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花嫁の失くしもの(5)

 







「ラオ、その束縛するのを止めて。」


「だが彼奴等(あやつら)は…、」


「いいから。」




少し語調を強めて言うとラオはパチンと指を鳴らす。


それだけで倒れていたシェリル嬢は何とか腕を付いて上半身を起し、侍女は慌てて自分の主に駆け寄った。


ラオはちょっと…いや、かなり不機嫌そうに二人を見下している。


さすがにちょっと強く言い過ぎたかしら?


そっとラオの黒髪に手を伸ばして優しく撫でながら「ありがとう。」と言えば、目を細めて微かに口角を上げた。


それから二人に向き直る。




「久しぶりね、シェリル嬢。」




声をかければシェリル嬢は、未だ苦しげな息を吐きながらもキッと睨むように強い眼差しを向けてきた。




「っ、馴れ馴れしく…しないで下さらない?」


「相変らずね。」




気が強い所も、綺麗な所も、己に強い自信を持っている所も。


刺々しい言葉だったはずなのに怒る気にもなれず、苦笑してしまった。


それが気に入らなかったのかシェリル嬢の視線が更に鋭くなったけれど、抑えるつもりはない。


ラオもそんなシェリル嬢の態度が勘に障るのかより一層冷たい瞳を眇めつつ今にも何かしでかしてしまいそうだ。




「リア、」


「ダメよ、ラオ。ずっと前にあたしが言ったことを覚えてるなら手は出さないで。」


「……分かった。」




以前インキュバスに襲われかけた時にあたしはこう言った。


――彼に狙われたのはあたしなんだから、彼の罰をあたしが決めたって可笑しくないでしょ?


つまり、今回の出来事はあたしとシェリル嬢の問題であって、それをラオが片付けてはいけないのよ。


やや気落ちしてしまった魔王の頭を二、三度軽く撫でてシェリル嬢を見る。




「どうして毒なんて盛ったの?…なんて、聞くのは馬鹿かしら?」


「えぇ、愚問だわ。(わたくし)は生まれた時からラディオス様の許婚として育てられて来たのよ。その為に作法も、帝王学も、王のお傍に並んでも見劣りしない美貌も…何もかもを磨いて来たわ。」




真っ直ぐな言葉は、きっと本当なんだと思う。


シェリル嬢の所作はいつだって綺麗で、外見だってラオの傍にいて遜色ないくらいの美貌だし。




「なのに、突然何処からともなく現れた貴女はラディオス様の契約者で婚約者だなんて……なら今までの私は一体何だったと言うのかしら?他の貴族達は私の事を王妃の席を狙う小娘だなどと陰で笑っているようだけれど、私はそんなものどうでも良かったわ。」


