邂逅
1
「あっち~」
俺は額の汗を拭いながら草の陰を出る。はるか上空では、真っ白い太陽がギラギラと地上を焼いていた。
トントンと長細い葉の上を飛び移っていると、唐突に腹が鳴った。考えてみれば、昨日丸一日何も喰ってない。
「めし、捕りに行くか」
蟷螂である俺は、人間と違ってニ、三日何も食わずに生きていける。今も、腹こそ鳴ったものの、そこまで空腹を感じているというわけではない。ただ、何となくだ。感覚的に言えば、三時のおやつみたいなもんだ。
再び、トントンと葉の上を飛び移る。確かこの先に、程よく背の高い植物が生えてたはず。俺はそこでめしにしようと思ったわけだ。
「………」
先客がいた。つっても、別の蟷螂がいたわけじゃあない。俺から見れば、ただの食いもんだ。一般的な言い方をすりゃ、そこにいたのは美しい羽をもった揚羽蝶だ。
「誰っ!?」
そいつはすぐに俺の存在に気づき、警戒し始める。そりゃそうだ。なんたって、俺はこいつの天敵なんだからな。
「私を食べるの?」
「………」
ま、普通はそう思うよな。だからって訳じゃないが、俺は何となく、満面の意地の悪い笑みで言ってやった。
「いいや、食わねぇよ」
俺の返答に、この揚羽蝶は驚いているようだった。そりゃ、美味そうな獲物が目の前で座り込んでるのだから、普通に考えりゃ食うに決まってる。だが………
「飛べねぇ蝶なんざ食わねぇよ。俺は生きのいい奴しか食わない。こう見えても、美食家なんだ」
そう。この蝶は、飛べない。片方の羽が破れていたからだ。おおかた、別の蟷螂にでも襲われたんだろう。この羽でそう長い距離飛べるわけもないし、その蟷螂は近くにいるはずだ。
別に、その犯人が誰だろうと俺には関係ないが、それでもやはり気にはなってしまうのが人情(虫情?←なんだそりゃ)ってものだろう? 葉の端へ寄り、地上を見下ろした。案の定、真下で顔見知りの蟷螂――ジンがきょろきょろと辺りを見渡していた。
俺が視界に入ったのか、奴は一直線に俺に向かって来た。奴が同じ葉に降り立つと、さっきまで俺を睨んでいた蝶は恐怖に顔を引きつらせ、今度はジンが俺を睨んできた。……やれやれ。
「おい、セン。そいつは俺の獲物だ。まさか、横取りしようってんじゃないだろうな?」
「横取りも何も、お前はこいつを取り逃がし、俺は確保した――違うか?」
そう言うと、ジンはものすごい形相で俺を睨んできた。しかし、それが正論だと奴もわかってるんだろう。「ちっ」と盛大に舌打ちを鳴らしながらも、どこかへ飛んで行った。
「どういうつもり?」
また俺を警戒し始めた蝶は、俺を睨みながら聞いてくる。
「べつに…ただ、何となく」
「はぁ?」
これもまた当然の反応だろう。「食わない」と言いながら、「自分が確保した」なんて言ったんだからな。普通に意味がわからないだろう。しかしまぁ、本当に何となくだった。何となくで、普通とは異なることをした。なんたって俺は――《変わり者》だかんな。