ってくることはなかった。
「ラン!」
俺は脇腹の痛みも忘れて、ランに駆け寄った。
「しっかりしろよ! 明日、めでたく俺の寝床を出て行くんじゃなかったのか」
「……もう、無理よ。羽もこんなだし」
「ならまた、羽が治るまで俺のとこにいりゃいいだろ!」
「今度ばかりはそれも無理よ」
ランは虚ろな目で、しかし笑いながら、俺を見つめてくる。目に見えて生気が失われているのがわかった。
「セン……本当なら私はとっくの昔に食べられて死んでた。それを助けてくれたのは、あなたよ」
いきなり何を言い出すんだ――そう言おうとした俺を遮って、彼女は続けた。
「あの時誰も来なければ……あの時来たのがあなたじゃなければ、私は食べられて死んでた。ありがとね、変わり者の蟷螂さん」
……おい、なんだよ。これじゃあ、死ぬ直前の台詞みたいじゃないかよ。
「私、知ってるよ? あなたは、四日間水しか口にしてないこと。だから、私を食べなよ。それが、センの命を繋ぐのだから。これで……おあいこよ」
「ふざけるなよ! おい! ……ラン? おい……」
それから、いくら俺が叫んでも、ランから返事が帰ってくることはなかった。
「うわぁあああああああ!」
叫び、ランの首筋にかぶりついた。俺は、生まれて初めて、泣きながら食事をした。