「…どうして?」


「ラディオス様を愛しているからよ。」




キッパリと告げられた言葉に納得してしまった。


小さい頃から許婚として傍にいて、きっとシェリル嬢はラオに好意を持ったんだ。


だからこそ貴族の娘として、次期王妃候補として、魔王ラディオスの花嫁として恥じないよう精一杯努力してきたのかもしれない。


それをいきなり現れた見知らぬ普通の女に横取りされたら悔しいしツラいだろう。




「そうだったのね…ごめんなさい、シェリル嬢。」




あなたの愛する人も、存在意義も奪ってしまったのはあたし。




「だけどラオを諦めることなんてあたしには出来ないわ。」




ラオが傍にいないなんて考えられないくらい、愛してるし、言葉では伝え切れないくらい好き。


こんなに好きになってしまったのに今更別の人なんて探せない。探したくない。




「なら私を殺しなさい。」




凛とした声と強く真っ直ぐな瞳に見つめられて、一瞬息が止まった。




「王の花嫁を殺そうとした者として、処刑なさい。そうしなければ私は何度でも貴女に危害を加えてしまうわ。」


「あなたはそれでいいの?」


「元より覚悟していましたもの。…でも、もし一つだけ許されるならポーラは断罪しないで下さるかしら。この子は侍女で、主である私の命令には逆らえなかっただけ。」


「っ、オリヴィア様?!」




侍女が酷く驚いた様子でシェリル嬢を見る。


…少しだけ羨ましいわ。


主従関係なのに、この二人は友情で結ばれている。


シェリル嬢はポーラを、ポーラはシェリル嬢を思い合っている。




「ねぇ、勘違いしてない?」




あたしの言葉にシェリル嬢とポーラが振り返る。


確かにあたしは二人がしたことは許せない。


そのせいで死に掛けたし、記憶も失ったし、ラオや城中の人々に心配と迷惑をかけてしまった。


だけど、不思議なくらいあたしの心は穏やかで…二人を殺そうなんて思ってはいないんだよ。




「…キアラン、短剣持ってる?」


「え、えぇ…此方にございますが、」


「貸して。」




玉座の後ろに控えていた側近から短剣を受け取る。


果物ナイフくらいの本当に小さく、短い剣を持って玉座のある段からゆっくりと下りていく。


シェリル嬢も侍女もやや青い顔をしながらもあたしを見つめていた。


目の前まで来ると意を決した様子で静かに目を閉じる。


お互いに抱き締め合う二人にまた苦笑してしまいそうになった。


そんなに怖がらなくてもいいじゃない。




「命は取らないわ。あたしってすごく自分本位だから、自分のせいで他の人が死ぬなんて重荷…耐えられないし、そんなの欲しくないもの。……でも全部許せるほど心が広い訳でもないのよね。」




目を開けた二人を、あたしは見つめた。


そうしてそっとシェリル嬢の綺麗な髪をスルリと撫でる。




「だから今回はこれでチャラよ。」




シェリル嬢が全てを理解する前に、その綺麗な髪を一纏めに掴み、短剣でザックリと切り落とした。


数本髪が舞い落ちながら長い髪は頭から離れてあたしの手の中に残る。




「な…っ?!」




目を見開いたシェリル嬢の髪は肩よりも少し短いくらいになっていた。


驚きに固まっていた侍女の髪も同じくらいに切る。


そうすれば髪の短くなった二人はまるで姉妹のように見えた。




「血なんか見たくないし、二人を殺したいとも思わない。だけど許せないから大切な髪をもらうわ。」




髪はまた伸びるけれど一度死んでしまえば生き返ることなんて出来ないから。


あたしはこうして生きてるしね。


茫然と見上げてきていたシェリル嬢がどうして、と呟く。




「どうして、殺さないのよ…。」


「さっきから言ってるじゃない。自分のせいで誰かが死ぬのは嫌だって。寝覚めが悪いもの。…でも、それだけじゃないわ。」




ずっと思ってたことがあった。




「あたし、シェリル嬢のこと少なくとも尊敬してたし羨ましかった。綺麗だし、ナイスバディだし、礼儀作法も完璧だし…あなたみたいだったらって思ったこともあったよ。」




だから死んで欲しくなんてなかった。


尊敬してるのに、殺すなんて出来る訳ないでしょ?




「今は無理かもしれなくても、いつか…ずっと先になってもいいから。友達になりたい。」




こんなこともあったねって笑い合えるような仲になりたいんだ。


手に持っていた短剣を鞘に戻して、残った髪と一緒に地面に置く。




「…ラオも、狙われた本人のあたしが許すって言うんだからもうこの事件を蒸し返すのはナシね。」


「リアがそう言うのなら。」


「よろしい。……友達庇って一人で死ぬなんて止めなよ。そんなの遺された方もツラいだけでしょ?」




手を差し出して顔を覗き込んだ途端、シェリル嬢は泣き始めてしまった。


隠すように両手で覆っているけれども手の隙間からポロポロと零れる雫は留まらない。




「オリヴィア様…っ。」




ぎゅっと主を抱き締める侍女と、抱き締め返す主は、どちらも泣いていた。


生きていたらやり直せないことなんてきっとない。


だからあたしはもう許すよ。この二人を。


自然と浮かんだ笑顔にラオも笑みを返してくれたのが何よりも嬉しかった。







 

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